子どもの不登校のことでも
夫との関係、結婚をして
義理の両親との暮らしの中でも

 

一番大事だったのは、

自分の思いをちゃんと言う

ということでした。

 

これって

私自身はできていると
思っていたんですね。

 

なぜなら

 

不満があれば顔に出るし
イライラするし

怒るし、不機嫌になるし。

 

ですから

 

「好き」と「嫌だ」を

はっきりと持っていて

それには敏感に反応していたからです。

 

ところが

 

子どもの学校に対しても

社会に対しても

夫に対しても
義母に対しても

 

不満は一向になくならず

むしろ、鬱になりそうなほど

不快を経験する毎日でした。

 

それでも

自分は「不満なことは不満」

「嫌なことは嫌だから譲らない」

くらい強いのだと思っていたのです。

 

強い自分だと考えているから

相手との関係でも

自分は衝突していると思っていました。

 

自分の意見を出すから

=人間関係に衝突する

 

自分の意見を出すから

=社会で孤立し生きずらさを感じている

 

というように
勝手に警戒態勢に入って

戦っていたのです。

 

ところが

いつもどこかで

私は我慢させられている

と思っていました。

 

「なんで、私がこんなに我慢しなきゃいけないのよ」

「我慢をしても相手は私が我慢していることに

気づかないんだから、バカみたい」

 

と怒りがまた湧いてきます。

 

自分の意見を言っているのに
結局、我慢をさせられる

って何か矛盾していますよね?

 

そして

「じゃぁ私はどうしたいの?」

と自分に尋ねると

なかなか気持ちが出てこない・・・。

 

意見をハッキリ持っている
だから周囲と衝突する。

 

これが私が信じていたことでした。

 

ただ「嫌だ」と思っている

だけど、それは言っちゃいけない

だから、我慢をする。

 

その「我慢」が募り募って

怒りになって爆発するのです。

 

そして、ある日

この自分が繰り返すパターンが
心底嫌になりました。

 

そこではじめて

あれ?よく考えたら・・・
私は自分の思いを言っていなかった

と氣がついたのです。

 

自分がどうしたいのか?

自分はどうしてほしいのか?

自分はこれが嫌だからこうしてほしい

自分はこれが欲しい

 

これを言うことが
私には本当に勇気のいることでした。

 

喉の奥が詰まって
苦しくなって

相手から拒絶されることが怖くて

すべてが終わりになる・・・

 

そのくらい

自分の思いは言えない
言ったら嫌われる。

 

それは衝撃でした。

 

なぜなら、私は不満は不満
嫌は嫌を隠さず顔に出すからです。

 

でも、夫や義母は
外側に現れた出来事が全て
と考える人たち
ですから

 

なぜ私が不満なのかは

想像したり察したりができないのです。

 

そして、全然違うところで

気をつかってくるので

「なぜ、わからない?」とまたイライラする。

 

それだけ

私の人生がこれまで

空氣で察してくれる人たち
恵まれていたということです。

 

そして

言葉にしなくても

察して、理解をしてくれるから

 

自分の氣持ちを表現する
必要がなかった
わけです。

 

ところが

結婚を通じて

全く感触の違う人たちと

生きるようになりました。

 

どうして
そんな極端な結婚をしたのかな?
と自分でもずっと謎でした。

 

そして

自分自身が自分の思いを言えない
ところから氣がついたのは、

 

察してくれる人というのは、

本人も空氣で察してほしい人です。

 

だから

とても氣を使います。

 

事実、結婚前は
随分私がそれに疲れていたのです。

 

特に両親との関係の中で

ハッキリとした線引きができない悩み。

 

どこからどこまでが
両親の人生で、責任で

どこからどこまでが
私の人生で、私の責任なのか

 

が見えなくなるほど
近い関係であって、
お互いを頼りあっていました。

 

それは一見、
理想的な仲の良い親子

ではありましたし

とても深い関係性だったと思います。

 

ただ、私自身が

「自分の人生を生きたい」

と願い始めた時

両親との関係を重荷に感じたのです。

 

