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旧陸軍の特殊部隊「731部隊」の一部展示を見送る…市教委「事実関係確認されず」検討委員会の初会合 長野・飯田市
一市民と行政が創る「飯 田市平和祈念館 資料室」設立から学ぶ 一
731部隊論文 「検証を求める会」設立 京大の責任を問う
京大「人体実験とする根拠なし」 731部隊論文 本調査はしない方針
学者・研究者の歴史認識・軍事研究を問う!!
福島 雅典京都大学名誉教授
厚労省は新型コロナワクチンデータを開示せよ!
【特集】ワクチン後遺症~副反応ではない 慢性的な後遺症の訴え
留守名簿はなぜ全部開示されない??
731部隊展
“捨てられる裁判記録”は誰のものか
日本の機密文書管理はきちんと行われてりるのだろうか?隠蔽されている??機密文書も時間が経過したら、きちんと公開すべきだ!!日本にも積極的な情報開示を求めます!!
【バイデン大統領】自宅から別の機密文書見つかる
6861ページのほとんどが黒塗り!~遺棄化学兵器処理事業情報公開請求訴訟第1回公判
根岸恵子
情報開示請求をしたら、提出された6861ページのほとんどが黒塗りだった。化学兵器禁止条約に照らして旧日本軍が中国各地に遺棄した毒ガス弾の処理はどうなっているのか。情報のほとんどを私たちは知ることができない。そして無毒化されることのない砒素を含んだ毒ガス弾の行方は闇に葬られようとしている。
ジャーナリストで映像作家の稲垣美穂子さんは、中国に遺棄された化学兵器によって理不尽にも被害に遭った人々に思いを寄せ、日本政府の対応や処分事業などを取材してきた。そして最終処分場として有害物質を含んだ残存物がドイツに運ばれることを知り、情報公開を請求したが、黒塗りの書類では何もわからないと裁判に訴えることにした。
その第1回の公判が1月24日、東京地裁で開かれた。稲垣さんは「多額の税金を投じた国家事業であるにもかかわらず、その内容を明らかにしようとしないことは、許されることではありません」と訴えた。
*裁判後に会見する弁護団
毒ガス兵器は安価な大量殺戮兵器として国際条約では禁止されてきた歴史は古い。1907年のハーグ陸戦条約では投射物としての使用禁止、19年のヴェルサイユ議定書では製造・販売・輸出を禁止、25年のジュネーブ議定書では戦争中に窒息性、毒性、その他の毒ガス装置を禁止した。1993年の化学兵器禁止条約では、より包括的な化学兵器の禁止、生産施設の廃棄、遺棄した化学兵器の廃棄を義務付けた。
しかし、日本は日中戦争において毒ガス弾を使用し、1938年の武漢作戦以降本格的に使い始めることになった、その回数は2091回、死傷者は8万人以上に上るといわれている。敗戦後、日本軍は毒ガス弾を隠蔽するため現地に埋設、川などに投棄した。しかし、戦後になってもそれら遺棄毒ガス弾により多大な被害を中国に与え続けている。
中でも「きい弾」と呼ばれるイペリットないしルイサイトのマスタード弾の被害は「不治の病」といわれるほど身体、精神を侵し、被害者の一生を奪ってしまう。例を挙げれば、2003年に旧日本軍516部隊跡地の開発事業でイペリットの入ったドラム缶5個が掘り出された。汚染された土砂は中学校の校庭や民家に運ばれ、作業者や一般市民、児童たちが被害にあった。皮膚の水疱、黒色化、だるさ、発汗、頭痛、胸部圧迫など症状は多岐にわたり、一生において重篤な影響を与える。このような被害は中国各地で起こり、それは国家賠償裁判で争われることになったが、十分な保障がないまま今に至っている。
日本は1995年に化学兵器禁止条約に批准し97年に発効、規定に基づき、中国国内に遺棄した毒ガス弾を処理している。「早期に廃棄を完了すること」を最善の努力目標にすることは日中両国の共通認識となっている。これまで総額3847億円が投じられ、2027年予定の廃棄完了までにはさらなる膨大な予算が必要になる。
しかし、砒素を含む化学物質を含有する毒ガス弾は爆破焼却しても、完全には無毒化できず、有機砒素化合物を含む有害廃棄物が残存する。2018年の「内閣府遺棄化学兵器処理事業に関する有識者会議」では、突如この有害物質を含む廃棄物の最終処分場としてドイツK+S社が保有する岩盤坑に埋設処分することが検討され、ドイツへのパイロット輸送が検討されていることが明らかとなった。
原告の稲垣さんはそれを知り、2019年9月20日付でドイツへの最終処分に関する書類の情報開示請求を行った。本来、「行政機関情報公開法」は「国民に説明をする責任を全うされるようにする」「公正な民主的な行政の推進に資する」ことを目的とし行政文書の開示請求権を認めた法律。これは国民主権に基づく権利であり、政府・行政の公開性と説明義務を謳ったものではないのか。しかし、稲垣さんが請求したドイツの岩盤坑跡地に廃棄物を埋設処分するということが決定された経緯については全く明らかになっていない。
日本は国際法で禁止された毒ガス兵器で戦中戦後も中国に多大な被害を出しておきながら、その化学兵器の最終処分をまた外国に押し付けようとしている。情報は隠され、証拠は隠蔽され、外国でまた被害を出すのだろうか。
遺棄毒ガス問題
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日本は、きちんと謝罪・補償すべきだ!!
