3人の医師からドクターストップが掛かりながらも夢を叶える為に出た
一人旅 を振り返る投稿をしています
旅の1部です
今、目の前にある全ての事は当たり前ではない事
生き物が生きるには必要な事がある事
力による争い、恐怖や悲しみ
罪のない生き物が犠牲になって欲しくない思いで書いたブログです
このパレスチナ自治区ガザのブログで
私が強烈な恐怖を感じた事の補足です
イスラエルに到着してから
ガイドさんとガザの入域について話している時も
当日も
ガイドさんからは
『たぶん大丈夫、恐らく入れる』
と常日頃から誰もがガザに入れる訳ではない事を言われていました
ガザに入る為に必要な検問所に到着するまでの移動時間は
約2時間くらいでしたが
凄く長く感じたのは
◇検問所の緊張感と停滞
ガザへ向かうルートは
軍人・武装警備・フェンス・監視塔・バリケードが続き景色は
〈観光ではなく戦域〉
車はスムーズに走れていても精神的に数倍長い時間に感じ
◇ 検問所での待機
ガイドが全手続きを事前に済ませていたケースでも
検問所で停車したり
兵士と会話しているのを見るだけで
体感時間は長くなり
◇風景が変化しない・緊張感が続く
砂漠の道路・荒野の景色・壁・監視塔が続く道路は
距離感が曖昧になり通常より長く感じ
◇同伴ガイドからの事前説明
(ストール・野外歩行制限)
ルール・危険性・注意点を聞くと
脳は「警戒モード」に切り替わり時間の経過が長く感じる
《戦域》
と呼ばれる場所で生きなきゃならない状況がどれほど精神的に苦しいか
焼き付きました
前回のブログで
「私のPTSD が悪化してしまい激痛で投稿出来なくなった」
と書いたのは
当時見た検問所周辺の景色や気持ちと
今のガザの悲惨な状況のニュースを見ている為
それらがダブルで頭に入って
負の感情を強めて記憶を甦らせてしまった事が原因です
これがPTSD の病状でもあります
本当に長い間
ガザや他の支援が必要な場所のニュースを見てきましたが
体調が増悪している自分の許容範囲をもう越えている
見ると悪化してしまい
見られなくなっている
と痛感しました
私自身が長年闘病してきて
瀕死の野良猫を保護したら
獣医学書に治療法がない難病
肝アミロイドーシス
で安楽死の対象の病気だと分かり2人とも苦しんだ事
《死を意識して〈生〉を生きる》
を書いたブログです
ずいぶん前、母親と
「お互いに命に関わる病気の診断をされたら報告するか?」
について話し
〈お互いが望む終末期〉
を確認しました
母親は繰り返し私に言っていた事があります
『もし意識が無くなった状態で緊急処置をしなければならない時は
絶対に人工呼吸機だけはつけないで
心臓だけが動いている状態になったとき
いつかあなたが人工呼吸機を外す時が来る
そうしたら
自分の手で殺してしまった気持ちになり
一生悔やむから』
と何度も言われました
母親の気持ちを尊重します
医療知識がない私はその行為を医師がその時に認めてくれるのか
分からないですが
母親なりに自分の経験からその思いが沸くのだと思いました
おばあちゃんを看取った時に感じたのかな…
と思いながら
私は母親が言っていた
〈自分の手で殺した気持ちになる〉
を私自身が経験する事になってしまいました
生きる事
長生きする事
は尊いです
それは最低限の
〈健康寿命〉
〈尊厳〉
が保たれた場合で
自分の経験から
一睡も出来ない程の苦しみが続いている中で
〈生きろ〉
と断言出来ない思いを持っていて
過去に親友から
『なんでもいいから生きているのが正しい』
と言われた事も心に引っ掛かったまま取れません
↓このブログを書いていた時期
私は 血を吐いた後で体調が壮絶に悪く
猫を自分の手で殺したようになった
事を書き切れていなかったので補足しました
夏くらいから
我が家の小さな猫さんが急に意思表示をするようになりました
保護した時から毎日ブラッシングをおとなしくさせてくれていたのが
急に爪と歯を立てるようになって
私の腕が傷だらけ
猫は病気になり体調が悪いと性格が凶暴になったり
身体に痛みや不快感があると引っ掻いたりするので
身体を触ってみても嫌がる気配無く
今月は嘔吐の回数が最も多く
過去に病院で診察を受けても獣医師からは
『気圧、気温、湿度の変化で吐く
猫も人間と同じ生き物だから』
と言われて納得する部分もあります
