カレンダーを視る。そこに並ぶのは数と呼ばれる異次元。

無表情に見えて、無機質に見えて、それでも季節の移ろいを、時間の流れとともに告げるのであろう。



8月も、最終日となる。明日には始業式があって、月曜からはまたいつもと変わらぬ、教室の窓から覗く空の色を眺めなければいけなくなるのだ。

”夏の終わり”を、”夏休みの終わり”と重ねる。

二十四節季を見れば、当に秋は始まりを迎えている。処暑を終え、百露を控え。


いつの間にか、図書館の室内気温が下がっているのを感じる。

早朝に窓を開ければ、抜けていく風が肌の体温を僅かに奪うのを感じる。


履き慣れた皮のピンヒール。デニムに合わせてよく履いたそれが、所在無げに靴箱の隅に身を置く。

変わりに登場したのは、キャメル色のパンプスや、ワインレッドのピンヒール。

少しずつ服の色も変わる。デニムは四季を選ばず常に20本は顔を並ばせている。それでも、春には淡い色、夏にはショート丈、秋にはスキニー、冬にはブラックパンツ、と出番は変わる。

トップス一つにとっても、いつの間にかコムデギャルソンのポロシャツは消え、ユニクロの七分丈トップスが顔を出す。

秋はシンプルスタイルに限る。紫や深緑の無地のトップスに、デニムを合わせ、ショールを首に引っ掛け。

ショートブーツやらピンヒールブーツやらで、秋という季節に溶けるのだ。


身近なところで、季節の移ろいを感じる。


刹那、不意に太陽の日差しの薄さを自覚した瞬間に、溢れ出す何かがある。



夏の朝の匂いが好きだ。

青い空の表情が好きだ。

寝苦しさを感じながら寝返りを打つ朝方が好きだ。

花火のあとの気だるさが好きだ。



海から上がった後、自分の板を抱えて、肩に髪から零れる雫を感じながら、乾いた砂の上を歩くのがすき。

サーフィンのシーズンはこれからだけれど。やっぱり夏の爽快感は他に無い。



明るい色を湛えるトマトや、父に強請られ毎週作るカレーや、庭に小さく実るナスも、きっと今の瞬間を過ぎれば、また来年までは味わえないのだろう。




四季のあるこの国に喜びを湛えよう。

さよならという言葉も無く去る、夏という、私を魅了してやまない季節に、親しみを込めて感謝を告げよう。


ひたすらテニスに打ち込み、ひたすら活字の波に酔い、ひたすら脳内を駆け巡っていった将来の不安に目を向け。そんな私の夏。

縋りつく暇すらも与えず、暦は私から夏を奪う。

暦。暦。暦。無機質な数字の陳列。無表情な数の更新。



不意に、カレンダーを破り捨てたくなる衝動に駆られる。



所詮は数なのだ。

肌で感じる季節に、阻めども阻めども巡り来る季節に、背こうとしても説き伏せられればいいのだ。



縛り付けられるのは辞めよう。いつか、私が”秋”を”秋”と認めることができる日に、夏へさよならを告げればいい。




もう一度ピンヒールのサンダルを取り出そう。



睨み付けた”秋空”は、私にとっての”夏空”だ。




・・・いつの間にか、雲が再び青空を奪っていた、夏休み最後の、今日の日。




私の毎日は、出会いと別れに溢れている。

一瞬のそのキラメキを、忘れないように、と其のときは強く願う。あるときは唇を噛みながら、あるときは絶頂の真ん中に居ながら、あるときは青い空を孤独と見上げながら。


皆の毎日も、出会いと別れに溢れている。

形成される自分。すごいね、すごい。


時が私を育てる。人が私を育てる。



出会いを描けたらいい。

私を描けたらいい。



不器用すぎる自分を、少しでも残してあげたい。

一方的に投げつけた、本心の裏側の、弁解をさせて欲しい。

頬を膨らませながら好きと言いたい訳じゃないから。




不器用なわたしは、四角い箱に閉じ込められることに耐えられない。




空気を吸いたい。あの空をこの目で見たい。

スキップしながら教室を飛び出す。教室から見える四角い空が欲しいんじゃない。

緑に、青に、赤に、黄に、虹色の空気に、たくさんの人に、囲まれて私は、夢を描きたい。

でっかい未来に、夢を描きたい。



一人きりでなく、いろんな”君”の声が聞きたい。




必ず訪れる別れへ。

必ず迎える出会いへ。



そのときに、ちゃんと笑っていられるように。