両親を深く愛していましたし
居心地も良かったから

ずっと、そのままでも良いかなとさえ

感じるほどでした。

 

けれども

「自分の人生を生きたい」

という思いが湧いてくると

 

ある意味では

両親とは違う側面の自分が出てくる
ことで両親は、
戸惑い、混乱し、寂しく感じる

だろうと私は思いました。

 

それは特に母に対してあり

それを感じていた為

母が望む娘を演じることで

私自身の身の安全
保証してもらっていたのだと思います。

 

家がある、守られている
大切にされている・・・

女の子にとっては、これは大切な要素です。

 

そして

 

母は私が結婚することを
心から喜んでくれましたが、

同時に母の内側から離れてしまうこと

私が自立することを恐れていました。

 

ですから

結婚はもっと別バージョンの

人間関係を持ちたいと

私が氣をつかって疲れない人

と一緒になりたいと心の中で決めていたのです。

 

それで

夫は本当に

現実的な人で

その母である義母も同じ。

 

私からすると

「なぜ、こんなに鈍感で

人の氣持ちを察せないの!?」

と怒っていたわけですが(笑)

 

私が望んで選んだんだ。

 

と氣がついたわけです。

 

ただ母との関係でつくった

愛情のパターンが

私の中にあって私を苦しめてきて

 

安全を保証される

ことと引き換えに

相手が望む自分を演じる

 

だから

自分の思いは出してはいけない。

 

という

何とも複雑な設定が

ここに隠されており

 

身の保証のために
「我慢」はやむを得ない

 

という

これは実際に

女性がよく作ってしまうものです。

 

このことに

氣がついてからは、

 

私は自分の思いを極端に隠している

自分の思いを言っていない

 

と自覚し

 

勇氣を出し、思っていることを

人に伝える努力をする

ようになりました。

 

ですから

「嫌なこと」「不満」に
敏感でイライラしていても

それは、

自分の思いを伝えている
ことにはなりません。

 

特に「察して欲しい」

と感じている自分に氣がついたなら
 

やはり、

両親との関係がどうだったのか

もっと掘り下げることが大切なのです。

 

特に
優しい方
両親が大好きな方

両親を尊敬している方

 

そんな方は、

隠れ我慢が残っていたりします。

 

そして

 

その我慢は、

現在の自分の環境・家族・仕事

の中で現れては

自分がうまくいかない原因

となっていることが本当によくあるのです。

 

これは親を拒絶する・否定する

ということではありません

 

ただ、現代の親子関係は

個々に不安や恐れが根深くあり

共依存関係になりがちです。

 

けれども

大切なことは、

 

私と母との関係においても

本当の意味で娘が自立するため

母が難しい役を買って演じてくれた

と思っています。

 

親というのは、

子どもにとって

時に最も難しい課題を与える存在です。

 

それは

本物の愛がなければできない
ことです。

 

嫌われ、拒絶されても

我が子が立派に自分の弱さを

克服できるように

嫌な役回りを演じる。

 

それも親の決意であり

だからこそ、

深い尊敬と感謝が湧いてくるのです。

 

私も親という安全の巣から旅立ち

親以外の世界で

自分が愛され、大切にされる

という信頼を作れるように

橋渡しをしてもらったと思っています。

 

そして

 

このように

自分の中に根深くあったものに

氣づいてから

 

自分の思いをちゃんと言う

を心がけるようになると

 

それまでは

知らなかったような

良い人間関係が作るれるようになりました。

 

子どもたちの学校にも

まず、こちらの思いを伝え

それから、学校の思いを聞く。

 

そうすると

想像もしなかったような

豊かな展開にことが運ぶ不思議を

何度も体験するようになりました。

 

夫との関係においても

自分の思いを大切にしてからの方が

自分が望む形で大切にしてもらえるようになり

 

本当に人生は

自分の思いが形にするのだなと

つくづく学ばされています。

 

あなたも意識してみてね♡

質問:
「自分の本当の思い」
大切なひとに
素直に言えていますか?

 

北海道ママ
Love Aska❤︎Aina