予防接種のお知らせも届いていたり
半年おきの血液検査もそろそろ
爪切りをさせてくれないので
病院で切って貰わないと私の生傷が絶えないと思い
動物病院に行ってきました
私も大学病院にMRI検査と通院があり検査通院は
今年最後になって欲しいと言う思いです
猫の血液検査をしただけで
もし悪い所があったら早めに気付ける
と言う安心感が沸いて
凄く心が楽になりました
安楽死の対象の病気が判明した先代の猫は
全身に症状が出る難病
肝アミロイドーシス
と言う病名ですが
病気の原因を調べたら
◇遺伝
◇外的要因(過酷な環境やストレス)
となっていて後者が原因な気もしました
でも、もし遺伝ならば
今我が家にいるお猫は
同じエリアで保護した
先代と同じ柄なので
「何かしらの血縁関係があるかもしれない」
と言う思いが
「お願いだから肝アミロイドーシスにならないで」
と保護した時から感じている不安が常にあります
引っ掻かれた傷は細菌が多いからか
普通の怪我と違って痛みや腫れも長引き
私の主治医がイソジンと抗生物質の塗り薬を処方してくれました
私は激痛になってから頭の中が常に
激痛の感覚しかない為
注意力に欠けて怪我をしやすくなってしまいましたが
自分で怪我した場所と
猫に引っ掻かれた傷では
薬を塗った時の痛み方が全然違います
桁違いに猫の傷が染みて痛いです
引っ掻くと私が手を引っ込める
と言う事をお猫さんが学習して覚えたのだと思います
お猫はお利口です

性格が本当に臆病で気が小さく直ぐビビッてしまうので
私が死にそうに具合悪くとも
忍び足で歩いて音を立てないようにしてます…😓
私は今の主治医から
〈予期不安〉
と言われていて
精神科で言う
「予期不安」 は
一般的な〈心配性〉とは違って
身体症状や生活への支障を伴うほど強いことが特徴で
〈将来起こる可能性のある悪い出来事を
実際よりも強く想像し
恐怖や不安を感じる状態〉
予期不安は精神だけでなく身体にも影響し
動悸
息苦しさ
吐き気
めまい
手足の震え
全身の緊張
眠れない
等で痛みや体調悪化の引き金にもなりやすい
症状そのものではなく複数の疾患で見られる
“共通の状態”
私に当てはまるのは
PTSD / 複雑性PTSD
心身症
身体症状症
慢性疼痛の患者(痛みの再発への恐怖)
特に 虐待・性被害・医療トラウマ・重病の経験がある人 に多くみられ
私は
過去に重いトラウマが多い
病状が極度に重い
病院・治療で命の危機を何度も経験
痛みが強すぎて予測不能
これらが重なり予期不安が起きやすい状況にあります
不安は
〈性格の弱さ〉
ではなく
大きな危険を乗り越えてきた人の自然な反応だそうです
本当はこの症状が起きない心身にしたいけれど
それが困難なのは
生き物に共通する
脳が記憶する
◇嬉しかった
◇驚いた
◇悲しかった
の1番最後の経験が多いから
西洋医学でも東洋医学でも治療と緩和ケアはもう不可能に近く
精神的な安らぎをどれだけ保ち続けられるか
負の感情を感じない生活を送れるか
に全て掛かっているのは理解しています
野良猫も命に左右する事は覚えています
餌の場所
恐怖を感じた場所と相手
野良猫が人間に心を開くのは時間がかかり
忍耐強く時間と愛情をかけて
信用と安心感を感じて貰う以外に方法が無いですが
人間も全く同じだと思います
人間から餌も貰わない野良猫の平均寿命は6歳
家猫の寿命は15歳
それくらい〈過酷な環境下〉では
半分しか生きられない現実は
同じ生き物の人間に共通する場合はあると身を持って感じます
これは3年前
先代の猫を保護した後に
身内だけ閲覧出来る状態で書いていた日記です
私が今の1人暮らしの家で
〈寒さをしのげる事〉
に毎年感謝している事を書いていて
実家は冬に室内で息を吐くと白くなる位
極寒な家でした
心も身体も痛く、寒い環境下で
人生や性格を左右する幼少期~多感期を過ごさねばならなかったのは
やっぱり悲惨だったと感じます
共に生きてくれた猫が居なかったら私は自暴自棄になっていたと思います
藁にもすがる思いで占いにハマっていた時に
『その猫はあなたを癒す為にあなたの所に来たヒーリングアニマル』
と言われて心底納得して
本当にその通りだなとお猫に感謝していました
今隣に居てくれる小さな子も
私の身体がここまでになるのを予測して
私の元に来てくれた気がしています
