魔術師ジョン・ディーのこと | 斎藤英喜の 「ぶらぶら日記」

魔術師ジョン・ディーのこと

終日、家で過ごすのは、久しぶりです。

朝、新聞見ていたら、ジョン・ディーが登場するテレビ番組の記事が。思わず本棚からピーター・J・フレンチ『ジョン・ディー エリザベス朝の魔術師』(高橋誠訳・平凡社)を取り出して、読み始めてしまいました。(以前途中で挫折した本。再挑戦です)。

ジョン・ディーとは、十六世紀、エリザベス朝に生きた「魔術師」。魔術師というと、それこそ魔法使い、ファンタジーの世界を想像しますが、ルネッサンスの時代において「魔術師(マグス)」とは、実用的数学・地理学・航海術・機械工学・音楽・建築学・絵画・演劇などを探究する知者=技能者のことを意味します。ジョン・ディーは、そういう意味での、当時最高の魔術師でした。

このことは、「ルネッサンス」についての認識も、大きく変えてくれます。

僕らが教科書で習ったのは、ルネッサンス=人間復興=暗黒の中世からの解放といったものでしたが、最近の研究によれば、ルネッサンスとは、まさに「魔術(マギア)」の時代であったのです。それは「キリスト教」に対抗する新しい世界観が提起された時代であり、その根底をなすのが形相たる数を論ずる数秘学、比例と均斉を扱う神聖計量学などの「数学」であったのです。

ジョン・ディーの時代、「数学」とは「黒魔術」の一種として、教会から弾圧される危険な学問でした。ジョン・ディー自身も、何度も「異端」の嫌疑をかけられ、あわや火刑といった時もあったようです。

そして彼ら「魔術師」たちが重んじた書物こそ、モーセと同時代を生きた古代エジプトの智者ヘルメス・トリスメギトスが著した、いわゆる「ヘルメス文書」です。

もちろん「ヘルメス文書」は紀元一世紀から三世紀に、様々な作者によって作り出された「偽書」なのですが、そこに示された知とは、「グノーシス神話」=人間が神に近づく可能性を語る神話であり、占星術的宇宙観なのです。それこそが、ジョン・ディーの「魔術」の根幹。

それにしても、ルネッサンス期の「魔術師」の世界は、岡野版『陰陽師』が描く安倍晴明に重なってきませんか。岡野版『陰陽師』がアレクサンドリアの女性数学者ヒュパティアを登場させ、さらに古代エジプトと照応させたことは、ルネッサンスの魔術師たちを彷彿させるのでした。

さて、ジョン・ディーが登場した夜のテレビ番組は? まぁ、それについては触れないでおきましよう。