細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか? | 「731・100部隊展」

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記憶の継承を進める神奈川の会

 

 

●細菌戦部隊(731部隊と100部隊)パネル展を開催しませんか?
 ※展示会の前後は搬入・搬出のため、ご利用できません

 

 

 

          731部隊全景

 

  
        100部隊の煙突


1930年代から1945年にかけて、中国東北部(旧満州)につくられた731部隊と100部隊は、人体実験を繰り返した細菌戦兄弟部隊。開発された細菌兵器は中国各地に撒かれ、多くの中国人民に深刻な被害をもたらしました。100部隊は関東軍軍馬防疫廠から出発した、軍馬の伝染病研究部隊ですが、謎の部隊で、獣医師・化学者達の戦争犯罪の実態が明らかにされてきませんでした。 細菌戦被害者を含めたアジア各国の戦争被害者や遺族は、現在も日本に責任を果たすよう補償を訴えていますが、日本政府は無視を続けています。 また、細菌戦部隊が戦犯免責と引き換えに研究データをアメリカに渡したことで、戦争犯罪に問われなかったことの影響はとても大きいのではないでしょうか。医学者が協力、設定した原爆被害者や公害・薬害被害者の「認定基準」は、多くの犠牲者を切り捨てるための基準となっています。医学者・獣医学者の犯罪は戦前・戦後を通じて続いているのです。 中国ハルピンの731部隊跡地は今、世界遺産に登録される方向にあります。日本が中国に造った部隊施設が、「なぜ世界遺産に値するのか?」過去を知らない人にとって、不思議に思うことかも知れません。外国からも多くの人が訪れる侵華日軍罪証陳列館、日本人はそこでどのような目で見られるのでしょうか。 中国長春では、偽満皇宮博物院内に、「100部隊」の新展示館が2018年12月に開館します。 「日本政府と日本市民には、歴史に関する記憶喪失がある」と国際的に批判されています。 日本人にとって、今、731部隊・100部隊展を行うことは、日本軍による人体実験や細菌戦の意味を考える絶好の機会となるのではないでしょうか。私たちは多くの次世代の若者にこの戦争加害の事実を伝えていきたいと考えています。 皆さま、どうか、あなたの住む地域やグループでこの「731部隊・100部隊展」を開いていただければと思います。連絡をお待ちしています。

    ― 731部隊・100部隊展 実行委員会 ―


 731部隊のパネル(A2版) 

1 序章 薬害エイズと731部隊 

2 HIVとAIDS 

3 薬害エイズ事件はなぜ起こったか 

4 731部隊の影 

5 第1章 731部隊の創設 

6 「満州国」

7 部隊全景

                  

 

8 731部隊の始まり 

9 731部隊組織表(横向)

10 陸軍軍医学校防疫研究室と石井機関のネットワーク

11 第11回日本医学会総会と軍陣医学部会 

12 第2章 「マルタ」 

13 憲兵隊と「特移扱」 

14 「マルタ」と「特移扱」 

15 朱玉芬の父と叔父 

16 第3章 731部隊の人体実験     

17 ペスト(黒死病) 

18 炭疽(Anthrax) 

19 流行性出血熱 

20 毒ガス実験 旧陸軍のアウシュビッツ 

21 毒ガス野外実験 

22 赤ん坊への凍傷実験

23 医学者たちの独走 

24 人体実験が結ぶもの 

25 細菌戦は行われた 

26 ペストノミによる細菌戦 

27 細菌の大量生産 

28 第4章 731部隊の戦後 

29 軍事裁判と戦後処理(横向) 

30 細菌戦部隊医学者の戦後 

31 細菌戦医学者の博士論文

 

 

32 陸上自衛隊の博士論文

33 第5章 731部隊を告発する 

34 戦争の語り部 篠塚良雄

 35 戦争の語り部 三尾 豊 

36 家永教科書裁判第3次訴訟 

37 軍医学校で発見された人骨

 38 731部隊国家賠償請求裁判 

39 細菌戦国家賠償請求裁判 

40 終わりに 731部隊を世界遺産に

 

 100部隊のパネル(A2版)

1 はじめに 

2 「はじめに」 

3 「日中戦争における人と馬」 

4 「戦争とは」 

5 「ジュネーブ議定書」 

6 「731部隊」と「100部隊」 

7 「侵華日軍第731部隊罪証陳列館」 

8 「僞満皇宮博物院」 

9 「日中15年戦争」 

10 「植民地支配

  

11 「外地」での戦争犯罪 

12 第1章 軍 馬

13 「軍馬:乗馬・駄馬・輓馬」 

14 「軍馬の徴発」 

15 「愛馬の見送り」 

16 「軍馬の位」 

17 「軍馬の改良」 

18 「軍馬の名前」 

19 「軍馬の訓練」 

20 「テッチン」 

21 「軍馬の世話・蹄手入れ」 

22 「馬の寿命と病気」 

23 「馬の伝染病」炭疽菌 

24 「馬の伝染病」鼻疽菌 

25 「馬学・獣医学の本」 

26 「麻布連隊と白雪号」

  