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最愛の猫が最悪の最期を迎える約3日間
往診の動物病院は休診日で…
苦しみや身体の異常な異変に
誰にも診てもらう事が出来ず
今思えば、全身の四肢のこわばりが
『猫が最期の時に起こる痙攣』
だったのだと分かった
猫の身体に
〈最期の時に起こる事〉
は、あらゆるネットの記事やニュース等から調べていたけど
安楽死の対象となる病気
肝アミロイドーシス
だと診断された我が家の猫には
どの症状も当てはまらなかった
亡くなる数時間~半日前から口呼吸になるとか
亡くなる直前は痙攣する場合があるとか
最期に大きく息を吸う、鳴くとか
あらゆる事を頭に入れて
苦しまないで最期を迎えられるようにしていたけど
寝た切りになってからの口呼吸は
3日間も続いて
余りの苦しみ方に尋常じゃない苦しみが伝わり
見ているのが辛すぎた
〈痙攣〉
も人間のように
ブルブル、ピクピクするのだと思っていたけど
両手足を頻繁にピーンと伸ばすを繰り返していて
医者じゃない私はそれが
痙攣なのだと気づけなかった…
『痙攣が始まったらお尻から座薬を入れて。幾らか苦しさが楽になるかもしれない』
と、獣医師に言われていたけど
獣医師も過去に経験がない肝アミロイドーシスの対処法が分からずに
手当たり次第さまざまな薬や
私が自ら猫に打つ注射や座薬を処方していた

大量に処方された薬は
粒、液体、粉、と様々な種類があり
1日1回の薬もあれば 2回の薬もある
空腹時に服用の薬もあれば
食後に飲む薬もある
毎回、私がスリ潰したり、混ぜたりして
ご飯に混ぜたり
シリンジで口から飲ませたり
24時間体勢の看病でした

自宅から虫の息の猫を動かして、タクシーに乗せたり
混み合う動物病院で診察するには惨すぎる
移動中に亡くなってしまったら
穏やかに死期を迎えさせられなかった事を悔やむだろうし
獣医師に診せたところで治療法が分からないのだから
じゃあ、苦しんで
もはや全く息を吸えなくなっていて
ウッウッウッ
と言うような
息を吸いたくとも吸えない
耐え難い症状が続いていて
首を絞められているような
〈窒息死しそうになっている〉
苦痛に満ちた
こんな猫の姿を目の前にして
私はどうすれば良いのか?
分からなくて
一番愛娘を大切に大切に
まるで人間の赤ちゃんを扱うかのように接してくれた往診の先生に
休診でも
ダメ元でラインを入れた
ラインを見た先生は
我が家には往診に来られないけど、電話で指示をくれた
そこまでの状態になっているならば
『命を繋ぐ唯一の手段だった鼻から胃に入れているチューブを抜いて良いこと
抜いた方が猫が楽になるかもしれないから』
と、私が先生に聞いた質問に対しての答えは
死を迎えるしかない猫に私が出来る事は
残りはこれだけなんだ…😢
と言う私の認識と同じだった
悲しく苦しいけどやるしかない
と
大泣きしながら
鼻から細い細いチューブを引き抜いた
あっという間にチューブが抜けると思ったら
ズルズルと長くて
このチューブを引き抜く長さが生々しくて
〈生きていたんだ〉
〈それが消えるんだ〉
と余計に心に重すぎる負荷がかかった
耐えられない
精神的に限界だったけど
悩んでる時間なんか1秒も無い中で
必死に決断を下していくしか方法がなかった
◆【それは、猫がもうこの先
生きられない事を意味する
〈死ぬ〉
と言う意味になる】
保護した時から
起きている時はずっと激しく舌なめずりしていて
これは猫の
〈強い吐き気〉
のシグナルで
本当に辛そうだから吐き気止めを服用させていて
寝た切りになってからは通院出来ないから
猫の首もとに私が吐き気止めの注射を打っていた

食べられなくなってからは
シリンジに高栄養食を入れて
口から飲み込んで貰う場合がありますが
猫は慣れてないから吐き出してしまい
少しでも食べてくれたら
と言う思いでやります
動物病院でもやってくれますが
量が少ない割に処置料が高いので自宅でやっていました
ペット保険の存在を知らなかったし
既に全身病気のこの猫は保険に加入した後もほとんど適応外
だから、毎月20万円の治療費、手術費が飛んでいき
このままでは
私もこの猫も持たない...どうしよう
と言うどちらも心身ともに苦しい状況でした
腎不全の為、自宅で点滴もしていました

保護してから寝た切りになるまでの間は
