私が世界一周、一人旅に出るきっかけ
そして
その気持ちを後押しをしてくれた出会いが
2人
過去にありました
世界的にも大活躍された
サッカーワールドカップ元日本代表選手
中○ヒ○さんです
私がヨーロッパを一人旅していると
様々なエリアで
現地の人達が
私が日本人だと分かると口々に
『ナ○ータ、ナ○ータ👍』
と笑いながら言ってきて😄
「あぁ、その人はお友達なんだよ(笑)」
と内心思いながら
微笑ましい気持ちで過ごしていました
後は、同じ時期に
こちらも世界的に名が通り
有名な海外企業の創業者
Bと出逢った事でした
中○さんとは仕事で出逢い
Bとは
私が美肌維持の為に
痛いフェイシャルエステを受けた後
スッピンでいつも行っていたカフェのテラスで
「今週も死ぬ程疲れた〰️😩」
と1人でグッタリしている時に
隣の席に座っていた外国人の団体に話しかけられ
その中に日本語を話せる外国籍の人が居て
『Bはもっと日本を知りたいと言っている。どこかお薦めはない?』
と聞かれたのがきっかけで連絡先を交換する事になり
それがご縁でした
彼等は既に世界一周を終えていて
個人的に会っていた私は
たくさんの話を聞く事が出来ました
BとはSNSでやり取りする機会は少なかったのですが
このブログを投稿しようかな
と思っていた時に
たまたま過去の私のSNSが出てきて
そこでBからコメントを貰っていました😲
以前の私は頻繁にSNS投稿していたから
何年の何月何日に
自分が何を投稿したのかは全く覚えてないです😅
その中で
この旅行記ブログの中で書いた
ペトラ遺跡のメインに辿り着く道のりで
戦士の服装をした道化師さんと会い
私は一瞬にして
お気に入りだった映画
〈グラディエーター〉
が頭に浮かんだ事を書きました
そのグラディエーターを自宅で鑑賞している事をSNSに投稿した事が出てきて
凄いタイミングで驚きました!👀
①ヨルダンのペトラ遺跡
②グラディエーター
③そして今回のブログに書こうと思っていた人との
3つが重なった出来事に
凄い偶然で
こんな事あるんだな…
と
私の人生はそうゆう驚くような出逢いやきっかけが本当にとても多くて
自分で自分の運命なのか
はたまた導きなのか…
神様が知らせてくれようとしている何かの気付きなのか…
分からないけど
良い事も悪いことも
光も影も
どちらも強くて驚く事が本当に多いです
時に、私自身が運命の流れに付いていけないくらいです…
奇妙で不思議な
誰も歩む事が無いであろう〈生〉を与えられて
地球の日本に生まれてきた
そんな感じです

グラディエーターの主人公
ラッセル・クロウさん
侵略や制圧を望む多くの敵に
人数は少ないながらも
〈強い絆と信用〉
を築いた強靭な不屈の精神を持つ
少人数の仲間と
多くの逆行に立ち向かう正義の姿
と言う役が多く
彼が出ている映画はどれもお気に入りでした
この投稿に貰ったコメントです
グレーは友達から
薄紫色は私のコメント
Bは日本が凄く気に入り
私が暮らすエリアにしばらく滞在するとの事で
『まだ近くに居るよ~』
と言うコメント
他の友達からは
『グラディエーター10回も観るのは観すぎ!(笑)』
とツッコまれてる場面

