最近、早朝5:30に起きると西の空に月が出ていて
明け方のお月様は綺麗です🌔

7時近くになると
朝日に照らされてお月様が白くなり
太陽と月が
西と東に一緒にある景色は
宇宙の営みを感じられ神秘的で好きです
……………………
前回のブログで

ドライバーさんがヨルダンのTV局員さんと話をする時に

聞き取れないアラビア語?
でお互いに話していた時に
私の中で

「ドライバーさんは英語ペラペラだけど
やっぱり母国語の方が話すのが楽なんだなぁ

英語圏ではない国で生まれ育った人達が

(私の場合は仕事や旅でお世話になったあらゆる人達)

地元の人と話す時にその国の母国語でやり取りしてから
私には英語や日本語で返答する時は多々あったもんなぁ…」

と過去に見てきた現地の人達が思い出されました

私を取材してくれたヨルダンのTV局員の人達も
英語は話せるのだけどね

やっぱり身体に根付いている元来の習慣みたいなもの
三つ子の魂百まで
みたいな…

無意識な領域でフッと出てくるもの
そうゆうのって大きいんだなぁ
と感じていました


このブログでは
私が自宅でトイレに移動する時に

毎回
〈幸せ〉
を感じている事も書きました

トイレに向かう数秒間が毎回幸せだと思える程の
過去の経験と
その境地になれた心に

〈ありがとう〉

と思います

……………
こちらは過去の投稿です

繰り返すオペでどんどん痩せて行きました
無事に終え帰宅した報告はしたけれど

実際は心身共に猛烈に苦しくて
のたうちまわるような月日が
年単位でどんどん増えて行き

思い返しても絶対戻りたくない時期ですが😱

それでもこの頃はSNSをやる余裕がまだあったんだな...

と懐かしい?
闘病時期の1枚💨





疲れ切って
カーテンも閉めずに寝てしまった翌朝

朝陽の明るさで目が覚めて
真冬で空気は冷たく窓に結露が出来ているけど

朝陽を浴びて
ファ~✴️と
心に澄み渡る気持ちで
温かいお日様の光を
目を瞑りながら味わうように
しばらく感じていた朝で

太陽が昇る事は
新しい1日が始まった事を意味するから

朝を迎えた事に

「また今回も1つ生き延びたのか」

と静かに心に浮かび
今でもハッキリ覚えてます



…………
これも過去の投稿ですが
SNSで見つけたもので

観た当時も
今観返しても
自然に涙がボロボロ出てくる
心を揺さぶったムービー

こうゆう作品に出逢う度に
作り上げる心豊かな感性や
才能を持っている人達を凄く尊敬するのでした

心が真に生きていないと
その伝えたい部分に意識を向けられないだろうから

一生懸命に生きた事がある人でないと
〈そこ〉
に気付かないだろうなと…

『転ぶことは私たちをより強くしてくれる
というメッセージは
アスリートだけでなく
何かに挑戦しているすべての人
そしてそれを支えるすべての人の心に響く』

とSNSに書かれていました


私の心の中にある想いとして

◇「誰かの太陽や光になる人は

見えない所で死ぬ程歯を食い縛り
努力してる

フラッシュライトを浴びて華やかに見えても
舞台裏はそうじゃない

トライ&エラー
失敗と挫折を繰り返しながら

たったその一瞬の為に
誰にも見せない
ありとあらゆる涙と痛みを我慢し
走り続けて重ねた年月がある

光が強ければ
その分陰も深くなる

成し遂げた先にだけ見える景色(心の反応)があり
その熱い想いを共感出来る人がいる
一緒に泣いてくれた人が居る

見守って育ててくれた人が居る

見守って育ててくれたのは
人じゃない時もあった

〈自らが選んだ人生の経験〉
が己を高みに押し上げ

晴れ渡り
叫びたくなる境地に行ける時がある」

と自分の経験を通じて
人生のどのステージでも感じていました


今まで机に見向きもしなかったのに
「このままじゃダメだ!行きたい学校を見つけた!」
と決めるやいなや
学生時代に猪突猛進で受験勉強してる姿を見て

学校のあらゆる先生が驚きと
嬉しい事件?としての感激を
廊下で伝えてくれたり

私の担任ではないのに
わざわざ
『あの姿勢の変わり方は凄かった!
第一志望合格おめでとう』

初志貫徹する私の姿に
卒業時にお手紙を渡してくれたり...


社会人になってからは老若男女
お客様、後輩、スタッフ
から言われる、聞かれる事が常に同じで

『何があなたをそこまで駆り立てるの?!

どうしたら先輩みたいになれますか?!

