◆この旅行記は、複数の病の闘病中に


3人の医師からドクターストップが掛かりながらも夢を叶える為に出た一人旅で

当時投稿していたSNSを載せながら


今振り返って思う事も書いています


…………………………………………………………


借金と虐待で身体も心も痛く寒く

人生が変わってしまう幼少期を過ごし


1人暮らしの今の家で
寒さをしのげる事に感謝している事


保護猫を引き取り
動物用の酸素ボンベを自宅に置いたり

あらゆる可能な限りを尽くしたけれど救えなかった命


〈環境〉

の重要性を感じていて
それにより生き物は寿命も変わる事を書いたブログ

 

 今、目の前にある全ての事は当たり前ではない事
 
生き物が生きるには必要な事がある事
 
力による争い、恐怖や悲しみ
 
罪のない人、生き物が犠牲になって欲しくない思いで書いたブログです

 


 

 
◇この旅の続きです


イスラエルからヨルダンに車で入国した後
目的地まで1度もトイレ休憩がなく
トイレの我慢が限界値だった私は


「I’m seriously almost dying.」
まぢ死にそうな位辛い


とドライバーに伝えて


崖から滑り落ちそうな岩だらけの山の途中で


「外でトイレさせて欲しい!あなたは見ないでくれたらいいから」


と猛烈に悲願したけれど


『後1時間で着くよ~』

と繰り返し言われっぱなしで
真剣に身体が限界で
もう病気になりそう
緊急事態だと伝えているのに外でトイレさせてくれないのは



「イスラム圏だから外でパンツを下ろすのは
アッラーの神に背くからなのか⁉️😱💦」


と当時、車に乗りながら真剣に考えていました



飛行機でしか他国に出入国した事がなかったので

トイレが無い専用車で国境越えならば
予め所要時間を確認しておくべきでした


ただ…
例え確認していたとしても
海外の良くも悪くもいい加減な文化で


『1時間で着くよ~』

と言われていた気もします😅

 
思い返しても末恐ろしい位
本当にあり得ない辛さでした😱💦
膀胱痛すぎました(大汗)
 


イスラエルから陸路でヨルダンに入国した理由は

エルサレム → ペトラ(ヨルダン南部)へは
航空路線が無く陸路移動が最も現実的だった

 



当時、イスラエル・ヨルダン間の緊張は比較的安定しており



エルサレム

→(車で約1時間)

キングフセイン橋 国境

→(ヨルダン側で車に乗り換え)

→ペトラ


だいたい4~5時間で到着

(私は5時間半かかった)



飛行機利用では同じ距離でも

8〜10時間以上かかることも珍しくない

費用もかかる

(地上移動、空港での待機、航空路線の制限)




旅のはじめにヨルダンの死海からイスラエルまでは空路を利用しましたがそれは

ヨルダンとイスラエルには陸路の国境が3つありますが


どれも観光客にとって手間があるため代理店は

航空便を推奨



死海(ヨルダン側)

→ アンマンの空港(Queen Alia International Airport)

は 車で45〜60分

とても近く移動が楽



:イスラエルに入国する際は空港のほうが手続きがスムーズ




✦ ベン・グリオン国際空港(テルアビブ)は


イスラエルの主要入国ポイント


セキュリティが標準化されている


外国人旅行者に慣れている


審査を短時間で処理しやすい



「死海 → 飛行機でイスラエル入り → エルサレム → そこからペトラへは陸路(キングフセイン橋)でヨルダンに戻った」

という 



“飛行機 → 陸路”

 の組み合わせになりました



ペトラは ヨルダンの南部 にあり

エルサレムから1番近いキングフセインゲートからの移動は一般的です




ただ

◇陸路国境の問題点


待ち時間が長い(2〜4時間は普通)


荷物検査が非常に厳しい


ビザ処理が複雑


車で直接通過できないため国境で車を乗り換える必要がある


国境の混雑状況が読めず日程に影響しやすい




◇トイレ休憩が無い理由は


道中に観光客用のトイレ休憩ポイントがない


国境周辺 → 砂漠地帯 → 田舎の道路




・清潔ではない

・安全でない場合がある

・観光客の車が停められる作りになっていない



日没前にペトラに着く必要がある


運転手は“止まらないのが普通”と認識している



なので極限までトイレを我慢する事になりました



……………………………………………


そして

我が家に居る小さなお猫の肝臓機能が


保護して我が家に来た当初は


〈異常値〉


でしたが



※人工的な添加物が入っていない食事に切り替え

※毎日の適度な運動

※精神的な安心感



を飼い主としてコツコツ続けていたら


〈正常値〉


に改善され



人間も生き物も〈環境〉による身体への影響を改めて気付かされた事も書きました



人間も動物も

身体と心は正直で


嘘がつけないんだな

と私の病状もお猫の血液検査からも痛感します


 

2人で1日でも長く共に生きれるよう

試行錯誤しながらこれらの習慣を続けていきます



それが私への1番の薬で緩和ケア

お守りになっています



 

この旅行記は

長旅をしている最中にその場からリアルタイムで投稿した記事 


 翌日以降に、滞在中のホテルで振り返って書いている投稿 


帰国してから書いている投稿 


等々、様々あるので時系列がズレる時があります

 
……………………………

 9月20日

 
 
おはようございます&こんにちゎ!
 
 
今日は〈世界遺産〉の
 

【ペトラ遺跡】
 
 
に行くべく

朝4時起き
 
 
眠いっす、、、
 
 
私はだいたい、いつも眠いっす
 
 
ずっと乾燥地帯にいて
凄くハエが多い!
 
 
でも彼等は人間の顔にしか、くっついてこないから年中ハエを皆が払ってる(*_*)
 
 
アフリカの映像とかで
ハエが人の目や口元に沢山張り付いてるのに
 
それを払う気力ない子供達が映ってるけど、本当だ!
 
 
ハエは人間の顔の皮膚の水分と
目の水分を吸いにブンブン寄ってくる、、、(-_-)
とガイドさんから教えて貰った


そうゆう理由があるから顔にハエが貼り付くのか!
と腑に落ちてお勉強になった
 
 
ネットでもかぶりたいゎ(笑)
 
ではではみなさん今日もお仕事頑張ってくださいねっ!
 
…………………………
 
ペトラ遺跡入り口
 
 
 
 
 

 ペトラ遺跡の入り口付近は 砂が白いです


 
 
 
 

徒歩はぁ…
朝の8時前でこの暑さ


正確に何キロ歩かなきゃならないか分からない…



そんな時 幼少期に
私は遊園地とかに行きたいのに


両親に無理矢理連れていかれた
登山一家だった我が家の苦い思い出が頭をよぎる…


一旦登頂したら


「もう疲れて歩けないの~」


なんて、お姫様みたいなことを行っても
タクシーもヘリも決して来てくれない



足の指から血が出ようが

膝のお皿が割れそうになるほどの激痛が走ろうが

日が沈む前までに下山しなければ命に関わる

何故なら、真夜中の山は決して歩けない



月明かりもわずかな中

方位磁針でも持ってない限り

人間の習性で、真っ直ぐに進んでるつもりが


大きく円をかいて歩いてしまい
また元の場所に戻ってしまうんだ…



でも、私はこの毎回の登山の中で

両親に混ざり小学生ながらも


時間内に決まったことを

誰にも頼ることなく

弱音を吐かず

忍耐強く一歩づつ

足元に集中しながら下山して

己の力だけでやらなければならない時がある!!!


と、強く思い


思い返すと
その習慣が
それから歳を重ねて行くあたしにとって
とても大きな学びとなったのは確かだ


出国2週間目で
すでに半分の1週間はドクターストップ通り
体力低下でぶっ倒れている…


そんな体調には2度となりたくないし

ペトラ遺跡は歩く
ともかく歩く!!!



それこそ、帰り際
「もう歩けないの…」


なんて言っても
そこにラクダやラバがいる保証はない…


この体で引き返せない
なんてなったらシャレにならないわ!

と、即座に思いお馬さんに決定したのだけど…



可愛くて、愛おしくて仕方ない


でも、その日暮らしのジプシーさんの馬だ


「お腹は減ってない?
ちゃんとご飯は食べてるかい?水は飲んだの?」


と、お馬と二人だけの会話をしてたら
あっという間に時間が過ぎて





ソロソロ乗ってよ!!

的な雰囲気に、ハッ!
っとして乗るのでした^^


乗ってからもいっぱいじゃれてナデナデしてた笑


動物って、いいよなぁ…


気分は爽快
お馬さんのおかげで心はあったかい


ジプシーさんの笑顔も優しいのよ


ワクワクの期待と
出だしの満足感ですでに幸せオーラ出てるなぁ~


そんな事を考えながら…


基本的に動物は全般大好きだし
ネコは大好きX1000だけど…



人間が歩いたほうが早いんじゃないの?!
って、まるでおままごとのような馬には乗った事あるけど


ここではジプシーさんは手を離して自分で馬を操らなきゃならない
(遊ばせてくれるのよ)



自分なりには行き先を
馬さんに指示してるんだけど

違う方向行っちゃったり
じゃり道の際にどんどん行っちゃって

反対を向かせようとすると
さらに端まで行って



じゃり道から
ズルズル==って落ちて


ジプシーさんが慌ててヘルプにきたり
ともかく楽しかったな!




1人で馬の操作ももちろん初めて

日本で乗馬体験をすると

スタッフが馬のたずなを引いてゆっくりだから

私的にはスピードが足りないと言うか…

もっと、リズミカルに行きたいのよ
ずっと、そう思ってた


だから、調子に乗って
ふくらはぎでお馬さんのお腹をポンポン叩いて

たずなに力入れて

「はいやぁー!」

てやってみたら早足で走ってくれたけど…



腹筋も背筋もないから自分の体が支えられないの…

クニャクニャしちゃって、バランスが全然取れなかった…
改めて運動不足、筋力のなさを実感ですわ…


でも、お馬さんと共に歩けるのもほんのわずか…


1~1.5キロ位かなぁ
キャッキャはしゃいでたら速攻終了ーー!!


