大学を卒業して、東京に出て就職した年に東京ディズニーランドができたので、

少し思いが強いのかもしれない。

 

当時はマスコミが、散々叩いていたディズニーランドだが、そんなの気にもせず、あの素晴らしい夢の国に何度かいっていた。

マスコミが盛んに上げ足を取っていたように、開業当時は今ほど洗練されておらず、日本の後楽園とかなどの遊園地の延長上でしかないというマスコミ連中のネタになっていた。

「お弁当を持ち込めないんですって!」、「まぁ!」「それはいかん!」みたいなコメンテータが偉そうにいろいろのたまっていた。

 

実際、行くには当時は浦安まで電車、そこからバス停までぞろぞろ歩いて、バスに乗ってやっと到着。

入場券と乗り物券(マジックキーチケット)をかって、アトラクションを楽しむという仕組みだった。

セット券もあって、A~E券まで何枚かずつ入っていて、不足分は追加で買う感じ。実際後楽園と大差ない運営だったのもよろしくなかったのだろう。

 

それでも、アトラクション自体は40年たったいまでも、残っているものは当時のまま。(無くなったものもいくつかある。)

できたばかりの時は、「如何に古さを出すか」というので、「いろいろペイントなどを工夫している」という説明をうけたが、

今は、普通に古いから、見かけは当時と同じ。

40年たっても、昔のまま、動いていない時間に出会える。

ジャングルクルーズなどは、

昔、最後に「お子さんをお忘れにならないように。忘れたら船長さんにしちゃいますよ~」と言っていたが、

40年後、実際に船長さんになってしまった昔の子供(孫?)たちが、同じセリフをいっている。

多少のバリエーションがそれぞれの船長さんごとにあって、腕の見せ所なのだろう。何度か乗っても、微妙にアレンジが違っていて、何度も楽しめるあたりも面白い。例えばサイに追われて木に登る人の順位の理由。

一番上は「臆病だったとか」、「足が速かったとか」、などなど。一種の大喜利?

 

それから時が流れ、今や入り口の近くに舞浜駅、園内にはホテルもでき、システムもアメリカ同様、パスポート式になって

マスコミも叩くことはいつのまにかやめて、イベントごとに芸能人ともども、はしゃいでいる。

あの偉そうなコメンテーターども、どこ行った?40年たっているからもう墓の中か?

 

日本では40年かもしれないが、アメリカにも同じアトラクションがあるわけで、あと何年かで70年になるという。

コンテンツの不滅さは偉大な魔法にかけられているからかもしれない。

 

ちょっと醒めてみると、たかだか、縫いぐるみが、変な動きをしているだけとも言えるし、

なにを買っても食べても同じ機能のものを、別のブランドで買えば安く手に入るわけで、実際、好きでなければとてもお高いと思う。

それでも、我先にと、グッズを買いあさり、二度と使うことのないバッジや、実用性のほとんどないものなども買い集め、独特の世界観に何十年も取り込まれている(私もその一人と言えなくもないてへぺろ)。当人は幸せいっぱいで、非日常を与えてつづけて、40年。

すごいものだと思う。

 

最近は、自分には知らない縫いぐるみが増えて、いろんな名前で売っているいるようだが、

インドネシア遠島中の身には、魔法が届かないらしく、「ふ~ん・・・」程度になってしまった。

USJもマリオだとかハリポッターなどなどで、頑張っているのだろうが、同じキャラクターミッキーマウスが70年も生きているDisneyはある意味驚異ではないだろか?

 

ところで、インドネシアはミッキーマウスよりもキティーに分があるという特異な世界。

この手のブランドは奥が深いのだろう。

 

で、あれから40年もたってしまったわけだが、

人間は不老不死ではないことを実体験中。