一年に一回タバコを買う日
タバコをやめてもう二年半以上経つ。
それでも一年に一回、タバコを買う日がある。
それが今日、8月8日。
これを初めてもう6年経つんだけど
この時期はどうしても元気が出ない。
俺の人生で唯一『親友』と呼べたヤツがいたんだ。
いたっていう過去形なのは、もうこの世にいないから。
今日は、そんな彼の命日でした。
今でこそ多少は直ってきたんだけど
子供の頃の俺は、なんていうか、
今では考えられないくらい引っ込み思案で、
あまのじゃくで、いつもオドオドしてた。
正直、かなりネクラだったと思う。
クラスの友達同士で放課後に遊ぶ話とかをしてる中、
俺も入れて!って言うのが恥ずかしくて
その輪にどうしても入れなかったり
なにを話すにもマゴマゴ話して
いつも自信がなさそうで
だから友達もあんまり出来なくて
体育のチーム分けとか、一人ぼっちにならないかって
それが心配で本当に苦痛だった。
別にイジメられてた訳ではないけどね。
なんか、一人が好きだったんだ。
それは今も変わってないか。
一人は好きだけど孤独ではいたくない。
そんな感じ。
・・・本当、あまのじゃくだ。
でもそんな俺とは真逆に、
いつも放課後遊ぼうって誘われてて
いつでも友達に囲まれていて
運動神経も良くて頭も良くて
人当たりも良くて、みんなの人気者。
たぶん嫌う人とか敵対視してる人なんて
一人もいなかったんじゃないかな?
誰に聞いてもアイツは面白いと言う。
今振り返ってみてもそんなヤツとは
会ったことがないくらい人気者だった。
それが幼なじみの、タカ。
そんな人気者が幼なじみなもんだから、
俺が唯一、躊躇なく遊ぼうって誘えるタカと
遊ぶ時はいつも他にも誰かがいた。
他にも誰かいるってなると緊張してしまって
オドオドしてる俺にタカはいつも
『お前も来い』
って言って、人付き合いベタの俺を気遣って
俺のことを毎回誘ってくれる。
それが何よりも嬉しかった。
タカのお陰で克服したものも沢山ある。
小学生のくせに辛し明太子が好物で
辛い物が食べられなかった俺に
『コレがウマイんだよコレがー!!』
って言いながら白飯をウマそうにガツガツ食って見せた。
タカがウマそうに食べてるのを見てると
本当に美味しそうだなって思って、俺も食べられる気がした。
食べてみる。
・・・ウマい。
そんな要領で別の日にはタカは、
お寿司にワサビを付けて食べていた。
今思えば小学生のくせにオヤジ臭すぎる。笑
『お前もワサビを付けて食べてみろ』
というタカ。
食べる。
・・・辛い。
その時も、これがうまいんだよー!って言ってた・・・口ぐせか?
そんな感じで、いいからお前もやれだの食えだの飲めだの
っていつも俺にあれこれ勧めたり誘ったりしてくれた。
今思えば少年野球を始めたのも、タカがいたからだった。
母親に『日曜日に子供が一日中家でゴロゴロしてるんじゃねぇ!!』
と半ば強制的に習いごとをさせられた。
サッカーかバスケか野球を習え。と言われて
だったらサッカーかバスケがしたいけど極度の引っ込み思案の俺は、
チームに入ったら、
もしかしたら一番最初に自己紹介とかするんじゃないか…?
と、その場をイメージするだけで、
緊張してきて嫌で嫌で諦めざるを得なかった。
だったら、タカがいる野球チームならまだ良いか
という安易な思いで、大して興味もない野球を習うことにした。
習ったは良いけど、好きじゃなかったからか
そこまで、とういか全く上手くならなくていつも応援ばっかだった。
タカとは何歳に出会ったのかすら
覚えてないくらい幼少期から遊んでいて
保育園も、小学校も、中学は違う地域だったから
違ったけどよく遊んでいて、高校も一緒だった。
『親友』なんて、どことなく恥ずかしくて
クサい言葉を極度のあまのじゃくな俺が
こう素直に言えるようになったのは、
単に付き合いが長いから、という理由じゃない。
ある日、小学校のクラスの友達5、6人くらいで話していた。
どんな内容だったかはかなりうろ覚えなんだけど
確か『友達が何人いるか?』みたいな話になった。
小学生が話す良く分からない議題のヤツだ。
その時タカも俺もいて、俺に話が振られた。
俺は真っ先に
『タカとー・・・』
って指を折り数えながら言った。
そしたら話を遮るようにタカが
『俺はお前とは友達じゃないよ』
と言った。
ガーーーーーン!!!
なんで!?子供の頃からの付き合いなのに!!(その時も子供だけど)
その時いた友達も、若干気まずそうだった。
そして3秒後くらいに
『だって、お前は親友だから!!』
と、自信満々に、恥ずかしげもなく言ってのけた。
・・・・なんか、嬉し恥ずかしい。
この時の俺に会えたら、乙女か!とツッコんでやりたい。
でもこの言葉に俺は、心の底から救われたんだ。
友達は少ないけど、親友がいる。
大切な親友が一人いれば、それでいいや。
そう思えた。
お前は親友だから。
自信満々に言うその言葉が今でも響いていて
いつも俺に力を与えてくれる。
感謝してもし切れないくらい支えてもらって、
沢山のことを与えてもらった。
俺は、彼に何をあげられたんだろう?
