『現実はすべて、あなたが望んだ世界』
って、言葉を
耳にしたことありませんか?
自分の、
目標や
夢を持って、
そこに向かっていくことで、
望んだ世界が現実の世界になることは
事実です。
しかし、望んでいないことも
起るのが
「いじめられること」
を望みましたか?
まったく望んでいないにもかかわらず、いじめられることは、あります。
こういうときに
「その世界は、あなたが望んだから現実になっている」
パートナーから暴力を振るわれている。
その関係性も
「あなたが心の底で、自分はそうなるって思っているから現実になっている。」
と言われて、納得できるでしょうか?
パートナーとは、
誰でも、仲良く過ごしたいと思っているし、
良い関係で居続けたいと思っています。
はじめから、殴ってやろうとか
相手をやり込めようと思う人はいません。
ところが、関係性が変化してきたときに、
暴力を振るう側ではなく、
振るわれて、悩んでいる人に
助言するかのように
「あなたが実は自分をそう扱っているのよ。」
という人が現れることがあります。
全く望んでいないにもかかわらず、
自分で気づかない
「深層心理」をもちだされると
傷ついているココロでは
反論するエネルギーがありません。
「自分が望んでいるのだろうか?」
そして、もっとも深刻な悩みと言える、
「親との関係」です。
親に愛されない世界を望む人などいません。
愛せない親の問題を
子どもに転嫁するようなことは
許されません。
それでも、
関係性を変えたいと考える人の方が
なぜ?
理解力のある人の方が
問題に気づきやすいからです。
さらに、解決の努力をしようと
思うのも、理解力がある人の方だからです。
「望んだ世界神話」
人は万能ではありません。
自分では解決出来ない問題に対して
『自己責任論』
を、押しつけてくる時があります。
『全ては自分次第』
というのはある意味、事実だと思います。
しかし、
「いじめ」は
いじめる側の問題です。
いじめられる側に原因や責任を
求めることは、間違いであると
認識が広がっている割には、
「望んだ世界」という言葉で
「自己責任論」にすり替えられるときがあります。
DVも同様です。
暴力は振るう側の問題です。
振るわれる側は
「暴力を受ける事を望んでいる」などと言う事は、決してありません。
「社会」の中に
未だに根強く残る
自分の思考を変化させるだけでは
解決できない問題も
山積しています。
『あなたの望んだ世界』という
『神話』に振り回されないで欲しいのです。
『暴力』を受ける自分を望む人はいません。
#性教育の達人