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国連改革!!拒否権廃止を!!
今こそ拒否権を廃止すべき時だ
あの日本の侵略戦争を反省し作られた憲法9条を、順守すれば、軍事費ゼロ!!戦争をしないように全力で取り組む姿勢を全世界に示す!!【天皇制再考、軍人恩給廃止、戦争被害者(外国も含む)への補償、外交力強化!!】
憲法9条
第二章 戦争の放棄
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
軍事費削減!!憲法9条を尊重しろ!!被ばくの問題は重大だ!!
“被爆2世の遺伝的影響巡る訴訟、賠償請求棄却 広島地裁
パワハラもみ消し、自衛隊にまだ存在する…内部告発後に「不当逮捕」訴え提訴
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「徴用工問題」とは何か
東芝 経営再編交渉 銀行側が総額1兆2000億円融資行う方針決定
【詳細】ロシア ウクライナに軍事侵攻(8日の動き)
「細菌兵器製造の731部隊―731部隊軍医秦正氏の証言」
ブックレット 500円
NPO中帰連平和記念館内
「供述書を読む会」
Tel・Fax 049-236-4711
Email:npo-kinenkan@nifty.com
パネル展「731部隊・原爆・ビキニ」展
731・原爆・ビキニ
2022年 パネル展「731部隊・原爆・ビキニ」アンケート
12月25日(日)
8、731の事件は青春時代の私にとりショックでした。まして女性を兵士が妊娠させ、お腹を切り裂く事は人間として許される事でなく、戦争は何でも非人道的、日本もこれから過去の方向に進もうとしています。私はこの世には10年程の命と思うが、若い人に伝えるのが老人の役目と思います。731にいた医師が、反省の意味もあり、相模湖の診療所に勤務していました。731の中にも良心を取り戻した方もいました。(51歳以上、市内、散歩途中)
★新宿戸山の陸軍軍医学校跡地から見つかった人骨についての番組を見たい方は
下記のギガファイル便をダウンロードしてください(4月26日までダウンロード可能です)。
桜の下に眠り続ける死者たち
https://81.gigafile.nu/0426-f28efe24152e71e1bbe5a9daa5171a2b4
飯田市平和祈念館の問題と清水英男さんの証言
731部隊の証言展示取りやめ パネル展示予定だった宮田村の清水さん「これでは伝わらない」
今年(2022年)4月2日に開かれた日本医学会記念事業では、「過去の過ちに学ぶ」で、731部隊のことが取り上げられた。
731部隊で非人道的な人体実験があったことを述べている!!
(以下の動画、5分20秒過ぎ)
医療倫理・研究倫理の深化
●細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?