職場以外で一体何をしているんですか?!』

と言う類いの質問😅

私は真似して欲しくないし
真似など出来ないと分かりつつ

「死ぬ気でやってる
仕事の途中で過労死しても良いと思ってる
本当に助けて欲しい時は死ぬ程頭を下げてる

目先の成績ではなくて
常に1年後、5年後先の事を考えてる
だからその場は遠回りに見えても
ひたすらお客様の側に立ち

誠心誠意努力すれば
見ている人はその姿を見てる
心を打たれて味方になって応援してくれるようになる
思いは通じて必ず成し遂げられる」

と答えていました
『命懸けで働くって事😱💦⁉️』

と、絶句されるか
ポカーン
と言う反応をされました…😅


後は
「これは学校では教えてくれない事だから難しいけど
相手が何を言って欲しいのかを常に考えて
猛烈な集中力で相手の言動を観察してる

会話しながら
相手がこう答えてくるだろうな

と思う予測パターンを3つくらい頭の中に用意したまま
瞬時に適切な言動を繰り返す

これを会話している間
何時間でもずっと続けてる

一見自然体で
思った事をお互いにただ話してるだけに感じても
それは違っていて
実際は全て先を見越した考えられたもの」

と答えました


話しは少し変わって
団体戦も協調性や団結力が必要だから大変ではあるけれど
個人戦と団体戦は苦悩の種類が少し変わる

個人プレーはサボってもバレない

だから個別でトップに立ち
かつ、それを長年維持するには
常に自分を厳しく律し続けなければ
成し遂げられない事

ライバルは常に自分で
ひたすら自分との戦い
どこまでやるか
どこまで行くか


私は小学生の時に吹奏楽部で
2年連続で
日本1位
になっていて

私が習字で書いた
書き初め
は6年連続
学校の代表として美術館に飾られていた

中学生はテニス部で県大会

社会人になってからは
個人で10年間トップと日本一

幼少期から
トップに立つ人の見えない裏側にある
並々ならぬ努力と忍耐と継続する力
心の強さに意識が向き

子供の時から
オリンピックや大会を観ては
涙を流しながら感動を貰っていて

このムービーを初めて観た時も
今見返した時も
私が感じる想いは変わらない

《自分が生きてきた道が
そのまま描かれている気持ちになる》

身を置いた世界は違うけど
人生で何度もトップに立ってはきたが
苦しかった自分の人生と重なる


私が世界一周一人旅
に出るきっかけを作ってくれた
元Wカップ日本代表のNさんも2人で話している時に言っていた

『サッカーが嫌いになるほど練習する』

この言葉を聞いた時に
私は激しく同感してしまった

「一過性ではなく
トップを長年維持する人は皆同じなんだ」

と心に刺さる彼の本音だった

Nさんと私は何もかもが桁違いに違うけれど

私も人と話す事が大好きだったのに
仕事以外の電話は鳴っても出られない
無視をする程疲れ切っていて

〈声を発する事すら出来なくなった〉

24時間365日無休で働き
常に誰かと話し続けていたから
もう仕事以外で誰とも話せない
声を出す事が苦痛で限界
と言う心身になっていた

だから
『嫌いになる程
全て出し尽くすから
その結果と成績を維持出来る
(相当無理してる)』

と言うNさんの気持ちが分かる気がした

学生時代や
10代20代のまだ子供で精神的に未熟な時に
結果を出すのはプレッシャーに押し潰され尚更辛かった


日本の競馬界で
伝説の名馬
ディープインパクトの存在を知った時

競馬には全く興味は無いのに
号泣して
手で床をバシバシ叩きながら

「こんな馬は他に居ないよ」

と友人に呟きながら
名馬がその日に至るまでに歩んだ道のりを勝手に想像し

光と夢
希望を与えてくれた存在に心打たれた

その姿は鮮やかで
本当に美しかった

後にも先にも
ディープインパクト以外の馬を知らないほど
私に影響を与えてくれた馬


ゴールの手前になると
物凄いスピードを上げてきて
毎回

〈何馬身もの大差をつけてゴールする〉

テレビの画面越しに見ているだけなのに

声を上げて声援を送り

見守りながら
その凄まじい勇姿に腕に鳥肌が
ゾゾゾゾ!
と立つ

その姿を見られるのが楽しみだった

待ち遠しいような
自分の目がキラキラするような感覚になった

一瞬で虜になって
ネットでいろんな事を調べ始めた

レースの前にパドックを歩いている姿ですら
美しい
と見惚れている

シルエットもバランスが取れていて綺麗だし
何をしていても美しいわ!
と完全にファンになっていた

〈馬は自分が勝った事を理解している〉

〈1位でゴールした事を分かっている〉

と知った

だから引退試合の時にも
他の馬を引き離して圧倒的な強さでゴールした時

「優勝出来て本当に良かったね
調教師さんとの絆はどれ程深かった事か
皆が見守りながら一緒に育ち
走って来たんだろうね…
お疲れさまね」

と号泣しながら
心から安堵し
お馬に心から
ありがとう
と感じていた

見ていた国民皆が歓喜した

何馬身もの大差をつけてゴールする事は
私の働くやり方と同じで
また自分の姿とリンクしてしまった

〈出る杭は打たれる〉
でも
〈出過ぎた杭は打たれない〉

のでは?と思い
集団的虐め嫌がらせ
から唯一自分を守る方法だった

マラソンなら2~3メートルの僅差なら
2位以下は追い抜きたくなり期待を胸に力を出す

でも2~3キロ
20~30キロも離れていたら追い越す気力すら出ない
と言う心理状態になれば
嫌がらせする気を削げないかと考え

同じ人間性になりたくないから
やり返すのではなく
正当な方法で身を守るには
全力で力を出し尽くす
と言う方法になった

だから
ディープインパクトのゴール直前の
体力の限界的なラストスパートは

全てをそこに懸けている強さと危うさ
儚さを感じさせて
心を鷲掴みにされた

だから
〈伝説〉
と語り継がれるんだ…

私も働いていた時も
辞めた後も
周りから伝説と呼ばれた年月が長かったな

自慢はしないけど
心の中に
よくそこまで頑張った!
と誇りとして残るものカナ…😌

(お馬の写真お借りしてます)


………………
◇この旅行記は、複数の病の闘病中に
3人の医師からドクターストップが掛かりながらも夢を叶える為に出た
一人旅を振り返る投稿をしています
単焦点1.4で撮った写真を載せながら

私は世界中に治療法がない難病で
生存が困難だと言う事

多領域
(虐待・5億円借金・レイプ・複数の刑事事件・虐め・ネット中傷・集団無視・複数重症疾患・長期医療被害・死産、死別)
が連続、重複して起き

それでも世界一周
100都市を一人旅し
生き延びる事を模索し続けて来た人生を書いたブログ
と呼ばれるニューカレドニアで会った野良猫に
日本に帰国してから餌を持って
再び会いに行った事

イタリアのローマの保護猫施設を何度も訪れ
ボランティアや募金をしている事

微力ながらも
弱い立場に置かれた生き物に
自分が出来る事をしている事を書いたブログ

ご自身の生涯を精神科領域に従事された
日本一有名な精神科医
神田橋先生

漢方薬を使う治療を生み出し
薬では治らないとされる難病の改善の為
私は服用を続けていたら

1日中続いていた激しい動悸、吐き気が治まった事

患者に必要な医療は
患者の命を奪うものではなく

必要な患者に適切に届いて欲しいと
切に願っています

私のように
医者が患者に間違った知識と投薬量を
強情に押し付け

助かる命が殺されかける事があってはならないです
ペトラ遺跡は
世界遺産だけではなく

〈新世界7不思議〉

として登録されています
何百年もの長きに渡り
たくさんの人々が徹底的にペトラ遺跡の歴史について調べましたが
未だに真実が分からないまま
ペトラ遺跡は静かに佇んでいます


私が女1人で世界一周の旅に出るきっかけや
後押しをした出会いがありました

世界中で名を馳せて大活躍した
サッカー元Wカップ日本代表の有名な選手との
出会いと

既に世界一周を終えていたその彼から
世界中の旅の話を聞けた事でした

〈見果てぬ地への旅〉
をイメージさせてくれたから
私も行きたくなり
迷わず行動に移せました

〈その時の出逢いがその人の人生を根底から変えることがある〉
という言葉は
書家・詩人の相田みつをさんの詩の一節で
私の人生は振り返るとその通りになっていると感じる事が多いです

…………………

◇私は一人旅に出ている時

常にメモ用紙とペンを持ち歩いていました


それは私の英語のアビリティーが低く

国やエリアによっては

英語が話せない人にも出逢うので

意志疎通の助けとして

紙に書いて理解する場面も多々ありました


その事をこのブログで書いています

────


ヨルダンの旅の中で

一番思い出に残っているのが

このワディラム砂漠


景色の美しさが心の中から全く消えないし

今も全く色褪せない


その時の出逢いや

小さな決断がもたらしたことが


後から凄く

自分のこの先に影響を残したり与えたりすることって多々あるけれど


ワディラム砂漠がこんなにも心に焼きつくとは・・・





[知ってる道と歩いた道は違う]


私の好きな言葉

実際に見て感じないと分からないことだらけだ・・・

景色も生きてく中での経験も・・・

砂漠って…
1面に遥か彼方先まで砂しかないものだと思ってた…

こんな美しい砂漠もあるんだな…

地球…
広く果てしなく…

この目で見て歩かないと心にも響かないし
脳裏にも焼き付かない

結局は何も分からない…


ワディラム砂漠の心に焼き付いて

離れない景色の1つ


空から見たワディラムの全景の一部

どこまでもどこまでも
日本で言うならば隣の隣の県くらい続いてそうな広大さ…


死海でも

映画のロケ地で有名なペトラ遺跡でもなく


ペトラ遺跡のお勉強でお世話になったガイドさんが強く薦めてくれるから

急きょ1泊2日で立ち寄った砂漠


現地の人は


『サハラ砂漠よりも美しいと言われているんだよ

砂の色がローズピンクで美しいだろう?』


と、誇らしげに話してくれた


産まれて初めての砂漠・・・


生き物も植物も

何も生きれない世界かと思ってた


でもどこから水分を集めてくるのか・・・


オアシスではないけど

限られた水分の中生きている緑の植物も時々あった






一番驚いたのは遥か彼方先まで…


砂と岩以外何も見えない荒野で


いきなり道路を占領しているラクダやヤギを引き連れている

何人かすれ違った遊牧民のジプシーさん達


「どこから来たの?どこに帰るの?」


『あそこに見える山のふもとに家族がいるからそこに帰るんだよ』


「何十キロも先に感じるよ・・・

歩ける距離じゃないでしょ・・・

陽が沈んでしまうよ・・・」


『毎日片道20~40キロくらい歩き続けてるから平気

それが普通

そうしないと人間も動物も水と草が手に入らないから・・・』


「・・・そうなんだ・・・

気を付けて帰ってね・・・

いつまでも元気でいてね。。。」



日本がどれだけ便利で安全で


衣食住に困ることなく


人間として最低限の事をほとんど用意することが出来てるか。。。。


なんて

そんな言葉じゃ片付けられないくらい


すれ違う全ての景色と人々は

しばし私の中から時間の経過・・・

という感覚を無くした


時も息も止まった・・・


ただただ長く見て焼き付けて

言葉は分からないけど見つめて話して

紙に書いて、知りたかった・・・


彼等がどう生きてて何を感じてるかとか

彼らが大切にしてるもの


最優先なものが同じ人間で

同じ地球に生きててこんなに違うのか・・・



自分と家族が生きるための〈水〉


高価な価値のある非常食の〈アーモンド〉


栄養を補うために

既に骨と皮しかない動物の乳を搾ったり


時には売ってお金に変えるための


〈唯一の物的資産の動物たち〉


これらを確保するために何十キロも歩き移動し続ける・・・

永遠に・・・


安住の地はなく・・・


移動が多い彼等の


〈家〉


と呼ばれている物は


枯れ木を集めてゴミ袋で

簡易的な壁みたいなものをくっつけただけで

風や砂ぼこりは家の中に入ってくるという





気球が地面から離れた直後のワディラム砂漠


私はどうだろう・・・


蛇口をひねれば出てくる


〈命をつなぐ水〉


についてどこまで考えられているだろうか・・・



どちらかは足りないものを手にしていて

どちらかはソレがない


それは目に見える水や物的なことだったり

目に見えない時間や自由だったり


国、環境、年齢、宗教


いろんな理由で最優先なものは変わり

正しい、間違い

も答えはない


でも、目に見える水や資源


そうゆうものは更に大切に

意識を持って扱おうと痛感した



この日の朝陽


話し長すぎて・・・

明後日まで続くスクロールになってしまうので笑


印象深い写真の説明は各お写真に書いてあります














昨日到着した

《ワディラム砂漠》

ここを

《世界一美しい砂漠》

と言う人も、多い!