『ハイ!チップ下さい!!^^
気を付けて行って来てね~!』


てな感じで


『次の客、次の客!!
9月は稼ぎ時なんだよ~』


って感じで
馬にまたがり
砂ぼこりの中ジプシーさんは駆け抜けて行った…





まるで映画のワンシーンのような気持ちで見送ったよ…


小学生の時から、女の子同士で着せ替え人形遊びするより


高い木を上だけ見上げて登ったら
凄い高さになってて…
降りられなくなちゃった…苦笑


ってな、カンジでおばあちゃんを心配させてみたり


公園を走りまくって男の子と一緒に隠れんぼして
無茶してスッころんで
いつも膝小僧は擦りむいてたな…


公園の1メートル位の高さの木々の中に空地を作って
みんなに秘密の基地にして見たり笑



そんな子だった

学校と両親の帰宅までの数時間
唯一、笑える時間だったかな…
 



 
 
 
 
 

 
 
 
 
ここ、世界遺産ペトラは
 
〈新、世界7不思議〉
 
にも登録されていて
 
 
 
16世紀までペトラは西洋世界から完全に忘れられ
 
それから300年後の
1812年にスイス人の探検家ヨハンが
 
 
噂に聞く
 
〈失われた都市〉
 
に連れて行くように命じて
 
 
彼は手帳に
 
 

『ワディムーサにある遺跡、これが古代のペトラに違いない』

 
 

現在はユネスコ世界遺産として保全していくために

 
全ての観光施設はワディムーサに設けられてる
 

 
 
そして
 

《ペトラ遺跡を全てを見尽くすには5日間かかる》

 
 
と言われるほど、広大な敷地なので
 
途中でロバ
ラクダ
馬車
 
 
などが、ジプシー達の収入源として観光客の足になっている
 
 

(こうゆう馬車?のような乗り物もあった
2人で来ている方々には、1人乗りの馬やラバより良いのかも)
 

(私がお馬に乗っている最中に、颯爽と走り抜けて行った馬車をカメラにカシャ👀📷️✨)
 
 

あたしも
 
ロバをもっと強くする為に 
ロバと馬をミックスさせた
 
 
〈ラバ〉
 
にも途中乗って体力温存させてもらった
 
(こちら、ムービーからのスクショなのでボケていますm(__)m)
 

 
ラバ君です
 
小さくて、痩せていて、乗るのが本当に申し訳ない気持ちになった
 
過酷な労働を強いられているような気持ちになってしまって
 
 
  

(しかも、ラバと人間を繋いでいるのが
 

《鎖》

 
これは
 

《本当にナイな!》

 
と、悲しくなった
ラバからしたら、痛いと思うし、違和感があると思うんだよね)
 
 
(私の目線から見た、ラバの飼い主のジプシーさん)
 

でも、あまりにもロバも
ラバも
 
か弱くてスキニー(痩せてて)切なくてチップを沢山あげた!
 
 
「必ずあたしが乗ったこのシモ(ラバの名前ね(笑))にいっぱいご飯をあげて!」
 
 
と約束して…
 

あたしは本当に動物には弱い

 
 

募金も、日本で盲導犬の募金ばかりしてるなぁ…

 
 

動物って人間によって愛されもするし

 

見放されもするし

 

動物自ら自由を選択出来ないから

 

せめて大切に扱ってあげたいじゃん

 
 
気持ちは通じあえるけど
 
最終的な細部の言葉や気持ちまでは理解してあげられないから
 
愛情でカバーしてあげたいよね!
MAX (>_<) !!
 
 
 

(入り口を入ったらしばらくこの風景)
 
 

(仮装した方が居るの!Σ(゚ロ゚;)
 
と、凄く観光地化されているんだなぁ~
やっぱり有名だもんねぇ、この景色…
 

と、よくヨーロッパで仮装した道化師さん達に会ってきた事を思い出した
 
 

正義は勝つ

人の心も動かす

でも、凄く大きな痛みと代償も伴う

 
時には命と引き換えに...
 

と言うような内容の映画が凄く好きなのだけど
 

繰り返し観ている映画
  

《グラディエーター》

 

を真っ先に思い出した!
 

 

◆【幾度も立ち上がれ羊が獅子となる日まで】

 
 

これは映画の中で主人公のラッセル・クロウが
困難に立ち向かう場面で放つ言葉で…
 
 
私が生きてきた
生き方みたいな想いと重なり
強烈に胸に刺さり
一瞬で暗記した以来ずっと覚えている言葉)
 
 
 
 
 
 
 

(歩いている方々も多いのだけど
ペトラ遺跡は本当に広大な広さがあるから
 
徒歩だと
一場奥にある
 
有名な映画に登場してない方の遺跡…
 
までとても辿り着けない
 
 
ペトラ遺跡の中には宿泊所がないから、途中で引き返して帰らないとならなくなるから) 
 
 
 
 
(全ての道のりで馬やラバに乗れる訳ではなくて
 
歩かねばならない場所もある
 
ペトラ遺跡に向けて、長い長い道のりを歩いていたら…
 
 
なっ!!!!( ; ロ)゚ ゚
 
なんとっ!
 
こんなカラカラに渇き切った土地にニャンコ親子が...…
 

「どうやって生き延びてるの?」
 
「水や食べ物はどうしてるの?」
 
 
と、一瞬で頭の中を心配の感情が駆け巡った…
 
 
「食べ物になりそうな物を何も持っていなくて
ご飯あげられなくてごめんね😢」
 
 
と、少しだけ触らせてくれたニャンコ親子に寂しさを引かれながら後にした…
 
どうか、空腹になる事なく生きて欲しい
と心底願った)
 
 
 
 
(ちいちゃい赤ちゃん猫
ママはミルクを出す為に栄養が必要だよね…
と思った)
 
 
 
 
 
 
 

 
 
1時間はゆうに歩いただろうか…
 
両サイドにそびえ立つ岩壁と

道が細くなったり、広がったりを繰り返すだけの景色でも
全く退屈しなかった

 
足を進める度に
違う表情を見せる地層やうねり達
 

初めて目にするこんなにも美しい地層のグラデーションと

 
岩なのに滑るようになめらかな曲線を描いて広がって行く
 


何千年もの間、ここペトラを守り続け
 

どっしりと構え、通り過ぎて行く人々を見守ってきた歴史の産物
 

岩の隙間から、かすかに差し込む自然光すら
神々しく感じる…


それだけ、本当にこの壁は高さがあるんだ!!!
 


歴史の宝物の地層たち
 
これだけの高さが出来上がるまで
一体どれだけの年月が掛かっただろう…
 


その、1層1層に
 
「綺麗だなぁ~!」
 
 
の一言では、余りにも表現が軽くなってしまう
 
 
歴史の深く重たい真実を目にすることが出来ている
 
 
この、環境に心から感謝しながら歩みを進める
 

ついに…
この細い道からうっすら映るペトラの姿
 

ついにペトラ遺跡の全貌が目の前に現れる瞬間があたしを待っている!!!
 

ボルデージはもう最高潮


喉の渇きも
休憩する事なく1時間歩いた疲れも
全て頭から消える

時間が止まる瞬間が来たんだ!
 

この、岩の隙間から覗くペトラ遺跡様のお顔の一部が、あたしに心の準備をさせる!
 

ついに、来たんだね!
この瞬間!
この気持ち!
 

抑えきれないワクワクセンワー!
飛び出しそうな期待感で、周りの景色は真っ白にすら感じる!!
 

ただただ、この少しだけ見えるその風景にだけ
意識も目線もフォーカスしてる
 
 
 


ついに、出逢えたペトラ様

今まで沢山の世界遺産を見てきた! 


でもここまで、出逢う瞬間にボルテージが最高潮になったのは初めてだ…


きっと、ここに辿り着くまでの過程から
いろんな歴史を考え


ここがその昔、海の中にあった事を考え


ひいては地球のあり方についてまで考えて

1時間もの間
頭は想像と現実のはざまでいっぱいだった



そして、辿り着くまでの1時間半…


全く長さは感じさせなかったが
歩みを進める一歩一歩には今までには
感じた事のない貴重な重みを感じていた 




 
 
 
 

 
《世界遺産》
 
 
であり
 
 
《新、世界7不思議》
 
 
にも登録されている
 

ペトラ遺跡のメイン遺跡

 
 
高さは計り知れないほど高く
 
遺跡自体にもダメージがなく
 
 

2000年前に造られた遺跡が今もこんなに完全体として残っているのは非常に珍しい!

 
 

ローマ帝国も
ギリシャ遺跡も
 
 
崩れたがれきのようになってたし
 
 
アジアのアンコールワットなんかもっと痛々しかったな…
 
 
そう考えると、壁道をひらすら歩き
誰にも見つからない秘境の奥地にあったこの遺跡は
 
 
戦争などに巻き込まれる事なく
 
 

ひっそりと誰かに見つけてもらうのを待ってたのかもしれないな、、、

 
 
観光客が増えたのもここ2年で増えたそうだ
 
 
それまでは、世界で話題にもなっていなかった
 
 
なんてアメージングな場所なんだろう!
凄かった!
  

 
しばらく遺跡を眺めながら
その余りにも美しく原型をとどめているペトラの宮殿は
 
 
私の頭の中で
この場所がいかに華やかに栄えていたか
 
 
当時の風景をイマジネーションするには十分すぎる程の美しさ
 
 
「ああだったかもしれない。こうだったのかな」
 
 
 
この、どっしりと構えて凄い高さがあるのに
こんなにも品格があり
温かささえ感じるのはナゼだろう…
 


この色味のせいだろうか…
 
あたたかくて立派な宮殿
 
 
 
 
朝の光に照らされた宮殿は
今もなお生き生きと輝き
 
 
まるで神様か、女神様が見守っていて
微笑んでいるかのような
 
 
優しく流れて行く空気感を持ってる
 
 
柔らかく、強くたくましい品格のパワーが眩しい位なんだ!
 