731部隊全景
1930年代から1945年にかけて、中国東北部(旧満州)につくられた731部隊と100部隊は、人体実験を繰り返した細菌戦兄弟部隊。開発された細菌兵器は中国各地に撒かれ、多くの中国人民に深刻な被害をもたらしました。100部隊は関東軍軍馬防疫廠から出発した、軍馬の伝染病研究部隊ですが、謎の部隊で、獣医師・化学者達の戦争犯罪の実態が明らかにされてきませんでした。 細菌戦被害者を含めたアジア各国の戦争被害者や遺族は、現在も日本に責任を果たすよう補償を訴えていますが、日本政府は無視を続けています。 また、細菌戦部隊が戦犯免責と引き換えに研究データをアメリカに渡したことで、戦争犯罪に問われなかったことの影響はとても大きいのではないでしょうか。医学者が協力、設定した原爆被害者や公害・薬害被害者の「認定基準」は、多くの犠牲者を切り捨てるための基準となっています。医学者・獣医学者の犯罪は戦前・戦後を通じて続いているのです。 中国ハルピンの731部隊跡地は今、世界遺産に登録される方向にあります。日本が中国に造った部隊施設が、「なぜ世界遺産に値するのか?」過去を知らない人にとって、不思議に思うことかも知れません。外国からも多くの人が訪れる侵華日軍罪証陳列館、日本人はそこでどのような目で見られるのでしょうか。 中国長春では、偽満皇宮博物院内に、「100部隊」の新展示館が2018年12月に開館します。 「日本政府と日本市民には、歴史に関する記憶喪失がある」と国際的に批判されています。 日本人にとって、今、731部隊・100部隊展を行うことは、日本軍による人体実験や細菌戦の意味を考える絶好の機会となるのではないでしょうか。私たちは多くの次世代の若者にこの戦争加害の事実を伝えていきたいと考えています。 皆さま、どうか、あなたの住む地域やグループでこの「731部隊・100部隊展」を開いていただければと思います。連絡をお待ちしています。
― 731部隊・100部隊展 実行委員会 ―
731部隊のパネル(A2版)
1 序章 薬害エイズと731部隊
2 HIVとAIDS
3 薬害エイズ事件はなぜ起こったか
4 731部隊の影
5 第1章 731部隊の創設
6 「満州国」
7 部隊全景
8 731部隊の始まり
9 731部隊組織表(横向)
10 陸軍軍医学校防疫研究室と石井機関のネットワーク
11 第11回日本医学会総会と軍陣医学部会
12 第2章 「マルタ」
13 憲兵隊と「特移扱」
14 「マルタ」と「特移扱」
15 朱玉芬の父と叔父
16 第3章 731部隊の人体実験
17 ペスト(黒死病)
18 炭疽(Anthrax)
19 流行性出血熱
20 毒ガス実験 旧陸軍のアウシュビッツ
21 毒ガス野外実験
22 赤ん坊への凍傷実験
23 医学者たちの独走
24 人体実験が結ぶもの
25 細菌戦は行われた
26 ペストノミによる細菌戦
27 細菌の大量生産
28 第4章 731部隊の戦後
29 軍事裁判と戦後処理(横向)
30 細菌戦部隊医学者の戦後
31 細菌戦医学者の博士論文
32 陸上自衛隊の博士論文
33 第5章 731部隊を告発する
34 戦争の語り部 篠塚良雄
35 戦争の語り部 三尾 豊
36 家永教科書裁判第3次訴訟
37 軍医学校で発見された人骨
38 731部隊国家賠償請求裁判
39 細菌戦国家賠償請求裁判
40 終わりに 731部隊を世界遺産に
100部隊のパネル(A2版)
1 はじめに
2 「はじめに」
3 「日中戦争における人と馬」
4 「戦争とは」
5 「ジュネーブ議定書」
6 「731部隊」と「100部隊」
7 「侵華日軍第731部隊罪証陳列館」
8 「僞満皇宮博物院」
9 「日中15年戦争」
10 「植民地支配
11 「外地」での戦争犯罪
12 第1章 軍 馬
13 「軍馬:乗馬・駄馬・輓馬」
14 「軍馬の徴発」
15 「愛馬の見送り」
16 「軍馬の位」
17 「軍馬の改良」
18 「軍馬の名前」
19 「軍馬の訓練」
20 「テッチン」
21 「軍馬の世話・蹄手入れ」
22 「馬の寿命と病気」
23 「馬の伝染病」炭疽菌
24 「馬の伝染病」鼻疽菌
25 「馬学・獣医学の本」
26 「麻布連隊と白雪号」
27 「敗戦後の軍馬①」
28 「敗戦後の軍馬②」
29 第2章 100部隊
30 「細菌戦兄弟部隊」
31 「在満兵備充実ニ対スル意見 」
32 「関東軍軍馬防疫廠」
33 「100部隊所在地」
34「100部隊の隊長」
35 「100部隊の細菌研究」
36 「100部隊の細菌製造部」
