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核なき未来へ
2020年第5回戦争の加害展
故・金景錫(川崎の日本鋼管の徴用工)の闘い
ドイツと日本の謝罪の違い
第6回戦争の加害パネル展(2021年)
731部隊と100部隊ー人獣共通感染症への戦争動員
731部隊と人権ー裁判から考える
人骨発見33年目の慰霊
「スペイン風邪」と陸軍軍医学校
【続々と明らかに】岸防衛相「付き合いある」 “統一教会”と政治家の関係
安倍氏を銃撃した山上容疑者の“減刑”求める署名が始動も「まだ起訴前」「お気持ちで司法歪める」と物議
日韓「元徴用工」問題とは。戦時中に何があったのか?第一人者が語った歴史と経緯
安倍の国葬反対!!
安倍晋三元首相「国葬」は9月下旬、日本武道館で 政府が調整
ウクライナ破壊は「途方もない間違い」 ロシア富豪が非難
「へいわをつかみたい ずっとポケットに」小学2年生が“平和の詩”沖縄『慰霊の日』
「毒ガスの痕 ヒロシマ ウサギ島の記憶」
日本は、なぜ、核兵器禁止条約締約国会議に参加しない??
核なき世界「ウィーン行動計画」を採択 核兵器禁止条約 締約国会議
ウィーン訪問した長崎の被爆者が評価も…核兵器禁止条約締約国会議の成果は?「ウィーン宣言」「行動計画」
核禁会議 届けた「ナガサキの声」 日本政府の姿勢 世界が注視
アメリカの圧力があるのだろう??
日本不参加、失望の声相次ぐ 核禁条約会議
戦前・戦後直後と同じ、トップは無責任!!
国が原発推進していて、事故があったら責任ないなんて全くおかしい??
226事件は憲兵隊も陸・海軍も事件が起る前から情報を得ていた。なぜ事件を止めなかった??
責任を全部下に押し付けるのはBC級戦犯裁判・226事件と酷似だ!!
「こんな判決出るとは」無念の原告 疲労と失望
何をやっているのかさっぱり分からない??
社説:日本版CDC 組織新設にとどめるな
専門家組織の国立感染症研究所と国立国際医療研究センターを一元化は、戦前の陸軍軍医学校と陸軍東一病院に「先祖帰り」かも
それまで原子力を利用していたものの脱原発を表明する国が現れ、米国で新規建設のプロジェクトがなくなるなど、世界各国の原発利用は停滞することとなりました。(資源エネルギー庁のHPより)
世界には、核実験、原爆、原発労働者、ウラン鉱山の採掘者等で被ばくした人はたくさんいる!!
それが、次世代・次々世代に影響するとなると大変な数になる!!反原発!!
被爆二世健診…43年目の真実~データが語る遺伝的影響と「ほしょう」を考える
東芝を沈めた原発事業「大誤算」の責任
今年(2022年)4月2日に開かれた日本医学会記念事業では、「過去の過ちに学ぶ」で、731部隊のことが取り上げられた。
https://jams.med.or.jp/jams120th/
731部隊に関しては、11.シンポジウム:未来への提言「4. 医療倫理・研究倫理の深化」のところで、以下のスライドが出てきて、わずかですが触れられます。
731部隊や関東軍の文書公開 ロシアが歴史問題で日本けん制か
台湾に現役防衛省職員派遣へ 今夏にも常駐 情報収集強化
日本の情報公開の現状!!
戦争では、何も解決しない!!即時停戦を!!
世界の食糧危機!!、世界の環境破壊!!生態系の激変!!貧困、虐殺、レイプ、人間不信!!
На войне ничего не решить! !! Немедленное прекращение огня! !!
Мировой продовольственный кризис! !! , Всемирное разрушение окружающей среды! !! Кардинальные изменения в экосистеме! !! Нищета, резня, насилие, человеконенавистничество! !!
У війні нічого не вирішиться! !! Негайне припинення вогню! !!
Світова продовольча криза! !! , Знищення навколишнього середовища світу! !! Різкі зміни в екосистемі! !! Бідність, бійня, зґвалтування, мізантропія! !!