 
目をつぶれば
今にも華やかな衣装を身に付けた
当時の貴族たちの笑い声が聞こえてくるような
  

錯覚さえ頭をよぎる…
 
 


世界中でいろんな遺跡を見てきた
 
 
でもやっぱり
 
〈遺跡〉
 
と言うには何千年と言う月日が過ぎ去り
複雑な歴史にもまれながら
 
 
形は崩れかけながらも
その当時、そこで起きた事をどうにか伝えようとしている…
 
 
そんな、目には見えないメッセージ性を発しながらその形を今に残してきた…
 
 
そんな、少しの哀愁さえ感じる遺跡ばかりだった
 
 
 
〈遺跡〉
 

と言われるのだから
当然、遺跡が黙って見てきた年月の数は
0がゆうに3つはつくような年数だ
 
中には、紀元前の物もあるのだから…
 
 

 
(かなり朝早くに出発点したので、まだ人が余り居なくて、静かに眺める事が出来ました
 

お日様も、まだ昇りきっていないので
薄暗い雰囲気も
幻想的で、素晴らしかったです)
 


 

(薄暗いと
 
よく目にしてきたペトラ遺跡の写真風景とは別物のように感じ
 
1つでこんなにも景色が変わるんだと
 
 

改めて地球と自然の営みを感じます

 
 
周りを取り囲んでいる高い岩が
お日様の光を遮断しています)

 
 
 
 

(メインのペトラ遺跡の前は、広い広場になっていて
お土産屋さんやヨルダン風のカフェがあります)
 

 

(キャッツアイだ!👀
中東っぽい!
と、このメイクに憧れる)
 
 
 
 
 
 
(入り口からは少しだけ馬に乗り
 
途中からはペトラ遺跡の第一関門まで
徒歩でずいぶん歩いたからお土産屋さんで少し休憩
  
 
そしたら、また猫さん発見!👀
 
 
こんな乾いた土地で、どうやって生き延びているのか心配しか湧かないけど
凄く人懐っこい
 
 
お膝に乗ってきてくれて
久しぶりに猫の温もりを感じて
 
 
ジィーン…ジィーン…
と胸に染み入る感激を味わっていた
 
 
やっぱり猫は神様!
とばかりに、この姿勢のまま何時間も座っていたい…
 
と思ったら、しばらくしたら外に行ってしまった)
 
 
 
 
(私のお膝に乗っていたお猫さん。(=゚ω゚=)
 
ニャンとぉっ!
 
ペトラ遺跡の前にある、凄く広~い広場のど真ん中で
 
 
恥ずかしげも無く、誰の事も警戒せずに
 
 

チーチー(オシッコ)

 

 

始めちゃって、目が飛び出る程驚いた!(o゚Д゚ノ)ノ

 

 

 

岩の端っことか

目立たない所ですると思ったら

 

本当に広場のど真ん中で用を足していた💦

 

 

人間に虐められたりしてない証拠で

こんな事もあるんだ!

と、嬉しくなった)

 

 
 
 
(ペトラ遺跡のメインを通過した後は、またしばらく徒歩
 
 
次は遺跡の最上段を目指して行く
 
 
道の途中には、遥か昔に人が住んでいた
岩をくりぬいて作られた家がポツポツと並ぶ
 
 
水や食料はどうしていたんだろう…
 
と、こうゆう場所に来る度に
歴史に触れては
様々な思いが頭を駆け巡る)
 
 
 

 

 

どうしてこんな地形が出来たのだろう…


そして、どうしてこんなにでっぱたり

引っ込んだりしながら細い道があるのか


道も急に細くなったり

広がったりさまざま



ここは、その昔、昔のそのまた昔…

海の中だった



2週間前に訪れた

 

「死海」

 

は、世界で一番地表が低い水場とされていて

だから酷暑になる




ちょうど、日本で言うなら京都や奈良の様に

 

周りを山々に囲まれた盆地のため

余り風が通らず、夏は暑く、冬は寒い

 


に、とても似ているかもしれない




何でかって言うと、私が訪れたのは9月

 


拭っても拭っても、もう意味はナイ

ってくらい、服も髪もビショビショになる



でも、ヨルダンにも四季はあって

 

 

冬は雪が降り

ミドルクラス以上の家なら暖炉が付いていて寒さをしのげるけど

 

 

気温は氷点下になる時もあるそうだ

 


フッと…頭をよぎる


じゃあ、今まで見てきた

 

すれ違ってきた

ここペトラ遺跡でラクダやラバの乗り物

 


お土産を売って

 

 

毎日の保証はなくその日暮らしの

沢山のジプシーさん達はどうやって冬を越すのだろう…



家は、木の枝を軽く組み立てて黒いビニールで囲ってあって

風になびきながら

バタバタとビニールが揺れてる隙間風が入るような家だったよ…



トイレや風呂はなく

 


水をくんで

沢山の山羊やラクダを飼いながら

点々とエサを求めて引っ越しを続ける人生…

 



この国から、一歩も外に出る事もなく…

 


でも、彼等にはそれが当たり前で

 

 

広い豪邸に住み何不自由なく暮らしているが

家族のコミュニケーションを取る時間もなく

どことなく寂しい…


そんな先進国の人々の笑顔より

優しくて輝いていて

 

話が好きであったかいピュアなハートを持っていた


心に響く

その日を

与えられた人生を精一杯生きている


ダイレクトに伝わるそのオーラは

 

 

私に

「生きる」

楽しみや、喜びを伝えてくる…

 

 


彼等の背中から感じる

幸せに暮らすために必要なものは

多くはないんだと言うメッセージ


確かに、私の中で受け止めました!

 

諦める程

吹き出す汗

 

湿気がないから

気温が高くても爽やかなはずなんだけど

 

 

肌がヒリヒリ

おでこはジリジリと

 

ゆっくり焼き魚にされていくようだ!


日焼け止めも綺麗に、全部汗で流れ落ちちゃうだろう…

 

 

 

◆この旅行記は、複数の病の闘病中に

3人の医師からドクターストップが掛かりながらも夢を叶える為に出た

一人旅 を振り返る投稿をしています

 

 ……………………………………………


私自身が何十年と闘病してきて

瀕死の野良猫を保護したら



獣医学書に治療法がない難病


肝アミロイドーシス

 

で、24時間苦痛しかないので

安楽死の対象だったと分かり2人とも苦しんだ事

  


《死を意識して〈生〉を生きる》



見える景色も


感じる事も変わり  


あらゆる事の貴重さが分かる事


 
 

 借金と虐待で身体も心も痛く寒く

人生が変わってしまう幼少期を過ごし


1人暮らしの今の家で

寒さをしのげる事に感謝している事




保護猫を引き取り

動物用の酸素ボンベを自宅に置いたり

あらゆる可能な限りを尽くしたけれど救えなかった命



〈環境〉


の重要性を感じていて

それにより生き物は寿命も変わる事を書いたブログ



 

 

今、目の前にある全ての事は当たり前ではない事


生き物が生きるには必要な事がある事


力による争い、恐怖や悲しみ

 

罪のない生き物が犠牲になって欲しくない思いで書いたブログです

 

 

 

 この旅行記は

長旅をしている最中にその場からリアルタイムで投稿した記事

 

翌日以降に、滞在中のホテルで振り返って書いている投稿

 

帰国してから書いている投稿

 

等々、様々あるので時系列がズレる時があります

 



旅の1部です

 

 


↑このブログで

世界中で常に何かしらの理由で

紛争、戦争


が起きているけど

日本の時事ニュースは報道しているのかな?



と書きました



時々チェックしていた日本の時事ニュースで

ほぼ報道されない事に

違和感を感じていました




これでは関心を寄せる事も

支援や募金するきっかけもなく

とても残念な気持ちでした



私は日本では世界中の時事ニュースを扱うBBC、CNNチャンネルをよく見ていて



海外旅行でテレビをつけても

やはり世界中に目を向けた悲痛なニュースは報道されている



なのに



「日本は何故?」



とアメリカのニュース番組を見ながら

感想を言っているムービーを

当時SNSに投稿しました



頻繁に海外出張に行っていたり

海外に関心がある人は

同じ気持ちの人も居ました

 


↓過去の投稿です

BBCニュースでは紛争の現地にいる特派員と
スタジオにいるキャスターが
この事について質疑応答しながら話し合っていて

視聴者に分かりやすく現状を伝えています



〈世界中の時事を伝える本当の専門チャンネル〉


が日本に1つくらいあってもよいのにな


と長らく思ってはいます




リアルタイムに近い報道を常にしていて

世界中で起きている事が分かり
私には心に刺さるものでした



↓時事ニュースに見入って疲れたら
旅チャンネルを見て気分転換していた私にくれたコメントや

私が海外のニュース見るのはお勉強になるからと勧めているコメントだったり


日本のニュースは…
と同意してくれるコメントもあり


無意識の中に置き忘れられて
辛い経験を繰り返して来た私には


辛い事柄に意識を向けてくれる人も居る事に
安堵の気持ちも沸きました






前回のブログで
我が家にいる小さな猫さんについて触れました


先代の保護猫と同じ症状として

 

身体を凄く痒がるので


遺伝により
肝アミロイドーシスになる不安が付きまとっています


血液検査の結果を見ると
  

保護した当初は
肝臓機能の働きを示す項目が


〈異常値〉


私は真っ青になりながら
獣医師さんに先代猫の経緯を話し


予防するには何をすべきか考え続け
コツコツ続けていたら


〈正常値〉


になりました
(今回の数値は誤差の範囲で
他も問題ないと獣医師に言われましたがこの先も気を付けます)



加齢と共に悪化する可能性が高い中で
改善した心当たりは

  

食事の見直し

本来の猫は食べない人工的な添加物と小麦粉を避けたカリカリ
 

野良猫だったからか水を飲まないので

総合栄養食のウェットフードと

食い付きを良くするオヤツのウェットを水で1.5倍に薄めて水分補給


  
ウェットにほぼ入っている
増粘剤
増粘多糖類


これは本来猫に不要なもので
長期的に臓器に負担をかけ
嘔吐にも繋がり

吐くと私が不安になり精神衛生上良くないので
極力入っていないフード選び
 

毎日1時間の猫じゃらし
(私が体調増悪の時は休みながら)


毎日適度なスキンシップと声掛け


安心できる環境作り



そして
野良猫から家猫になり  

〈環境〉

が改善し



✓ 無添加・高品質フード

✓ 総合栄養ウェットを水で1.5倍薄め → 理想的な水分補給  

✓ 毎日の猫じゃらし1時間 → 行動学的にも最高の運動量

✓ コミュニケーション量の最適化 → ストレスホルモンを減らす



これらは

〈猫の健康長寿研究〉

で示されているリスク軽減行動そのものだそうです



今の小さな子が健やかで長く共に過ごせる事は


全ての治療法がもう無い私の病状改善
緩和ケアの唯一と言って良いくらい
精神的な安らぎとなり
重要な意味を持つので



私の為に
後悔の理由をこれ以上作らない為に

お猫の為に
お互いの為に続けています



安心できる精神、食事、運動、睡眠
(野良猫は常に警戒心があるので良く眠れない)


これらの確保が
生き物にどれだけ重要な意味を持つか


改めて気付かせてくれました



赤いマーカーが肝機能の数値で
左から右に向かって
過去から現在です



この元気と
瞳の輝きが続いてくれるように
お母さん飼い主として
出来る限りをしていきたいです





 ━━━━━━━━━

 

長旅の最中

この日からムービーを撮り始めました



写真だと壮大さや緊迫感や

何もかも全然伝わらないなぁ…

 

と自分で撮った写真を見返して感じました😅

 

なのでムービーのスクショを載せてボケた写真がこの先のブログに出てきます🙇💦

 

 ………………………………………


◇9月18日、イスラエルのホテルをチェックアウト

 

 
 
今、チェックアウトを終えて
レセプショニストのおじさまと
 
このホテルでの滞在中の感想や
 

「昨夜、綺麗なお皿をプレゼントしてくれてありがとう。とても居心地良く過ごせたよ」

 
って話をしてた
 
 
 
(マニュアルのコピペの手紙ではなく
 
『この先もまだ長旅を続ける貴女の無事を祈ります』
 
と書いてくれている内容のお手紙だった
 
たくさんの宿泊客が居る中で
個人宛にわざわざお手紙を書いてくれた
 
 
「流石だな。口コミ通りの素晴らしいホテルだな」
 
と改めて実感した瞬間
 
 
そのホスピタリティーが本当に温かかった)
 
 
 
 
彼は
 
『次回、またいつの日か会える日を待ちわびて
 
私の旅の安全を願ってるし
 
次回来た時は僕がガイドをして
まだ見た事のないイスラエルに連れていくよ!
 
