20歳の私1 qu | [ボルネオ猫町] クチンあれこれ

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東マレーシア・ボルネオ島はサラワクの州都クチン、Cat Cityで日本語を学ぶ人たちのブログです。

18歳の時、私は高校生だった。あの頃、私は大学に受かった自分はどうなっているだろうと思った。

中国の高校はとても厳しく忙しくて、私たちは憧れの大学に受かるためできるだけのことをした。だから、専門課目以外のこととか、趣味とか、私は何もかも諦めた。高校の先生も、大学に受かったら好きなことができるという言葉ばかり。

しかし、大学に受かった20歳の私は、18歳の私が夢に思った自分ではなかった。大学は高校より自由だ。だから、私は人生の道に迷い、初心を忘れた。日々、困難なことをやめて、つまらないことをした。私は何かと理由をつけて勉強を休む。

だから、初心忘れるべからず。人間は意志薄弱で、強い精神がなくなったら、何をしたらいいかわからない。厳格に言えば、人間は自由より束縛がいい。束縛というのは、自分の初心だ。初心が志を産む。その志あっての私たちだ。人生の目標をはっきり見て、心を動揺させないで進もう。

(李雪)

 

私の20歳は、もう1年前のことだ。大人になったといっても、完全に大人とは言えない。なぜだろう? 少し子供っぽいだろう。

小さい頃、僕は20歳の私はどうなっているだろうかと思っていた。何でもわかり、ほしいものは全部あり、友達が多いだろうと思った。20歳になった現実は、ほしいものは年を重ねるにつれて数えきれなくなり、友達も時の流れにつれて変わっていった。昔の友達は今どこにいるのか知らない。でも、ありがたいことは、20歳になって、私はいくつもの人生の道理を知った。「欲しいものは一生懸命努力すれば手に入れることができる」とわかったし、何人かの友達は本物の友達だ。

20歳の私は人生にも迷っているが、努力すれば虹が見えるだろう。

(莫波興)