Nothing will be solved in the war! !! Immediate ceasefire! !!
World food crisis! !! , World environmental destruction! !! A drastic change in the ecosystem! !! Poverty, slaughter, rape, misanthropy! !!
ウクライナ戦争とアフリカの食糧危機
ウクライナ戦争がアフリカの食糧危機を直撃する理由
ウクライナに平和を!!
日本は、戦争の反省をしているのだろうか??
過去最大の防衛予算 歯止めなき膨張許されぬ
記憶の継承を進める神奈川の会
関連パネル展
戦争を停止する道を探れないのか??
No War!!Stop War!!
Нет войне!!Стоп Война!!
国連はロシアのウクライナ侵攻をやめさせることに全力で取り組んでほしい!!
I want Japan, which has Article 9 of the Constitution, to move more positively toward a ceasefire !!
Я хочу, чтобы Япония, у которой есть статья 9 Конституции, более позитивно двигалась к прекращению огня !!
憲法9条を持つ日本はもっと停戦に向けて前向きに動いてほしい!!
War in the 21st century? ?? In the 21st century, a world without war!!
Война в 21 веке? ?? В 21 веке мир без войн!!
21世紀に戦争??21世紀こそ、戦争のない世界に!!
ウクライナ侵攻、10代の素朴な疑問 今の時代になんで戦争?
「議論自体ありえない」 安倍元首相「核共有」発言に被爆者ら批判
「生体実験命令を拒否した医学者・横山正松」
ビキニデーin高知
大元帥・現人神・昭和天皇と皇族の戦争責任を問う。
日本は戦争を起こしたことを全く謝罪しなくていいのだろか??
重慶無差別爆撃
昨年のパネル展
11月14日(日)~19日(金)
2021年 パネル展「731部隊 戦前・戦後の医学」アンケート
11月14日(日)
・偶然立ち寄ったのですが、貴重な資料が沢山あり、驚きました。もっと見たり、拡散したいです。
(50代、市内)
●細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?
731部隊全景
1930年代から1945年にかけて、中国東北部(旧満州)につくられた731部隊と100部隊は、人体実験を繰り返した細菌戦兄弟部隊。開発された細菌兵器は中国各地に撒かれ、多くの中国人民に深刻な被害をもたらしました。100部隊は関東軍軍馬防疫廠から出発した、軍馬の伝染病研究部隊ですが、謎の部隊で、獣医師・化学者達の戦争犯罪の実態が明らかにされてきませんでした。 細菌戦被害者を含めたアジア各国の戦争被害者や遺族は、現在も日本に責任を果たすよう補償を訴えていますが、日本政府は無視を続けています。 また、細菌戦部隊が戦犯免責と引き換えに研究データをアメリカに渡したことで、戦争犯罪に問われなかったことの影響はとても大きいのではないでしょうか。医学者が協力、設定した原爆被害者や公害・薬害被害者の「認定基準」は、多くの犠牲者を切り捨てるための基準となっています。医学者・獣医学者の犯罪は戦前・戦後を通じて続いているのです。 中国ハルピンの731部隊跡地は今、世界遺産に登録される方向にあります。日本が中国に造った部隊施設が、「なぜ世界遺産に値するのか?」過去を知らない人にとって、不思議に思うことかも知れません。外国からも多くの人が訪れる侵華日軍罪証陳列館、日本人はそこでどのような目で見られるのでしょうか。 中国長春では、偽満皇宮博物院内に、「100部隊」の新展示館が2018年12月に開館します。 「日本政府と日本市民には、歴史に関する記憶喪失がある」と国際的に批判されています。 日本人にとって、今、731部隊・100部隊展を行うことは、日本軍による人体実験や細菌戦の意味を考える絶好の機会となるのではないでしょうか。私たちは多くの次世代の若者にこの戦争加害の事実を伝えていきたいと考えています。 皆さま、どうか、あなたの住む地域やグループでこの「731部隊・100部隊展」を開いていただければと思います。連絡をお待ちしています。