37 「100部隊2部1科23号室」
38 「関特演」と「100部隊」
39 「三河夏季演習」
40 「細菌戦 第6科新設」
41 「100部隊での人体実験」
42 「人体実験の犠牲者数」
43 「アヘン・ヘロイン」
44 「陸軍獣医学校」
45 「100部隊」の終焉
46 「100部隊」敗戦後の犯罪
47 「ハバロフスク裁判」
48 第3章 現代の課題
49 「戦前・戦中の獣医」
50 「現代の獣医師養成」
51 「熊本サンクチュアリ」
52 「加計学園獣医学部」
53 「何故 四国に?」
54 「加計学園獣医学部」資料
55 「検証 加計疑惑」(A2版ではありません)
56 「100部隊」の亡霊
57 おわりに
58 「学習と謝罪」
59 「前事不忘」
60 「100部隊」の新研究
61 「100部隊」の新史料
62 「100部隊」の新展示
63 おわりに
(付録パネル) 1、細菌戦部隊の年表と戦後の流れ (A3版7枚) 2、細菌戦部隊の戦後 (A3版12枚) 3、元731部隊軍医と強制不妊手術 (A3版10枚)
5、タイトルパネル
1 日中戦争における人と馬 A3×11 2列 白地
2 日中戦争における人と馬 A4×11 2列 緑地
3 731部隊 A4×5 黄地
4 100部隊 A4×6 桃地
5 侵華日軍第731部隊罪証陳列館 A4×15 2列 黄地
6 偽満後宮博物院 A4×7 桃地
7 前事不忘後事之師 A4×8 青地 6、
軍馬補助パネル(付録)
1 馬術教範 B4×8 黄地
2 馬具解説 B4×9 表紙桃地1緑地8
3 馬事提要 B4×12 桃地
貸出要項(731部隊と100部隊野パネルを一緒に借りると16000円!!)
1、パネル(A2版)
①731部隊のパネル(40枚)・・・・・・・貸出料7日以内(10000円)
②100部隊のパネル(62枚と他1枚)・・・ 貸出料7日以内(10000円)
2、付録パネル
① 細菌戦部隊の年表と戦後の流れ
② 細菌戦部隊員の戦後
③ 元731部隊軍医少佐と強制不妊手術
④ 731部隊南方作戦出発直前集合写真、毒ガス訓練写真
⑤ タイトルパネル
⑥ 馬具補助パネル
※日数・規模に応じて、金額は相談に応じます。
※他に「731部隊のパネル」(内容はA2 版と同じ、A3版 40枚) と
「細菌戦パネル」(A3版 79枚)があります
。
3、模型・・・貸出料1台7日以内(10000円)
①生体解剖(62×82×高さ59)/cm
②凍傷実験(82×72×高さ58.5)/cm
③感染実験(77×74.5×高さ58.5)/cm ④毒ガス実験(90.5×75×高さ60)/㎝
※模型は、できましたら主催者団体が取りに来てください。
※模型は、1993年製のもので壊れやすいので、取扱に注意してください。
※送料は、主催者団体でご負担お願いします。
※もし、破損した場合には、修理費用のご負担をお願いします。保険への加入をお勧めします。
※お問い合わせは、080-4407-9554、nobu.goi@gmail.com
日本の中国東北侵略から92年
●『1931 満州鞍山守備兵 斉藤準太郎の日記』
五月十三日
出た青芽さえ見つつ心持よく唄いながら 嗚呼僕はこんなに驚こうとは。何分あの何より嫌いな蛇が二匹迄足元にいようとは夢にも知らなかった、あまり大きくないが初めての事に猛烈な声をあげた。見たのは保護色であろうか上半身は赤みをさした斑点があり 下半身は青みがかった体にして その頭は丁度板でつぶした様にぺちゃんこになっている。そして少しも逃げないでいる。三年位命が縮まった様な気がする。満州に来て初めてだ。連山が懐かしい。安東が懐かしい・・・鈴蘭が紅合が。
「ずっと父が嫌いだった」
軍都広島での物語
●原爆詩集
峠三吉
・・・一九四五年八月六日、広島に、九日、長崎に投下された原子爆弾によって命を奪われた人、また現在にいたるまで死の恐怖と苦痛にさいなまれつつある人、そして生きている限り憂悶と悲しみを消すよしもない人、さらに全世界の原子爆弾を憎悪する人々に捧ぐ。
墓標
君たちは立っている
だんだん朽ちる木になって
手もなく
足もなく
なにを甘え
なにをねだることもなく
だまって だまって
立っている
メアリーが伝えるヒロシマ
広島原爆投下
原子爆弾投下後の広島市内(1946年3月21日撮影)
封印された原爆報告書
●『細菌戦部隊』
731研究会編 1996年9月(核時代51年)初版発行
『細菌戦部隊』
731研究会編
Ⅰ 731部隊
エントツから出る黒い煙
ペスト感染による死体がどんどん焼かれていく
