我が家は、北海道で牧場を営んでおり、

毎年この時期は、高校生の研修生を受け入れています。

 

今年の研修生の一人は、
小学3年生から中学校まで不登校を経験した子。
彼と話す中で、とっても大切な気づきをもらったので

ここにシェアしますね。

 

子どもの教育のこと、学校のことで

悩まれているママに、ちょっとでも参考になれば嬉しいです。

 

「学校の勉強」をどう捉えるか?

 

まず、学校の勉強についての

彼の考えがとても印象的でした。

 

「特定の分野を学ぶために大学に入りたいなら、

基礎的な勉強はできた方がいいんですよね。
でも、これからの社会は点数が取れることより、
『問題の解き方や考え方』に関心が向くと思う。」と。

 

だからこそ、

我が家のような自然豊かな環境で育つことは、
自分なりの発想力が育つから

すごく良いことなんじゃないか、と言ってくれました。

 

私は、いつの間にか

小学5年生の息子の

中学校への進学にとらわれ過ぎて
 

「地元の公立中に進むべきか」
「オンラインで学べる環境を準備すべきか」

 

と、一人で頭を悩ませていたのですね。

 

オンラインと「リアルな体験」

 

けれど、進路について彼に話すと、

「学校は公立がいいと思う」と言います。

 

さらに、

 

「もし地元の中学校に行かないなら、

オンラインよりも、山村留学のように

別の活動や交流がある場所の方が

色々なことが吸収できて、絶対にいいと思う」と。

 

私自身、小学時代を関東で過ごし、

中学に上がるタイミングで
長野県に山村留学した経験があります。

 

当時の地元の中学校はとっても治安が悪くて、

一つ兄が通って大変な思いをしていました。

 

ですから兄は、母に

私には合わないと思うよ、と話していて、

その為、母が慌てて、私に合う学校を探してくれたのです。

 

あの信州での経験は、本当に特別なものでした。
 

日本の風景の中で、季節の食を味わい、

この文化を肌で丸ごと体験できたのです。

 

だからと言って、

今の我が家から信州までの距離を考えると、
息子を通わせるべきかは悩んでしまいますけどね。

 

そこで彼に、

「どうして、オンラインは勧めないの?」
と聞いてみると、

 

「自分も受けたことがあるけど、
ブルーライトの画面の前に座るだけで、

とても受動的で、楽しいと思えなかった」のだと。

 

彼は不登校中、ずっとゲームをしていたそうです。
だけどある時、親の知り合いを訪ねて
日本中を旅したそうです。

 

「そんな豊かな過ごし方もあるんだ」と、

ハッとさせられました。

 

「理想の学校」って存在しないのかもしれない

 

私が「親として、もっと色々な

選択肢を子どもに持たせてあげられない

ことがもどかしんだよね」と彼に言うと、

 

「だけどそれって、そもそも今はないんじゃなかな」
と言うのです。

 

その言葉に、拍子抜けして
だけど、同時にスッと肩の力が抜けました。

 

私はずっと、

「息子にフィットする世界(学校)」が

どこかにあって、外ばかりを探して

それを用意してあげられないと、
「足りなさ」ばかりに目が向いていたのですね。

 

でも、彼と話している中で、

誰もが満足する完璧なもの(学校)というのは、

最初からなくてもいいんだな、って。

 

外側の正解や用意されたものに

自分たちの「正解」を当てはめていくのではなく、
もっと、内側から湧く喜びを引き出す

発想力の方が大切だってまた気づきました。
 

意識を広げて、

喜びや豊かさにフォーカスすると

自分のこだわりや狭い視野から解放されますね。

 

豊かな大自然、日々の命との関わり、
暮らしの中で使う算数や言葉。

 

特別な場所に行かなくても、

私たちが今生きているこの場所すべてが、

息子にとっての「生きた学校」であり、

最高の学びの場だったわけです。

 

「足りない」という視点から発想する癖をやめ、
自分の中にある豊かさから

選択を膨らませていくことは練習ですね。

 

確かに、

ユニークな授業をするオンラインスクールは

これまで、いくつか調べていました。

 

まだ、数は多くありませんが

子どもがもっと勉強を楽しめるようにと
さまざまに工夫されています。

 

ただそれもまた、既存の教育内容に
沿っているものがほとんどなのですね。

 

それで私も、何か「これだ!」と

心から感じられずにいたわけです。

 

ところが、彼との話をして

ようやく気づけたことは、

 

私が息子に与えたいと願う理想の学校は、
一校のなかだけで、完結しないのかもしれない

ということでした。

 

もっとバラバラな場所にあって、
それを一つずつ集めていくようなもの。

 

自分の足で、ワクワクしながら歩んでいくもの

 

例えば、面白い社会を教えてくれる先生を

学校に求めるのではなくて、

本当の社会を体験しに見に行く「旅行」が、

その学びになるとか。

 

すべてを自分たちで実際に体験していく

そんな方法もあるのだと、

やっと気づけたのです。

 

いつの間にか、

「学校に行くか、行かないか」の

二択に囚われていたわけです。

 

特別な教育を外から買ってこなくても、

私たちの暮らしの中に、

すでに最高に豊かな教材があふれているという視点。

 

大学などの特定の学校を目指すのであれば、

勉強はある程度自分でどうにもできるものであって、

人が本気で何かを目指すときは、

いくらでも学ぼうとしますよね。

 

彼も、今は行きたい大学ができて

これまで勉強が嫌いだったけど、

今これまでで一番勉強しているそうです。

 

そして、勉強がとっても楽しいと話してくれました。

 

教育って、もっと独自のもので、

人と違っていいのですよね。

 

どんな人生を歩みたいのか、

どんな自分で在りたいのか。

 

子どもがワクワクしながら、

自分の道を歩いていけるように、

手助けしていけばいいんだなと・・・

 

母親として、緊張していた

肩の荷が降りた気がして・・・♡

私自身もワクワクしてきました!

 

「子どものために良い学校を選ばなきゃ」

という不安感を手放し

私自身が『この暮らし、楽しいね!面白いね!』

とワクワクして満たされていることで

 

子どもにそれは循環し

安心して自分の道を歩くための

最高のエネルギー(ラクシュミーの光)になりますね。

 

 

あなたはどう思いますか?

 

ABUNDANCE

「私が、私の最愛の居場所になる」
心地いい境界線に守られながら、ラクシュミーの美学を生きる。
アスカ・イリゼ(Aska Irisé)