今朝はまた5時起きして
初、気球に乗ってきました~~!

Very good experience to me! 
I' t amazing!

前回のブログで

隣の村から毎日何キロも歩いて来て
岩山を登り
夕陽を眺めるのが幸せ

だと言っていた男の子と
一緒に写真を撮ってもらったものの

敬虔なイスラム教の人達が多いエリアでは
男性が女性にハグをする文化は無かったのだろう…

私が男の子に瞬時に近付き過ぎて
距離感の近さに
ドギマギされてしまった😅

何より〈村〉と言うには余りにも軒数が少ない
孤立した集落に生まれて

英語が話せる彼に驚いた!

あの小さな集落に学校はあるのだろうか…
どこまで通って勉強したのだろう…

と言う衝撃が頭を駆け巡った

ペトラからここまで来る道のりは一面砂漠で
途中に食料や日用品を売っているような店は一軒も無かった

普段どうやって生活を送っているのか…

命に直結する水は通っているかもしれないが
火や明かりになる
電気やガスはあるのだろうか?

彼等からしたら
生まれた時から無いのが当たり前なら
不便と感じないのだろうな

とも感じていた


私は一人旅歴が長くなり
ご挨拶の時にはハグをする

と言うヨーロッパの文化に慣れ切っていて
日本に帰国した後も
どこかの海外に一人旅に行く時も

「Hi~😉元気だった~?😄」

のご挨拶時にもれなくハグもする
と言う習慣が身に付いてしまっていた

ヨーロッパは
ホテルもレストランもどこかのお店でも
親しく会話した後に

2度目に会う時は

〈ハグ&左右の頬っぺたにチュッチュッとエアーKiss〉
(キスする真似だけ)

されてきたから
オープンマインドな海外ってサイコー⤴️

と言う心地好さを
体が勝手に覚えてしまっていた

今回の旅でもその習慣で過ごして居たけど
ホテルやレストランでは
スタッフさんも慣れた様子でハグしてくれたなぁ

観光客と交わる事が無い方だと
確かに結婚するまで女性に触れない信者さんも居るのかも知れないな
と思った

素晴らしい経験をまたさせてもらいました!

常に新しい経験
フィーリングを与えてくれる環境に感謝してます!
続きは後程!

これから砂漠をまわってきます!
みなさんも素敵な1日を!
……………………
気球に乗る前

朝で~~す
早起きして、初バルーンに乗ってきました(^-^)





朝5時前です

街は寝ています・・・

その前に街が見当たりません・・・
私もまだ半分寝ていまつ…





早朝でつ・・・





宿泊したロッジの前で~
あさ5時前よ~~

このロッジはほとんどがテントで出来てる

シャワーもトイレもテントの中にはない

かなり歩いた場所にある公共の物を使う

どうしても必要ならば
別料金で
水のような冷たい温度のシャワーと
トイレがついた一軒家風のロッジに宿泊できるが

フロントから遥か~
遠く~にありますわ・・・
歩いて10分以上かかる

そんなスイートルームタイプのお部屋でも
ベッドとマットはかなり湿気で湿っていて・・・
湿気で布団が重たくなっていた

嘘だろ〰️
と思いながら布団に入った

タオルはカビた臭い

でも~
ここは~~
砂漠のど真ん中よ~~

そんなの気にしてられらな岩岩~~

これっぽっちも気にならなくてよ
ウフフフフ

屋根がついてて
鍵をかけて安心して眠れるだけでマジ最高

砂漠は寒暖の差が激しいから
羽織物1枚じゃ寒くて
周りはトレーナーとフリース

あたしっていつもそうだ(笑)

フランスの有名な世界遺産
モン・サン・ミシェルでも

イギリスでも、常に凍える場所で
薄着で行ってしまい凍えてる(笑)

ガイドブック読んで気温は頭に入れて行ってるのになぁ…
また笑けてきた
アハハ(>_<)



アレレ・・・
結構準備にお時間かかるんだね・・・

組み立てるのに1時間位??!!




結構な重さで大作業なんだね
ガッチリした男の人が数人がかりで持ち上げるんだから


到着したら
もう乗れる準備が出来ていると思ってた…(笑)

結構な寒さの中
乾き切った土しか一面にないところで
ひたすら待つ…

1人遊びが得意な私は平気だけど
待つのが苦手な人は
来てビックリ!
になるだろうなと思ったよ








神々しい風景にまた出逢えた


今回のこの景色は

〈今までの壮大な大自然!〉

というより

まだ夜明け過ぎて間もなくて

霧がかる岩の山々がなんとも神々しく

エキゾチックに感じた

実際、岩で出来た山々は

高いものだと500~1000メートルある

そして幾つもの地層が積み重なって出来たもの




気球に乗る前に1時間以上待たされるから
一人遊び(笑)

足ながーい


朝4時に起きてワディラム砂漠を
気球に乗って
上から眺めてみよう~~^^







気球に乗ったら数秒であっという間にもう空の上!
早い!







画のようだった・・・





気球の中は暑いから
顔を守るキャップが配られるんだけど

それでも経験したことない熱さが顔面に当たる・・・

痛いと言うより
焼かれ過ぎた皮膚が
溶け出して
ダラダラと下に落ちそうな火力

火事などの災害や
戦争で引き起こされた火による痛みはこれ以上なのか…

焼死のニュースが頭をよぎり
耐えられない苦痛なんだな

と皮膚と心が悲鳴を上げる
息苦しい猛烈な熱さの瞬間に頭に浮かぶ

体験しないと本当に分からないんだ
何もかも
と再度痛感した経験







この景色を見たときに真っ先に頭に浮かんだこと


「風の谷のナウシカが降り立ってきそう」

「遥か昔からこの地を守ってきた神様たちが
ここのどこかに今でも隠れて住んでいて

時々空に行ったり
ここに戻ってきたりしてるんじゃないか・・・」

そんなこと・・・

神々しかった・・・
この景色が今でもずっと忘れられないんだ・・・

常に自然の現象だけでクリイトされたものは
私の心のバイブレーションを呼び覚ます
微笑ましい過去の投稿が出てきました

念願だったニャンコ😺のフラットシューズを購入して嬉しかった日です


この猫のシューズブランドは日本に店舗は無く

バイヤーさんが世界中にお洒落な衣服を探しに行き
そこで見つけた複数のブランド商品を取り揃えている

〈セレクトショップ〉

の限られた店にしか売っておらず

例え足を運んでも
買い付けの数が少ないから
欲しいサイズの在庫があるか分からない

新しく購入するブランドで
必ず試着が必要だからネット通販では気軽に買えない

と言う理由でなかなか巡り会えずに居て


特に〈靴〉に関しては

洋服と違ってサイズの誤魔化しがきかないから
靴ズレを防ぐ為に必ず試着する事や

『贈り物には最も送ってはならないのが〈靴〉です』

と靴職人さんが
ハンドメイドで1足ずつ作り上げて行く

イタリアの老舗ブランド靴店舗の
店員さんに教えて貰った事があり


10代20代初期
日本製のパンプスを購入しては
かかとから必ず血が出る程の
痛い靴ズレをしていた私は心底納得していました


その時に

『日本人の足は甲が厚くて
指が短い形が多いのが特徴ですが

貴女は甲が薄くて
足の指が長いヨーロッパの人に多い足の形をしているから
ベテランの靴専門職人が多い
イタリア製の靴が合うと思う

靴を作るには予め作られた木型があり
その木型に沿って縫製されて行く

日本とイタリアでは
この元になる木型の形がそもそも違う

サイズが合わないと足が固定されず
靴の中に空間が出来てしまい
足が動いてかかと部分に当たり靴擦れが起きる』

と20代半ばでアドバイスを貰った事を機に
私の靴ズレは解消されました!👀


ブランドの変更1つでこんなにも歩きやすくて靴ズレしなくなるなんて!