ありがとう!
マドモアゼル!』
 
 
って手にKiss してくれた
 

 
片言の英語しかまだまだ話せない私だけど
 
旅に出る度に少しずつ話せる単語が増え
 
感動と感謝を言葉でようやく伝えれるようになってきた(^o^)v
 

文句や苦情もね(笑)
 
 
3年前に一人旅をした時に誓った


「英語で自分がお世話になった人に気持ちを伝えるように絶対なる!」
 
 
その願いは、第一歩叶えられた!



 
まだまだ帰国しても自分が想像しているレベルまで英語のアビリティーを高めて行こう!
 
 

全ては、想い描く事から始まる
 

それがいつの日か自分の信念に変わるまで
 
 
そして、立ち止まらない事
 

あたしは歩き続けるよ!
 
 
 
 
 
(朝ごはんの時だけ利用したレストラン
 
テーブルのお花。お上品です
 
 
ユダヤ教の安息日が明けて、普通のご飯が食べられるようになりました
 
ヨルダンの死海の時みたいに
大盛りを食べたいけど
お皿が小さくて何回も取りに行った😅
 
何もかもがお上品)
 
 

(重症の熱中症になり動けなくて
朝ごはんの時に塩を舐めていたけど
 
まだ治らないから
 
「糖分も補給すれば治るのでは?」
 
と、チェックアウトの朝飲んでみた
部屋の冷蔵庫に入っていたジュース)
 
 
 
(熱中症で、ほぼ寝た切りで過ごしたイスラエルのホテルの部屋)
 
 
(綺麗なプールに入る事なく、イスラエルを後にする羽目になった...
熱中症…(;´Д⊂))
 
 
 

(ホテルのロビーの廊下に飾られていた写真
 
意味は分からないけど
軍隊の物騒な写真を見て
イメージが良くない複雑な気持ちになって通りすぎた
 
 
 
何故、わざわざ
6ツ星ホテルに飾ってあるのか
違和感が沸いた)

 
 

(せっかく身を守る為に
素晴らしい6ッ星ホテルに滞在したのだから
プールやお庭で寛いだりしたかった…
 

部屋から3日間、1歩も出られなくなる程
熱中症があんなに酷くなるなんて…
 
ナメていました
 

気温40℃、日影ナシを1日中歩くとどうなるのか…
 
悔やんでもチェックアウトの日は来ます…(*T^T)

 
 
(気持ちだけプールに入っていた
足だけ入った
子供用プール)
 
 
 

 
(嘆きの壁にて、イスラエルに来られた事に感謝)
 
 
 
 
………………………………………
9月18日、陸路で国境越え
イスラエルから再びヨルダンへ
 
 
おはようございます(^-^)
 
 
今日からお仕事ですね!
 
みなさん充実した時間をお過ごし下さい♪
 
 
こちらは朝の8時です

今日は車で国境越えをします

 
 
 
(この車で移動します)
 
 
 
初めての経験なのでワクワク!
 
 
と、行きたい所ですが
 

昨夜また熱中症になり

 

頭痛と吐き気で体が重くて、、

 

 

思わず海外での対処法を母に聞いてみましたが
 

『医者に行けば?』

 
と、アドバイスされる以外分からず…
 
 

(イスラエルの病院なんか行ったら、連れ去られて出てこられなそうだし(゚A゚;)と思い)

 
 
 
今までの旅も、同じように灼熱の陽射しと気温の中で旅をしてきたし
 
 

本当に体力

免疫共にかなり弱っていて

 
 
1日、外出してるだけでこの体調になっていては
 
 
今日これから移動するエリアは砂漠地帯で…
 
もっともっと厳しい暑さに耐えられるか…
 
 
車で国境越えする時は国境では1台ずつ
 
 
出国審査
入国審査
をされるので2時間待ちは当たり前で、、、
 
 
国境を越えて次のホテルに行くのに半日は掛かります
 
 
 
イスラエルとヨルダンを繋ぐ、陸路の
出入国審査口
 
 
《キングフセインゲート》
 
 
に到着
 
 
ここで、出国、入国手続きをします
 
 
極めて簡単な、検査
 
 
田舎町??
と思うほど…
 

でも、外にはもちろん
 
重たい本気の銃を持った兵士さんだらけ
 
 
簡単すぎる出入国に対して全く、全然バランス取れてないような…
 
 
ここは、いいのかしらぁ~
 
と思って、写真をパシャリ!
 
 
凄い勢いで、またまた兵隊さんが登場!
 
 
『今すぐ、撮った写真を消せ
前後の写真も見せろ!!』
 
 
あ~
悪気はないのに、イスラエルの空港に到着した時と同じシチュエーション…
 
イスラエルの時は、乗ってきた飛行機が珍しかったから撮っただけなのに
 
かなりシリアスに兵士に迫られたよ!
 
 
でも…
やっぱり、ここでも私の好奇心は止まらない^^笑
 
ダメ!
 
って言われると、やりたくなっちゃうよなぁ笑
 
 

イスラエルとヨルダン間はシャトルバスを使って20分位移動しなきゃならない
 
 
(注意)重要
 
 
あと、パスポートに
イスラエルの入国、出国印があるとドバイ等は仲が決裂してるから入れなくなる
 
 
だからパスポート以外の所に印鑑を押してもらわなきゃならない
 
って中東の先輩のから教えて貰ったお陰で助かった!
 
無事に、ヨルダン入国完了^^パチパチ
 
 
 
 
キングフセイン国境を出発して間もなく
想い出深い
 
戻りたい場所の1つ
 
 
死海が見えてきた…
 
 
死海って、デッカイんだなぁ…
 
 
つい2週間前まで死海に居たのに
もう1ヶ月位経ったようだよ…
 
死海を横目に結構なスピードで30分は走った
 
本当に本当に大きいんだ
 
地図だと、豆みたいなサイズなのに…
 
 
世界は広いなぁ…
と感じる瞬間
 
 
あたしは、この瞬間が好き
 
新しい発見が出来た証拠だから^^
 
 
 
 
(こんなカラカラに乾いた大地にある入国審査のエリアに、免税店が…Σ(゚ロ゚;)
 
このような場所で何かブランド品を買う方が居るんですかねぇ…
と驚きを隠せず)
 
 
 
気力だけは相変わらず十二分にあるので
体がついて来てくれる事を祈るばかりです
 
 

昨日、行ったパレスチナ自治区にある

イエス・キリストの誕生した教会は

 
 

【文化世界遺産】

 
 
として登録され
 
 

今日から行くエリアも、もちろん世界遺産です

 
 
どうか、体力が持ってくれますように…
神のご加護を頂きます(T-T)
 
みなさんは、お仕事頑張ってくださいねっ!
私も頑張っちゃいMax !!
 
 
 
 
 
 
 
 
(こんな1面乾いた、砂しかない風景がひたすら何時間も続いていく…
 

そこに、急にポツンと現れる民家らしき家…
 
周りには一切、人気もお店も
水も無いのに一体どうやって生きているのか…


想像が出来ない世界だった…)
 
 

 
 
(この風景を通過している数時間は、ケータイもスマホも一切の電波が届かなかった
 
Wi-Fiは繋がらなくとも
僻地でも
 
国際電話と見なして、1分間に数百円の通信料が掛かる
 
《ローミングサービス》
 
と言う手段を取れば、誰かに電話をしたり
インターネットに接続が可能な場合が多いけど
 
 

この一帯は全てが遮断されて、怖かった

 

 
こんなに明るい昼間なのに

凄い恐怖感に教われた

 

 

ドライバーと私しか居ない2人きりだから


何か起きても、誰にも助けを求められない怖さがずっと消えず

強い緊張感に張り詰められた)


 
 
 
 
 
 
 
 
 
死海への余韻も束の間
だんだん荒野が広がっていく
 
 
乾いた乾燥地帯になっていく
 
 
ジプシーの家もまばらになり
岩と荒野以外何も見えなくなった…
 

唖然とした
 
 
同じ地球に
 

こんなに飾りっ気のない自然剥き出しの
 
 
人間にとっては住みにくい土地がこんなにも広く広く手つかずのままあるんだなぁ…
 


でも、もう3時間位凄いスピードで車飛ばしてます…
 
 
もう、熱中症と脱水症状になるのが嫌だから
よく水を飲むようになってた…
 
 
時間も、昼になってたから、鞄の中のリンゴを食べていた
 

 

 辺り一面何もない、乾いた荒野なんだよね…


底の部分は、もう水が吸収出来ない位に石のようにカッチカチ


それに加えて、地表だけは強い風で砂ぼこりや
砂嵐が頻繁にある


一日、外に出ていてホテルに帰ってきて

思わず首や腕の流れ落ちる汗をタオルで拭いた時があった


ドヒャー!!