日中は体調が悪いからか
1日中隠れられる場所でいかにも
具合が悪そうに暗い雰囲気でうずくまっている
目に力もなく
あんなに
死んだ魚のような目をした
全てを諦めているかのような
猫を見たことがなかった
はじめて外で見つけたのは
たまたま私が親が住むエリアに帰省中に
バスで2駅離れた場所に居る地域猫に会いに行っていて
撫でて一緒に過ごしていたら一気に夜になって暗くなってしまった
夜は怖くて外出しないから
急ぎ足で帰宅中にたまたま見つけたのが
後に、肝アミロイドーシスと診断されるその猫だった
人気の無い公園の隅に小さな猫がポツリと力なく座っているから
ビックリして近付いた
余りにも小さいから子猫を少し過ぎた位だと思ってた
父親が野良猫に餌をあげていたから
慌てて家からカリカリを持って公園に戻った
帰宅後は翌日配送の
衰弱した猫に与える用に作られた高栄養食のウェットタイプの缶詰め
ad缶をネットで買い
捕獲機に入って貰う為に
信用を得るに使った10日間
その缶詰めとカリカリを混ぜたご飯をあげていた
触らせてはくれないけど
一定の距離で近付く事は可能で
毎夜19時前後になると公園の隅に現れて
ボロボロに汚れてグチャグチャになった身体と顔で
哀れな姿で
力なく座っていた
隣町には
過酷な野外で生活する野良猫が増えて苦しまないように
猫は繁殖が早いから
増えすぎて、猫が嫌いな人間との共存に歪みが出て
お互いが不快で悲しくならないように
野良猫を保護して子供を作らない身体にしてから元の場所に戻したり
地域の野良猫にご飯を毎日あげている人も居たけど
私がその猫を見つけたエリアには
野良猫を保護したり
命を繋ぐ事に意識を向けた人が居なかったから
行く度に
同じ柄の野良猫が増えたり減ったりしていた
私が見つけた猫はたまたま生き延びていたのか
夜餌をあげているとそれを見た
そのエリアに暮らす人が集まってくる
みんな、この猫の存在は知っていて
『数年前に急に現れた』
と言っていたけど
お世話をする気持ちになった人間が居なかったんだなと思った
当時の私は自宅を長期間留守にする事も多く
一人暮らしだから
毎日必ずお世話が必要な猫を
責任を持って家族にする生活は難しかったから
保護した後に里親を探してくれる場所を何十軒も電話して探していた
でもちょうど子猫が産まれる時期と重なり
どこの保護猫カフェや施設も
『出産期で全く空きがないから受け入れられない』
との回答だった
事情を理解してくれたカフェが1軒だけあって
猫の顔写真を送って欲しいと言われて送信した
『本当にもうギュウギュウだけど1匹だけならなんとか預かるよ
ただ、全身が病気で激しく人見知りするし
瀕死で汚れて顔付きが悪いから
里親は見つからないと思う
だからその猫は一生ここで暮らす事になると思う』
とオーナーさんから聞き
電車に乗って1時間かけてそのカフェを見に行った
本当に猫だらけで
猫にとってストレスなのが伝わり
衛生状況も良くなかったから
ここに預けてもあの猫はストレスで余計に衰弱して死に繋がるだろうな
救うハズが逆に苦しめてしまう
と判断して
心からの感謝の気持ちだけ伝えて
「私が引き受ける運命なんだ」
と覚悟を決めて
猫が家で暮らすに必要な物を一気にネットで注文し
猫を入れるキャリーも揃えて
自宅に連れ帰ったらすぐに生活が出来るように準備した
親が住むエリアから我が家までは
公共機関を使い半日かかる
猫の大きなトイレ
重たい猫砂
フード
を両手にぶら下げて重さは気合いで乗り切り
猫はリュックに入れて
リュックの中の猫には話しかけながら
少しでも落ち着いてくれるよう願いながら
背負って帰宅した
警戒心が強い猫は1度で捕獲機に入ってくれない事もあるから
私は捕獲するのに2回かかった時も
近所の人達が集まってきちゃったから
「普段と違う景色と人間の多さで猫が警戒してしまうから
近付かないでください
見るなら離れた場所に居てください」
と繰り返し説明した
動物病院に連れていき診察されて驚いた
野良猫の推定年齢を測るには
どの獣医師も
〈歯と歯茎〉
を診て判断する
ガリガリで小さく、子猫だと思っていたその猫は
《推定、6歳》
だと言われた
こんな悲惨な身体で6年間も
生きるか死ぬか
の状態で命を繋いできたの…
なんて過酷で辛かっただろうか…
言葉がなかった...