― 731部隊・100部隊展 実行委員会 ―
731部隊のパネル(A2版)
1 序章 薬害エイズと731部隊
2 HIVとAIDS
3 薬害エイズ事件はなぜ起こったか
4 731部隊の影
5 第1章 731部隊の創設
6 「満州国」
7 部隊全景
8 731部隊の始まり
9 731部隊組織表(横向)
10 陸軍軍医学校防疫研究室と石井機関のネットワーク
11 第11回日本医学会総会と軍陣医学部会
12 第2章 「マルタ」
13 憲兵隊と「特移扱」
14 「マルタ」と「特移扱」
15 朱玉芬の父と叔父
16 第3章 731部隊の人体実験
17 ペスト(黒死病)
18 炭疽(Anthrax)
19 流行性出血熱
20 毒ガス実験 旧陸軍のアウシュビッツ
21 毒ガス野外実験
22 赤ん坊への凍傷実験
23 医学者たちの独走
24 人体実験が結ぶもの
25 細菌戦は行われた
26 ペストノミによる細菌戦
27 細菌の大量生産
28 第4章 731部隊の戦後
29 軍事裁判と戦後処理(横向)
30 細菌戦部隊医学者の戦後
31 細菌戦医学者の博士論文
32 陸上自衛隊の博士論文
33 第5章 731部隊を告発する
34 戦争の語り部 篠塚良雄
35 戦争の語り部 三尾 豊
36 家永教科書裁判第3次訴訟
37 軍医学校で発見された人骨
38 731部隊国家賠償請求裁判
39 細菌戦国家賠償請求裁判
40 終わりに 731部隊を世界遺産に
100部隊のパネル(A2版)
1 はじめに
2 「はじめに」
3 「日中戦争における人と馬」
4 「戦争とは」
5 「ジュネーブ議定書」
6 「731部隊」と「100部隊」
7 「侵華日軍第731部隊罪証陳列館」
8 「僞満皇宮博物院」
9 「日中15年戦争」
10 「植民地支配
11 「外地」での戦争犯罪
12 第1章 軍 馬
13 「軍馬:乗馬・駄馬・輓馬」
14 「軍馬の徴発」
15 「愛馬の見送り」
16 「軍馬の位」
17 「軍馬の改良」
18 「軍馬の名前」
19 「軍馬の訓練」
20 「テッチン」
21 「軍馬の世話・蹄手入れ」
22 「馬の寿命と病気」
23 「馬の伝染病」炭疽菌
24 「馬の伝染病」鼻疽菌
25 「馬学・獣医学の本」
26 「麻布連隊と白雪号」
27 「敗戦後の軍馬①」
28 「敗戦後の軍馬②」
29 第2章 100部隊
30 「細菌戦兄弟部隊」
31 「在満兵備充実ニ対スル意見 」
32 「関東軍軍馬防疫廠」
33 「100部隊所在地」
34「100部隊の隊長」
35 「100部隊の細菌研究」
36 「100部隊の細菌製造部」
37 「100部隊2部1科23号室」
38 「関特演」と「100部隊」
39 「三河夏季演習」
40 「細菌戦 第6科新設」
41 「100部隊での人体実験」
42 「人体実験の犠牲者数」
43 「アヘン・ヘロイン」
44 「陸軍獣医学校」
45 「100部隊」の終焉
46 「100部隊」敗戦後の犯罪
47 「ハバロフスク裁判」
48 第3章 現代の課題
49 「戦前・戦中の獣医」
50 「現代の獣医師養成」
51 「熊本サンクチュアリ」
52 「加計学園獣医学部」
53 「何故 四国に?」
54 「加計学園獣医学部」資料
55 「検証 加計疑惑」(A2版ではありません)
56 「100部隊」の亡霊
57 おわりに
58 「学習と謝罪」
59 「前事不忘」
60 「100部隊」の新研究
61 「100部隊」の新史料
62 「100部隊」の新展示
63 おわりに
(付録パネル) 1、細菌戦部隊の年表と戦後の流れ (A3版7枚) 2、細菌戦部隊の戦後 (A3版12枚)
3、元731部隊軍医と強制不妊手術 (A3版10枚)
5、タイトルパネル
1 日中戦争における人と馬 A3×11 2列 白地
2 日中戦争における人と馬 A4×11 2列 緑地
3 731部隊 A4×5 黄地
4 100部隊 A4×6 桃地
5 侵華日軍第731部隊罪証陳列館 A4×15 2列 黄地
6 偽満後宮博物院 A4×7 桃地
7 前事不忘後事之師 A4×8 青地 6、
軍馬補助パネル(付録)
1 馬術教範 B4×8 黄地
2 馬具解説 B4×9 表紙桃地1緑地8
3 馬事提要 B4×12 桃地
貸出要項(731部隊と100部隊野パネルを一緒に借りると16000円!!)
