小学生の頃、何年生になっても忘れ物がひどかった私ですが、今でもあまり変わらないような気がします。これもアスペルガーがもたらした一つの特徴なのでしょうが、当時の担任の先生はそのような知識もなく、大変に困った人間として扱われました。
自分で言うのも何ですが、学業の成績は自信があり、特に理数系では高校を卒業するまで、自分よりもできる人間を見たことがありませんでした。ある先生には、勉強ができる子でここまで忘れ物がひどかった例はなかった、と言われ、別の先生からは授業を聞いてなくても成績を残すと懇談会で母親が言われ、塾についていろいろ聞かれたりしたそうです。私は予備校も含めて塾に通ったことは全くないのですが…
ひどい先生は、私が自分の成績を鼻にかけて、教員をなめきっているのだと断言されたこともありました。全く私自身は忘れ物を無くそうと一生懸命だったのですが…
そんな経験から自己嫌悪にかかったことは数知れません。30歳を越えてからは、少しは開き直るようになり、幾分心が軽くなったせいか、少しはましになりました。
とは言っても、やはり仕事に差し支えることはよくあります。特に技術系の仕事では、ひとつのパーツを忘れただけで大変なことになります。この秋も撮影の仕事を予想以上に貰えたのですが、その分心の負担も増えてしまいました。
そして、今日一つのアイデアがこの苦しみから逃れるキッカケを与えてくれるようなインパクトをもたらしました。詳しく書くと1ヶ月くらい軽くかかりそうなので結果だけ書きます。なので大きな誤解を生むかも知れませんが、その点を前もって理解して下さい。
そのアイデアとは、頭を固くすることです。
私はこれまでの人生で頭の固い人間達に何度も振り回されてきたこともあり、固定観念から脱却できない人間を好きに離れませんでした。はっきり言うと関わりたくありませんでした。いや、これからも関わりたくありません。
アスペルガータイプの人は発想が自由すぎるとか、宇宙と交信するようだとか、そんな風にたとえられるほど独自の発想パターンを持っていることが多いようです。頭の固い人たちはそれが気に入らないようですが。
で、その頭の固い人の発想パターンを真似てみると、なるほど、忘れ物のしようがなく思えてくるのです。かといって、そんな人間には死んでもなりたくないので、極めて限定的に真似ようとは思いますが…
ここまで書くと、「発達障害があってもやればできるじゃないか」と言われるかも知れません。しかし裏を返すと、忘れ物という概念で人を見下す考え方こそ頭の固さがなせる技でもあります。
スティーブジョブズも岡本太郎もアインシュタインもアスペルガーだったと言われています。ガリレイもレントゲン博士も野口英世もキュリー婦人もおそらくアスペだったでしょう。私個人はお釈迦様や空海もアスペだったと思います。
忘れ物一つで人間を卑下すれば、これらの先人を否定することになるでしょう。やっぱり忘れ物が多くてもアスペに生まれて良かったと私自身は心から感じます。
自分で言うのも何ですが、学業の成績は自信があり、特に理数系では高校を卒業するまで、自分よりもできる人間を見たことがありませんでした。ある先生には、勉強ができる子でここまで忘れ物がひどかった例はなかった、と言われ、別の先生からは授業を聞いてなくても成績を残すと懇談会で母親が言われ、塾についていろいろ聞かれたりしたそうです。私は予備校も含めて塾に通ったことは全くないのですが…
ひどい先生は、私が自分の成績を鼻にかけて、教員をなめきっているのだと断言されたこともありました。全く私自身は忘れ物を無くそうと一生懸命だったのですが…
そんな経験から自己嫌悪にかかったことは数知れません。30歳を越えてからは、少しは開き直るようになり、幾分心が軽くなったせいか、少しはましになりました。
とは言っても、やはり仕事に差し支えることはよくあります。特に技術系の仕事では、ひとつのパーツを忘れただけで大変なことになります。この秋も撮影の仕事を予想以上に貰えたのですが、その分心の負担も増えてしまいました。
そして、今日一つのアイデアがこの苦しみから逃れるキッカケを与えてくれるようなインパクトをもたらしました。詳しく書くと1ヶ月くらい軽くかかりそうなので結果だけ書きます。なので大きな誤解を生むかも知れませんが、その点を前もって理解して下さい。
そのアイデアとは、頭を固くすることです。
私はこれまでの人生で頭の固い人間達に何度も振り回されてきたこともあり、固定観念から脱却できない人間を好きに離れませんでした。はっきり言うと関わりたくありませんでした。いや、これからも関わりたくありません。
アスペルガータイプの人は発想が自由すぎるとか、宇宙と交信するようだとか、そんな風にたとえられるほど独自の発想パターンを持っていることが多いようです。頭の固い人たちはそれが気に入らないようですが。
で、その頭の固い人の発想パターンを真似てみると、なるほど、忘れ物のしようがなく思えてくるのです。かといって、そんな人間には死んでもなりたくないので、極めて限定的に真似ようとは思いますが…
ここまで書くと、「発達障害があってもやればできるじゃないか」と言われるかも知れません。しかし裏を返すと、忘れ物という概念で人を見下す考え方こそ頭の固さがなせる技でもあります。
スティーブジョブズも岡本太郎もアインシュタインもアスペルガーだったと言われています。ガリレイもレントゲン博士も野口英世もキュリー婦人もおそらくアスペだったでしょう。私個人はお釈迦様や空海もアスペだったと思います。
忘れ物一つで人間を卑下すれば、これらの先人を否定することになるでしょう。やっぱり忘れ物が多くてもアスペに生まれて良かったと私自身は心から感じます。