重度の栄養失調と衰弱で
自宅で飼える体調に戻るまでは病院に入院する事になった
毎日、1時間かかるその病院までお見舞いに行き
私の事、覚えてるかな?
と思い、チュールをあげると嘗めてくれた
後日
『体重が400g増えたからもう退院出来る』
と許可が出た
猫が我が家に来てからは
野良猫時代に
夜になると動き出して餌を探していたのだと思う
私が寝たあと
電気を消した部屋で
家中をバタンバタン椅子や机に乗ったり降りたり
動きはじめて騒音で眠れない
寂しそうに、辛そうに
ナォーン、ナォーン
と隣の部屋まで聞こえそうな大声で
朝まで鳴き続けた
この鳴き声は
猫が深い悲しみや何かを訴えている時の鳴き声なのは経験から理解していて
それが毎日夜中中続くのは
異常な事だと素人の私でも分かるから
ムービーを撮り
たくさんの獣医師にムービーを見せて
「何かの病気なのではないか?
治療や、楽にしてあげる薬はないですか?」
と異常を伝えても
誰も気にしてくれなかった
その鳴き声に秘められた苦痛の元を探ろうと
見つけようとしてくれる姿勢を取ってくれる人は居なかったから
「これは本当におかしい、普通じゃない、どうしよう、何をしたら良いのだろう」
と、私は1日中インターネットで調べまくっていた
野良猫の時会っていた時も
預けた動物病院でも一切声を出さず
鳴かないタイプの猫だと思っていたから
悲痛な大声に本当にビックリした
夜中の大声の鳴き声と騒音で
私は闘病の介護をしていた9ヶ月間
全く眠れず
「これでは私が倒れてしまい介護が出来なくなる」
と獣医師に相談して
猫に飲ませる精神安定剤のような薬も処方された
それを飲まないと
余りの警戒心の強さに
人間の家に居ること事態が苦しそうで
この猫に取っては野外での生活が慣れていて良いのだろうけど
外に戻せば衰弱死しかない状態だから
「戻したいけど戻してあげられなくてごめんね
救いたいとか、暑さ寒さをしのいで
ご飯に困らない
あたたかい生き方をさせたい
と言う人間のエゴかもしれない」
と毎日悩んで
私も苦しかった
薬を飲まないと投薬する為に近付く事も出来なかった

投薬の時にいつも本気で噛み付かれ
私は感染症が強く出て
皮膚科の抗生物質の飲み薬では効かない高熱が続き
抗生物質の点滴を繰り返し受けていた

薬が効きはじめるとソファーやベッドで寝てくれるようになった
皮膚にも症状は出ていたから
毛がビショビショになるほど
激しくグルーミングしていて
全身が酷い痒いみたいで
自分の歯で身体中を噛んでいて
骨には歯があたってガリガリと音が鳴っている
これを起きている間、ずっとやっていて本当に辛く苦しそうだった
後ろ足で顔や首を掻き過ぎて
傷が出来た場所が膿んで膿が出たり
あらゆる検査はしてたけど
血を吐いているのに原因不明と言われたり...