1、パネル(A2版)
①731部隊のパネル(40枚)・・・・・・・貸出料7日以内(10000円)
②100部隊のパネル(62枚と他1枚)・・・ 貸出料7日以内(10000円)
2、付録パネル
① 細菌戦部隊の年表と戦後の流れ
② 細菌戦部隊員の戦後
③ 元731部隊軍医少佐と強制不妊手術
④ 731部隊南方作戦出発直前集合写真、毒ガス訓練写真
⑤ タイトルパネル
⑥ 馬具補助パネル
※日数・規模に応じて、金額は相談に応じます。
※他に「731部隊のパネル」(内容はA2 版と同じ、A3版 40枚) と
「細菌戦パネル」(A3版 79枚)があります
3、模型・・・貸出料1台7日以内(10000円)
①生体解剖(62×82×高さ59)/cm
②凍傷実験(82×72×高さ58.5)/cm
③感染実験(77×74.5×高さ58.5)/cm ④毒ガス実験(90.5×75×高さ60)/㎝
※模型は、できましたら主催者団体が取りに来てください。
※模型は、1993年製のもので壊れやすいので、取扱に注意してください。
※送料は、主催者団体でご負担お願いします。
※もし、破損した場合には、修理費用のご負担をお願いします。保険への加入をお勧めします。
※お問い合わせは、080-4407-9554、nobu.goi@gmail.com
日本の中国東北侵略から91年
●『1931 満州鞍山守備兵 斉藤準太郎の日記』
二月二十四日
午前七時起床 晴 零下十二度 構内巡察あり ハルピン情景を書く
白系ロシア人の売笑婦の生活・・・。それはあまりにも内地では想像もできないであろうと思われる。
我々が長春あたりで見た闇の女の生活にも一驚するぐらいだもの。以下、実行談の聞いたまま、まずハルピンの色街を中折でもかぶって紳士然と歩いていると2階の窓や下の窓から おぼつかない日本語と支那語を一緒にして大きな声で叫ぶ「ニーヤ、ニーヤ、1発1円」人差し指1本大きく見せる。1発1円には思わず苦笑するそうだ。
軍都広島での物語
●原爆詩集
峠三吉
・・・一九四五年八月六日、広島に、九日、長崎に投下された原子爆弾によって命を奪われた人、また現在にいたるまで死の恐怖と苦痛にさいなまれつつある人、そして生きている限り憂悶と悲しみを消すよしもない人、さらに全世界の原子爆弾を憎悪する人々に捧ぐ。
墓標
積み捨てられた瓦とセメント屑
学校の倒れた門柱が半ばうずもれ
雨が降れば泥沼となるそのあたり
もう使えそうもない市営バラック住宅から
赤ン坊のなきごえが絶えぬその角に
●『細菌戦部隊』
731研究会編 1996年9月(核時代51年)初版発行
おわりに(731研究会/証言集編集委員会 越田稜)
本書に掲載された証言の数は合計24で、約半数は731部隊(関東軍防疫給水部)関係者の方々のものである。他に、731部隊の姉妹部隊であった北京・南京・広東そしてシンガポールに設置されていた陸軍各防疫給水部隊員と新京(現・長春)にあった関東軍軍馬防疫廠の隊員の証言や、またこれら細菌戦部隊のキーステーションとも言える陸軍軍医学校・防疫研究室(東京)に関わっていた方々の証言、さらには生体解剖に携わった軍医や看護婦の証言も含まれている。また各証言を補う意味もあって、編集委員会で、今日までに史実の上で明らかにされている範囲で「解説」を付した。併せてお読みいただければと思う。
●『論争731部隊』
松村高夫編
核時代49(1994)年4月発行
第1 本件検定経過について
2 検定意見の内容
この関連で、筆者として特に注目せざるを得ないのは、検定当局が、必ずしも原稿の示す命題それ自体を否定している訳ではないことである。否定するわけではないが、まだ全体像がはっきりしていないので、教科書に書くのは時機尚早だ、と言うことの様である。
