Born in 1965 -3ページ目

Born in 1965

人生イロイロ

私が日本を出た頃は国際電話がKDD時代でとても高く、電話料金もNTTとは請求が別でした。

日本の家族や友人と気軽には通話できませんでした。

 

友人達とは帰省のたびに会っていましたが、それぞれ結婚、出産、転勤など生活が変わり、私も子連れの帰国は友人と会う余裕が無く、だんだん疎遠になりました。

 

その後ネットが発達し、email、スカイプ、格安国際電話、facebook、LINEなどで昔の友人と再び繋がっています。日本の家族や友人とはLINEが中心です。無料通話も有難いです。

皆子育てもほぼ完了、自分の時間にゆとりができ、また会えるようになりました。

 

私は読書が好きで、日本で勤めていた頃は通勤の電車内で読書、続きが気になり真夜中まで読むこともありました。

本は重いのであまり持って来れません。

英語の文章は読めますが意味は分かっても感情移入しにくく、読書は日本語が楽しい。

昔は持っている本をすぐに読んでしまい、いつも活字に飢えていました。定期的に発行される日本語新聞や冊子、日本人経営の美容室の雑誌など手当たり次第に読んでいました。

 

インターネットの普及、データ容量の拡大と高速化で、日本語環境が充実しとても助かっています。

様々な日本語コンテンツにアクセスでき、ニュースもリアルタイム、動画もラジオも視聴できます。

電子書籍は私にとって救世主でした。無料の文学作品もたくさん読みました。

最近は老眼が進みスクリーンで本を読むのが辛くなり、朗読を聴くことも多いです。朗読は目も疲れず、運転中にも聴けますし、睡眠誘導に最高。

 

おかげで日本が近くなり嬉しいです。

日本帰国の数カ月前、観光先を検索していたら、大阪、奈良、京都で大規模な国宝展が同時開催されることを知りました。

 

行きたい!

 

どれも6月15日日曜日が最終日。私たちが日本に着くのが13日の夜。行けるのは会期最後の週末2日です。

こんな素晴らしい展覧会があると知っていたら、1週間早く帰省して全部行きたかったです。

どの展覧会も見どころ満載、悩んで悩んで大阪の国宝展を選択。市立美術館リニューアルと万博開催記念の大規模特別展。日本全国から素晴らしい国宝が130点も集められます。

 

 

母は歩くのは無理で車いすも嫌がりますので、妹だけ誘いました。従妹も来れることになり夫と4人土曜朝一番の時間指定チケットを購入。

 

お宝が大量に展示されていますし、1度の機会、見逃したくないので目録から14日に展示されているものを確認し、ネットで予習。YouTubeにも紹介動画が上がっていて、車を運転しながら聞き流し学習しました。

教科書で見た作品も多く心躍ります。紀貫之の書まであります!

 

当日朝は小雨、入場前はすでに行列。私たちは時間予約有の列へテントがあるので傘は不要でした。

開場時間になり順次入場。

 

素晴らしかったです。

見学者が大勢いますので近くで見ないといけない小さい展示の前は渋滞し、流れに乗って歩きながら鑑賞するよう促されます。それら以外はゆっくりる観ることができました。館内は写真撮影禁止で撮影のために立ち止まる人もおらず、自身も撮影を意識することなく肉眼での鑑賞に集中でき良かったです。

 

外人の夫も大変喜んでいました。

絵画や書も英語の説明を読みながら、私も少し解説し楽しんでいましたが、夫が特に感嘆したのは縄文時代5千年前の土器と平安時代の鎧兜でした。

5千年前のものが現存していることに驚いていましたし、日本人が5千年も前に技術を持ち文化的に生きていたことにも感心していました。

鎧兜は全方面から見ることができ、背中側も素晴らしかったです。

 

展示数が多く会場も広いので3時間以上かかりました。お腹ペコペコ…

出口のミュージアムショップも大賑わい。少しだけ買い物して退館しました。

 

大満足の展覧会でした。会期中に帰省していて訪れることができ本当にラッキーでした。

日本はお盆休暇中。

弟家族が実家訪問予定なので、妹がいなくても大丈夫と母は考えているのでしょうか。

妹は弟が来る日の朝にゴミを出さないといけないので、前夜に行って早朝ごみを出すつもり。

 

とりあえず家で一人でいる母に電話を入れました。

電話口の母は明るいです。多分一人で心細いところに私からの電話が嬉しかったのでしょう。

 

母に妹を追い出した事情を聴取。

妹がリビングにいても会話もなく気分が悪いから帰ってもらったと、妹は玄関チャイムも鳴らさずに家に入ってくるから鍵を取り上げた。来るときはチャイムを鳴らしてくれたらドアを開ける。というのが母の言い分。

妹の助けはもういらないの?日々の家事はどうするの?ゴミ出しや通院、銀行に行ったり、買い物はどうするつもり?って聞いたら何とかなる。と…

現実にはどうにもならないんだけど本人解っていません。

 

母の望む形ではなかったみたいだけど、妹は何年も母の介助中心の生活をしてくれたよ、そのことには感謝して。妹は母の言動に傷ついてるよ。

私や弟は側にいてあげれないし、もし側にいても妹ほど甲斐甲斐しくはできない。妹は気が利くしよくやってくれた。

私は妹が側にいてくれて、安心だったけど、母がそれを望まないなら仕方がない。

デイケアなど外注利用の準備をしよう。と伝えました。

 

母は「妹が来たくないなら来なくていい」と言い出し自分が捨てられたような振る舞い。

「違うよ、妹は明日のごみ出しのために今日の夜そちらに行くつもりをしてるよ。でも母が嫌なら私から断る。」

母は「来たかったら、来ればいい。」なんて言い出す始末。

「どっち?来てほしいの?明日は弟家族来るし、妹居なくていいのかな?母が妹に来てほしかったら私からそのように伝えるし、不要ならそのように伝える。」

母「居た方がいい。」

「今夜泊まって朝ゴミ出しだけして帰ってもらう?今日の夕飯の時一緒にいてほしい?明日弟一家が滞在中も妹にいてほしい?母はどうしたい?」

母「夕飯にはいて欲しいし、弟たちがいるときもいて欲しい。」と

「じゃあ、そのように妹に伝えるから、思い通りにならなくても怒る前に話して。」

母「はいはい」

 

妹に申し訳ないけど夕飯前に行ってやって、弟たちがいるときもいてほしいって、と連絡。

母は私との電話を切った後「仏花買いたいから買い物に連れて行って」と速攻で妹に電話。

やっぱり心細かったんでしょう。

 

母の我儘、不機嫌は今に始まったことではありませんし、加齢とともに悪化しています。

妹の人生もありますし、母は断固拒否ですが、デイケア、ショートステイ、施設入所など利用する準備を進めたいです。