全てが異常だった…
獣医師さんに相談しても、しても
全く良くならない…
だから、
安楽死の対象なんだね…
と亡くなった後に
全てのあらゆる異常行為や症状を見てきたから
私はハッキリと認識した
これなら安楽死になるよね
生き地獄だもんね…
と大泣きした
本当に生きているそのものが
苦しみしかない時間だったと思う
ただ、市販の猫じゃらしだけは
私の存在すら忘れて夢中で食らい付いていた
猫じゃらしに夢中で
時々猫の身体が私に触れる時があり
その時だけ
「あっ今触った!」
猫の身体の重みが
猫と一緒に暮らしている事を改めて認識させてくれた
捕獲して、避妊して、
一代限りの命を全うする為に
元の場所に戻すTNRは
餌を誰からも貰えず
瀕死のこの猫には出来なかったから我が家に来て貰った
…………………………………………
最期、チューブを抜く事は私の手で、救いたかったハズの猫の命を終わらせる事になる
我が子のような存在の猫にするには余りにも重た過ぎた…
決断も行為も責任も何もかもが...


保護した時は既に
歯茎と歯が腐り 溶け出していて
その毒素が全身にまわってしまい
余計に臓器やあらゆる場所の病状悪化に繋がった
近づくだけで強烈な悪臭がしていた
手術で抜歯となった

これは
後から
自分の手で勝手に保護したのに
自分の手で命を終わらせてしまった
殺してしまったような
非常に強烈な罪悪感のような
本当にあの選択は正しかったのか?
と言う念が消えなかった
亡くなるきっかけは
余りに苦しそうな姿を見て座薬を猫のお尻に挿入した瞬間
〈カッ〉
と目を見開いて
口を開けて
息が止まってしまった
座薬を入れた違和感で
猫は息を吸いたかったのだと思う
でも猫は呼吸が出来てなかったなら
結果的に窒息死のようになってしまった
私の手で座薬を入れたら死んでしまった

動物用の酸素ボンベ
鼻から入れる液体の栄養食を揃え
苦しまないでいられるよう可能な限りを尽くした
亡くなる前に
最後に往診の先生が我が家に来て
部屋を見た先生は
◆【ここまで動物の為にしている飼い主は見たことがないです】
と言っていた
比べる他の家庭が無い私には
「やれる可能な事を全てやって
猫が苦しまないように
穏やかに安らかに過ごせる努力をしている」
と言う認識になれた
だからと言って気持ちが楽になる訳ではなかった
「これ以上、やりようがないのか…」
と言う諦めの気持ち…
1人暮らしをしてはじめて飼った猫
最後に一緒に猫と暮らしたのは学生時代であれから何十年も猫と暮らしてこなかった
貰う幸せや安らぎ以上に
失った後の喪失感が強烈過ぎて
4年間毎夜涙が出てきて
全然立ち直れなかったからもう動物は飼えない…
必ず先に旅立ってしまうもんね
悲し過ぎて無理だ
と言う思いだったから
はじめて1人で飼ったお猫、お猫の猫生、命は全て飼い主の私次第になる
ただ、ただ、時間がないからやるしかない
迷う時間すら貰えない
そんな状態の9ヶ月間だった…
…………………………………………………………………
知人に送ったメッセージ
忙しいところ毎度申し訳ないね🙇
長くなるけど、ご報告をさせてくださいm(_ _)m
3月26日、11時55分
重度の歯肉炎、口内炎、肝臓、腎臓を患っていたから食べない事が多かった猫にゃん
そんな猫にゃんも、
お試しで買った新しい種類のご飯やおやつだと美味しそうに食べたから、慌てて普段用に買い直し
その繰り返しで、気付いたらこんなにご飯、おやつ、療法食が溢れていた
鼻カテーテルのご飯も2種類
処方されたお薬はたくさん
注射のようなシリンジは2~3日で壊れるので
わざわざ病院に買いに行かなくてもいつでも使えるようにストックしていたら、気付いたら溢れてた
だって、もっと一緒に居られるものだと思っていたから
※私がまだお別れ出来ずに、体を冷やしながらまだ猫にゃんの肉体は我が家にいるの
※生前あまりよく触れなかったから撫でながら話しかけて
2日間かけて部屋中大掃除して、猫にゃんの形跡を消した
猫にゃんが居るうちにやらないと、毛とかトイレの砂とか、床中に着いた足跡とか