●毒ガス戦
『毒ガス戦と日本軍』
吉見義明(2004年発行)
Ⅰ 第1次世界大戦の衝撃 1915―1930
1、毒ガス開発の開始
シベリア戦争(シベリア出兵)
毒ガス弾(15㎝榴弾砲・75㎜野砲)の発射試験は、愛知県伊良湖射場で1918年6月から8月にかけて3回行なわれ、9月17日の委員総会で、資源が豊富で「毒力強大」であるという理由で、臭素を填実(てんじつ)用毒ガスとして採用することが決定された(弾に詰めることを陸軍は填実と言った)。なお、略称として、塩化ベンジルは比重が軽いから「カ号」、臭素は重いから「オ号」と命名された(表1参照)。
しかし、開発された毒ガスの中には、ホスゲンもイペリットもジフェニールシアンアルシンもなく、第1次世界大戦で欧米諸国が到達したレベルと較べると、著しく見劣りするものであった。
海軍の相模海軍工廠跡を訪ねて(2022年4月9日)
日本は海軍も毒ガスを製造し、本土決戦に備えていた!!
海軍火薬廠の跡
岸本肇書
ここを正面に 40余万坪の地は海軍火薬廠の跡である。
同廠は明治38(1905)年日本政府と英国アームストロング ノーベル チルウォースの3会社との契約により設立された日本爆発物製造株式会社を大正8(1919)年海軍省が買収したものであって 爾来昭和20(1945)年まで日本海軍の火薬技術の中心として数多い功績を残すと共に 平塚市の発展と文化に多大な貢献をしたところである
ここにその事績を偲びこの碑を建てる
昭和49(1974)年秋日
海軍火薬廠跡の碑建立の会
水島英耀書
A事案区域内における土地改変時の対応について より
*A事案区域とは、環境省が平成 15 年に実施した<昭和 48 年の「旧軍毒ガス弾等の 全国調査」フォローアップ調査※1>において終戦時における旧軍の化学兵器に関連する情報を集約した結果を踏まえ設定したA事案(毒ガス弾等の存在に関する情報の確実性が高く、かつ、地域も特定されている事案)に該当する区域のことです。具体的には、以下の3区域となります(図1参照)。
①旧相模海軍工廠跡地(神奈川県寒川町内)
②旧相模海軍工廠化学実験部跡地(神奈川県平塚市内)
③ 旧陸軍習志野学校跡地(千葉県習志野市・船橋市内)
・『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店 1995年発行)
第12章 癒しがたい傷
毒ガスの焼却
服部忠さんの回想録を読むと、あたかも鉄のタンクが1つ又1つと海に沈んでいく情景を目の当たりに見、海のうめき声を聞くかのようである。日本は海に囲まれた国であり、海のふところの中で生きている国と言ってもよい。実のところ、この意味からいって、私達全人類はいずれも海のふところの中で生きているのである。「海」という字は、「水」「人」「母」の3つの字からできている。「海は人類の母」だと人々がよく口にするのもむべなるかな。海は生命をはぐくみ、万物を作り出して、人類に豊かな生活のよりどころを与える。人類は自分の母親に善良なるお返しをするべきではないのか?ところが、残念なことに、人類はしばしば自分の生み出した汚物の一部を母親に放り投げる。これは既に母親に対する最大の親不孝である。あれらの劇毒物質が海底に沈められた時には、疑いもなく人類の母の身に凶悪な腫瘍が加えられたのである。これは人類が自分に対して仕掛けた時限爆弾でもあり、その危険性は言わずとも明らかである。
核時代39年(1984年)5月初版発行
●『三光』 中国帰還者連絡会編
核時代39年(1984年)5月初版発行
日本鬼子(リーベンクイズ)
糧穀の略奪
(冷酷非情な取り立て)
引地 章(ひきじあきら)
警察署長 警正