と目から鱗で
大変お勉強になり
世界観が広がりました👏


それからは
1足の靴に何日も費やし
丹精込めて作り上げてくれた職人さんに敬意を払いながら

購入した大切なお靴達は
季節ごとにクリーニング
お手入れしながら愛情を込めて

何十年と共に歩んで行くと言う
皆が幸せな方法を見つけられました


◇この靴はシャーロット オリンピア

と呼ばれるブランドの代表的なデザインで

猫の顔が刺繍されたこのシリーズは
「キティ」
と呼ばれ

世界中のセレブリティに愛用されているアイコン的な存在


繊細な刺繍は手作業でしか作れない

デザイナーの
シャーロット・オリンピア・デラールが
2008年に設立したロンドン発のブランド


全てのシューズはMade in Italy (イタリア製)で
最上級の素材を用いてハンドメイドで制作

靴のインソール(かかと付近)に
ブランドのシグネチャーとして
〈ゴールドの蜘蛛の巣〉
のモチーフがあしらわれているのも特徴


分かりやすい
皆が知っているハイブランドも素敵だけど

マニアックな猫好きさんや
お洒落に興味深い方ならば
買う側でも
売る側でも知っている

隠れた名品のような
私のツボにガツンとハマるデザインで

今でも大切に保管しています


私はこんな風に組み合わせて履いていて

玄関でお靴に足を入れる瞬間や
ドアを開ける時
お靴次第で外出が楽しみにさえなるから

好きな物
納得して信頼している物事が近くにあると
心軽やかに
あったかく満たされるから不思議だなぁ

といつも思っていた



◇《人は痛みを忘れた瞬間を忘れない》

この言葉が私の頭の中に
ブワッと浮かんだ瞬間が最近ありました


それは、以前はよく歩いていた
お気に入りの散歩道で
目に留まった景色を見た時

激痛がスッ…
少しの間消えたんです
背骨から頭を突き抜け

キツキツにネジを締め上げられていた状態が
ピンッ
とネジが吹っ飛んで
ガチガチに固定されていたものが緩まった
感じでした


どっかで聞いた事があるキャッチフレーズだな…
と気になっていた数日後…

◇〈人は時間を忘れた瞬間を忘れない!〉
 
と言う
遥か昔に見聞きしたどこかのCM?を

「分かる!その通りだもんね!」

と納得して記憶の深層部が覚えていたみたいで


痛みが消えた一瞬で
とっさに私の頭の中でアレンジされたようです


激痛がフッ
消えて無くなった瞬間に撮った
その時のお写真を貼り付けます


凄かった!
奇跡か魔法かのような
現実だと思えない
信じられない軽やかな感覚が頭を突き抜け

「わっ!
健康体ってこうゆう事を指すんだよね
以前はこうだったよね」


足元に咲いてる小さな花
風に揺れる草木の風景
風の音
見る、聞く、感じる
五感全てに集中出来てる!

なんて凄い事なの!

幸せって
この肉体の事を指すんだよね
心も痛くなくなる感じ!

痛みが無いことがどれ程凄い有難い事で
当たり前の風景や
日常に触れる事が可能になるのか…


夢みたいなその時に

「この肉体は幸せだ」

「戻りたい」

本当にそう思った

「奇跡が起きないかな…」

と次に思った

失ってから気付く事は
幼い頃から常に繰り返し経験してきたから
ずっと若い時から気付いていた

だから健康を含め
これ以上何かを失わない努力をしてきたけど
急にこの体調になってしまった

以前の私は
道端に健気に咲いてる草木を
愛しいな
頑張っているんだね
と感じたり

風に吹かれながら必死に折れまいと踏ん張ってるか細い幹や枝を見て
たくましいな
と励ますような気持ちになったり

風にそよいでお日様が当たっている木々の葉っぱの
サワサワした音に心がほどけて

葉っぱの間から見えるキラキラしたお日様に

「地球の恩恵だなぁ」

この時代の
この地球の日本の
この場所に生きていられる事がどれ程幸せか…😌

と散歩をする度に毎回毎回感じられる


自分が過去に多すぎる悲しみを経験してきたからこそ
その領域に立てている自分の心の反応にも
本当に感謝して
心が和らぎあたたかい気持ちになっていました


以前、口癖のように 

「私は自宅でトイレに移動する時ですら 
毎日幸せを感じるんだよ」

と親を含め近しい人達に話していたけど皆

『何それ?意味が分からない???(?_?)』

と言う反応で


私の中では

部屋と周辺環境が安全で
室内空間、設備、窓から見える景色
全てが満足した部屋に暮らせている事が

毎日毎日感謝に繋がるから
トイレに向かう数秒間ですら幸せなんだと気付いていた


自宅のトイレに行く時に

『あぁ、私は凄く幸せだなぁ有難いなぁ』

と感じられる人はほとんど居ないだろうな
と言うのは理解しているから


〈私の幸せを感じる沸点が非常に低く〉


本当に小さな小さな事柄に対しても
直ぐに幸せと感謝に繋がる

それって
本当に幸せで
心が豊かで満たされている事なんだよね
と思っている


野良猫や保護猫に会ったり
道で犬のお散歩をしているワンコを触らせて貰って
飼い主さんとその宝物のワンコについて会話しているだけで
勝手に必ず涙が流れて来ちゃうから

飼い主さんが困惑しないよう
気付かれないように頬を伝う涙は隠してる
マスクをしているからバレにくくて助かってる


自分では涙は止める事が出来なくて
幼少期から続いてるから

何故こうなるのかな?
と考えた時に

「頑張って生きている小さな〈命〉が愛おしくて
儚くて...

素直に喜びを感情表現して
安心して私に心を開いてくれている姿を見て

この子は傷付いて無いんだ
って感じて

汚れの無い純粋な動物の姿に
私も凄く安堵と嬉しさが溢れて
ずっと幸せに暮らせますように」
 
と…
自分では生きる環境をどうする事も出来ない

〈小さな命(生き物)〉 

の平穏無事を
無意識に常に祈ってる事が
心の根底に根付いてしまってるからだな

と自分で自分を理解してる

(私のようにならないでね、1日でも長く健康で
飼い主さんの愛情を沢山感じながら生きるんだよ
と願う気持ち)


そのお気に入りの散歩道を歩く事すら出来ず
伸るか反るかの状態で
忘れていた去年…

通り過ぎる時もあったけど
ポジティブな何かを感じたり反応したりする事は出来なかった

普段の私は
ランチ時で人が増える昼前後は外出を控えるけど

この日は用事があり
昼近くに歩いたら目に留まった花達


うわっ
もう梅の時期なんだね
1年絶つのが早い
一番寒い時期に綺麗に咲くよね

葉っぱは全て落ちて
色味が無くなった灰色の枝に
鮮やかなピンクを灯す

たくさん咲いていて綺麗だな
鼻の奥に遠くから香る
ほんのりとした梅の香りは優しいな

写真撮りたいな
寒すぎて手がかじかむ
冷たすぎて痛いくらい
本当に痛いし!