小笠原 明(おがさわら あきら)
731部隊・少年隊
〈経歴〉
1928年生まれ。
1943年4月 731部隊少年隊に入隊
1944年4月 第2部(実験部)第2課田中班に配属。ペスト菌などを宿らせ伝染させるためのノミ増殖に従事。
1945年8月 日本への撤退途中で中国人民解放軍に入隊、4年間従軍
1949年 帰国。
■この証言は石川(金沢)731部隊展(1993年11月)、栃木(宇都宮)同展(94年9月)、沖縄(那覇)同展(94年1月)、広島同展(94年3月)の『報告集』よりまとめたもの
話す決意
日本に帰って来て、731の幹部の方と話した事があります。その方は「あれはお国の為だったんだ。俺たちのやって来たことは、決して間違っていない」と言って譲ろうとはしませんでした。私も初めから、私達がかつてやったことをお話しできたかと言えば、そうではないんです。私も、親にも兄弟にも一言も漏らさずにこれまでやって来ました。
日本軍政下香港(1997.7.27)
●『論争731部隊』
松村高夫編
核時代49(1994)年4月発行
第3 1審判決の問題点
2 1審判決の形式的破綻と、その破綻を生み出した根本的原因
1 1審判決が法的判断の基礎としたはずの事実認識=1983(昭和58)年検定当時の学界状況
そして、事柄の性質からしても、また1審判決自身が「本件検定処分における検定権限濫用の違法」という部分で「当裁判所の総論的判断」という形で示した一般論からしても、ここで検討対象とされるものは「昭和58年検定当時の学界状況」それ自体であった。
消せない記憶「元軍医たちの謝罪の旅」
●毒ガス戦
『毒ガス戦と日本軍』
吉見義明(2004年発行)
Ⅲ 日中戦争の全面化と本格的使用の開始 1937―1938
1 日中戦争の全面化と毒ガス戦
ついで、6月4日、第1軍には新任の梅津美治郎軍司令官が着任し、15日、朝鮮龍山第20師団長、牛島実常中将にあか筒の使用許可命令を出した。こうして、徐州作戦の支作戦である晋南粛正戦での毒ガスの使用は第20師団が担うことになった。山西省南部曲沃(きょくよく)付近での毒ガス戦の模様を、現地に派遣された渡辺第1軍参謀の電報から引用すると、次のようになる。
第20師団は、7月6日払暁(明け方)よりの攻撃に当り其の部隊正面に於いて、儀門村及北楽村各南方高地の線に、4・5千米に亘り、6・7千筒の特種発煙筒を使用せり。尚時風は北々東、1米70、煙は克く低迷す。最初敵は発煙開始の信号弾を見て盛んに射撃を開始するも煙の到達と共に射撃を全く中止す。
海軍の相模海軍工廠跡を訪ねて(2022年4月9日)
日本は海軍も毒ガスを製造し、本土決戦に備えていた!!
大久野島の歴史
Ⅰ:大久野島と芸予要塞
③芸予要塞の構築
1894年(明治27)軍部は忠海町内に芸予重砲兵大隊の施設(練兵場、射撃場、演習砲台、司令部、兵舎)設置のための用地を確保し、芸予重砲兵大隊の施設の設置の準備を進めました。1897年(明治30)大久野島の砲台設置に着工。1899年(明治32)芸予要塞砲兵大隊を広島の宇品仮兵舎より忠海新兵舎へ移転し芸予重砲兵大隊を設立。1900年(明治33)に芸予要塞司令部を忠海に開設、1901年(明治34)には大久野島の砲台に大砲の設置を開始、1902年(明治35)10月頃には芸予要塞の大久野島砲台設置が完了しました。大久野島の北部・中部・南部の砲台には当時最新鋭の大砲と言われた28cm榴弾砲6門をはじめ、合計22門の大砲が設置され、敵艦隊の瀬戸内海航行阻止の防御線が完成しました。
SNSで人気「ウサギの島」が背負った〝毒ガスの歴史〟大久野島を歩く - 未来に残す 戦争の記憶
核時代39年(1984年)5月初版発行
●『三光』 中国帰還者連絡会編
核時代39年(1984年)5月初版発行
日本鬼子(リーベンクイズ)
汚された泉
井戸へ放り込み惨殺
杉本千代吉(すぎもとちよきち)
大尉
〈略歴〉
学歴 中学高卒業
旧部隊名 第59師団第54旅団第45大隊
出身県 静岡県
年齢 38歳(1919年生まれ)
軍刀や鞭、獰猛な幾十かの眼玉に取り囲まれ、たまらない不安と堪えがたい苦しみの中から、「私は百姓です。どうか許してください」崩れる体を両手でやっと支えながら、農民は頭を地面に叩きつけるようにすて、何回も繰り返していた。その眼には大粒の涙をいっぱいにたたえて・・・。だが、私はそれを聞き入れようとしなかった。そんなことはどうでもよかった。「うるせえ・・・この野郎」私はつかつかと出て、農民の脇腹を思い切り蹴り上げた。
●日米安保条約・自衛隊を問う!!