(略歴)
学歴 高等小学校卒業
所属 旧満国 図們警察署
年齢 54歳
まもなく県公署の前が騒々しくなり、馬車や、大勢の農民たちの姿が見え、警備隊員がしきりに農民を追い払っている。農民たちはこの炎天に、バスにも乗らないで、今朝から40華里の道を歩いたり、交代で馬車に乗ったりしてきたのである。高粱笠をかぶり、単衣の白とも黒も見分けられぬ、ぼろ布を着て、裸足のもの、ぼろ靴を履いている者もあった。だが彼らの手には何もなかった。これは県城付近で、警備隊によって取り上げられていたのである。
やがて農民の代表として村長以下5名か、曲科長に案内されて入ってきた。李村長は中肉中背で60の坂を上回っていたが、頑丈そうながっちりとした体で、眼は不屈の光を放っていた。垂れ下がった長い髭はキリッとした顔とよく釣り合って、しっかりした感じを人々に与えていた。
●情報公開裁判
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?
『日本の国家機密』(現代評論社刊 1972年初版発行 )
藤井治夫著
第2篇 自衛隊の機密
第3章 防衛力整備
3 防衛基盤の整備
国家非常事態法制の確立
二次防閣議了解の意義を理解するための文献を指摘しておく。それは自民国防部会が二次防決定に圧力をかけるため61年5月29日にまとめた「防衛体制の確立についての党としての基本方針」である。これには「防衛力の充実」と並ぶ2本の柱として「防衛基盤の確立」がうたわれ、その具体策として、
①国民の防衛意識の高揚、
②国家安全保障会議の設立、強力な統合情報機構の新設、
③防諜法の制定、
④防衛産業の育成、
⑤民防衛体制の整備、
③基地問題の解決促進、
⑦国防省への昇格
があげられているこの方針の多くが数十日後に閣議了解のなかに盛りこまれることになるわけである。
●『BC兵器』久保綾三著(1969年)
Ⅲ 日本における生物・化学兵器の歩み
1、 生物・化学兵器の開発の歩み
恐るべき人体実験
また、昭和17年には次のような謀略行為を行った。
南京の俘虜収容所に収容されている中国人約3000人に対してチフス菌を注射器で注入した饅頭を食べさせた。
第643支部衛生兵であった古都が証言している。
(答)「饅頭は細菌で汚染した後、収容所に送り、そこで中国語を知っていた通訳春日がこれらの饅頭を中国軍の俘虜に食べさせるために配布した。そして中国軍の俘虜は、チフス及びパラチフスの流行を惹起するため、収容所から全員が出された。」
ベトナムで毒入りキャンディを米軍が配った事実が報道されたが、石井部隊は細菌で汚染したビスケットを配布したこともあった。
●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)吉田裕監修 2001年ピュリッツァー賞受賞
※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!!
戦後補償問題に国家無答責という天皇主権の明治憲法下の原則を適用するな!!
第1部 皇太子の教育
1901(明治34)年―1921 (大正10)年
第2章 天皇に育てる
Ⅲ
東洋の平和を確保するものは帝国を措いて他にこれあらざればなり。而して帝国が前に清国に対し、後に露国に対して干戈(かんか)を執らるを得ざるに至りしは其の原因実に韓国にありしを以て、帝国は永遠に此の禍根を絶たざるべからずとし、37年戦役(日露戦争)の開かるゝと共に一種の条約を締結し、韓国をして帝国に信頼して其の忠言を聴かしむるを約せしが、38年に至り更に新協約を結び、韓国の外交権を帝国に収め(すなわち外交権の剥奪)、統監を京城に置きて之を管理せしむることとせり。