↓このブログで映画
〈グラディエーター〉
の主人公、ラッセルクロウが
命懸けの困難な場面に遭遇した時に発した
◆〈幾度も立ち上がれ羊が獅子となる日まで〉
と言う言葉が一瞬で心の髄に刺さり
直ぐに暗記したセリフでした
私の中で一生忘れない〈言霊〉になりました
映画は人を勇気付けたり
心をあたためたり
感動も触発も
たくさんの心震える瞬間をくれます
◇この旅行記は、複数の病の闘病中に
3人の医師からドクターストップが掛かりながらも夢を叶える為に出た
一人旅を振り返る投稿をしています
……………………
Nikon D810
単焦点1.4で撮った写真を載せながら
私は世界中に治療法がない難病で
生存が困難だと言う事
多領域
(虐待・5億円借金・レイプ・複数の刑事事件・虐め・ネット中傷・集団無視・複数重症疾患・長期医療被害・死産、死別)
が連続、重複して起き
それでも世界一周
100都市を一人旅し
生き延びる事を模索し続けて来た人生を書いたブログ
〈天国に1番近い島〉
と呼ばれるニューカレドニアで会った野良猫に
日本に帰国してから餌を持って
再び会いに行った事
イタリアのローマの保護猫施設を何度も訪れ
ボランティアや募金をしている事
微力ながらも
弱い立場に置かれた生き物に
自分が出来る事をしている事を書いたブログ
吐血し流動食になってしまったら劇的な体質改善が起きた事
(花粉症改善、肌の乾燥が無くなる)
ご自身の生涯を精神科領域に従事された
日本一有名な精神科医
神田橋先生
漢方薬を使う治療を生み出し
薬では治らないとされる難病の改善の為
私は服用を続けていたら
1日中続いていた激しい動悸、吐き気が治まった事
患者に必要な医療は
患者の命を奪うものではなく
必要な患者に適切に届いて欲しいと
切に願っています
私のように
医者が患者に間違った知識と投薬量を
強情に押し付け
助かる命が殺されかける事があってはならないです
ヨルダンにある
ペトラ遺跡は
世界遺産だけではなく
〈新世界7不思議〉
として登録されています
何百年もの長きに渡り
たくさんの人々が徹底的にペトラ遺跡の歴史について調べましたが
未だに真実が分からないまま
ペトラ遺跡は静かに佇んでいます
この旅の続きです
ペトラ遺跡のお勉強を終えて
次は砂漠に向かっています
このブログでは
私が在宅介護における
厳しい現実に直面している事も書きました
介助や介護が必要な人に
正しく節度ある支援が届いて欲しいと
切に感じています

この風景がひたすら永遠に数時間続く・・・
道は・・・
ある時と無いに等しい時がある・・・
車酔いは・・・
します笑

至る所に斜め~
になった看板がいる・・・

まだ見たこともない国に来ているんだな~
と
車の中から見える景色にずっと見入ってしまう

なんだここはっ!!!( ; ロ)゚ ゚
此処どこっ!
世界の絶景とか
何千年と言う月日を掛けて作り上げられた地層とか
そうゆうものって
観光地になっていたり
世界遺産として
その国が誇る名所になっているところばかりなのに

例えば
私が過去に訪れてきた
アメリカのグランドキャニオンは
海外で見た初めての世界遺産だった
その場に居ないと決して伝わらない
地球の営みと重み
時間が止まった瞬間
約20億年分の地球の地層が露出している
コロラド川が数百万年かけて削り出した
地球と生命の営みの痕跡として
有名な世界遺産だし


オーストラリアのエアーズロック(ウルル)も
世界遺産で
1987年に自然遺産
1994年に文化遺産として登録された
〈複合遺産〉
先住民アボリジニの聖地であり
現在は登頂が禁止されるなど
その神秘性と神聖さが厳格に守られ
日本の映画
〈世界の中心で愛を叫ぶ〉
の舞台になっている
私は心の中で
感動と言う歓喜を叫んでいたよ
先住民アボリジニの方々の神聖な場所で
事前に調べたら
観光資源としてツアー会社がエアーズロックに登るアクティビティを作ったけど
現地に暮らすアボリジニの人達は
聖地に観光客が登る事を嫌がっている
と言う事を知った
それは遥か昔からこの地を守り
ウルルと言う神様と共に生活してきたアボリジニの聖域に
観光客が興味本位で土足で踏み込むような
汚してしまう感覚だと私は感じて
彼等の文化にリスペクトする為に
エアーズロックには登らず
歩いて大きな岩の周りを一周する事を選んだ

朝陽に当たり
奥深い輝きを増すエアーズロックの横顔
その地に深く根付いた
澄んだ空気に包まれていて
美しかった


こんなにも地層の山々が
深い谷になり
時速120キロのスピードで
車で走り続けているのに永遠に終わらない…
もう地球じゃなくて
他の惑星にでも飛んじゃったような
経験した事がない異次元の感覚を強烈に覚えた
世界中を旅してきた
飛行機、セスナ機、高速鉄道、車
様々な乗り物に乗って
国をまたいで移動してきた
そんな中で
《数時間もずっと同じ陸地の景色が続く》
なんて世界は今まで無かった
飛行機から眺める海以外は…
しばらく畑、田園、農園、工場地帯、
いろんな景色が長らく続く事はあったけど
エンドレス
と言う景色も国も無かったから…
怖くなったよ…
もう地球は丸○じゃなくて
水平線までこの景色が続いたら
陸地が途絶えて車ごと落ちるんじゃないか?
って本当に思ったんだよね
パンドラの箱
ノアの箱船
そんな世界に来たような感じで
現実離れした気持ち
いろんな事が頭をグルグルまわった