お葬式した後に記憶を見つけてしまうと私は耐えられないだろうと思って
◆【26日に亡くなった日、我が家のキッチンの電球とテレビのリモコンが切れたの】
◆【1つだと
たまたまだと私が思うから、わざと2つ消して猫ニャンからの何かのメッセージなんだろうな】
病院と治療ばかりの日々で
私は彼女にどう思われているか分からないけど
居ニャイよりは居た方がマシな存在になれてたらいいな
と思う
自分の全てを懸けて
時間も労力も愛情も
本当に本当に全てを注いだ存在だった
自分の事は全部後回しで
彼女の幸せだけを願って共に過ごした日々だった
あぁ、まだ私こんなに気力とか愛情とか残ってるんだ
自分より大切な存在に出会った
そう思ったよ
忙しい中、やり取りしてくれて、話しも聞いてくれて本当にありがとう
※お空へ送り出す日
※我が家の横にある桜が舞ってお日さまに見守られながら
幻想的な雰囲気の中で猫にゃんはお骨になりました
猫にゃんが眠るお布団はあたたかい雰囲気で私は心から安堵した
手厚く送り出せた
◆【桜と共に散って行ったのは、毎年桜の時期になると必ず私が思い出すようにしたのかな🌸】
連日雨なのに、火葬中は晴れて
夜には強い雨が降ってきて
猫にゃんからのお別れのメッセージかな
◆【ただ、父親が命に関わる病気で死にかけて
退院したらまた重症な病気で要介護になって
寝たきりになったから、早々に見舞いに行かないと言う状態なんだよ】
◆【本来ならばすぐに駆け付けるべきところを
猫にゃんも1月と3月に大手術してずっと安静期間だったから
猫をどこかに預けるのはしたくない
父には母がついている
猫には私しか居ない
どこかに預けたら冷たいステンレスのゲージの中でストレスで死を早めてしまう
と言う思いで家を留守に出来なかった】
◇往診でお世話になっていた女医獣医師さんから猫にゃん宛にお花が届きました
◇なんて嬉しく幸せなことでしょうか🌸
◇お花に囲まれて、たくさんの人間に認められて愛されて、猫にゃんに伝わっていますように
◇猫にゃんの死を謹んでくれる人が私以外に複数いるなんて有り難いね
◇たくさんの飼い主とペット、介護と看取りを見てきた先生の気持ちが感動や関心で動くくらい
やれる全てのことを猫にゃんにしてあげられていたんだな
と
後悔しないで胸を張っていい
と背中に手を乗せて励ましてくれてるようなあたたかい気持ちになりました
何より猫にゃんが笑顔になってくれているだろう。事が1番の私の幸せです🌸
…………………………………………………
往診してくれた先生へメッセージ
2023年3月26日
お休みの日に度々のメッセージを失礼します
今日のお昼に猫にゃんは永眠しました
先生の処方のお陰で休日も吐き気なく猫にゃんは過ごせました
稀な難病故にちゃんと緩和ケアがしてあげられず
原因不明なまま2日間、口呼吸の呼吸困難と
身体の四肢の筋肉硬直の繰り返しで
非常に苦しみながら最期を迎えてしまい
亡くなったお顔が
苦痛そのものになってしまった事が悲しくてなりません
お空に行って、病気と苦しみに無縁な
あたたかい健やかな生活を送ってくれると願い見送ります
先生には猫にゃんを大切に静かに扱って頂いて
猫にゃんの恐怖が和らいだことに心から感謝しています
いつか、また動物を保護する機会に巡りあった際は、
また先生と善きご縁を持ちたいです
先生とご家族、お仲間がいつも健やかに穏やかに過ごせるよう心から祈っています
ありがとうございました
猫にゃんより
………………………………………………
往診の先生から
猫にゃんのお母様
お話しで伺いましたが
元々は心細い弱った状態からお母様と出会いたくさんの愛情を注いで貰い
出来る限りのことをしてもらえて
このようにあたたかい愛情で見送って貰えて幸せだったと心から思います
〈一緒に辛さを分かち合い
自分の為に懸命に動いて
心配してくれる存在がいたことが
どんなに猫にゃんちゃんに取って有り難かったか〉
《と、個人的には心から思います》
◆【猫にゃんお母さんの献身的な看病には心から頭が下がる思いです
本当に本当にご苦労様でございました】
猫にゃんちゃん
愛してもらえる家族に出会えて
