ジャンボ鶴田さんの命日 | この美しき瑞穂の国

ジャンボ鶴田さんの命日

どうも故・ジャンボ鶴田さんに関する記事にアクセスを頂くと思ったら、今日はジャンボ鶴田さんの命日だった。


5月13日はジャンボ鶴田さんの命日 病に倒れた最強の男の最高の人生とは


今なお歴代日本人プロレスラーの中で最強と目される故・ジャンボ鶴田さんは2000年5月13日にフィリピンのマニラの病院で生体肝移植手術中に出血が止まらなくなり亡くなった。享年49



ジャンボ鶴田さんは公称身長196cm、体重127kgの日本人ばなれした体格に恵まれ、学生時代にバスケットボール、アマレスを経験し、アマレスは大学に入ってから始めたのにオリンピック出場するほどの運動能力があり、スタミナは無尽蔵といわれたほどで体格の大きい外国人選手と比べても見劣りしないプロレスラーだった。



ジャンボ鶴田さんと対戦したことがある人は最強のプロレスラーについて聞かれると口を揃えて「ジャンボ鶴田」の名を上げるほど鶴田さんは怪物じみたレスラーだった。



鶴田さんが本気でプロレスしたことが無い、と後輩レスラーたちが口にしたほどで、もし本気でやったら外国人レスラーも含めて誰も敵わないだろうとある後輩元レスラーの方が語っていた。鶴田さんは本気でやって相手を壊してしまうことが無い様に気を遣っておられたのだろう。




僕は2023年8月に熱中症で体調を崩し、数日寝込んだのだが、その最中にうなされながらなぜか何度も何度も繰り返しジャンボ鶴田さんに関する同じ夢を観た。



なぜか分からないが故・ジャンボ鶴田さんの実家に詰めかける人々やジャンボ鶴田さんのお墓参りに訪れる人々の姿を見る夢でそこに僕自身は登場しなかった。


同じ夢を繰り返し観るので鶴田さんのご実家について調べてみると、ご実家はジャンボ鶴田さんの二つ上のお兄様が山梨県山梨市でジャンボ鶴田園というブドウ農園を営んでらっしゃることが分かった。そしてジャンボ鶴田さんのお墓はご実家のある地元のお寺にあり、JR塩山駅でタクシーに乗って「ジャンボ鶴田の墓へ」といえば分かるほど有名だという。



同じ夢を何度も観るのは呼ばれてるのかもしれないと思い、2023年9月22日に山梨県山梨市のジャンボ鶴田さんの墓を訪れた。


2023年9月山梨の旅(ジャンボ鶴田の墓)


ジャンボ鶴田さんの墓は小高い丘の上の慶徳寺という寺にあり、ご実家のジャンボ鶴田園はその途中にある。この丘の急坂は電動アシスト付のレンタサイクルでもきつかった。鶴田さんは学生の頃、そんな急坂を自転車で上り下りして通学していたというから強い足腰は学生時代に培ったのだろう。



お墓参りの帰りにはジャンボ鶴田園に寄り道してシャインマスカットを買って帰ったのであった。



ジャンボ鶴田さんが亡くなられてから24年になるのか・・・当時鶴田さんの訃報はとてもショックだった。鶴田さんが病を克服してまた元気になって戻って来ると信じていたからだ。



ジャンボ鶴田さんは24年経っても今なお往年のプロレスファンの心に残る名レスラーだ。



これほどのプロレスラーはもう現れないだろう。