角度を変えたら青空が凄く綺麗だ!
いつもより更に今日は空が青いな!
雲も少しあって風情があるな

この構図で撮ろうかな
こっち向きでお日様も写真に入れようかな

寒くて手が痛いから早くしなきゃ
でもまだ上手く撮れてないな

梅の香り…
なんて心安らぐ香りなんだろう
穏やかな深く心に染みる香りだな


と言う
これらの感情達が瞬時に頭に駆け巡る

すると
沸き上がるポジティブな感情が多すぎて
頭の中はその感情で溢れてしまい

痛み
と言う感覚が脳からはみ出したり
忘れたのだと思う


自然の美しさに
痛みを拐われた

薬も効かないのに
自然や感動は痛みを消し去るんだ


この小さなビオラのお花も
一番寒いこの時期に毎年出会う

強い風が通り抜ける場所に咲いていて
日が当たらないから
冬場は余計に北風で冷える場所

ブンブンと風に翻弄される花びらとは対照的に
根っこと
細い茎は

『これしき、何のその、負けるもんか』

とばかりに安定しようと踏ん張っているように映る

その姿は自分と重なったりする…


綺麗な色だな
私は青や紫色がやっぱり好きなんだな
毎年撮っているけど今年も撮ろうかな 

スマホの位置がなかなか定まらないな
北風が寒すぎる
指が冷えて痛い
早く綺麗な写真撮りたい

あっ、また強風でピンぼけした
何枚撮ってもブレるな

と言う瞬間も
痛みが消えた束の間の時間だった


翌日もその次の日も
痛みが消える感覚が欲しくて
見に行って
4日目は疲れて行けなかった

けど心が動いた景色と 
頭を突き抜けた時に浮かんだ自分なりの呪文を繰り返し思い出し
あの時の感覚に戻れるようイメージしている

………………………………

過去、私の心がずっと我慢してきた

誰にも弱音を吐けず
姿も見せられず
溜まりすぎて
重たすぎる痛みと悲しみに蓋をしていた時に

心に締まった鍵を開けて
中まで光を届けて
救ってくれたのも
自然の景色だった


テレビや雑誌でたくさん目にして
憧れだった

フランスの代表的な世界遺産

〈モン・サン・ミッシェル〉

を訪れた時に目にした夕陽


深くて濃い赤みたいな夕陽の色味が
左右上下にずっと続いて
赤色に全身を包まれてる感覚になる

真後ろ以外は全部が赤とオレンジに染まっていて
初夏に行っているのに
体が震えてかじかむ位の寒さの中で

涙がポロポロ溢れて来て

モン・サン・ミッシェルには宿泊していたから
カバンは部屋に置いて来てて

泣くなんて思ってないから
ハンカチを持ってなくて

着ていたパーカーの袖で涙を拭っても拭っても
涙は出続けた

「私、こんなに我慢してたんだ…泣きたかったんだ…ずっと😭」

とパーカーが涙でビショビショになった


忘れる事なんか出来ない
人生を変えるかっかけを作ってくれた 
最初の景色の1つ

〈時間を忘れた瞬間を人は忘れない〉

の1つ






…………………

我が家の小さな子
去年の夏に獣医師さんに

「顔付きが急に老け込んだような気がして
どこか病気になっていないか心配している」

と伝えていました


1年間で猫は4歳
歳を取ると言われていますが

今年に入り急に猫じゃらしへの反応が鈍り

何十種類と試してきた猫じゃらしも
反応が良い6種類位に一定化してるし

お猫もお姉さんになったからかな…
とほんのり寂しい親心までなら良いのだけど

お昼寝する時に今までは
お気に入りの毛布の上で寝ていたのが

毛布の中に必死に入りたがり
隠れて寝るようになったので

〈具合が悪い猫は隠れた場所で寝る〉

と覚えている事と重なり気がかりな中

保護してから経験がない
短時間に2回連続で嘔吐する

と言う事が起きて
心がザワつきました


赤丸をしている箇所(酵母エキス)は
人工的な添加物なのに

〈無添加〉

とパッケージには書かれている

騙された気持ちになった部分です😨


お猫は朝に1度だけ吐く
と言う事は月に数回ありますが

『吐いても、その後にいつも通り食べたり遊んでいるなら大丈夫
グッタリしたりは直ぐに病院』

と獣医師から言われ
よく観察してきていた中で

朝の10ml程度のオヤツ水分補給の後に吐き
私が片付けた後
15分後に出した朝ごはんのカリカリを食べた直後にも吐いて

短時間の2度の嘔吐は気にして様子を見ています


以前ブログに書いた
猫のご飯の人工的な添加物についてです

個体差があるから
体調に害が出ない子も居るだろうし

我が家の猫のように
あからさまに嘔吐に直結する場合もあり

嘔吐は身体からの拒絶反応だから
結果的に分解する時に臓器に負担を掛けて血液検査で異常になる

ほぼ全てのウェットフードに入っている
食い付きをよくして
嗜好性を高める為に使われる

∴増粘安定剤
∴酵母エキス

これを避けると我が家の猫は嘔吐は格段に減り
肝臓の異常値は正常値に戻りました


でも沢山探してきた中で日本製で  

〈本当に無添加〉

な物は写真で
かつお
に赤丸をしている製品の水煮

〈家族品質 無一物〉
くらい…

食い付きは余り良くないです


心底暗闇に突き飛ばされた位の衝撃を受けたのが

∴酵母エキス

増粘安定剤や
調味料
(アミノ酸
これは人間のご飯にも多々含まれますが
私は過去これを摂取し過ぎて闘病と重なり
味を全く感じない味覚障害になりました)

は見るからにして文字が人工的なので
警戒出来ていましたが


酵母エキスは

〈無添加!〉

と謳う商品に含まれているから

「発酵食品系で身体に良いのかな😍」

と思って与えていたら
嘔吐を繰り返すので不信に感じて調べたら 

〈増粘安定剤より身体に悪質な人工旨味調味料〉

だったと言う事実😱

どおりで手頃な値段で食い付きが良くて
水で2倍に薄めてもバクバク食べると思った!

ショッキングな出来事でした


動物のご飯に対する表示義務は
人間のご飯より凄く甘くて
例え人工的な添加物を入れていても

〈無添加〉
と唄えてしまう

人工的な着色料や保存料は表示義務があるとの事


人工旨味調味料に猫が慣れてしまうと
人間と似ているけど
身体に本来良い
無害なご飯を
美味しいと感じなくなり
食べなくなってしまう

とあり
我が家の猫も一時その通りになって

↓この本当に無添加なスープを飲んでくれなくなった時期があり
元に戻す為に
根気強く時間をかけて人工物を減らして行きました

水を全く飲んでくれないお猫の水分補給の為に
ウェット探しを始めましたが

この缶詰めのスープと
赤丸をした騙された無添加風?オヤツでは
お値段が倍くらい違うのですが

猫の世界も
旨かろう安かろう
を探すのは難題なんだなと感じて

本当に人工物が入っていない
本来の無添加なものを作っている

ペット大国で 
動物に対するご飯の健康意識が高い
欧米などの海外のご飯に行き着いています
 

私が長期闘病者として感じるのは
人間と全く同じで

病気になり本格的な治療と通院が始まると
毎月、万単位でバンバンと
怖いくらいにお金が飛んで行きます

先代のお猫は毎月の治療費が20万円で
掛かり付けの獣医師ですら

『普通はこんなに通院する子は居ないよ、何で良くならないんだろう』

と驚いていて
私も全てがいっぱいいっぱいでした


ならば未病でいる為に病院に掛かる費用を
食事や運動の猫じゃらしおもちゃに使った方が

動物にストレスが掛かる通院を避けられ
飼い主も動物も心身ともに
健康的
と言う結果になりました


しかし人間のご飯よりお猫の食事の方が高い時も多々あり💦

1缶500円の猫スープ

吐血以来、白湯しか飲んでいない私は
唸るくらい考えたりします…😅

アニモンダのカーニードリンク
は本当に無添加

真似して自宅で鶏肉やマグロの水煮を作っても
全く食べてくれないです
何が違うのかなぁ🌀


……………………………

◇この旅行記は、複数の病の闘病中に
3人の医師からドクターストップが掛かりながらも夢を叶える為に出た
一人旅を振り返る投稿をしています


単焦点1.4で撮った写真を載せながら

私は世界中に治療法がない難病で
生存が困難だと言う事

多領域
(虐待・5億円借金・レイプ・複数の刑事事件・虐め・ネット中傷・集団無視・複数重症疾患・長期医療被害・死産、死別)

が連続、重複して起き

それでも世界一周
100都市を一人旅し
生き延びる事を模索し続けて来た人生を書いたブログ


と呼ばれるニューカレドニアで会った野良猫に
日本に帰国してから餌を持って
再び会いに行った事 

イタリアのローマの保護猫施設を何度も訪れ
ボランティアや募金をしている事

微力ながらも
弱い立場に置かれた生き物に
自分が出来る事をしている事を書いたブログ


ご自身の生涯を精神科領域に従事された
日本一有名な精神科医
神田橋先生

漢方薬を使う治療を生み出し
薬では治らないとされる難病の改善の為
私は服用を続けていたら

1日中続いていた激しい動悸、吐き気が治まった事

患者に必要な医療は
患者の命を奪うものではなく

必要な患者に適切に届いて欲しいと
切に願っています

私のように
医者が患者に間違った知識と投薬量を
強情に押し付け

助かる命が殺されかける事があってはならないです

ペトラ遺跡は
世界遺産だけではなく

〈新世界7不思議〉

として登録されています

何百年もの長きに渡り
たくさんの人々が徹底的にペトラ遺跡の歴史について調べましたが

未だに真実が分からないまま
ペトラ遺跡は静かに佇んでいます


私が女1人で世界一周の旅に出るきっかけや
後押しをした出会いがありました

世界中で名を馳せて大活躍した
サッカー元Wカップ日本代表の有名な選手との
出会いと

既に世界一周を終えていたその彼から
世界中の旅の話を聞けた事でした

〈見果てぬ地への旅〉

をイメージさせてくれたから
私も行きたくなり
迷わず行動に移せました


〈その時の出逢いがその人の人生を根底から変えることがある〉

という言葉は
書家・詩人の相田みつをさんの詩の一節で
私の人生は振り返るとその通りになっていると感じる事が多いです

…………………

ペトラからワディラム砂漠まで車で5時間くらい

到着してから宿泊施設の裏山に登り
その時に
ワディラム砂漠の撮影に来ていたヨルダンの地元TV局の人達と会いました

「彼等は何してるの?」

とドライバーさんに聞くと
ドライバーさんが取材スタッフの人達に
アラビア語?