安心できるお家で
最期を迎えられて幸せだったと思います
お母様もどうぞ体調を崩されませぬようにお過ごしくださいませ
クリニック、医師
………………………………………………
2023年、4月3日、知人へ
連日昼夜かけて遺品の整理や
猫にゃんの遺したご飯等の寄付先を探して送って
昨日で一段落したところで今まで寝ていたよ
◇まぶたを閉じると猫にゃんの夢を見て、夢の中で必死に名前を呼んでる🏥
毎日のように通院で
診察室でいろんな処置をされて不安がっている猫向かって
大丈夫だよと
何度も名前を連呼していたから名前を呼ぶ事を私が暗記してしまってる
術後、我が家で死の淵をさ迷ってた時の看病と
◆【亡くなる前の数日間
苦しそうな彼女にずっと話しかけていた事が
私の中で
まだトラウマになってるようだよ】
猫にゃんがお空に行ってから
◆自律神経の乱れだろうけど、猫にゃんの術後から私がずっと下痢で
◆お空に行ってからは動悸が強すぎで歩けなくなってたから
藁にもすがる思いでプラセンタ注射💉打ってきた
※未だに猫にゃんが居る前提で名前呼んだり
独り言言ってるけど
※お母さんは大丈夫だよ
※猫にゃんが幸せなら何でもするよ
※だから猫にゃんは何も心配しなくていいんだよ
って唱えてる
猫にゃんには
介護中もネガティブな言葉は絶対に使わないようにしてたから
人間の言葉が理解出来なくとも
言葉のあたたかい温度や
雰囲気は動物にも伝わってると思って
自分が守らなきゃならない小さな小さな命と言うか
手のかかる子供のように思って
母性本能の塊で
心から大切に愛してたんだなぁ。と
※ありがとう
※大好きだよ
この2つの言葉は毎日朝から晩まで
猫にゃんに言ってきた言葉なの🍀
凄くあたたかい言葉だよね
◇猫にゃんが体調悪くなってから
◇私も食欲が失くなって
◇チョコレートやコーヒーやカレーみたいな
刺激があるものを身体が受け付けなくなったの
……………………………………
1年後
2024年3月26日
猫の命日に知人が連絡をくれた
あぁ、覚えててくれたなんて…
自分の存在を知っていてくれた人が居る
って、猫にゃんも心から安堵していると思うよ
毎日忙し過ぎてそれどころじゃないだろうに
わざわざ本当にありがとう
今日は仕事だから土日に泣いておいた
「去年から時間が経ってないみたいで、思い出になれない」
昨日の事とも違うし
最近でも過去でもない
止まってる
桜吹雪の中で見送ったから
桜に向かって
「咲かないで 猫にゃんを連れていかないで」
って、桜の蕾をチェックしてたりする
今の猫チャンも心から大切に思って
先代猫にゃんにしてあげられなかった事とかしてるけど
過去の上乗せみたいには全くならなくて
なんか
死別して再婚した人
ってこうなのかな?
愛した人の存在も思い出も薄れることなく
心の中をいっぱい占めてる
でも、今目の前の人も無くてはならない人だよ
って…
救いたい一心で冷静になれてなかった気がする
薬の量、普通じゃないもん
一緒に生きてくれた小さな家族は皆同じなんだろうな…
と感じたよ
猫を飼っていた友達も
10年以上共に暮らした猫さんを数年前に亡くして
「親が死んだ時より辛かった」
と言っていた
きっとそれくらい
関係性や思い出が濃くて
ぎゅうぎゅうに詰まってるんだよね
動物って
ケンカしたとか裏切られた
とか無いし
〈喜びと笑顔しかない共同生活は
私達人間には
癒しと安堵感と楽しい嬉しい
しかない家族であり 子供であり 親友でもあるから〉
【立ち直れないの当たり前なのかもしれない】
私も猫にゃんへの想いが強すぎて念になってる自覚はあって
それでお空に行くのを妨げてるかもと感じる時はあるけど
猫にゃんは行ったり来たりしながら、1番心地よいところに居て
最終的にどこでゆっくりするのか野良猫時代のように自分で決めるような気もする
私も
「行かないで」
と思いながらも
写真に向かって
「暖かいところにいるの?安心できて優しいところ?」
って聞いたりしてる
ありがとうね
猫にゃんの事、覚えててくれて話まで聞いてもらって
凄く気持ちが楽になってあたたかくて、助けられたよ
ありがとう