小雨小春 | SUTTOKO-DOKKOI

小雨小春

昔、男有りけり。

奈良の京は離れ、この京は人の家
まださだまらざりける時に
西の京に女ありけり。
その女、世人にはまされりけり。
その人、かたちよりは心なむまさりたりける。
ひとりのみもあらざりけらし。
それを、かのまめ男、うち物語らひて、帰り来て、
いかが思ひけむ。
時はやよひのついたち、雨そほふるにやりける。


「起きもせず
 寝もせで夜をあかしては
 春のものとて
 ながめくらしつ」
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昔、一人の男がいた。

都はすでに奈良の地から離れ
この今の都は人家がまだ定着していなかったころ
西の京にある女が住んでいた。
その女は世間並みの人よりは美しく。
さらにその容貌よりも心がすぐれていた。
そして、一人身というわけではなかったらしい。
それなのに、かの生真面目な男は
長い間いろいろと話し込んで帰ってきて、
どういうつもりだったのだろうか。
時は三月一日、雨がしとしと降っている折に
贈ったのは次の歌だった。


「昨夜は、起きるでもなく寝るでもなく、
 何となく夜を明かして、その挙句
 春につきもののそぼ降る雨をぼんやり眺めて
 物思いにふけっています。」
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   「伊勢物語」第二段「西の京の女」より


今 まさにそんな時期なのですね。
春の雨は切ないです。