やっと辿り着いた休憩所らしき場所・・・
後ろに広がる岩だらけのこげ茶と茶色しかない乾ききった荒野が永遠に。。。
それこそ…
このまま走って行ったら
地球の行き止まりにぶつかって
ポトッって
宇宙に車ごと落ちちゃうんじゃないか・・・
ってほど・・・
砂と岩以外は何も見えてこない道を5~6時間
陸路の移動が多かったヨルダンは
長い時は片道もっと走り続けた
一番困ったのはおトゥイレ(笑)
気温が午前中から40℃越えて
体感温度は50℃くらい(笑)
トイレが数時間先まで無いからって
水を飲まなきゃ頭が朦朧として熱中症になるし
おトイレ気にせずお水飲んだら途中で我慢出来なくなってドライバーに
「もぉ無理だよ〰本当に限界なんだよ〰"」
『""後15分だから我慢して~""』
の、繰り返しで1時間くらい走られたっ!(笑)
外のそこら辺でするから降ろして‼
もぅ限界( ノД`)…
と頼み込んでも無理だった…!!ヽ(゚д゚ヽ)(ノ゚д゚)ノ!!
お腹切れるかと思う位我慢した(笑)
↓、この投稿に貰ったコメントです
長旅の道中
疲れ果ててホテルで寝込んでいる日に
見守ってくれている人達とやり取りしていました
真面目なコメント
ボケたり抜けたりしている私に
突っ込みを入れてくれてるコメント
たくさんあったから
もっと早く気付いてブログに載せられていたら
より多くのイメージが広がったな…
気付くの遅かった
と思いながらスクショしました
その場
当人同士じゃないと分かりにくいやり取りもありますが
〈私の人生のあらゆる価値観を根底からくつがえした〉
この旅の大切な1部として
残しておきたいと思いました
私の投稿やコメントは
注意していたつもりだったけど
気力で乗り切っている体調だったから
走り書きで誤字が多いです😅




宿泊する場所に到着した時はもう夕方過ぎていた

ホテルの敷地・・・
広いんだけど誰もいない・・・
No bady???

チェックインする建物は
汚れていて
薄暗い狭い部屋
陽が落ちているから余計に暗く感じて怖い
でも、ドライバーさんが同行してくれているから
何かあっても
誰かに連絡は行くだろう
「大丈夫」
と言う安心感はある
小さな勉強机みたいな場所に
凄く力の抜けた...?
ヤル気のナイお姉さんが座っていて
中東っぽいと言うか
僻地に来た事を実感
チェックインの為に
あたふたとパスポートを取り出している私に
お姉さんがポツリ
『あなたVIPなの?』
(@_@)
なっ…
なんの事??
いきなり何?
そんなズケズケとした質問
普通しなくない?!💨
遠慮なく聞きすぎだろ😓
と思いながら
「I don’t think so.Why?」
(そうは思わないけど、なんで?)
と答えると
ニヒルな笑顔で
シレッとペラペラの紙の宿泊客名簿を黙って見せてきて...(笑)
私の名前の横に大きな文字で
〈V I P〉
と書かれていたΣ(Д゚;/)/
お姉さんからしたら
『ホントなの?あなたのどこが?』
って感じだったのかもしれないけど
私も心当たりが無いから
急遽、出国4日前に依頼した
中東専門の旅行代理店が
「私がファーストクラスで来てるから、各ホテルに連絡入れてくれてるのかな?」
とこの時は流していたけど
誰がこの指示を出していてくれたか
分かったのはずっと後になってからだった…👀
ホテルの裏手に岩山があって
『ともかく登ってきて!!』
とスタッフが言うから
移動疲れしつつ気力を振り絞ってみる・・・笑