  
27 「敗戦後の軍馬①」

28 「敗戦後の軍馬②」

 29 第2章 100部隊 

30 「細菌戦兄弟部隊」 

31 「在満兵備充実ニ対スル意見 」 

32 「関東軍軍馬防疫廠」 

33 「100部隊所在地」

 

34「100部隊の隊長」 

35 「100部隊の細菌研究」

36 「100部隊の細菌製造部」 

37 「100部隊2部1科23号室」 

38 「関特演」と「100部隊」 

39 「三河夏季演習」 

40 「細菌戦 第6科新設」 

41 「100部隊での人体実験」 

42 「人体実験の犠牲者数」 

43 「アヘン・ヘロイン」 

44 「陸軍獣医学校」 

45 「100部隊」の終焉 

  

46 「100部隊」敗戦後の犯罪 

47 「ハバロフスク裁判」 

48 第3章 現代の課題

49 「戦前・戦中の獣医」 

50 「現代の獣医師養成」 

51 「熊本サンクチュアリ」 

52 「加計学園獣医学部」 

53 「何故 四国に?」 

54 「加計学園獣医学部」資料 

55 「検証 加計疑惑」(A2版ではありません) 

56 「100部隊」の亡霊

57 おわりに

  

58 「学習と謝罪」

59 「前事不忘」 

60 「100部隊」の新研究 

61 「100部隊」の新史料

 

  

 

62 「100部隊」の新展示

 63 おわりに 

 

 

(付録パネル) 1、細菌戦部隊の年表と戦後の流れ (A3版7枚)  2、細菌戦部隊の戦後 (A3版12枚) 3、元731部隊軍医と強制不妊手術 (A3版10枚) 

4、731部隊南方作戦出発直前集合写真、                             毒ガス訓練写真

   

5、タイトルパネル 

1 日中戦争における人と馬 A3×11 2列 白地 

2 日中戦争における人と馬 A4×11 2列 緑地 

3 731部隊 A4×5 黄地 

4 100部隊 A4×6 桃地 

5 侵華日軍第731部隊罪証陳列館 A4×15 2列 黄地 

6 偽満後宮博物院 A4×7 桃地 

7 前事不忘後事之師 A4×8 青地 6、

 

軍馬補助パネル(付録)

1 馬術教範 B4×8 黄地 

2 馬具解説 B4×9 表紙桃地1緑地8 

3 馬事提要 B4×12 桃地  

 

貸出要項(731部隊と100部隊野パネルを一緒に借りると16000円!!) 

1、パネル(A2版) 

①731部隊のパネル(40枚)・・・・・・・貸出料7日以内(10000円) 

②100部隊のパネル(62枚と他1枚)・・・ 貸出料7日以内(10000円)

 

 2、付録パネル 

① 細菌戦部隊の年表と戦後の流れ 

② 細菌戦部隊員の戦後                   
③ 元731部隊軍医少佐と強制不妊手術 

④ 731部隊南方作戦出発直前集合写真、毒ガス訓練写真 

⑤ タイトルパネル

⑥ 馬具補助パネル

 

  

 


 

 

※日数・規模に応じて、金額は相談に応じます。 
※他に「731部隊のパネル」(内容はA2 版と同じ、A3版 40枚) と

「細菌戦パネル」(A3版 79枚)があります

 

。   

3、模型・・・貸出料1台7日以内(10000円)

①生体解剖(62×82×高さ59)/cm 

②凍傷実験(82×72×高さ58.5)/cm 

③感染実験(77×74.5×高さ58.5)/cm ④毒ガス実験(90.5×75×高さ60)/㎝ 

 

 

 

※模型は、できましたら主催者団体が取りに来てください。 

※模型は、1993年製のもので壊れやすいので、取扱に注意してください。 

※送料は、主催者団体でご負担お願いします。 

※もし、破損した場合には、修理費用のご負担をお願いします。保険への加入をお勧めします。 

※お問い合わせは、080-4407-9554、nobu51@jcom.zaq.ne.jp

 

●『1931 満州鞍山守備兵 斉藤準太郎の日記』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一月十五日

夜明―晴 風あり零下十度 駅連絡三度 杉浦他二名 遼陽 張台子巡察あり 早くも十五日だ
「正月を 飛んで暮らすよ 羽の音」「過ぎた声 振りかえる暇な カルタ取り」

午前十時下番非常に暖か―二三日前から甘い物故で少々腹こわし ご飯の食べられないのは閉口だ 雑役だ 巡察だ やれお風呂だなんて言うて飛び回る者を尻目に午後六時半至夢の国 後一日で中隊に帰還だ 早一週間? このカミソリは誰が使用した? 磁石はどうした? 洗濯物は? なんとありもしない虚勢で気合をかける。