自衛隊は、防護のためと言って、旧日本軍の細菌兵器・毒ガス兵器使用の反省・謝罪もないまま新たな生物兵器・化学兵器を作っているのだろうか??憲法9条を持ち、生物兵器・化学兵器禁止条約を批准しているにも関わらず!!
●『日本の国家機密』(現代評論社刊 1972年初版発行 )
藤井治夫著
第3編 主要極秘文書
1 三矢研究
昭和38年度統合防衛図上研究
(三矢研究)
研究―四
三矢研究事前研究項目(対米関係事項)
第3 日本直接防衛のための日米共同作戦
2 米太平洋軍の戦略的支援作戦と日本防衛作戦との調整問題
(3)調整機構
上記の各種の重要な調整問題を解決するための米太平洋軍と防衛庁との間に緊密な連絡、調整機構を整備することが必要である。
これらの機構は、作戦推移の各段階に応じ、独立して、あるいは、日本直接防衛作戦の調整機構の一環として運営されることになろう。
ロ 統幕と在日米軍司令部間
在日米軍司令部は、太平洋軍司令部の代表として、統幕との間に調整機関の整備が必要である。
ハ 各自衛隊と在日米軍3軍間
在日米3軍は、太平洋陸海空軍の代表として各自衛隊との間に調整機構の整備が必要である。
●『BC兵器』久保綾三著(1969年)
「化学学校記事」
『BC兵器』 久保綾三著(1969年)
4、日本本土も汚されている
三沢基地のガス爆発事件
65年6月28日、青森県の米軍三沢射爆場で米軍が演習中、異常な爆発音とともに折からの南東の風に乗って幅400mにわたる煙と刺激臭が約3㎞に達するという事件が起きた。近くの平沼部落では約50haの野菜畑と約20haの水田に農作物被害が出て、豚や鶏が死亡し、住民の中にはノドを痛め、吐き気、頭痛を訴える者も出たと言われる。
●昭和天皇の戦争責任を問う!!
天皇万歳に浮かれる無責任国家 田中利幸より
重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。
日本はなぜ戦争責任問題を解決できないのか
●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)吉田裕監修 2001年ピュリッツァー賞受賞
※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!!
戦後補償問題に国家無答責という天皇主権の明治憲法下の原則を適用するな!!
第2部 仁愛の政治
1922(大正11)年―1930(昭和5)年
1、摂政時代と大正デモクラシーの危機
Ⅲ
9ヵ国条約は、中国の領土的保全、主権、独立を尊重し、中国において天然資源を開発し安価な労働力を利用するすべての国に、「門戸開放」と「機会均等」を忠実に守るよう求めた。これは1899年の国務長官ジョン・ヘイによる「門戸開放宣言」以来、アジアに関してアメリカがずっと唱えてきた政策である。さらに会議の結果として、中国の関税自主権の回復のための会議の開催と、中国に対する不平等条約体制全体の基礎である治外法権の問題を扱う委員会の設置が決まった。
IMAGINE9
解説
考えてみよう、
日本の憲法9条のこれから。
また、日本国内にも、戦争のためのミサイルやハイテク兵器をつくってもうけようという企業があります。彼らにとってじゃまになるのは、「武器を売つてはいけない」と定めた9条なのです。こうした理由から、アメ リカ政府や日本の一部の大企業は、9条を変えたいと思っています。
そうやって日本が「戦争できる国」になっていくことを、かつて日本に苦しめられたアジアの人びとはどう感じるでしょうか。近隣の国々は、日本の軍事化をどう見るでしょうか。そしてみなさんは、世界の中の日本のあり方を、どう考えるでしょうか。
憲法9条を生かそう!!