こんなのスパルタでテニス部に入ってた中学生以来ないよ(><)
タオルは真っ黒だった


素直に驚くしかなかった

そして、納得もした

世界はまだまだ広いんだ


見果てぬ土地を巡りたくて旅をしているのに

砂ぼこりまみれくらいじゃ
驚くうちに入らないな。…って



何より、この環境で一生を過ごす人の方が地球には多い


その環境の中で洗濯をしたり

水を大切にしながら


真夏の40度の中でも
しっかりとした厚手の衣類に全身を包み
ドコにもスキなんか見せず

涼しげな顔をして歩いてる沢山のイスラム教の女性たちは本当に凄い事だな



時に、理解が難しい時ほど
それは後から知識になり
大きな人間性を作ってくれる


新しい事を知る喜び

今まで目にしたことのない景色


ずっと、ここに滞在していたくなる



一週間から10日位では、表面をかじって終わってしまうからね…


でも、イスラム教の女性は本当に心からリスペクト


ある意味

あそこまで自分に近い場所に常に神様がいてくれる訳だから

そこまで強烈な信仰心を持っている人が少ない日本に比べたら

心強かったり励みになる時も多いんだろうな…
そんな印象を受けた


 
(辺り1面、石ころだらけの道がない場所も通過する)
 
 
 
 

(車で走っていると
たまぁに出没する何かのお店らしき建物や


周りには何も無いのに
ポツリと歩いている人が居る…
 

一体どうやって目的地に行くのだろう…
 
目的地らしき建物や家がまったく見当たらないのに歩いている…)
 
 
 
 
 
 
キングフセインから出発する前にトイレは済ませたけど
さすがに3時間も経つと、ソロソロおトイレ行きたいような…
 
怪しげな感じになって来た…
  


ドライバーさんに
 
「あと、どれくらいで着く??」
 
『ん~そうだなぁ…1時間位だよ!』
 
 
 
そっか…
 
 
1時間なら我慢できるかもしれない
 
ちょっとギリギリそうだから早めに着いて…
 
荒野MAX!!
お願いしまーすX10
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(ヨルダンに入ってからの道
砂利道で車が揺れまくった)
 
 


 
 

必死の我慢の甲斐あって
やっと、ホテルに到着
 
荷物も、ドライバーさんへのチップもあとまわしで
 
とりあえずおトイレに直行だよ!
 
こんなにトイレ我慢したの小学生振り??
ってくらい
 

 
行かせてもらえない切なさ
 
漏れそうになる必死の戦い!
 
そんなカンジっ(><)
 
 
トイレを済ませて、チェックインを済ませたらもう夜になってたよ
 
 
明日は、ついに
 
世界遺産
新世界7不思議
 
のペトラ遺跡だぁ~
 
しかし、朝ごはんから、水とリンゴしか口にしてなかったからお腹減った…
 
 
この日は車に5時間半揺られ
 
朝も早起きして荷造りしていて
 
 
 
さらに、車に乗ってるとは言え、やはり酷暑
 
そして、限界まで我慢させられたおトイレに
 
 
道なき道をガタンガタン揺れながら、
頭をゴツゴツぶつけながら
久しぶりに車酔いしながら…笑
 
 
 
やっと着いたホテル
 
 
 
死海の時も
ホテルにはお世話になって
温かくて、大きなBIGな愛を沢山分けてもらった
 
このホテルもいいホテルだといいな…^^
 
 
チャックイン中に、ホテルのスタッフから
 
 
『ホテル内にアイスクリーム屋があるよ』
 
 
って聞いてホテル内の説明を聞いてる途中で
 
 
「アイスクリーム屋さんに行きたい。食べたいんだ!」
 
って歩き始めてしまった
 
 
 
普段は、全く甘党じゃない私
 
スナック菓子とか、アイスやケーキはまず食べない!!
 
でも、この時ばかりは、体が要求した…
 
 
疲れた…
 
甘いものチャージしてって…
 
そして、アイスをお部屋にテイクアウトしたまま、
まずはバナナから~~
 
 
ん~~体が、喜んでる~
 
って、感想を最後に
 
 
寝てて、朝陽で目覚めた^^
 
 
 
どうやらバタンキューだったみたい。笑
 
気力はモリモリでも、体は正直だよね
移動って結構気付かないうちに疲れてたりするもんな
 
 
おやすみ。私
 
 
 
…………………………………………
イスラエルで滞在していたホテル 最終日
 

お部屋に疲れて帰って来ると、机の上にお手紙とプレゼントが!

 
 

今日が最後の宿泊だからと、綺麗なお皿が入ったプレゼントを贈って頂いた

 
 
さすがだな…
 
 
堅苦しくて
おてんばのあたしには少し息苦しい感じもしたけど
 
 

最初はイスラエルを警戒してたから

 
 
立地が良くて
一番セキュリティが凄そうな厳格なホテルを選んだからな
 
期待を裏切らないホテルでした
 
 
そしてまた


イスラエルも、私に多くの知識と言う遺産を残してくれました!

 
 

滞在中、私を助けてくれた多くの方々に心から信頼と感謝を捧げます

 
 
ありがとうございました!
 



 

………………………………………
9月19日 ヨルダン、ペトラのホテル
 
 
おはようございます(^-^)
 
日本の皆さんにはこんばんわ!

 
ホテルの写真とベランダから見た夜景です
 

今日の朝ごはんも、このホテルは賑やかでした(笑)
 
 
 
 
 




(ホテルのロビー)
 
 
(ホテルのご近所)
 
 
 
 
(ホテルのお部屋からの眺め
夜景モードで撮影しているから明るく見えるけど

肉眼だと凄く暗くて
ポツリポツリと灯りがついている感じだった)
 
 
 (ホテルの庭?のような場所)
 

スタッフがとっかえひっかえ
特に用事がないけどテーブルにやって来て話しかけてくれますが

 話が…長い、、、(笑) 


忙しい時間帯だから 何度もマネージャーらしき人に注意されてて

でも全く気にせず、すぐに戻って来ちゃう(笑)


まるでピュアな正直な少年のようで、 凄く愛らしくてかわいいけど


「あの~お願いだから食事させて。話してたら食べられないの(笑)」 


って… やっとこさ、部屋に帰ってきたと思ったら

4階で迷子…(-_-) 


今度はハウスキーパーのマネージャーに会い
 私の部屋を教えて貰ったら


 一緒に部屋に入って来て
1時間、 彼の家族の話や


『彼のお父さんは医者じゃなかったが
 病人を治したり
折れた骨を治したりするパワーがあり


 このホテルで、 遺跡から怪我をして帰って来た観光客を無料で治療して


次の日には完全に治してたんだ!

 しかし、3年前に亡くなったよ
 君をうちの家族に紹介するからおいでよ』 


とか


 ◆【私の部屋に老いてある大量の薬を見て】



 『アラビアの薬は全部自然から作られている薬で
どんな薬よりもパワーがあってすぐに治って

あなたは新しい人生を歩き始める…etc、、、』 


などなど


ひたすらおじちゃんは話し続ける事1時間



 さすがにぐったりしてきて


「お風呂に入ってもいい?」 

と言って話を終わらせた


 死海でも、 仲良くなったマネージャーは彼の家族に会わせたい
と言ってくれたから、そうゆう文化なんだね

 ナンパじゃないのはハッキリ分かるもん


 しかし、話が長すぎてビビった(苦笑)


 今日もこちらは灼熱MAXの気温40℃

 明日は1日中、日陰がナイ遺跡に行くから今日は昼寝

しかも、また熱中症にならないようにお部屋でね(笑) 

プールでお昼寝は熱中症になる(苦笑)






 





 
 

3人の医師からドクターストップが掛かりながらも夢を叶える為に出た

一人旅 を振り返る投稿をしています

 


旅の1部です


 

 

 


 今、目の前にある全ての事は当たり前ではない事


生き物が生きるには必要な事がある事



力による争い、恐怖や悲しみ

罪のない生き物が犠牲になって欲しくない思いで書いたブログです



このパレスチナ自治区ガザのブログで

私が強烈な恐怖を感じた事の補足です



イスラエルに到着してから

ガイドさんとガザの入域について話している時も

当日も

ガイドさんからは


『たぶん大丈夫、恐らく入れる』


と常日頃から誰もがガザに入れる訳ではない事を言われていました



ガザに入る為に必要な検問所に到着するまでの移動時間は

約2時間くらいでしたが

凄く長く感じたのは



◇検問所の緊張感と停滞


ガザへ向かうルートは

軍人・武装警備・フェンス・監視塔・バリケードが続き景色は


〈観光ではなく戦域〉


車はスムーズに走れていても精神的に数倍長い時間に感じ



◇ 検問所での待機


ガイドが全手続きを事前に済ませていたケースでも

検問所で停車したり

兵士と会話しているのを見るだけで

体感時間は長くなり



◇風景が変化しない・緊張感が続く


砂漠の道路・荒野の景色・壁・監視塔が続く道路は

距離感が曖昧になり通常より長く感じ



◇同伴ガイドからの事前説明

(ストール・野外歩行制限)


ルール・危険性・注意点を聞くと

脳は「警戒モード」に切り替わり時間の経過が長く感じる



《戦域》


と呼ばれる場所で生きなきゃならない状況がどれほど精神的に苦しいか

焼き付きました



前回のブログで


「私のPTSD が悪化してしまい激痛で投稿出来なくなった」


と書いたのは

当時見た検問所周辺の景色や気持ちと


今のガザの悲惨な状況のニュースを見ている為

それらがダブルで頭に入って



負の感情を強めて記憶を甦らせてしまった事が原因です

これがPTSD の病状でもあります



本当に長い間

ガザや他の支援が必要な場所のニュースを見てきましたが



体調が増悪している自分の許容範囲をもう越えている

見ると悪化してしまい

見られなくなっている



と痛感しました

 

 私自身が長年闘病してきて

 

瀕死の野良猫を保護したら

獣医学書に治療法がない難病


肝アミロイドーシス


で安楽死の対象の病気だと分かり2人とも苦しんだ事

 

《死を意識して〈生〉を生きる》


を書いたブログです

 

 

