kanotomiuozarainenkokidesuのブログ 人呼んで筍医者 田杉白玄 -3ページ目

眼病み、お初

 お初は器量よしとは言い難いが愛嬌がある。その上、生まれつきの眼病を患っているので、いつも目が潤んでいる。潤んだ目で見つめられると、たいていの男は、ぞくぞくと身振りをしてしまい、盛りのついた犬のようにお初に纏わり付く。「先生、あっしは自慢じゃないが、身持ちが堅いんです」「それは自慢できるんじゃねえかい」「でもね、先生、この歳になって、まだなんて、言えませんや」

「まだって、もしかして、まだ、したことがねえって事かい」「面目ないが、女を知らないんですよ」「それなら、女郎屋に行けばいい。あちらは、それで、おまんま食ってるんだ、恥をかかせず、筆おろしをしてくれるよ」「筆おろしってなんですか」「男の何だ、小便を出す所を、字を書く筆に例えて、女のあそこに、初めて入るのを筆おろしっていうんだ」「でも、先生、あっしの筆おろしが女郎じゃ、あっしの筆が可哀相、過ぎますよ」「女郎じゃ嫌で素人がいいってか」「そうですよ。どこの馬の骨か分らない男と寝る、女郎は願い下げです」「熊さんは喜んで女郎屋に行ってる」「あいつの筆は紙を選ばない」「女郎は筆を選ばずか、まるで弘法大師みたいだな、でも何だよ、よほどじゃないと、男を知らない女が、米吉さんの筆おろしに付き合っちゃくれねえよ」「女郎じゃなければいいです」「お目当てはいるのかい」「先生、知っているかな、向こう横丁に住んでいるお初」「知っているよ。器量よしといかないが、笑窪があって愛嬌がある」「そのお初が潤んだ目であっしを見るんだ」潤んだ目は眼病み女だからだとは、田杉白玄先生も言えなかった。「お初もその気ならうまくいく、話を付けてやるよ」と田杉白玄先生、筆おろしを請負った。実はお初は筆おろしの達人だったのだ。女郎好きの熊さんの最初の女もお初だった。竹さんも八五郎も、亀吉も、お初にお世話になっているのだ。「眼病み女に風邪引き男」とはよく言ったものだ眼病み女の潤んだ眼にに見つめられると、女を知らない男はいちころのようだと、田杉白玄先生苦笑した。また一人、お初の、あそこ兄弟が誕生するようです。

醜女の深情け

 何事もほどほどが良いようです。男と女の中もほどほどでないと、上手くいかない様です。お志摩は醜女まではいっていませんが、チョイと手前のオブス。

本人もその事は自覚しておりますので、若い男がいる場所には顔をだしませんし、男の噂話をする女友達もいません。男に臆病なんです。でも男は美人ばかりを求めているわけではありません。高嶺の花に振られるより、手近な女で、振られない女がいいという男も多いのです。「梅さんも、そろそろ身を固めたらどうだい」「知らない女と祝言をあげる奴の気が知れない」「なら、知った女にすれば、いいじゃねえか」「チョイといい女を口説いた事があるんですよ」「それでどうしたい」「そうしたら、女があたし面食いなの、お生憎様ってケラケラ笑って行っちまった」「振られちまったんだな」「それからは、いい女を見ると怖じ気づいちゃったんです」「見てくればかりがいい女じゃねえよ」「先生の言う通り、そこで顔は二の次三の次で、先生もご存知のお志摩を口説こうと思うんですが、どうでしょう」「お志摩さんね。気立てはいいが、やめた方がいいと思うよ」「気立てが良いのに何故です」「醜女の深情けていう言葉がある。お志摩さんは醜女ってほど悪い顔ではないが、良かないよな」「分ってますよ。でも気立てが良いからいいじゃねえですか」「お志摩さんにとっては、梅さんが初めての男になる。尽くすぞ」「尽くしてくれる。有り難いじゃねえですか」「でもな、尽くすのもほどほどでないと、男は往生するよ」田杉白玄先生の忠告も聞かず。梅吉はお志摩を口説き所帯を持った。普通、世話女房も半年、一年も過ぎれば並の女房になるのだが、お志摩は違った。田杉白玄先生の言った通り、醜女の深情けで梅吉に纏わり付いた。新婚当時は梅吉もそれなりに嬉しかったが、近頃は鬱陶しくなってきた。仕事で帰りが少々、遅くなると、お志摩は幼子の手を引き、ネンネコで赤ん坊を背負って梅吉を探し歩く。付き合い酒の飲み屋にもお志摩がやって来るので、誰も梅吉を誘わなくなった。「深情けって楽じゃねえな」と溜息をついた。

 

 

 

 

曼珠沙華

  江戸では、火葬ではなく、ほとんどが土葬だった。墓の周りには、彼岸に咲く彼岸花、曼珠沙華を植えた。曼珠沙華には毒があるので、遺体を食べる、狸や狐、野犬、烏等の獣除けになったのです。曼珠沙華の別名は「死人花」観賞用の花ではなかったのです。「先生、墓の周りに、しょぼくれた赤い花が咲いてますね」「曼珠沙華のことかい」「何か、お経みたいな名前だから植えるんですか」

「死人が獣に食われないように植えるんだ。曼珠沙華には毒があるので、獣が寄りつかないんだよ」「獣除けの曼珠沙華ですか。彼岸になると檀家だから、金よこせと言いやがる。口から出任せのお経をあげて、金をふんだくる。坊主丸儲け、坊主除けの曼珠沙華はありませんか」「生憎だがないな」「檀家、辞めるしかないか」「他の寺の檀家になるのかい」「他の寺も似たようなものだろうから、寺とは縁をきっちまう」「どこの寺の檀家にならないって事かい」「そうですよ」

「弥吉さんとも、長い付き合いだったが、これまでか、成仏しておくれ、南無阿弥陀仏」「何ですか、先生、あっしを拝んだりして」「だって弥吉さんは、どこの寺の檀家にもならないのだろう」「そうですよ」「だから南無阿弥陀仏」「檀家じゃないと、南無阿弥陀仏、死んじまう。先生は寺のまわし者ですか」「弥吉さんが檀家を辞めて、何処の寺の檀家にもならない事が奉行に知れるとな」「ご用だと十手を持った連中が来て、捕まって、磔、獄門、打ち首だな」「脅かさないでくだせい、こちとら見かけに寄らず気が小せえんですから」「寺の檀家じゃねえと、隠れ切支丹と見なされて、磔、獄門、打ち首になるな」「冗談じゃねえ」「打ち首は弥吉さんだけではない。一族郎党、親類縁者も同罪になる」「坊主には勝てねえ、

このまま檀家でいますよ」「そうかい、それは良かった。和尚がどうも弥吉さんが怪しい、切支丹じゃねえかと言っていた。切支丹じゃねえと言っとくよ。檀家は金が掛かるが、いいのかい」「檀家でなければ、切支丹で打ち首。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってのは、この事ですかね」と弥吉は大きな溜息ををついた。