【時を賭ける】1pip「プリーズ、ベット」 | ストラトキャスターのオタりごと

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ひとりごと?ふたりごと?いいえ、こちらは僕がアニメ・ゲーム・漫画・フィギュアなどなどをポロポロと語るブログです!

オリジナル小説二本目「時を賭ける」の
1話です。



「あぁ……疲れたよもぅ……」両手に下げていた紙袋には講義で使用する教科書が入っている。
「なーんでこんなに太くて値段が高い本ばっか、買わせるかなぁ……」
著者の欄には講義を担当している教員の名前が書いてある本が幾つかある。     
絶対、学生相手の体のいい商売だよねと、入学早々、大学生としての洗礼を受けた少女、有馬翼は嘆いた。
「まあ、それも教員たちの特権じゃないの。お金が嫌いな人なんていないわよ。」
と、有馬の高校からの友人の野々村優子は返した。
「うっほ、さすが経済学部の野々村さんっすね。初期投資にしても大学生ってお金かかりますよねー。もう、やですよ、うちなんてパソコン買わされたんですよ、生協の……」
翼は理工学部の情報学科に進学した。大学進学後はプログラマーとして就職するために情報学科を選択したのだった。
「ふざけてる!最新モデルとはいえ、メモリ2GBでバスタとウニクスのダブルブートOSってバカでしょ!なんでこの値段!」
憤慨する翼に、ほんとお金かかるわよね、と優子は合わせた。
二人は大学の地下食堂で休憩しており、優子は売店で税込み103円のみたらし団子を、翼は
山盛りポテトフライ150円とソフトクリーム100円を購入し、安い油と糖分の祭典に心を踊らされていた。
「シフト増やさないとだね。やまぴー、給料あげてくれないかなぁ……。」
翼と優子はインターネットカフェ
『Ca・feSta』で高校の頃からアルバイトをしており、やまぴーは非常に気の良い女性店長なのである。
「やまぴーは優しいけれどきっちりしてる人だからね、翼はもうちょっと清掃速くしないとランクあがらないんじゃない?」
「ゆーこもしっかりしてるこというねー。現実的ですなー。せちがらい世の中ですよまったくー。」
「そうね、大学生になっても勉強しないと、バイトしないとだし忙しいわね。」
「ほんと、空からパーっと時間とお金降ってこないかなー!」
「時間は降って来たら怖いかなぁ、お金は同意するわ。」 
経済学部さん、同意しちゃうんですねと笑いながらツッコミを入れた。
「そりゃあお金は誰だって必要よ。時間があったら翼はなにがしたいの?ゲーム?」
「サークル活動かなー。いや、でもサークルも時間とお金が必要なんだよねぇ……。結局はここなんだよねぇ。」
堂々巡りのループ話題を変えようとしたが結局は同じところに戻って来てしまったので優子は
話題を変えようとしていた。しかし、その間に話を割り込んできた第三者がいた。
「いよっす、その感じだと1回生だね。」
声の主は右耳にピアスを3つ。 
髪の毛はダークブラウンでショートボブの
女性だった。
突然話しかけてきた声の主に二人ともそこまで怖い印象は持たなかった。
持たなかったが、くつろいでいるところに
割り込むのはいかがなものだろうか。
「軽音サークルの花田って言うんやけど、
音楽に興味はある?」
話を聞いていたのであろう。しかし、
時間とお金のことは聞いていないのだろうか。
「音楽には興味あります。サークル活動もしたいです。けど、まぁ……初対面の人にあんまり話すのはあんまり良くないとは思いますが、
サークルはお金と時間が厳しいんじゃないかなぁって話していたところでして……。」
お姉さん、ぜひそのところどうしているのかをご教示頂きたい。
「各種機材はサークルハウスにあるし、レンタルスタジオとか借りればええんよ。最初は体ひとつでオーケーや!」
楽器って高そうなんだよなと翼は、
足元に置いてあるパソコンと本の袋を
一瞥した。
「今度の秋の文化祭にな、対バンをたくさん用意したいねん。な、少しでも興味あったら、お二人とも案内したいんやけど、どうかな?」
どうやらここの軽音楽部は活動が盛んらしい。秋の文化祭では存分に学生たちが青春を謳歌するようにこぞって参加をするようだ。