ドライバーさんはスタスタと先に登って行きます

他の観光客の方々も登るのね
結構急な坂道だよ

手を岩にくっつけて
岩をよじ登る感じ

おぉ~
30分くらいかけて裏山に登ったら
風が抜けて最高に気持ちいい景色が広がる====
ここどこなん??!!
常にそんな気持ちが頭をよぎる
毎日毎日目に映る全ての景色が
どっかのTVや雑誌で見たことがあるものではないから
同じ地球の景色なのに
〈それらの景色〉
に免疫がないのだ・・・

広く・・・
果てしなく・・・
静かで・・・
聞こえてくるのは風が耳を横切るだけの音・・・
忘れられないワディラム砂漠の景色の1つ
ロッジの裏山?
もはや裏岩だよね(笑)?
を登った後に見渡す風景
ロッジの敷地広すぎ…
クタクタの身体で歩いて
一番奥にある自分の部屋に辿り着くのキツかった(笑)


戻ってきたら夜の晩餐が始まる準備中・・・
もぅ~~クタクタだよ~~~
明日朝4時起きだから寝る~
眠い~~
と、フロントから歩いて15分くらいかかりそうな部屋?
ロッジ?
に戻って即寝!!!
フロントの横に居たインコ
何かの中東の言葉覚えてて
喋ってくれないかな?
としばらく期待して話しかけたけど
反応無かったな

