向田邦子の短編集「思い出トランプ」の中に「花の名前」というのがある。
夫の愛人から電話がかかってくる話だ。
その中で愛人は、どうこうしてもらおうというのではない、ただ自分という存在がいることを知っておいてもらおうと思って…と妻に言う。
事実は小説より奇なりで、現実はもっと重い。
私のとてもよく知っている人も、かつて結婚していたとき夫の愛人から電話かかってきた。
小説と違い、その愛人は夫と離婚しろと言ってきた。
知人の夫は旧家の一人息子だった。
知人も武家の家系であったが、父親が末弟で跡取りでなかったため、普通のサラリーマン家庭に育った。
それで結婚時には「家柄が違う」と、一部の親戚から反対を受けた。
知人は愛人にそのことを伝え、こう言った。
飲み屋のホステスであるあなたが親戚に認めてもらえると思うのか。
夫にとって家は誇りである。
そんな夫が家を捨て、私と別れて、あなたと結婚すると思うのか。
選ぶのは夫である。
夫が離婚すると言うなら、私はいつでも応じる。
愛人は無言のまま電話を切った。
知人は帰宅した夫に愛人から電話があったことを伝え、一言だけ言った。
「もっと頭のいい女と付き合え」
しばらくして知人の夫はその女と別れ、二度と愛人を作らなかった。
知人と夫は、それから10年ほどして別のことが原因で離婚した。
知人が未だに悔やんでいるのは、夫と一度もケンカをしなかったことである。
愛人から電話がかかってきたときも、自分の感情よりも夫や家の名を汚さないことを優先した。
腹が立つことがあっても、仕事から疲れて帰った夫の気持ちを大切にした。
そんな小さな我慢の積み重ねは、13年で限界を迎えた。
夫とちゃんとケンカしていれば、今も夫と幸せに暮らしていたのではないか、夫の戸籍に傷を付けることもなかったのではないか。
秋になり石蕗の花を見かけると、そんなことを思って少しだけ胸が痛む。
