スッタニパータ 並ぶ応答ー小篇893の解説 | suttanipatacomのブログ

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suttanipata.com管理者がスッタニパータ(ブッダのことば)をわかりやすく現代風に解説

893 自分の道を堅くたもって論じているが、ここに他の何びとを愚者であると見ることができようぞ。他(の説)を、「愚かである」、「不浄の教えである」、と説くならば、かれはみずから確執(かくしつ)をもたらすであろう。

 

 

 

自分の見方を堅くたもって論じているが、ここに他の何びとを愚者であると見ることができようぞ。他の説を、「愚かである」、「不浄の教えである」、と説くならば、かれはみずから確執(かくしつ)をもたらすであろう。かれは、自ら人間的思考の運動(優⇔劣)に陥り道を踏み外しているのだから。

 

 

 

人は、自らの考えに固執して論ずるとき、そのことしか見えていない。すなわち視野が狭くなるのである。人間的思考の運動に陥ると、両極端に固執し、排除を重ねその視野は、狭いこと必定である。その偏った眼で周りを見るとき、彼の目は本質を見失い、その他のものを排除しようと働き、批判を繰り返すが、そのような行動は確執をもたらすのである。かれにあるのは、自らと他のものと言う両極端の思考である。聖者はそれを知って、自らの人間的思考の運動を制し、分別による枠を取り払って、物事を平等に知る。その智慧によって世の中を遍歴し遂には彼の岸へと到達するのである。

 

 

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