9月22日
今、砂漠のジープツアーを終えて
今からペトラ遺跡のホテルに帰ります
私が一人旅に出るきっかけ
それは、元サッカー選手日本代表のNさんと
ブラック~の創立者Bに出逢った事
彼等が世界一周を終えた後に
私は出逢った
そして、B は英語しか話せなかった。
私は、その時に生まれて初めて英語が話せたら、、、
と思った
Nさんとは何度もお部屋に招いて貰い
いろんな話を教えてもらった
一番
私が彼に聞きたかった質問は
「何故、急にサッカーをやめたの?
ワールドカップで負けたあの日
スタジアムにずっとずっと長い間横になり
一体何を考えていたの?」
だった
彼のアンサーは余りにもシンプルで
ここでは書けないほど
ぶっきらぼうに笑いながら言い放った
それは私達人間は誰もが思い感じる発言だった
私は、大切なお客様からこう教わってる
ずっと忘れてない
心のバイブレーションに触れた深い言葉
『人は、今、自分に必要な人が目の前に現れるように出来ている』
私の人生は、不思議と振り返ってみるとその通りになっている
◇出逢った時は全く気付かない
でもしばらく時間が経った時に
「ハッッ!」
と気付かされたり
原動力になっていたりするのだ
それは、私は女で、彼等とは、資金力と知名度が大きく違う事
でも、たったそれだけの違いだ!
と
当時病気は幾つも患うわ
癌にはなるわ
全治1年の大怪我負わされて完全に人間不信で
男嫌いになり
ただただ、もがいて苦しんで
悪夢を見て
ストレスで発作ばかり起こしてた私には
Nさんとの出逢いとコミュニケーションは
私の迷いを踏ん切り
私に思いきった原動力を与えてくれた
それが一人旅を始めたきっかけだ
でも、私が、旅を始めたのはNさんと出会ってから1年以上後だ
◇でも、あの時に、あの瞬間に
Nさんと、ブラックベリーの創立者と出逢わせてくれたのは
◇確実に私の人生の二者択一を左右し
◇今までの思考をリセットする為の
私は、何でも
食べてみる
やってみる
行ってみる
じゃなきゃ
それは肯定なのか否定なのか
どちらでもないのかすら分からない
詰まらないなら、詰まるようにすればいい
まずは、自分が率先してやってみる
じゃなきゃ何も説得力がない
誰も説得する必要もない
自分が納得出来る人生の選択をしているか
正しく誰に対しても
胸を張り誇りを持って生きているか
だけだ
◆彼等に出来て
◆私に不可能なハズはないと信じてトランク1つでバックパッカーの旅に出たのが数年前
◆同じ人間なら私にも出来る
ただ、何かを工夫したり
遣り繰りや計画はかなり必要だったけど
私には、ホテルの食事にお金を掛けない事だった
朝ごはん以外は
外食や、ホテルのレストランはほとんど使った事がないかな
でも、どの国を訪れても
どこの場所を訪れても
この何年間を振り返って
強く感じるのは
本当の私にどんどん戻ってきている事
長年苦しんできたPTSDも
喜怒哀楽がなくなったのも
笑わなくなったのも
人を愛さなくなったのも
全て消えてきてる
確実に
日本で心から無心になって笑ってる私は
限りなく少ない
毎日穏やかで静かに過ごしてる
特に不満はない
でも一人で泣けても一人で笑えない
って言うように
私を日本から出すと
信じられない位、
別人の本来の私の顔が姿を表す
それは写真でも伝わらない
だから、せめても
私とお友達になってくれたみんなや
私のリアルフレンドにムービーを見せて行きます
凄いおバカで
マヌケで
抜けてて
飛んでて
めっちゃ人懐っこくて
よく笑って
変わってて
面白くて
自分で自分のムービー見てるとバカ過ぎて
わんぱくで好奇心旺盛で吹き出しちゃうほど
ウケる女の子だわ、、、(笑)
とつくづく思う
この感覚を忘れずに居たいし
私を本来の私に戻してくれつつある人達と
世界中で私の心にバイブレーションをくれた人々や景色
壮大な自然の恩恵に心から感謝します
次のエリアと次の国は
私の心に何を運んで来るだろう、、、
不安と期待でいっぱいだ!
I say again!
まずは、想い描く
いっぱい想像してみる
自分がしたい事
行きたい場所
食べたいもの
何でもいい
そして必ず最初の一歩を踏み出す事を忘れずにいたい
一歩が踏み出せないなら
その想い描く想像は
「無」
になる
恐れる事はない
失敗しても
怖くても
転んでも
何年かかっても必ずやり直せる
軌道修正も可能!!
一歩を!
ただ一歩を踏み出して
後は風の流れに身を任せながら
良心と信念を忘れずにいれば
自然となりたい自分に近づく
〈恐れないで〉
◆これは、私が、自分自身に伝えてるメッセージでもある
恐れずにもう1度、人を愛してみなさい
恋愛を信じなさい
と、、、
一人になって尼さんのように自分を見つめる事
何年間も経った
そろそろ一人旅だけじゃなく
私の人間関係にも変化をつけるべき時かもしれない
そう思う
ではでは、みなさん素敵な夜を過ごしてくださいね!
私は、今から砂漠からペトラに移動します
ペトラについたら2日間体を休め
ムービーを沢山アップします
ムービーはいちいち見るのが面倒くさいから
興味を持ってくれたお友達だけ見てみてください(笑)
ではでは、壮大な大自然の砂漠から
素晴らしいインスピレーションを貰ったのとひきかえにま熱中症になった私より♪♪♪with love
………………………
9月22日、休憩所で女学生達に会った
l like so much them!
l respect to them and who l proud of them!
沢山のアラビックに会って
沢山のイスラム教のムスリムに会った
彼等は沢山の制約がある中でも
凄くピュアなハートで生きてる
宗教に対する考えは賛否両論だけど
あたしは信心深く規律に沿って生きている彼等にリスペクトを感じたの
また砂漠の写真とムービーは砂漠を出たらアップしMax (^-^)
be happy ,be strong!
Islam!
────────
私が休憩所で女学生達と会って話しながら
真っ先に頭を霞めたのは
イスラエルの三大宗教の聖地の世界遺産見学の時にガイドさんから聞いた話だった
その内容は
『イスラム教の女性の自由が少なく
縛り付けられるような規律の中で生きて行かねばならない事』
それは私が生まれ育った実家とリンクしてしまい
心が痛く、重く、苦しくなり
同情のような気持ちになってしまった
彼女達は、生まれる家を選べなかった
生まれたら、たまたまイスラム教で
自分の身を守ろうと努力しても
イスラム教の決まりによって
無理が祟った男にレイプされてしまったり
それが原因で父親に殺されたり
抑圧された、逃げ場の無い環境で
一神教により
(私は父親の価値観により)
身体や心を
力により押し込められたり
肩身の狭い思いをしたり
傷付いたりしている人も居る
彼女達のせいではないに…
それは宗教や父親の価値観であって
何も悪い事をしていないのに
苦しむ人が居る事に心が本当に痛くなった
娘より宗教が大事
娘より父親の価値観が大事
そうゆう経験を彼女達がしなくて済むように
何も弊害が起きず
心が曇ること無く
無事に大人になって
伸びやかに生きて行けますように
と心から願って
祈るような気持ちで別れたよ
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