 ずいぶん前、母親と


「お互いに命に関わる病気の診断をされたら報告するか?」


について話し


〈お互いが望む終末期〉


を確認しました



母親は繰り返し私に言っていた事があります


『もし意識が無くなった状態で緊急処置をしなければならない時は


絶対に人工呼吸機だけはつけないで


心臓だけが動いている状態になったとき

いつかあなたが人工呼吸機を外す時が来る


そうしたら

自分の手で殺してしまった気持ちになり

一生悔やむから』



と何度も言われました

母親の気持ちを尊重します



医療知識がない私はその行為を医師がその時に認めてくれるのか

分からないですが



母親なりに自分の経験からその思いが沸くのだと思いました


おばあちゃんを看取った時に感じたのかな…

と思いながら



私は母親が言っていた



〈自分の手で殺した気持ちになる〉



を私自身が経験する事になってしまいました




生きる事

長生きする事

は尊いです



それは最低限の

〈健康寿命〉

〈尊厳〉

が保たれた場合で


自分の経験から

一睡も出来ない程の苦しみが続いている中で

〈生きろ〉

と断言出来ない思いを持っていて



過去に親友から

『なんでもいいから生きているのが正しい』


と言われた事も心に引っ掛かったまま取れません



 ↓このブログを書いていた時期

私は 血を吐いた後で体調が壮絶に悪く


猫を自分の手で殺したようになった


事を書き切れていなかったので補足しました


 


夏くらいから

我が家の小さな猫さんが急に意思表示をするようになりました



保護した時から毎日ブラッシングをおとなしくさせてくれていたのが
急に爪と歯を立てるようになって
私の腕が傷だらけ


猫は病気になり体調が悪いと性格が凶暴になったり
身体に痛みや不快感があると引っ掻いたりするので
身体を触ってみても嫌がる気配無く


今月は嘔吐の回数が最も多く
過去に病院で診察を受けても獣医師からは

『気圧、気温、湿度の変化で吐く
猫も人間と同じ生き物だから』
と言われて納得する部分もあります


予防接種のお知らせも届いていたり
半年おきの血液検査もそろそろ
爪切りをさせてくれないので
病院で切って貰わないと私の生傷が絶えないと思い
動物病院に行ってきました


私も大学病院にMRI検査と通院があり検査通院は
今年最後になって欲しいと言う思いです


猫の血液検査をしただけで
もし悪い所があったら早めに気付ける
と言う安心感が沸いて
凄く心が楽になりました


安楽死の対象の病気が判明した先代の猫は
全身に症状が出る難病

肝アミロイドーシス

と言う病名ですが
病気の原因を調べたら


◇遺伝
◇外的要因(過酷な環境やストレス)
となっていて後者が原因な気もしました


でも、もし遺伝ならば
今我が家にいるお猫は
同じエリアで保護した
先代と同じ柄なので

「何かしらの血縁関係があるかもしれない」

と言う思いが

「お願いだから肝アミロイドーシスにならないで」

と保護した時から感じている不安が常にあります


引っ掻かれた傷は細菌が多いからか
普通の怪我と違って痛みや腫れも長引き
私の主治医がイソジンと抗生物質の塗り薬を処方してくれました


私は激痛になってから頭の中が常に
激痛の感覚しかない為
注意力に欠けて怪我をしやすくなってしまいましたが


自分で怪我した場所と
猫に引っ掻かれた傷では
薬を塗った時の痛み方が全然違います


桁違いに猫の傷が染みて痛いです

引っ掻くと私が手を引っ込める
と言う事をお猫さんが学習して覚えたのだと思います

お猫はお利口です

性格が本当に臆病で気が小さく直ぐビビッてしまうので
私が死にそうに具合悪くとも
忍び足で歩いて音を立てないようにしてます…😓

私は今の主治医から

〈予期不安〉

と言われていて


精神科で言う 
「予期不安」 は


一般的な〈心配性〉とは違って
身体症状や生活への支障を伴うほど強いことが特徴で


〈将来起こる可能性のある悪い出来事を
実際よりも強く想像し
恐怖や不安を感じる状態〉


予期不安は精神だけでなく身体にも影響し

動悸
息苦しさ
吐き気
めまい
手足の震え
全身の緊張
眠れない

等で痛みや体調悪化の引き金にもなりやすい

症状そのものではなく複数の疾患で見られる
“共通の状態”


私に当てはまるのは

PTSD / 複雑性PTSD
心身症
身体症状症
慢性疼痛の患者(痛みの再発への恐怖)


特に 虐待・性被害・医療トラウマ・重病の経験がある人 に多くみられ


私は
過去に重いトラウマが多い
病状が極度に重い
病院・治療で命の危機を何度も経験
痛みが強すぎて予測不能


これらが重なり予期不安が起きやすい状況にあります

不安は
〈性格の弱さ〉
ではなく
大きな危険を乗り越えてきた人の自然な反応だそうです


本当はこの症状が起きない心身にしたいけれど
それが困難なのは
生き物に共通する


脳が記憶する
◇嬉しかった
◇驚いた
◇悲しかった

の1番最後の経験が多いから
西洋医学でも東洋医学でも治療と緩和ケアはもう不可能に近く


精神的な安らぎをどれだけ保ち続けられるか
負の感情を感じない生活を送れるか
に全て掛かっているのは理解しています


野良猫も命に左右する事は覚えています

餌の場所
恐怖を感じた場所と相手


野良猫が人間に心を開くのは時間がかかり
忍耐強く時間と愛情をかけて
信用と安心感を感じて貰う以外に方法が無いですが

人間も全く同じだと思います


人間から餌も貰わない野良猫の平均寿命は6歳
家猫の寿命は15歳


それくらい〈過酷な環境下〉では
半分しか生きられない現実は

同じ生き物の人間に共通する場合はあると身を持って感じます


これは3年前
先代の猫を保護した後に
身内だけ閲覧出来る状態で書いていた日記です

私が今の1人暮らしの家で

〈寒さをしのげる事〉

に毎年感謝している事を書いていて


実家は冬に室内で息を吐くと白くなる位
極寒な家でした


心も身体も痛く、寒い環境下で
人生や性格を左右する幼少期~多感期を過ごさねばならなかったのは
やっぱり悲惨だったと感じます


共に生きてくれた猫が居なかったら私は自暴自棄になっていたと思います


藁にもすがる思いで占いにハマっていた時に

『その猫はあなたを癒す為にあなたの所に来たヒーリングアニマル』


と言われて心底納得して
本当にその通りだなとお猫に感謝していました


今隣に居てくれる小さな子も
私の身体がここまでになるのを予測して
私の元に来てくれた気がしています
━━━━━━━━━━━━━━━━━
最愛の猫が最悪の最期を迎える約3日間

往診の動物病院は休診日で…


苦しみや身体の異常な異変に
誰にも診てもらう事が出来ず
今思えば、全身の四肢のこわばりが


『猫が最期の時に起こる痙攣』

だったのだと分かった


猫の身体に

〈最期の時に起こる事〉


は、あらゆるネットの記事やニュース等から調べていたけど


安楽死の対象となる病気

肝アミロイドーシス

だと診断された我が家の猫には
どの症状も当てはまらなかった


亡くなる数時間~半日前から口呼吸になるとか
亡くなる直前は痙攣する場合があるとか
最期に大きく息を吸う、鳴くとか


あらゆる事を頭に入れて
苦しまないで最期を迎えられるようにしていたけど


寝た切りになってからの口呼吸は
3日間も続いて

余りの苦しみ方に尋常じゃない苦しみが伝わり
見ているのが辛すぎた


〈痙攣〉

も人間のように
ブルブル、ピクピクするのだと思っていたけど


両手足を頻繁にピーンと伸ばすを繰り返していて

医者じゃない私はそれが
痙攣なのだと気づけなかった…


『痙攣が始まったらお尻から座薬を入れて。幾らか苦しさが楽になるかもしれない』

と、獣医師に言われていたけど


獣医師も過去に経験がない肝アミロイドーシスの対処法が分からずに

手当たり次第さまざまな薬や
私が自ら猫に打つ注射や座薬を処方していた



大量に処方された薬は
粒、液体、粉、と様々な種類があり

1日1回の薬もあれば 2回の薬もある

空腹時に服用の薬もあれば
食後に飲む薬もある


毎回、私がスリ潰したり、混ぜたりして
ご飯に混ぜたり

シリンジで口から飲ませたり

24時間体勢の看病でした


自宅から虫の息の猫を動かして、タクシーに乗せたり
混み合う動物病院で診察するには惨すぎる

移動中に亡くなってしまったら
穏やかに死期を迎えさせられなかった事を悔やむだろうし

獣医師に診せたところで治療法が分からないのだから


じゃあ、苦しんで
もはや全く息を吸えなくなっていて

ウッウッウッ
と言うような

息を吸いたくとも吸えない

耐え難い症状が続いていて


首を絞められているような

〈窒息死しそうになっている〉

苦痛に満ちた
こんな猫の姿を目の前にして
私はどうすれば良いのか?


