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初夏の朝、北九州の街はまだうっすらとした朝霧の名残に包まれていた。


午前7時30分、小倉駅前の喧騒が本格的に始まる少し前、チャーターバスのドアが静かに開く。ここから、佐賀の豊かな自然と歴史、そして初夏の美しさを巡る特別な一日の旅が始まる。


​バスは小倉を出発し、なじみ深い街並みを抜けながら黒崎へと向かう。午前8時00分、黒崎で新たな旅人たちが乗り込むと、車内はにわかに旅の期待感で活気づいた。さらに午前8時15分、引野口で最後の乗客を迎え入れる。窓外を流れる景色が都市のビル群から、徐々に緑の深い山あいの風景へと移り変わっていく。高速道路をひた走り、バスは福岡を越え、佐賀の美しい山中へと分け入っていった。

​奇跡の湿原に咲く、薄紅色の妖精

​最初の目的地は、「九州の尾瀬」とも称される樫原(かしばる)湿原だ。



標高約600メートル。バスを降りると、都会のそれとは明らかに違う、ひんやりとした清涼な空気が肌を包み込んだ。初夏の風が通り抜けるたび、湿原の草木がさわさわと音を立てる。


​遊歩道を歩く一行の目を引いたのは、この季節にしか出会えない特別な花――トキソウ(朱鷺草)だった。


緑の絨毯の中に、ぽつり、ぽつりと可憐な薄紅色の花が咲いている。その名の通り、トキが翼を広げて飛び立つ瞬間を切り取ったかのような、優美で繊細な姿。派手さはないが、厳しい自然の中でひっそりと、しかし力強く命を輝かせるその姿に、誰もが足を止め、息をのんで見入っていた。水面に映る青空と、風に揺れる薄紅色のコントラストは、まるで一枚の絵画のようだった。

​美味と癒やしの時間

​心地よい散策で少しお腹が空いた頃、バスは【ONCRI-KARATSU】へと到着する。


ここは、モダンな洗練さと、自然の温もりが調和した上質な空間。大きな窓からは佐賀の豊かな自然が一望でき、旅の疲れを優しく解きほぐしてくれる。


​ここで提供されるのは、地元の新鮮な食材をふんだんに使った贅沢な昼食だ。料理人の技が光る美しい一皿一皿がテーブルに運ばれるたび、歓声が上がる。口に運べば、素材本来の旨味と滋味が広がり、体の中から満たされていくのが分かる。静かな空間で、美味しい料理を囲みながら旅の感想を語り合う。それは、ただ食べるだけではない、心まで満たされる至福のひとときだった。

​伊万里の恵みを持ち帰る

​満ち足りた気分のまま、バスは伊万里へと向かう。立ち寄ったのは【道の駅伊万里】だ。


活気あふれる館内には、特産の伊万里牛や、採れたての新鮮な野菜、地元の銘菓がずらりと並んでいる。


​「どれをお土産にしようか」


そんな楽しい悩みに頭を悩ませながら、それぞれが佐賀の「美味しい記憶」を品定めていく。家族へのお土産、自分へのご褒美――カゴいっぱいに詰め込まれた特産品には、旅の思い出がそのまま詰め込まれているようだった。

​風鈴が奏でる、秘窯の里の山水画

​午後、旅はいよいよクライマックスを迎える。


伊万里焼の聖地、【大川内山(おおかわちやま)】。かつて佐賀藩の「鍋島藩窯」が置かれ、将軍家や朝廷への献上品として最高峰の磁器が焼かれていた隠れ里だ。


​三方を切り立った山に囲まれたその景色は、まさに「山水画」の世界。レンガ造りの煙突が建ち並び、石畳の坂道が続く。


この季節の大川内山は、さらに特別な装いを見せていた。ちょうど6月14日から始まったばかりの「風鈴祭り」の最中なのだ。


​各窯元の軒先には、美しく絵付けされた磁器の風鈴がいくつも吊るされている。初夏の風が吹き抜けると、

「チリン、チリン……」

「カラン、コロン……」

と、ガラスの風鈴とは一味違う、高く澄んだ、どこか哀愁を帯びた優しい音が里全体に響き渡る。


​さらに、道沿いには鮮やかな紫陽花(あじさい)が花を咲かせていた。青、紫、ピンク。雨上がりのしっとりとした空気に濡れる紫陽花と、伝統的な佇まいの街並み、そして五感に響く風鈴の音。歩を進めるたびに、まるで時が止まったかのような、幽玄で美しい世界へと引き込まれていった。

​旅の締めくくりと、家路へのひととき

​美しい音色に後ろ髪を引かれながら、最後の立ち寄り地である【武雄温泉物産館】へ。


ここは佐賀西部の名産品が一堂に会する場所。武雄の銘菓や温泉にちなんだお土産、職人手作りの工芸品などが並ぶ。旅の最後の買い物を楽しみ、両手いっぱいのお土産とともに、一行は再びバスへと乗り込んだ。


​夕暮れ時、バスの窓からは茜色に染まる佐賀の山々が見える。車内はどこか心地よい疲労感と、充実した一日の余韻で満たされ、静かな時間が流れていた。 


​午後18時10分から18時50分にかけ、バスは順次、引野口へと帰着した。


朝、ここを出発したときとは違い、乗客たちの手にはたくさんのお土産と、心にはトキソウの可憐な姿、風鈴の涼やかな音色、そして大川内山の美しい景色がしっかりと刻まれていた。


​日常から少しだけ離れ、初夏の佐賀を満喫した五感を揺さぶる旅。バスの扉が閉まり、それぞれの家路へとつく人々の足取りは、どこか軽やかだった。


 

 

 

 

 

 


 

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