「翼はどうする…?」優子は尋ねてきた。
少し断りたい雰囲気もあったが翼にはひとつの決まりごとがあった。
「私、みてみます。見学させてください!」
ソフトクリームのコーンをバリバリと口の中へ収納して勢いよく翼は立ち上がった。
翼には夢があった。少し前まで、女子高校生だった「オトナ」というにはまだ早い翼にもポリシーがあった。
翼は大学へ進学したけれど、社会に出た同級生もいれば、結婚間近の友人もいる。
翼は小学校の頃、「あなたの夢は何ですか」と聞かれ、漠然と自分の母を見て「素敵なお嫁さん」とそう答えた。
母は何時だって優しいし、私を見守ってくれる、そんな人になりたいと思っている。
大学生になった今、他の夢を持ったので「素敵なお嫁さん」の夢は目下、保留の状態である。
翼は、夢を叶えるにはどうしたら良いと父に聞いたことがあった。 もちろん「素敵なお嫁さん」のことではない、今の夢についてだった。
「いろいろなことを経験しなさい。人を困らせるようなことでなければ、なんでもね。」
と父は答えた。要するに、人生において知らないことを識ると言うことは何においても役に立つと言うことであった。
学校の勉強も同じで学習したそのものではなく、覚えた方法や解決方法、物の見方の引き出しが増えるから何れ何かの役に立つ。
人を困らせるようなことでなければなんでも経験をしろ、とそう言うのだ。
翼は幼なじみの優子と同じ大学に進学して嬉しかった。優子は国立大学に進学したかったのだけれども、センター試験当日に高熱をだし、
不本意ではあるがこの関西の私立大学に進学することとなった。
優子はその事について「仕方がないじゃないの。私に運がなかったのかもしれないし、もしかしたら良い出会いが有るかもしれないじゃない。
まあ、お金なら特待生狙えば大丈夫よ。」となかなか豪胆なことを言ってのけた。
事実、成績トップで入学を果たし、入学式では新入生総代表を務めた。
優子は黒のサラ長ヘアー、きりっとした目元でそれでいて人を拒絶するような雰囲気はなく、
胸の膨らみは程よく、翼の目標でもあり、少し羨ましい相手なのである。
兎にも角にも優子は少し目立つので、少し気が回る人であれば一方的に知られている状態なのだ。
おそらく、花田という先輩もそのクチなのだろう。音楽は政治でやるものではないのではと内心、翼は思っていた。
「ここがサークルハウスよ。ちょーっと汚いけど堪忍して!あ、タバコは吸う?うちは禁煙だからー……って一回生か。」
灰色のコンクリートで囲まれた殺風景なクラブハウス棟にひとつだけ目立つ扉があった。
バックステージパスや次のライブのお知らせ、メジャー・インディーズに関わらない数々のバンドのステッカーが
ところ狭しと扉のまわりに張り付けてあるのだ。
ガチャリ、と扉をあけるとバンド活動に必要な録音機材、スピーカー、エフェクターや
ドラムセット、キーボード、雀卓で部屋が埋まっていた。
「まー……じゃん?」いやいや雀卓はバンド活動に必要ないでしょうと翼は心のなかでツッコミを入れつつ、
練習してるメンバーと翼たちの間で麻雀を打ってる三人をみた。
「お、皐月さんおるやん。ちすちす!」花田はいつもの光景であることを証明するかのようにさらっと挨拶した。
「ちーっす!なになに、その子たち新入生?うちにも新しいこ来ないかなぁ。」
皐月と呼ばれた女性は対面に座っていた。赤に近いショートのブラウンヘアーで、男性かと一瞬見間違えた。
アンプを通していないギターやいろんなパターンでハイハットを叩く練習をしている音に混じって麻雀牌の音が聴こえる。
「あー、暇なうちのメンバーが雀卓で打ってたりするけど気にせんといてな。あと、正面の人は別のサークルだからもっと気にせんといて。」   
「まあ、サークルではないねんけどな、おっとそれポン。」
皐月は対面の河から白を拾うと右端にカシャッと揃えた。
左手はたばこを咥えてたかのように口に添えて、右手はスムーズな動きだった。
「ちょっとばかし麻雀に気をとられてしもたな、んじゃぁサークルの説明するよ。見ての通り機材は一通りそろってて余ってもいるから最初はお金はかかりません!