分からなくて


一番愛娘を大切に大切に
まるで人間の赤ちゃんを扱うかのように接してくれた往診の先生に

休診でも
ダメ元でラインを入れた


ラインを見た先生は
我が家には往診に来られないけど、電話で指示をくれた

そこまでの状態になっているならば


『命を繋ぐ唯一の手段だった鼻から胃に入れているチューブを抜いて良いこと
抜いた方が猫が楽になるかもしれないから』


と、私が先生に聞いた質問に対しての答えは

死を迎えるしかない猫に私が出来る事は
残りはこれだけなんだ…😢

と言う私の認識と同じだった


悲しく苦しいけどやるしかない

大泣きしながら


鼻から細い細いチューブを引き抜いた


あっという間にチューブが抜けると思ったら
ズルズルと長くて



このチューブを引き抜く長さが生々しくて

〈生きていたんだ〉

〈それが消えるんだ〉

と余計に心に重すぎる負荷がかかった


耐えられない
精神的に限界だったけど
悩んでる時間なんか1秒も無い中で


必死に決断を下していくしか方法がなかった


◆【それは、猫がもうこの先
生きられない事を意味する

〈死ぬ〉

と言う意味になる】 


保護した時から
起きている時はずっと激しく舌なめずりしていて

これは猫の
〈強い吐き気〉
のシグナルで

本当に辛そうだから吐き気止めを服用させていて


寝た切りになってからは通院出来ないから
猫の首もとに私が吐き気止めの注射を打っていた



食べられなくなってからは
シリンジに高栄養食を入れて
口から飲み込んで貰う場合がありますが
 
猫は慣れてないから吐き出してしまい
少しでも食べてくれたら
と言う思いでやります

動物病院でもやってくれますが
量が少ない割に処置料が高いので自宅でやっていました


ペット保険の存在を知らなかったし
既に全身病気のこの猫は保険に加入した後もほとんど適応外

だから、毎月20万円の治療費、手術費が飛んでいき


このままでは
私もこの猫も持たない...どうしよう
と言うどちらも心身ともに苦しい状況でした

腎不全の為、自宅で点滴もしていました



保護してから寝た切りになるまでの間は
日中は体調が悪いからか

1日中隠れられる場所でいかにも
具合が悪そうに暗い雰囲気でうずくまっている


目に力もなく
あんなに
死んだ魚のような目をした


全てを諦めているかのような
猫を見たことがなかった


はじめて外で見つけたのは
たまたま私が親が住むエリアに帰省中に

バスで2駅離れた場所に居る地域猫に会いに行っていて

撫でて一緒に過ごしていたら一気に夜になって暗くなってしまった


夜は怖くて外出しないから
急ぎ足で帰宅中にたまたま見つけたのが

後に、肝アミロイドーシスと診断されるその猫だった


人気の無い公園の隅に小さな猫がポツリと力なく座っているから
ビックリして近付いた


余りにも小さいから子猫を少し過ぎた位だと思ってた


父親が野良猫に餌をあげていたから
慌てて家からカリカリを持って公園に戻った


帰宅後は翌日配送の
衰弱した猫に与える用に作られた高栄養食のウェットタイプの缶詰め

ad缶をネットで買い


捕獲機に入って貰う為に
信用を得るに使った10日間
その缶詰めとカリカリを混ぜたご飯をあげていた


触らせてはくれないけど
一定の距離で近付く事は可能で

毎夜19時前後になると公園の隅に現れて
ボロボロに汚れてグチャグチャになった身体と顔で

哀れな姿で
力なく座っていた


隣町には
過酷な野外で生活する野良猫が増えて苦しまないように

猫は繁殖が早いから
増えすぎて、猫が嫌いな人間との共存に歪みが出て

お互いが不快で悲しくならないように

野良猫を保護して子供を作らない身体にしてから元の場所に戻したり

地域の野良猫にご飯を毎日あげている人も居たけど


私がその猫を見つけたエリアには

野良猫を保護したり
命を繋ぐ事に意識を向けた人が居なかったから


行く度に
同じ柄の野良猫が増えたり減ったりしていた


私が見つけた猫はたまたま生き延びていたのか
夜餌をあげているとそれを見た

そのエリアに暮らす人が集まってくる
みんな、この猫の存在は知っていて

『数年前に急に現れた』

と言っていたけど


お世話をする気持ちになった人間が居なかったんだなと思った


当時の私は自宅を長期間留守にする事も多く

一人暮らしだから
毎日必ずお世話が必要な猫を
責任を持って家族にする生活は難しかったから

保護した後に里親を探してくれる場所を何十軒も電話して探していた


でもちょうど子猫が産まれる時期と重なり
どこの保護猫カフェや施設も

『出産期で全く空きがないから受け入れられない』

との回答だった
 
事情を理解してくれたカフェが1軒だけあって
猫の顔写真を送って欲しいと言われて送信した


『本当にもうギュウギュウだけど1匹だけならなんとか預かるよ

ただ、全身が病気で激しく人見知りするし

瀕死で汚れて顔付きが悪いから
里親は見つからないと思う
だからその猫は一生ここで暮らす事になると思う』 

とオーナーさんから聞き
電車に乗って1時間かけてそのカフェを見に行った


本当に猫だらけで
猫にとってストレスなのが伝わり
衛生状況も良くなかったから

ここに預けてもあの猫はストレスで余計に衰弱して死に繋がるだろうな


救うハズが逆に苦しめてしまう
と判断して


心からの感謝の気持ちだけ伝えて

「私が引き受ける運命なんだ」
と覚悟を決めて


猫が家で暮らすに必要な物を一気にネットで注文し
猫を入れるキャリーも揃えて
自宅に連れ帰ったらすぐに生活が出来るように準備した


親が住むエリアから我が家までは
公共機関を使い半日かかる


猫の大きなトイレ
重たい猫砂
フード

を両手にぶら下げて重さは気合いで乗り切り
 

猫はリュックに入れて
リュックの中の猫には話しかけながら


少しでも落ち着いてくれるよう願いながら
背負って帰宅した


警戒心が強い猫は1度で捕獲機に入ってくれない事もあるから
私は捕獲するのに2回かかった時も

近所の人達が集まってきちゃったから


「普段と違う景色と人間の多さで猫が警戒してしまうから
近付かないでください
見るなら離れた場所に居てください」

と繰り返し説明した


動物病院に連れていき診察されて驚いた
 

野良猫の推定年齢を測るには
どの獣医師も

〈歯と歯茎〉

を診て判断する



ガリガリで小さく、子猫だと思っていたその猫は

《推定、6歳》

だと言われた
  

こんな悲惨な身体で6年間も
生きるか死ぬか
の状態で命を繋いできたの…


なんて過酷で辛かっただろうか…
言葉がなかった...


重度の栄養失調と衰弱で
自宅で飼える体調に戻るまでは病院に入院する事になった


毎日、1時間かかるその病院までお見舞いに行き


私の事、覚えてるかな?
と思い、チュールをあげると嘗めてくれた

後日

『体重が400g増えたからもう退院出来る』

と許可が出た


猫が我が家に来てからは
野良猫時代に
夜になると動き出して餌を探していたのだと思う


私が寝たあと
電気を消した部屋で
家中をバタンバタン椅子や机に乗ったり降りたり
動きはじめて騒音で眠れない


寂しそうに、辛そうに
ナォーン、ナォーン
と隣の部屋まで聞こえそうな大声で
朝まで鳴き続けた


この鳴き声は
猫が深い悲しみや何かを訴えている時の鳴き声なのは経験から理解していて

それが毎日夜中中続くのは
異常な事だと素人の私でも分かるから

ムービーを撮り

たくさんの獣医師にムービーを見せて

「何かの病気なのではないか?
治療や、楽にしてあげる薬はないですか?」


と異常を伝えても
誰も気にしてくれなかった


その鳴き声に秘められた苦痛の元を探ろうと

見つけようとしてくれる姿勢を取ってくれる人は居なかったから


「これは本当におかしい、普通じゃない、どうしよう、何をしたら良いのだろう」
 

と、私は1日中インターネットで調べまくっていた



野良猫の時会っていた時も

預けた動物病院でも一切声を出さず
鳴かないタイプの猫だと思っていたから
悲痛な大声に本当にビックリした  


夜中の大声の鳴き声と騒音で
私は闘病の介護をしていた9ヶ月間

全く眠れず


「これでは私が倒れてしまい介護が出来なくなる」


と獣医師に相談して
猫に飲ませる精神安定剤のような薬も処方された


それを飲まないと
余りの警戒心の強さに
人間の家に居ること事態が苦しそうで


この猫に取っては野外での生活が慣れていて良いのだろうけど


外に戻せば衰弱死しかない状態だから


「戻したいけど戻してあげられなくてごめんね

救いたいとか、暑さ寒さをしのいで
ご飯に困らない
あたたかい生き方をさせたい

と言う人間のエゴかもしれない」


と毎日悩んで
私も苦しかった


薬を飲まないと投薬する為に近付く事も出来なかった


投薬の時にいつも本気で噛み付かれ

私は感染症が強く出て
皮膚科の抗生物質の飲み薬では効かない高熱が続き
抗生物質の点滴を繰り返し受けていた



薬が効きはじめるとソファーやベッドで寝てくれるようになった


皮膚にも症状は出ていたから
毛がビショビショになるほど
激しくグルーミングしていて


全身が酷い痒いみたいで
自分の歯で身体中を噛んでいて
骨には歯があたってガリガリと音が鳴っている

これを起きている間、ずっとやっていて本当に辛く苦しそうだった

後ろ足で顔や首を掻き過ぎて
傷が出来た場所が膿んで膿が出たり

あらゆる検査はしてたけど
血を吐いているのに原因不明と言われたり...


全てが異常だった…

獣医師さんに相談しても、しても
全く良くならない…

だから、
安楽死の対象なんだね…


と亡くなった後に
全てのあらゆる異常行為や症状を見てきたから
私はハッキリと認識した


これなら安楽死になるよね
生き地獄だもんね…
と大泣きした


本当に生きているそのものが
苦しみしかない時間だったと思う


ただ、市販の猫じゃらしだけは
私の存在すら忘れて夢中で食らい付いていた

猫じゃらしに夢中で
時々猫の身体が私に触れる時があり

その時だけ
「あっ今触った!」


猫の身体の重みが
猫と一緒に暮らしている事を改めて認識させてくれた


耳、手足、尻尾が長い美しいシルエットの猫だった


捕獲して、避妊して、
一代限りの命を全うする為に
元の場所に戻すTNRは
餌を誰からも貰えず

瀕死のこの猫には出来なかったから我が家に来て貰った
…………………………………………
 
最期、チューブを抜く事は私の手で、救いたかったハズの猫の命を終わらせる事になる

我が子のような存在の猫にするには余りにも重た過ぎた…
決断も行為も責任も何もかもが...