聞き取れない言葉で話しかけて

『砂漠の撮影に来ているんだって
女の子が1人でここに来ている君に
彼等は興味を示してるよ』

と英語で説明してくれて
私と局の人達とのやり取りが始まりました




↓、ワディラム砂漠で宿泊するテントとロッジがある裏山?岩?
を登っている最中に
撮影していたムービーのスクショです

たまたま来ていた
ヨルダンのテレビ局がロケ?をしていて

日本人の女の子が一人旅をしている事や
『何故、ワディラム砂漠に来たのか?』

と、インタビューの依頼を受けて
テンションが上がってはしゃいでいます





岩でゴツゴツした上に
砂で足が滑るから尚更体力を持っていかれてしまう


そんな私を見て
ドライバーさんはいつも笑ってた(笑)


ドライバーさんからしたら
いつも仕事で来ていて
登り慣れた見慣れた場所だもんね
と思いながら










もうヘトヘトだった私に
ペトラから乗せてきてくれたドライバーさんが
岩肌を登る時に手を貸してくれてます


こんな景色が同じ地球にあるんだな




人生で見たことが無い景色に心が震えて
奪われっぱなし

風、音、風景、出逢う人達
全部に心がアクションする





ヨルダン地元局のテレビカメラ
恥ずかしいテンションです(*`・ω・)ゞ


カメラが回っている時
テレビ局のスタッフさんを呼んで

「一緒に映ろうよ~」

と私が言っている時


ともかく風が強かった
ビュービューしてました













観光客も
遠く離れた村からわざわざやって来る
地元⁉️
現地の方々も居た




私が泊まるロッジの部屋の前の景色

広々としている

でもチェックインや食事を取る
メイン棟のような場所から一番離れた場所にあって
かなり歩く

「この距離歩かせますか?!👀」
とちょっとビックリするくらい




ワディラム砂漠で泊まる場所は
身の安全の為に
〈テント〉
ではなく

鍵が付いている〈ロッジ〉を選びました

お部屋の紹介ムービーを撮っています

室内はジメジメしていて
ベッドも湿気ていて…

何かの病気に感染しそうなくらい
マットレスも布団も濡れて蒸れている

ガタガタ、ボロボロ、ヨレヨレ

免疫も落ちていて皮膚のアレルギーも複数ある私は
ダニとか
変な虫に刺されて病気にならないで欲しい〰️

ヨルダンの病院行くとか
体調悪化で強制帰国になりたくない🌀
と重いながら

恐る恐る布団に入った



鍵が掛かるタイプのロッジは部屋数が少なくて
目の前には沢山のテントが並ぶ



部屋の中は
中東風?の照明


バックパッカーが泊まるにピッタリ!

と言う感じのお部屋だな
と瞬時に浮かんだ

マットレスは使い古されて
ボッコリと凹んでいた

鍵が掛かった部屋で眠れるだけ安全でヨシ👍


夕陽に照らされて綺麗だな~

と滅多に経験出来ないであろう
この景色を心に焼き付ける


この日の夜
満点の星空に天の川がくっきりと肉眼で見えた・・・

星空対応のレンズと三脚があったらどれほど美しい渾身の一枚が撮れたのだろうか・・・


そんなことを想像しながらかなり冷え込んできた砂漠の夜、、、

天の川を見ながら心のシャッターを何度も何度も切って心に焼き付けたよ・・・ 


僻地では夜景の撮影は難しいんだよね・・・

女一人旅で陽が暮れてから外に出るのは防犯上も良くないし
カメラを三脚に付けて放置して星空撮影したら朝にはカメラごと盗まれてるのがオチ・・・ 


 だから私の一人旅には夜景が少ない・・・
ほとんどない
あってもホテルの敷地内の写真

陽が暮れる30分前には部屋に戻る
これが自分の身を守る鉄則






「どこから来たの?ここで何してるの?」


『あの隣の村から毎日ここに来て夕陽を見てるんだ
だって凄く美しいと思うから!』


男の子はそう言って夕陽が沈んだら岩山を降りて砂漠の中を歩き出した・・・

しばらく目で追っていたけど・・・
暗くなってきて見えなくなった・・・

彼の毎日の喜びや楽しみは
数キロ歩いて岩肌を登り夕陽を見ること・・・

なんて美しい生き方なんだろうか・・・

……………………………

私が世界一周、一人旅に出るきっかけ

そして
その気持ちを後押しをしてくれた出会いが
2人
過去にありました


世界的にも大活躍された
サッカーワールドカップ元日本代表選手
中○ヒ○さんです


私がヨーロッパを一人旅していると
様々なエリアで
現地の人達が
私が日本人だと分かると口々に

『ナ○ータ、ナ○ータ👍』

と笑いながら言ってきて😄

「あぁ、その人はお友達なんだよ(笑)」

と内心思いながら
微笑ましい気持ちで過ごしていました


後は、同じ時期に
こちらも世界的に名が通り
有名な海外企業の創業者
Bと出逢った事でした


中○さんとは仕事で出逢い


Bとは
私が美肌維持の為に
痛いフェイシャルエステを受けた後
スッピンでいつも行っていたカフェのテラスで

「今週も死ぬ程疲れた〰️😩」

と1人でグッタリしている時に
隣の席に座っていた外国人の団体に話しかけられ

その中に日本語を話せる外国籍の人が居て

『Bはもっと日本を知りたいと言っている。どこかお薦めはない?』

と聞かれたのがきっかけで連絡先を交換する事になり
それがご縁でした


彼等は既に世界一周を終えていて
個人的に会っていた私は
たくさんの話を聞く事が出来ました

BとはSNSでやり取りする機会は少なかったのですが
このブログを投稿しようかな
と思っていた時に

たまたま過去の私のSNSが出てきて
そこでBからコメントを貰っていました😲


以前の私は頻繁にSNS投稿していたから
何年の何月何日に
自分が何を投稿したのかは全く覚えてないです😅

その中で
この旅行記ブログの中で書いた

ペトラ遺跡のメインに辿り着く道のりで
戦士の服装をした道化師さんと会い

私は一瞬にして
お気に入りだった映画

〈グラディエーター〉

が頭に浮かんだ事を書きました


そのグラディエーターを自宅で鑑賞している事をSNSに投稿した事が出てきて
凄いタイミングで驚きました!👀


①ヨルダンのペトラ遺跡
②グラディエーター

③そして今回のブログに書こうと思っていた人との
3つが重なった出来事に

凄い偶然で
こんな事あるんだな…

私の人生はそうゆう驚くような出逢いやきっかけが本当にとても多くて

自分で自分の運命なのか
はたまた導きなのか…

神様が知らせてくれようとしている何かの気付きなのか…

分からないけど

良い事も悪いことも
光も影も

どちらも強くて驚く事が本当に多いです

時に、私自身が運命の流れに付いていけないくらいです…


奇妙で不思議な
誰も歩む事が無いであろう〈生〉を与えられて
地球の日本に生まれてきた

そんな感じです




グラディエーターの主人公
ラッセル・クロウさん

侵略や制圧を望む多くの敵に

人数は少ないながらも

〈強い絆と信用〉

を築いた強靭な不屈の精神を持つ
少人数の仲間と
多くの逆行に立ち向かう正義の姿

と言う役が多く
彼が出ている映画はどれもお気に入りでした



この投稿に貰ったコメントです
グレーは友達から
薄紫色は私のコメント

Bは日本が凄く気に入り
私が暮らすエリアにしばらく滞在するとの事で

『まだ近くに居るよ~』
と言うコメント


他の友達からは
『グラディエーター10回も観るのは観すぎ!(笑)』
とツッコまれてる場面




↓このブログで映画
〈グラディエーター〉

の主人公、ラッセルクロウが
命懸けの困難な場面に遭遇した時に発した

◆〈幾度も立ち上がれ羊が獅子となる日まで〉

と言う言葉が一瞬で心の髄に刺さり
直ぐに暗記したセリフでした


私の中で一生忘れない〈言霊〉になりました


映画は人を勇気付けたり
心をあたためたり
感動も触発も
たくさんの心震える瞬間をくれます



◇この旅行記は、複数の病の闘病中に
3人の医師からドクターストップが掛かりながらも夢を叶える為に出た
一人旅を振り返る投稿をしています

……………………
Nikon D810
単焦点1.4で撮った写真を載せながら

私は世界中に治療法がない難病で
生存が困難だと言う事

多領域
(虐待・5億円借金・レイプ・複数の刑事事件・虐め・ネット中傷・集団無視・複数重症疾患・長期医療被害・死産、死別)

が連続、重複して起き

それでも世界一周
100都市を一人旅し

と呼ばれるニューカレドニアで会った野良猫に
日本に帰国してから餌を持って
再び会いに行った事

イタリアのローマの保護猫施設を何度も訪れ
ボランティアや募金をしている事

微力ながらも
弱い立場に置かれた生き物に
自分が出来る事をしている事を書いたブログ


吐血し流動食になってしまったら劇的な体質改善が起きた事
(花粉症改善、肌の乾燥が無くなる)