ライブするならチケット代金とか、そのうち自分の楽器持ちたくなってくるからそれは必要なんだけどね。」花田は先ほど説明してくれたことを交えて改めて
サークルの説明を始めた。
「あ、ごめんごめん、荷物は13番のロッカー空いてるからつかっていいよ。」 
「ありがとうございます……もう腕がパンパンで……。」
たくさんの教科書が入った紙袋をロッカーにしまわせてもらった翼は荷物の重さに項垂れながら、花田の気遣いに感謝をした。
そんな新入生二人のたくさんの教科書が入った紙袋を一瞥した皐月は差し出がましいかな、と確認するように話しかけてきた。
「んー……もし知ってたら申し訳ないんだけど。教科書さ、それ全部新品で買うたん?」
ええ、まあ。と優子。
「新品とか中古に拘りがないんやったら、正門のとこの商店街『銀杏通り』のさ『鳳凰堂』にいくといいよ。
中古書も売ってるからね。特にパンキョなら需要と供給がどちらも大量にあるから文系理系どちらでも知っておいて損は無いね。
あ、ツモった。サンアントイトイホンロー小三ホンイチ白中で12本 15000-9000や!」
皐月はサラッと三倍満を和了しながら教えてくれた。他家はサンマ炸裂だとか、マンズでホンイツはえげつないなと言いながら点棒を卓に出して次の局の準備を始めている。
「本当ですか!?耳より情報有難うございます!ふふふ、良いこと聞いたね、優子!」翼は悩みの種が少し解消された気がして
舞い上がった。
「良かったね、後で私からもこの大学での暮らしの秘訣を教えてあげるよ。」 
花田は説明を続けた。
「サークルハウスはいつ使っても良いんだけどね、一応うちらは音を出すからさ、自主規制してて一限から六限の間はアンプの使用とドラムは
消音パッド使用してはいけないからね。あとボーカルはマイク使用禁止。逆に20時を越えた場合も全部同様ね。
つまりここでフルに練習できる時間帯は18時から20時の二時間。少ないけどそれまでは別に練習はできないわけでないから
それぞれの時間を有効活用すること。ま……息抜きに麻雀やってるのもいいわ。」
へへへ…と、麻雀卓から上がってきた牌山を斜めに傾けているメンバー達は笑った。
「あと楽器以外の私物は高くないものなら何でも持ち込んで良いからね。スイーツとかあるの歓迎なんやけど。ケーキ屋とかでバイトしてたりせぇへん?」
「バイト先はカフェはカフェでもネットカフェですねぇ。私もスイーツ食べたいです。大好きです!」
「残念、うちは『アリス・マーマ』でバイトしてるから廃棄のシュークリームをちょくちょく差し入れしてんだけども、もうちょっといろんなものが欲しいわね。」
ひょっとして、皐月さんもシュークリーム目当てだったりするのでは。
「アリス・マーマのシュークリーム大好きです!え、どこですか、どこで働いてらっしゃるんですか?」
「千日前の道具屋筋の手前やな。たこ焼き屋とお好み焼き屋に挟まれた場所。からいあまいからい。」
食べ物の話となると行かなくてはと言う気持ちになってしまう翼だった。
「あ、そうそう千日前といえば。うちはギターボーカルやねんけど、このギターは千日前で買うてん。イバニースのテレキャスタータイプ。」
ブランド名をよく知らない翼と優子は、ふむと軽い肯定を挟んだ。
話題をずらしながらもしっかりと軽音楽部の話を戻してくる花田は何だか芯がある人物に二人は思えてきた。
その後もライブハウスでの経験やよく行くスタジオ、文化祭、メジャーデビューした先輩の話など聞き、
また大学での暮らしの秘訣も教えてもらった。花田が三回生であること、三年前に放送された高校軽音楽部のアニメをみて憧れて
サークルに入ったことも教えられた。その影響で三回生と二回生はアニメ好きが多いサークルとなっているようだ。
数時間、レクチャーを受けたあと、いい返事を期待してるねと見送られながら退室をした二人は、
皐月に教えられた鳳凰堂を覗いてみようとした。
鳳凰堂は大学の最寄りの駅から連なっている銀杏通りの中程にあった。
目の前は寂れたパチンコ屋、右隣は雀荘、左にはメイド喫茶、はす向かいはゲームセンター、牛丼屋という混沌極まりない場所に。
大学生の売り上げでこの商店街は成り立ってるんだという雰囲気がひしひしと伝わってきた。
さしずめ、城下町の奥まった所と言った感じだろうか。
興味なさげそうな学生達が帰っていくなか、数人それぞれの店舗に吸い込まれていく。
隣の雀荘『clover』はキレイな装飾で少しまわりから浮いている。最近出来たのだろう。
鳳凰堂は一際古い外観だが、周囲の店では一番客が出入りしている。
"学生の街"だからこそ本屋が一番賑わってて当たり前なのかもしれないが。
本棚にはメモが多数張り付けてあり、中古の教科書が入荷したと
教科の名称と本のタイトルがずらっと並んでいた。
どれも中古で揃えると教科書が半額に近いくらいの値段になっている。
「うへぇ……もっと早く知りたかったねぇ……皐月さんに感謝だよ……。あぁー……あれこれじゃん……今日買ったやつだよぉ……。」
翼はがっかりしながら優子に訴えかけた。
「山盛りポテトフライ20皿くらいは節約出来たわね。」
「優子さん!?現実突きつけないでくれます!?具体的な例と数字は傷つくよ!?」
食べ物を例に出されたからか、ぐうと少しお腹がなった。
店舗内は所狭しと本が陳列されていて両手が塞がっている二人には厳しい状態だった。
「荷物いっぱいだし、明日来ようよ。まだ買ってない教科書があるし。」
「お腹もすいたし、ね。」
わかってらっしゃる。と翼は優子に笑いかけて、鳳凰堂を後にしようとした。
ふと、帰る方向に身体をむけると、隣のメイド喫茶のビルから長身の女性が出てきた。
メイドさんなのだろうか。心地よい香水の臭いがした彼女は翼の隣を通りすぎ、
雀荘『clover』に入っていった。
翼は好奇心が掻き立てられた。どういう用事があればメイド喫茶から雀荘へハシゴすることになるのかを。