保護した時は既に
歯茎と歯が腐り 溶け出していて

その毒素が全身にまわってしまい
余計に臓器やあらゆる場所の病状悪化に繋がった

近づくだけで強烈な悪臭がしていた
手術で抜歯となった



これは
後から
自分の手で勝手に保護したのに


自分の手で命を終わらせてしまった
殺してしまったような


非常に強烈な罪悪感のような


本当にあの選択は正しかったのか?
と言う念が消えなかった


亡くなるきっかけは
余りに苦しそうな姿を見て座薬を猫のお尻に挿入した瞬間

〈カッ〉

と目を見開いて
口を開けて
息が止まってしまった

座薬を入れた違和感で
猫は息を吸いたかったのだと思う

でも猫は呼吸が出来てなかったなら
結果的に窒息死のようになってしまった

私の手で座薬を入れたら死んでしまった


動物用の酸素ボンベ
鼻から入れる液体の栄養食を揃え

苦しまないでいられるよう可能な限りを尽くした


亡くなる前に

最後に往診の先生が我が家に来て
部屋を見た先生は


◆【ここまで動物の為にしている飼い主は見たことがないです】

と言っていた



比べる他の家庭が無い私には


「やれる可能な事を全てやって
猫が苦しまないように
穏やかに安らかに過ごせる努力をしている」


と言う認識になれた
 

だからと言って気持ちが楽になる訳ではなかった



「これ以上、やりようがないのか…」
と言う諦めの気持ち…



1人暮らしをしてはじめて飼った猫

最後に一緒に猫と暮らしたのは学生時代であれから何十年も猫と暮らしてこなかった


貰う幸せや安らぎ以上に
失った後の喪失感が強烈過ぎて

4年間毎夜涙が出てきて
全然立ち直れなかったからもう動物は飼えない…


必ず先に旅立ってしまうもんね
悲し過ぎて無理だ
と言う思いだったから


はじめて1人で飼ったお猫、お猫の猫生、命は全て飼い主の私次第になる


ただ、ただ、時間がないからやるしかない
迷う時間すら貰えない

そんな状態の9ヶ月間だった…

…………………………………………………………………
知人に送ったメッセージ

忙しいところ毎度申し訳ないね🙇
長くなるけど、ご報告をさせてくださいm(_ _)m

3月26日、11時55分


重度の歯肉炎、口内炎、肝臓、腎臓を患っていたから食べない事が多かった猫にゃん


そんな猫にゃんも、
お試しで買った新しい種類のご飯やおやつだと美味しそうに食べたから、慌てて普段用に買い直し


その繰り返しで、気付いたらこんなにご飯、おやつ、療法食が溢れていた



鼻カテーテルのご飯も2種類
処方されたお薬はたくさん
注射のようなシリンジは2~3日で壊れるので

わざわざ病院に買いに行かなくてもいつでも使えるようにストックしていたら、気付いたら溢れてた


だって、もっと一緒に居られるものだと思っていたから


※私がまだお別れ出来ずに、体を冷やしながらまだ猫にゃんの肉体は我が家にいるの


※生前あまりよく触れなかったから撫でながら話しかけて
2日間かけて部屋中大掃除して、猫にゃんの形跡を消した


猫にゃんが居るうちにやらないと、毛とかトイレの砂とか、床中に着いた足跡とか


お葬式した後に記憶を見つけてしまうと私は耐えられないだろうと思って



◆【26日に亡くなった日、我が家のキッチンの電球とテレビのリモコンが切れたの】


◆【1つだと
たまたまだと私が思うから、わざと2つ消して猫ニャンからの何かのメッセージなんだろうな】



病院と治療ばかりの日々で
私は彼女にどう思われているか分からないけど


居ニャイよりは居た方がマシな存在になれてたらいいな
と思う


自分の全てを懸けて


時間も労力も愛情も
本当に本当に全てを注いだ存在だった


自分の事は全部後回しで

彼女の幸せだけを願って共に過ごした日々だった



あぁ、まだ私こんなに気力とか愛情とか残ってるんだ


自分より大切な存在に出会った
そう思ったよ


忙しい中、やり取りしてくれて、話しも聞いてくれて本当にありがとう


※お空へ送り出す日

※我が家の横にある桜が舞ってお日さまに見守られながら

幻想的な雰囲気の中で猫にゃんはお骨になりました


猫にゃんが眠るお布団はあたたかい雰囲気で私は心から安堵した
手厚く送り出せた


◆【桜と共に散って行ったのは、毎年桜の時期になると必ず私が思い出すようにしたのかな🌸】



連日雨なのに、火葬中は晴れて
夜には強い雨が降ってきて
猫にゃんからのお別れのメッセージかな




◆【ただ、父親が命に関わる病気で死にかけて
退院したらまた重症な病気で要介護になって

寝たきりになったから、早々に見舞いに行かないと言う状態なんだよ】



◆【本来ならばすぐに駆け付けるべきところを

猫にゃんも1月と3月に大手術してずっと安静期間だったから

猫をどこかに預けるのはしたくない
父には母がついている


猫には私しか居ない
どこかに預けたら冷たいステンレスのゲージの中でストレスで死を早めてしまう

と言う思いで家を留守に出来なかった】


◇往診でお世話になっていた女医獣医師さんから猫にゃん宛にお花が届きました


◇なんて嬉しく幸せなことでしょうか🌸



◇お花に囲まれて、たくさんの人間に認められて愛されて、猫にゃんに伝わっていますように



◇猫にゃんの死を謹んでくれる人が私以外に複数いるなんて有り難いね


◇たくさんの飼い主とペット、介護と看取りを見てきた先生の気持ちが感動や関心で動くくらい


やれる全てのことを猫にゃんにしてあげられていたんだな


後悔しないで胸を張っていい


と背中に手を乗せて励ましてくれてるようなあたたかい気持ちになりました


何より猫にゃんが笑顔になってくれているだろう。事が1番の私の幸せです🌸

…………………………………………………
往診してくれた先生へメッセージ

2023年3月26日


お休みの日に度々のメッセージを失礼します
今日のお昼に猫にゃんは永眠しました


先生の処方のお陰で休日も吐き気なく猫にゃんは過ごせました


稀な難病故にちゃんと緩和ケアがしてあげられず

原因不明なまま2日間、口呼吸の呼吸困難と

身体の四肢の筋肉硬直の繰り返しで



非常に苦しみながら最期を迎えてしまい

亡くなったお顔が
苦痛そのものになってしまった事が悲しくてなりません


お空に行って、病気と苦しみに無縁な
あたたかい健やかな生活を送ってくれると願い見送ります


先生には猫にゃんを大切に静かに扱って頂いて

猫にゃんの恐怖が和らいだことに心から感謝しています


いつか、また動物を保護する機会に巡りあった際は、
また先生と善きご縁を持ちたいです



先生とご家族、お仲間がいつも健やかに穏やかに過ごせるよう心から祈っています

ありがとうございました


猫にゃんより

………………………………………………
往診の先生から


猫にゃんのお母様


お話しで伺いましたが

元々は心細い弱った状態からお母様と出会いたくさんの愛情を注いで貰い

出来る限りのことをしてもらえて


このようにあたたかい愛情で見送って貰えて幸せだったと心から思います



〈一緒に辛さを分かち合い

自分の為に懸命に動いて
心配してくれる存在がいたことが

どんなに猫にゃんちゃんに取って有り難かったか〉

《と、個人的には心から思います》



◆【猫にゃんお母さんの献身的な看病には心から頭が下がる思いです

本当に本当にご苦労様でございました】


猫にゃんちゃん


愛してもらえる家族に出会えて
安心できるお家で
最期を迎えられて幸せだったと思います


お母様もどうぞ体調を崩されませぬようにお過ごしくださいませ

クリニック、医師
………………………………………………

2023年、4月3日、知人へ

連日昼夜かけて遺品の整理や
猫にゃんの遺したご飯等の寄付先を探して送って

昨日で一段落したところで今まで寝ていたよ


◇まぶたを閉じると猫にゃんの夢を見て、夢の中で必死に名前を呼んでる🏥

毎日のように通院で
診察室でいろんな処置をされて不安がっている猫向かって

大丈夫だよと

何度も名前を連呼していたから名前を呼ぶ事を私が暗記してしまってる

術後、我が家で死の淵をさ迷ってた時の看病と


◆【亡くなる前の数日間
苦しそうな彼女にずっと話しかけていた事が
私の中で
まだトラウマになってるようだよ】


猫にゃんがお空に行ってから


◆自律神経の乱れだろうけど、猫にゃんの術後から私がずっと下痢で


◆お空に行ってからは動悸が強すぎで歩けなくなってたから
藁にもすがる思いでプラセンタ注射💉打ってきた



※未だに猫にゃんが居る前提で名前呼んだり
独り言言ってるけど
 

※お母さんは大丈夫だよ
 
※猫にゃんが幸せなら何でもするよ

※だから猫にゃんは何も心配しなくていいんだよ


って唱えてる


猫にゃんには
介護中もネガティブな言葉は絶対に使わないようにしてたから


人間の言葉が理解出来なくとも
言葉のあたたかい温度や
雰囲気は動物にも伝わってると思って

自分が守らなきゃならない小さな小さな命と言うか

手のかかる子供のように思って
母性本能の塊で
心から大切に愛してたんだなぁ。と

※ありがとう
※大好きだよ

この2つの言葉は毎日朝から晩まで
猫にゃんに言ってきた言葉なの🍀


凄くあたたかい言葉だよね



◇猫にゃんが体調悪くなってから

◇私も食欲が失くなって

◇チョコレートやコーヒーやカレーみたいな
刺激があるものを身体が受け付けなくなったの
……………………………………
1年後

2024年3月26日

猫の命日に知人が連絡をくれた


あぁ、覚えててくれたなんて…
自分の存在を知っていてくれた人が居る
って、猫にゃんも心から安堵していると思うよ

毎日忙し過ぎてそれどころじゃないだろうに
わざわざ本当にありがとう

今日は仕事だから土日に泣いておいた

「去年から時間が経ってないみたいで、思い出になれない」

昨日の事とも違うし
最近でも過去でもない
止まってる

桜吹雪の中で見送ったから
桜に向かって

「咲かないで 猫にゃんを連れていかないで」

って、桜の蕾をチェックしてたりする
今の猫チャンも心から大切に思って


先代猫にゃんにしてあげられなかった事とかしてるけど
過去の上乗せみたいには全くならなくて


なんか
死別して再婚した人
ってこうなのかな?

愛した人の存在も思い出も薄れることなく
心の中をいっぱい占めてる

でも、今目の前の人も無くてはならない人だよ
って…

救いたい一心で冷静になれてなかった気がする
薬の量、普通じゃないもん


一緒に生きてくれた小さな家族は皆同じなんだろうな…
と感じたよ

猫を飼っていた友達も
10年以上共に暮らした猫さんを数年前に亡くして

「親が死んだ時より辛かった」
と言っていた


きっとそれくらい
関係性や思い出が濃くて
ぎゅうぎゅうに詰まってるんだよね


動物って
ケンカしたとか裏切られた
とか無いし


〈喜びと笑顔しかない共同生活は 
私達人間には
癒しと安堵感と楽しい嬉しい
しかない家族であり 子供であり 親友でもあるから〉


【立ち直れないの当たり前なのかもしれない】


私も猫にゃんへの想いが強すぎて念になってる自覚はあって

それでお空に行くのを妨げてるかもと感じる時はあるけど


猫にゃんは行ったり来たりしながら、1番心地よいところに居て

最終的にどこでゆっくりするのか野良猫時代のように自分で決めるような気もする


私も
「行かないで」
と思いながらも
写真に向かって


「暖かいところにいるの?安心できて優しいところ?」

って聞いたりしてる


ありがとうね
猫にゃんの事、覚えててくれて話まで聞いてもらって

凄く気持ちが楽になってあたたかくて、助けられたよ
ありがとう