ご自身の生涯を精神科領域に従事された
日本一有名な精神科医
神田橋先生

漢方薬を使う治療を生み出し
薬では治らないとされる難病の改善の為
私は服用を続けていたら

1日中続いていた激しい動悸、吐き気が治まった事

患者に必要な医療は
患者の命を奪うものではなく

必要な患者に適切に届いて欲しいと
切に願っています

私のように
医者が患者に間違った知識と投薬量を
強情に押し付け

助かる命が殺されかける事があってはならないです


ヨルダンにある

ペトラ遺跡は


世界遺産だけではなく

〈新世界7不思議〉

として登録されています


何百年もの長きに渡り

たくさんの人々が徹底的にペトラ遺跡の歴史について調べましたが


未だに真実が分からないまま

ペトラ遺跡は静かに佇んでいます



この旅の続きです
ペトラ遺跡のお勉強を終えて

次は砂漠に向かっています

このブログでは
私が在宅介護における
厳しい現実に直面している事も書きました

介助や介護が必要な人に
正しく節度ある支援が届いて欲しいと
切に感じています
………………………



この風景がひたすら永遠に数時間続く・・・

道は・・・
ある時と無いに等しい時がある・・・

車酔いは・・・
します笑


至る所に斜め~
になった看板がいる・・・


まだ見たこともない国に来ているんだな~
車の中から見える景色にずっと見入ってしまう


なんだここはっ!!!( ; ロ)゚ ゚

此処どこっ!



世界の絶景とか

何千年と言う月日を掛けて作り上げられた地層とか


そうゆうものって

観光地になっていたり

世界遺産として


その国が誇る名所になっているところばかりなのに



例えば
私が過去に訪れてきた

アメリカのグランドキャニオンは
海外で見た初めての世界遺産だった

その場に居ないと決して伝わらない
地球の営みと重み
時間が止まった瞬間

約20億年分の地球の地層が露出している

コロラド川が数百万年かけて削り出した
地球と生命の営みの痕跡として

有名な世界遺産だし





オーストラリアのエアーズロック(ウルル)も
世界遺産で
1987年に自然遺産

1994年に文化遺産として登録された
〈複合遺産〉

先住民アボリジニの聖地であり
現在は登頂が禁止されるなど
その神秘性と神聖さが厳格に守られ

日本の映画
〈世界の中心で愛を叫ぶ〉
の舞台になっている

私は心の中で
感動と言う歓喜を叫んでいたよ


先住民アボリジニの方々の神聖な場所で

事前に調べたら

観光資源としてツアー会社がエアーズロックに登るアクティビティを作ったけど
現地に暮らすアボリジニの人達は
聖地に観光客が登る事を嫌がっている

と言う事を知った

それは遥か昔からこの地を守り
ウルルと言う神様と共に生活してきたアボリジニの聖域に

観光客が興味本位で土足で踏み込むような
汚してしまう感覚だと私は感じて
彼等の文化にリスペクトする為に

エアーズロックには登らず
歩いて大きな岩の周りを一周する事を選んだ


朝陽に当たり
奥深い輝きを増すエアーズロックの横顔

その地に深く根付いた
澄んだ空気に包まれていて
美しかった








こんなにも地層の山々が

深い谷になり


時速120キロのスピードで

車で走り続けているのに永遠に終わらない…



もう地球じゃなくて

他の惑星にでも飛んじゃったような


経験した事がない異次元の感覚を強烈に覚えた



世界中を旅してきた


飛行機、セスナ機、高速鉄道、車


様々な乗り物に乗って

国をまたいで移動してきた



そんな中で


《数時間もずっと同じ陸地の景色が続く》


なんて世界は今まで無かった


飛行機から眺める海以外は…



しばらく畑、田園、農園、工場地帯、

いろんな景色が長らく続く事はあったけど


エンドレス

と言う景色も国も無かったから…



怖くなったよ…

もう地球は丸○じゃなくて


水平線までこの景色が続いたら

陸地が途絶えて車ごと落ちるんじゃないか?


って本当に思ったんだよね


パンドラの箱

ノアの箱船


そんな世界に来たような感じで

現実離れした気持ち


いろんな事が頭をグルグルまわった





やっと辿り着いた休憩所らしき場所・・・

後ろに広がる岩だらけのこげ茶と茶色しかない乾ききった荒野が永遠に。。。

それこそ…
このまま走って行ったら
地球の行き止まりにぶつかって

ポトッって
宇宙に車ごと落ちちゃうんじゃないか・・・
ってほど・・・

砂と岩以外は何も見えてこない道を5~6時間


陸路の移動が多かったヨルダンは
長い時は片道もっと走り続けた

一番困ったのはおトゥイレ(笑)

気温が午前中から40℃越えて
体感温度は50℃くらい(笑)

トイレが数時間先まで無いからって
水を飲まなきゃ頭が朦朧として熱中症になるし

おトイレ気にせずお水飲んだら途中で我慢出来なくなってドライバーに

「もぉ無理だよ〰本当に限界なんだよ〰"」

『""後15分だから我慢して~""』

の、繰り返しで1時間くらい走られたっ!(笑)


外のそこら辺でするから降ろして‼
もぅ限界( ノД`)…

と頼み込んでも無理だった…!!ヽ(゚д゚ヽ)(ノ゚д゚)ノ!!
お腹切れるかと思う位我慢した(笑)


↓、この投稿に貰ったコメントです

長旅の道中
疲れ果ててホテルで寝込んでいる日に
見守ってくれている人達とやり取りしていました

真面目なコメント
ボケたり抜けたりしている私に
突っ込みを入れてくれてるコメント

たくさんあったから
もっと早く気付いてブログに載せられていたら
より多くのイメージが広がったな…

気付くの遅かった
と思いながらスクショしました


その場
当人同士じゃないと分かりにくいやり取りもありますが


〈私の人生のあらゆる価値観を根底からくつがえした〉


この旅の大切な1部として
残しておきたいと思いました

私の投稿やコメントは
注意していたつもりだったけど
気力で乗り切っている体調だったから
走り書きで誤字が多いです😅












ペトラから車で片道5~6時間
ワディラム砂漠に到着


宿泊する場所に到着した時はもう夕方過ぎていた


ホテルの敷地・・・

広いんだけど誰もいない・・・

No bady???






チェックインする建物は
汚れていて
薄暗い狭い部屋

陽が落ちているから余計に暗く感じて怖い


でも、ドライバーさんが同行してくれているから
何かあっても
誰かに連絡は行くだろう
「大丈夫」
と言う安心感はある


小さな勉強机みたいな場所に
凄く力の抜けた...?
ヤル気のナイお姉さんが座っていて

中東っぽいと言うか
僻地に来た事を実感


チェックインの為に
あたふたとパスポートを取り出している私に
お姉さんがポツリ

『あなたVIPなの?』

(@_@)
なっ…
なんの事??
いきなり何?

そんなズケズケとした質問
普通しなくない?!💨

遠慮なく聞きすぎだろ😓

と思いながら

「I don’t  think so.Why?」
(そうは思わないけど、なんで?)

と答えると
ニヒルな笑顔で
シレッとペラペラの紙の宿泊客名簿を黙って見せてきて...(笑)

私の名前の横に大きな文字で
〈V I P〉

と書かれていたΣ(Д゚;/)/


お姉さんからしたら
『ホントなの?あなたのどこが?』

って感じだったのかもしれないけど
私も心当たりが無いから

急遽、出国4日前に依頼した
中東専門の旅行代理店が

「私がファーストクラスで来てるから、各ホテルに連絡入れてくれてるのかな?」

とこの時は流していたけど

誰がこの指示を出していてくれたか
分かったのはずっと後になってからだった…👀



ホテルの裏手に岩山があって


『ともかく登ってきて!!』

とスタッフが言うから
移動疲れしつつ気力を振り絞ってみる・・・笑



ドライバーさんはスタスタと先に登って行きます


他の観光客の方々も登るのね

結構急な坂道だよ

手を岩にくっつけて
岩をよじ登る感じ






おぉ~
30分くらいかけて裏山に登ったら

風が抜けて最高に気持ちいい景色が広がる====
ここどこなん??!!

常にそんな気持ちが頭をよぎる


毎日毎日目に映る全ての景色が
どっかのTVや雑誌で見たことがあるものではないから

同じ地球の景色なのに

〈それらの景色〉

に免疫がないのだ・・・






広く・・・
果てしなく・・・
静かで・・・

聞こえてくるのは風が耳を横切るだけの音・・・


忘れられないワディラム砂漠の景色の1つ


ロッジの裏山?
もはや裏岩だよね(笑)?

