コスモス コスモス

邂逅とは思いがけず出会うこと、めぐり逢いなどという意味であるが、人の生き方を変えるような転機をもたらす出会いのことをいう と教わった記憶がある。
私にとっての邂逅の一つは、大学一年の時の国文学の先生の一言であったと思っている。
先生は最初の授業で学生に尋ねた。
「君たちは今までに人を愛したことがあるか?それは女性でも良いし、一人の人間でも良い。誰かを心底から愛することが必要だ。彼女がいなければ小説家でも良い。その人の作品を全て読みその作家の人間性を徹底的に理解すること。それが人生にとって一番大切なことだ。」と
私はもちろん愛した女性などいなかった。片思いの女性は何人かいたが、それは先生の仰った愛ではない。それなら私は本を読んでみようと思い立った。それまで私が読んだ本は高校生の時、パールバックの「大地」を読んだだけであった。感想文の課題に選んで読んだのだが、初めてにしてはよくもまああんな大作を読んだものだと思うが、でも夢中になって全巻読み通してしまった。土地も財産もない私の境遇を嘆き、農家の息子であったならとつくづく思ったものである。
それから私はむさぼるように本を読んだ。現代作家は好きでなかったが、古典ならそれなりの評価を受けてきているので良いだろうと、明治の文学から始めることにした。
夏目漱石、森鴎外、芥川竜之介と次から次へとその作家の単行本を読みあさった。私の大学は全寮制で夜は強制自習の時間があった。本来科目の自習をするべきなのだが、隠れて本ばかり読んでいた。
一冊読み終えるのは直ぐだった。外出は週1日しか許されなかったので、外出したら真っ先に本屋へ駆け込んだ。その時の単行本が今でも書斎の壁を埋め尽くしている。その割りに文章は下手で誤字脱字が多いのを情けなく思っている。
谷崎潤一郎の「痴人の愛」を読み始めて間もなく私はその本を床に投げつけた。こんなものが小説かと思ったのである。それ以来私は、外国文学を読み始めた。一番好きだったのはロシア文学でドストエフスキーの虜になった。その他は、3年生の時知り合った女子大生の影響でボーボワールもほとんど読んだ。
しかし、偶然昨年暮れにNHKの番組で谷崎潤一郎の出演する番組を見て考えが変わった。今度もう一度読んでみようと。彼は老人の性の問題を取り上げた最初の作家であるという。映像の中で、「老人の性の苦しみは60才では判らない。70才過ぎないと」と言っていた。