自己啓発本 その6 「恐るべきTPPの正体・アメリカの陰謀を暴く」を読んで | 上ちゃんの見聞録のブログ

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「恐るべきTPPの正体・アメリカの陰謀を暴く」

著者 浜田和幸 を読んで・・・





アメリカから提唱されるTPP協定とは、地域内の貿易や経済活動を活発にするため、関税をゼロにしようということです。関税がゼロになれば自動車や家電などメイド・イン・ジャパンがどんどん輸出でき、海外からも安い品物がどんどん輸入されてくるので、生活が楽になる。一石二鳥のこのTPP協定を推進する政治家や経済人も多く「平成の開国」が必要だと声高に叫んでいます。

TPPをめぐる問題は奥が深く、決して海外との貿易が促進されるといった単純な話ではありません。TPPで取り扱う分野は第一次産業にとどまらず、サービス産業すべてを対象にしているからです。農林水産業・建設・医療・福祉・通信・金融・法律・会計・教育・メディアなどヒト・モノ・カネの流れどころか、価値観までも対象にしているからです。

リーマンショック以降、失業率が10%を超え、社会不安も増す一方、貧富の格差は拡大するばかりのアメリカ。財政破綻の瀬戸際に追い込まれ、困っているのは決して日本ではなくアメリカのほうであります。1985年に仕組まれたあの「プラザ合意」で不意打ちのように日本に円高を飲み込ませ、日本から国富の1/3を収奪したアメリカの手口を忘れてはならない。

たとえだまされても、すべてを水に流すのが日本人の美徳ですが、TPPで再び失敗を繰り返すことになれば、もはや日本再生の望みは完全に失われる。再生どころか日本という国家そのものが失われかねない。なぜならTPPには「国境や国家主権をなくすという毒薬」が仕込まれているからです。



食料価格高騰を演出するアメリカ

ゴールドマン・サックスは海外の農地の買収にも積極的に関与し始めている。その背景には、バイオ燃料に対する期待感が高まっていることが指摘される。



遺伝子組み換え種子を世界に売りまくるモンサント

モンサントが開発した遺伝子組み換え種子や関連する化学肥料、除草剤(ラウンドアップ)によって、人体に悪影響が与えられるということが調査によって明るみになってきている。



食料問題はアメリカの戦略的武器になる

石油や希少金属と同じように、食料そのものを投機対象にしている。アグリビジネスはアメリカにとって中東における石油と同じくらい重要な戦略資源となった。アメリカが世界唯一の超大国として君臨し続けるためには、農業、食料といった戦略的武器を最大限に生かす必要があるという。



TPPで打撃を受ける国内農業

日本のカロリーベースの食料自給率は、現行の40%から14%に下がるという。国産米のうち90%程度が輸入米に置き換わり、ブランド化に成功したもの、有機農法で育てたものといった差別化に成功した国産米だけが生き残るとの農林水産省が試算した。農業関連産業を含めると毎年79,000億円程度のGDP(国内総生産)が減少するとの試算も出ている。



医療分野の自由化が及ぼす医療と国民皆保険制度崩壊の危機

株式会社の医療サービスへの参入が崩壊につながると指摘されている。医療サービスを提供する株式会社は、利益の最大化のためには自由診療を積極的に導入することになるからだ。公的保険の診療報酬が上がらず、公的保険は無意味となり国民皆保険制度が崩壊するという。日本には資産1億円以上の富裕層が151万人おり、高齢化により、富裕層に対する医療サービスはアメリカ資本の株式会社にとっては非常に魅力的な市場と映っている。



簡易保険と共済に深刻な影響を及ぼす金融・保険の自由化

米通商代表部の「外国貿易障害報告書」では、簡易保険が民間の保険に比べて優遇されており、民業圧迫になっているという視点から、簡易保険と民間保険を同等に扱うよう、強く求めているのである。簡易保険で集められた資金の66%が国債で運用され、70%を超える資金が国債と地方債で運用されている。つまり簡易保険の資金は国内に投資されていることになる。日本の民間保険は、契約者から払い込まれた資金の運用を外国の金融会社に委託することが自由に認められているため、アメリカの要求が認められれば、簡易保険の保険金も国債からシフトし、アメリカを中心とした外国の金融資本に流れる可能性が一気に高くなる。郵便貯金についても当てはまる。もし、ゆうちょ銀行やかんぽ生命の株をアメリカを中心とした外国の金融資本が購入すれば、それによって日本の国民資産をコントロールすることが可能となるわけである。





TPPを「平成の開国」とか「第三の開国」と結びつけると、日本の進路を誤ることになる。「開国論」はいずれも、アメリカの圧力に屈して、日本の制度や仕組みを変更してきたとしか思えないからである。