いつもタカの後ろをくっついて歩いているだけで、
何か彼の為になるようなことをしてあげられたんだろうか?
考えても考えても、答えなんて今では分かるはずもない。
タカの葬式では、タカの母ちゃんに頼まれて受付をした。
暗い顔で久しぶりに会う同級生に、
来てくれてありがとう。と全員に俺は挨拶をした。
みんなタカが死ぬなんて信じられない様子でいた。
あのタカが海なんかで死ぬ訳ない、そう思うのもそれも無理はない。
高校を卒業する頃は野球部で鍛えるだけじゃなくて
ジムにも通ってかなりハードな筋トレもしてたから
いわゆるムキムキのマッチョマンで背もデカかったし
大学に入ってからは
将来俺は消防士になるって言ってた男が、
そう簡単に死ぬとは思えない。
でもタカは、三日間海を彷徨った。
三日後に海岸に戻ってきている所を地元の人が見つけてくれた。
タカと一緒に海に行っていたバイト先の友人の三人は、
タカを海に残して先に帰って来ていた。
その内の二人が葬式に参列した。
一人は、ショックで来れなかったらしい。
タカの葬式には、人気者であったのを裏付けるように
大学生という若さでありながら何百人という、
本当に沢山の人がタカを見に来てくれた。
みんながタカの周りを列になって涙ぐみながら
ゆっくり、ゆっくり歩いていく。
声をあげて泣き崩れる人もいた。
俺は泣きすぎて、もう涙は出なかった。
そんな中、タカの兄貴が
『お前もこっちに来い』
と、いつかのタカのように呼んでくれて
『お前は家族みたいなもんだから、こっちでいい』
そう言って親族側に俺を座らせてくれた。
そして俺の震える肩に黙って手を回して
もう片方の手は、ハンカチで自分の顔をぬぐっていた。
バイト先の二人がタカの前に来た。
タカのばぁちゃんが興奮して
『アンタのせいで!アンタのせいで!!』
泣きながら二人に罵声を浴びせた。
俺は
『ばぁちゃん、タカが見てるよ。
タカはそんなこと言っても喜ばないよ』
と、ばぁちゃんの肩に手を置いて少しなだめた。
出棺前、俺はどうしても納得できないことがあった。
それは、タカの顔をまだ見れてなかったこと。
海に三日間もいたから損傷が激しいらしく
おじちゃんとおばちゃんと兄貴しか遺体を見てないらしい。
だから告別式のとき、棺の顔のところには
タカの笑った写真を添えて顔を隠していた。
でも俺はその時点でも、
タカが死んだ。なんてまだ信じられていなくて
もし棺の中にタカがいるなら、どんなタカだったとしても
最後に別れを言いたかった。
だから、おばちゃんに『お願いがあるんだけど』と無理を言って
みんなが出棺を待っている中に俺だけ別室に入れてもらって
おじちゃんと兄貴が見守る中、棺を開けてもらった。
棺の中には、タカが無事に帰ってくるようにと
その当時俺が付き合っていたコや、その家族、
全然関係ないのに俺の中学の同級生もが祈願しながら
手伝って作ってくれた千羽鶴や、手紙が入っていた。
タカはお化粧をしていて、手は相変わらずゴツゴツしていた。
顔はなんだか、お人形さんみたいで、タカじゃないみたいだった。
一瞬、海で死ぬとこうなってしまうのか、
などと不謹慎なことも頭をよぎった。
でも、それでもいい。
どんなタカでも、やっと会えた。顔を見れただけで満足だ。
そう思った。
俺は、タカの体を触ったのか触ってないのかも分からない。
その時の記憶は写真みたいになってて正直曖昧なんだけど
兄貴は、みんなにはこのこと、言わないでくれな。
と俺に念を押したことだけはハッキリ覚えてる。
そうしてタカは、骨だけになった。
毎年線香をあげに実家に行くんだけど
去年も今年も仕事を言い訳に、行けなかった。
でも何かしたいと思って、タカが消えていった海に行った。
場所は遠くても、海は一つに繋がっているから。
タバコを線香代わりにして、砂浜に立てて、手を合わせた。
お盆なのに海にも入って、ついでにサーフィンをしてやった。
海の中でも板に座りながら手を合わせた。
この俺の『一人儀式』は、
サーフィンを始めてからも毎回欠かさず行ってる、
安全祈願みたいなものだ。
手を合わせると、どこかで見守っていてくれる気がするんだ。
周りから見たら相当変な人だったろうけど
そんなのお構いなしだ。
そして海を上がってから一年に一回、
お前の好きなマルボロメンソールを俺も一緒になって吸ってみる。
はー・・・キツ。
クラクラする。
じゃー、また来年な。
そう言って海を後にした。
来年は、実家に顔を出しに行くと決めた。
タカの父ちゃん母ちゃんは、俺の第二の親だ。
明日、せめて電話だけでもしよう。
もう心の整理はついてるはずなのに
今でもこの曲を聞くと、勝手に涙が出てくるときがある。
何回聞いても、良い曲だ。
