今回は、007 Skyfall(2012)の中でも印象的な007とQの初対面のこちらのシーンについて掘り下げていきたい。
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場所は、映画内の設定・撮影ともにロンドンのNational Gallery である。ここはトラファルガー広場(バッキンガム宮殿から1.2kmほど)に面した、いわば国立美術館である。コロナで現在は閉館しているようだが、基本入場無料無料で撮影OKなのでイギリスを訪れた際は訪れるべき場所の一つと言える(大英博物館も1.2kmほど)。
鑑賞している作品は"The Fighting Temeraire, tugged to her last berth to be broken up, 1838" ("解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号、1838年")。
”この絵画はトラファルガーの戦いで活躍した最後の2等戦列艦の一つである「テメレーア」が、退役後の1838年に、スクラップとして解体されるために最後の停泊地に向かってテムズ川をタグボートで曳航される様子を描いている。” (Wikipedia抜粋)
トラファルガーの戦いは、1805年スペインのトラファルガー岬の沖で行われた海戦で、ナポレオン戦争の最大の海戦である。イギリスが勝利し、ナポレオンの英本土上陸の野望を封じた。ちなみにナショナルギャラリーの面しているトラファルガー広場はこのトラファルガーの海戦における勝利を記念して造られたものである。
(National Gallery所蔵の根拠ではなく、単なる偶然と思われるが)
作者はイギリスを代表する風景画の巨匠 J.M.W.Turner (1775~1851)。日本ではウィリアム・ターナーと表記されることが多く、その名を冠した展覧会も多く開催されている。
この絵画は著名であり、少し古いが2005年にBBCradio4の絵画ランキングで1位に輝いている(下記リンク先は英語)。また、ターナーの肖像画とこの絵画は2020年からの新英国20ポンド紙幣に採用されており、このことから英国人にとってこの絵画・画家ともにいかに特別な存在であるかが窺えるだろう。
日本人で言うとなんだろうか、1万円札の平等院鳳凰堂的な存在か、それとも葛飾北斎の富嶽三十六景か…。
昨年やっていたコンスタブル展(コンスタブルは同時期のイギリスの画家)でもターナーの絵画が展示されていた。コンスタブルと並んだターナーを見た人もいると思う。
ターナー伝記映画も作られている、テメレール号・コンスタブル展の絵画にも触れており、歴史的背景を深める一助になるだろう。ぜひ見てみてほしい。
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さてここまでかなり長くなったが、この絵画のざっくりとした歴史的背景とイギリス人にとってどのような存在かわかっていただけただろうか。
007とQの会話を聞いてみよう。少し意訳混じりになるがご容赦いただきたい。
筆者訳:Q "(絵を見ながら)儚いものです。かつては偉大な功績を残した戦艦が不名誉にもスクラップになるために運ばれていく。時の流れには抗えない。"
(字幕"もの悲しい絵ですね。立派な軍艦もやがてはクズ鉄。時の流れはむごい" )
( 吹替え"これを見ると憂鬱なんです。威厳ある戦艦が不名誉にもスクラップになろうとしている。時の移ろいの必然ですかねぇ。 ")
上記で説明したようにこの絵画はトラファルガーの戦いから33年経ち、戦で活躍した軍艦が解体される直前の様子を描いた絵画である。また、この直前のシーンで007がエージェントの復帰テストに不合格ということがわかる。
そこでこのシーンはこの軍艦に007を重ねて、かつては活躍した007もいまやもう引退時なのではないかと暗にほのめかしている。こういった言い回しが少し陰湿でイギリスっぽいと思う笑。(絵画の背景を知っている人からしたらほのめかしているというか直接言ってくらい強い表現なのかもしれないが)
少し思ったのだが、絵画の背景を知らない人が見たら軍艦が曳かれてるいるとはわからないし、ましてやこの軍艦がかつて活躍した偉大なる軍艦ということも知らないためよく分からず終わってしまいそうだ。映画が理解できるように制作されているとすると、イギリス人はこの絵画の歴史的背景を含めて常識として知っているのかと改めて思った。
そして、続けてこの絵画どう思います?というQにに対する007の回答は"A bloody big ship" 筆者訳"デカい船" このbloodyは血塗れのと言う意味ではなくて、イギリス英語のスラング”ひどく/とても"という意味と捉えた(字幕"デカイ船" )(吹替え"バカデカイ船" )
字幕も吹替えも同じ捉え方の模様。船を007に見立ててQがすこし揶揄するけど、007本人はそんなの気にしちゃいない、知るかみたいな突き放す一言みたいな。
皆さんはどう思いますか?
あとこの後少し問答してQが若いことで大丈夫かみたいな言い方をした007に対して放った台詞の言い回しがお気に入りである。
"I'll hazard I can do more damage on my laptop sitting in my pajamas, before my first cup of earl grey than you can do in a year in the field"
(吹替え"あなたが一年かけて敵に与えるダメージを僕はパジャマ姿でパソコンを使い紅茶一杯飲む間に与えられる" )
このbefore my first cup of earl grey はつまり"朝飯前" だ。どことなく優雅で尊大な感じが漂っていてイギリスっぽくて好きなフレーズである。ちなみにアールグレイは純粋な紅茶ではなく最もポピュラーなフレーバーティーの一つなのだが、ここで純粋な紅茶であるearly morning teaなどにしない理由は最近の若者はアールグレイですよってことなのか?意図を知りたいものだ。
アメリカだとbefore my first cup of coffeeで通じるだろうか?慣用句としてはないが、ニュアンスは通じる気がする。ただ、嫌味ったらしい人間と思われそうだが笑
慣用句として、piece of cakeがあるのは知っていたが(例:“I expected the English test to be difficult but it was a piece of cake.”英語テストは難しいと予想したけど朝飯前だった。)
いかにもアメリカ的な表現だ。さて慣用句についてはこのくらいにしておこう。
さらにこの後、例によってQが007に秘密の道具を渡す。ワルサーPPKと携帯型発信器の2つのみ。いつもみたいに沢山あれこれ出してこない。合理主義的な現代っ子みを感じられる。そして極め付けに、
"Are you expecting an exploding pen? we don't go really in for that anymore"
(字幕"お好みはペン型爆弾?あれはアンティークです" )
(吹替え"ペン型爆弾の方が良かった?ああいうのはもう古い" )
個人的には字幕版のアンティークですという方がお上品な感じがして好みである。
英語で直訳すると筆者訳"ああいったものはもうやらないんです" って感じだ。
ちなみに爆発ペンはこれ。ううむ、これはこれで楽しいが。そうか古いか。
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ダニエルクレイグVerのシリアスな雰囲気を考えるとその方向性も頷けるが。
また、このシーンと台詞は過去作を揶揄して新たな若いQのキャラクタがビシっと決まる印象的な場面だ。若者特有の生意気感が出る素晴らしい台詞である。このワンシーンでQとはどんな人物なのか映画の鑑賞者は理解し、かつその人間性にどこか惹かれるものが感じられるのだと思う。
さて、これまで007 Skyfallの 007とQの邂逅シーンについていろいろと書いてきたがこのくらいにしておこう。
映画を見る上で小道具や過去作を知っておくとより深く映画を理解できたり、クスリと笑えるシーンが増える良い例であり、これを入り口にいろいろな物に興味を持っていた方が良いなと思えるものである。