を登った後に見渡す風景

ロッジの敷地広すぎ…

クタクタの身体で歩いて
一番奥にある自分の部屋に辿り着くのキツかった(笑)







戻ってきたら夜の晩餐が始まる準備中・・・

 もぅ~~クタクタだよ~~~
明日朝4時起きだから寝る~
眠い~~ 

と、フロントから歩いて15分くらいかかりそうな部屋?
ロッジ?
に戻って即寝!!!


フロントの横に居たインコ

何かの中東の言葉覚えてて
喋ってくれないかな?

としばらく期待して話しかけたけど
反応無かったな



9月22日

 
今、砂漠のジープツアーを終えて
今からペトラ遺跡のホテルに帰ります
 
 
私が一人旅に出るきっかけ
 
 
それは、元サッカー選手日本代表のNさんと
ブラック~の創立者Bに出逢った事
 
彼等が世界一周を終えた後に
私は出逢った
 



 
そして、B は英語しか話せなかった。
 
私は、その時に生まれて初めて英語が話せたら、、、
と思った
 
Nさんとは何度もお部屋に招いて貰い
いろんな話を教えてもらった
 

一番
私が彼に聞きたかった質問は
 
「何故、急にサッカーをやめたの?
 
ワールドカップで負けたあの日
スタジアムにずっとずっと長い間横になり
一体何を考えていたの?」
 
だった
 
彼のアンサーは余りにもシンプルで
ここでは書けないほど
ぶっきらぼうに笑いながら言い放った
 
 
それは私達人間は誰もが思い感じる発言だった
 
 
私は、大切なお客様からこう教わってる
ずっと忘れてない
心のバイブレーションに触れた深い言葉
 

『人は、今、自分に必要な人が目の前に現れるように出来ている』

私の人生は、不思議と振り返ってみるとその通りになっている


◇出逢った時は全く気付かない
 

でもしばらく時間が経った時に

「ハッッ!」

と気付かされたり
原動力になっていたりするのだ
 







Nさんと、ブラックベリーのBと私の違い、、、

それは、私は女で、彼等とは、資金力と知名度が大きく違う事


でも、たったそれだけの違いだ!
 
 
当時病気は幾つも患うわ
癌にはなるわ

全治1年の大怪我負わされて完全に人間不信で
男嫌いになり
 
ただただ、もがいて苦しんで
悪夢を見て
ストレスで発作ばかり起こしてた私には
 
Nさんとの出逢いとコミュニケーションは

私の迷いを踏ん切り

私に思いきった原動力を与えてくれた

 

それが一人旅を始めたきっかけだ

 
 
でも、私が、旅を始めたのはNさんと出会ってから1年以上後だ
 

◇でも、あの時に、あの瞬間に
Nさんと、ブラックベリーの創立者と出逢わせてくれたのは
 

◇確実に私の人生の二者択一を左右し
 
◇今までの思考をリセットする為の
 
 

◆必然的に引き寄せてもらえたご縁だと確信してる

 
私は、何でも

食べてみる
やってみる
行ってみる
 
じゃなきゃ
それは肯定なのか否定なのか
どちらでもないのかすら分からない
 
 
詰まらないなら、詰まるようにすればいい
 
まずは、自分が率先してやってみる
 
じゃなきゃ何も説得力がない
 
 
誰も説得する必要もない
 
自分が納得出来る人生の選択をしているか
 
正しく誰に対しても
胸を張り誇りを持って生きているか
だけだ
 

◆彼等に出来て

◆私に不可能なハズはないと信じてトランク1つでバックパッカーの旅に出たのが数年前

 
◆同じ人間なら私にも出来る
 

ただ、何かを工夫したり
遣り繰りや計画はかなり必要だったけど
 
 
私には、ホテルの食事にお金を掛けない事だった

朝ごはん以外は
 
外食や、ホテルのレストランはほとんど使った事がないかな
 
でも、どの国を訪れても
どこの場所を訪れても
この何年間を振り返って
強く感じるのは
 
本当の私にどんどん戻ってきている事
 
 
長年苦しんできたPTSDも
喜怒哀楽がなくなったのも
笑わなくなったのも
 
人を愛さなくなったのも
全て消えてきてる
確実に
 
日本で心から無心になって笑ってる私は
限りなく少ない
 
毎日穏やかで静かに過ごしてる
特に不満はない
 
 
でも一人で泣けても一人で笑えない
って言うように

私を日本から出すと
信じられない位、
別人の本来の私の顔が姿を表す
 
それは写真でも伝わらない
 
だから、せめても
私とお友達になってくれたみんなや
私のリアルフレンドにムービーを見せて行きます
 
 
凄いおバカで
マヌケで
抜けてて

飛んでて
めっちゃ人懐っこくて
よく笑って

変わってて
面白くて
 
自分で自分のムービー見てるとバカ過ぎて
わんぱくで好奇心旺盛で吹き出しちゃうほど
ウケる女の子だわ、、、(笑)
 
とつくづく思う
 
 
この感覚を忘れずに居たいし
 
私を本来の私に戻してくれつつある人達と
 

世界中で私の心にバイブレーションをくれた人々や景色

 

壮大な自然の恩恵に心から感謝します

 
次のエリアと次の国は
私の心に何を運んで来るだろう、、、
 
 
不安と期待でいっぱいだ!
I say again! 
 
まずは、想い描く

いっぱい想像してみる
 
自分がしたい事
行きたい場所
食べたいもの
 
何でもいい
 
そして必ず最初の一歩を踏み出す事を忘れずにいたい
 
一歩が踏み出せないなら
 
その想い描く想像は
 
「無」
 
になる
 
 
恐れる事はない
 
失敗しても
怖くても
転んでも
何年かかっても必ずやり直せる
 
 
軌道修正も可能!!
 
一歩を!
ただ一歩を踏み出して
後は風の流れに身を任せながら
 
良心と信念を忘れずにいれば
自然となりたい自分に近づく

〈恐れないで〉

◆これは、私が、自分自身に伝えてるメッセージでもある
 
恐れずにもう1度、人を愛してみなさい
 
恋愛を信じなさい
と、、、
 
一人になって尼さんのように自分を見つめる事
何年間も経った
 
 
そろそろ一人旅だけじゃなく
私の人間関係にも変化をつけるべき時かもしれない
そう思う
 
 
ではでは、みなさん素敵な夜を過ごしてくださいね!
 
私は、今から砂漠からペトラに移動します
 
ペトラについたら2日間体を休め
ムービーを沢山アップします
 
ムービーはいちいち見るのが面倒くさいから
興味を持ってくれたお友達だけ見てみてください(笑)
 
 
ではでは、壮大な大自然の砂漠から
素晴らしいインスピレーションを貰ったのとひきかえにま熱中症になった私より♪♪♪with love

………………………

9月22日、休憩所で女学生達に会った
 
l like so much them! 
l respect to them and who l proud of them! 
 
 
沢山のアラビックに会って
沢山のイスラム教のムスリムに会った
 





彼等は沢山の制約がある中でも
凄くピュアなハートで生きてる
 
 
宗教に対する考えは賛否両論だけど
あたしは信心深く規律に沿って生きている彼等にリスペクトを感じたの
 
 
また砂漠の写真とムービーは砂漠を出たらアップしMax (^-^)
 
be happy ,be strong! 
Islam!
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私が休憩所で女学生達と会って話しながら
真っ先に頭を霞めたのは

イスラエルの三大宗教の聖地の世界遺産見学の時にガイドさんから聞いた話だった


その内容は

『イスラム教の女性の自由が少なく
 縛り付けられるような規律の中で生きて行かねばならない事』


それは私が生まれ育った実家とリンクしてしまい
心が痛く、重く、苦しくなり
同情のような気持ちになってしまった


彼女達は、生まれる家を選べなかった

生まれたら、たまたまイスラム教で 

自分の身を守ろうと努力しても
イスラム教の決まりによって
無理が祟った男にレイプされてしまったり
それが原因で父親に殺されたり

抑圧された、逃げ場の無い環境で
一神教により 
(私は父親の価値観により)

身体や心を 
力により押し込められたり
肩身の狭い思いをしたり
傷付いたりしている人も居る

彼女達のせいではないに…

それは宗教や父親の価値観であって 
何も悪い事をしていないのに
苦しむ人が居る事に心が本当に痛くなった

娘より宗教が大事
娘より父親の価値観が大事


そうゆう経験を彼女達がしなくて済むように
何も弊害が起きず

心が曇ること無く
無事に大人になって

伸びやかに生きて行けますように
と心から願って
祈るような気持ちで別れたよ
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