 

●パネル展「戦争の加害」感想(2020年7月27日~31日)

 2020年7月27日(月)

2、毎年お邪魔しています。どこの国でもあったということを逆にとらえる人が多すぎて困っていますね。どこでも起こり得て、今の各地の紛争地で行われているから戦争はゼッタイにいけないんです。

 

慰安婦問題には直接関わっているのですが、徴用工問題にしても、当時の日本人(まだましだった!?)の問題であり、今の「生活保護を受ける」として「風俗行け」と言われた日本人女性の問題であり、今の外国人労働者と多少のましなだけのブラック企業に勤める日本人の問題なんです。ここで書いてもしょうがないのですが、若い方々こそこの繋がっている事実に気が付いてほしいです。(不明、50代、町田市、チラシ、友人、週刊金曜日)

 

 

●映画「ひろしま」アンケート(1月13日 横浜)

( )は性別・年代・住まい・情報

82、戦後育ちですが身近に戦争のことは、両親より聞いて育ちました。平成・令和となり、戦争のヒサンさが忘れ去られてきています。是非とも若い人達にこの映画を見る機会を増やして欲しいと思いました。日本も近頃は海外派遣し、徐々に世界がキナ臭くなってきています。平和の命の大切さを1人でも理解してもらえるよう頑張って運動を続けて下さい。私も子ども・孫達に少しでも伝えていきたいと思います。

(男性・60代・市内・朝日新聞)

 

 

 

 

 

日本は、日中戦争で国際法に違反して、細菌戦、毒ガス戦、無差別爆撃を行った。日本政府は、この事実をきちんと認めていない!!


●細菌戦
【真相】(unit731)

・『石井細菌戦部隊―極秘任務を遂行した隊員たちの証言』
郡司陽子編(1982年11月30日初刷:徳間書店)

 

V 私は中国軍の捕虜だった

ー総務部調査課翻訳(情報)班 H・M

 

われ、ハルピンを脱出せず

 

 

昭和24年10月1日、毛沢東を主席とする中華人民共和国が成立した。
 過去の経歴よりも医者としての腕が必要であった時代は終わりつつあった。私は、いずれ私の元731部隊員であった過去が問われる時が来ることを、密かに覚悟していた。
 私が731部隊にいたことを知っている日本人は、まだ多勢、ハルピンに住んでいた。万一誰かが私のことを当局に密告したら、経歴のやましさを故意に隠していたと思われても仕方がなかった。

 

 

 

 

・『証言 人体実験(731部隊とその周辺)』


中央档案館、中国第2歴史档案館、吉林省社会科学院編
江田憲治、兒嶋俊郎、松村高夫編訳

三 警察・憲兵の第731部隊への「特移扱」 

 

 

藤本吉一供述書(1954年10月4日)

問:関東司令部警務部第2課積極防諜室で働いていた時期に、どんな犯罪行為を犯したか。

答:1939年12月から40年11月までの間に、森本主任の命令で、命令の起草、伝達を受け持ち、東安、牡丹江などの各憲兵隊に指示して、前後して逮捕した約40名の抗日工作員を、石井部隊に送って、細菌実験材料とした。

(1)119-2、1047、1、第4号)

   

 

●毒ガス戦

・『日本軍の毒ガス兵器』  松野誠也著
第1章 毒ガス兵器の研究と開発

4 対ソ戦を想定した毒ガス兵器開発と人体実験

 

アジア太平洋戦争直前の状況

 

 実験は、1941917~19日に愛知県伊良湖射場で行われ、日本軍の主力戦車である97式中戦車(チハ車)とソ連軍戦車(BT戦車。ノモンハン事件で捕獲したBT5型中戦車かBT7型中戦車と思われる)に対して3種類の75ミリ「ちや弾」を射撃したところ、97式中戦車では砲塔や操縦席前面に命中して車内に青酸の液滴が侵入した場合は「操縦者に対して麻痺以上の効果を呈す」という作用をもたらし、BT戦車の場合では「操縦者のみならず射手〔機関銃の射手〕に対しても麻痺以上の効果を呈せる場合あり」としており、これら青酸弾の対戦車効力は「ちび」より劣ることを確認している(陸軍技術本部第1研究所「陸技壹弾要報第45号 対戦車用特殊弾機能効力試験要領」)この実験では、「操縦者」・「射手」が麻痺したりそれ以上のの作用があったとしているので、動物実験ではなく、実際に〈人〉を戦車に乗せて行われた実験である可能性が高いと思われる。

 

 

・『日本の中国侵略と毒ガス兵器』 歩平著(山邊悠喜子、宮崎教四郎訳)明石書店 1995年発行)

第13章

毒ガスは消えず

埋めるー中国の毒ガス弾に対する処理

 

 

埋める方法について、文書では次のように述べている。

(1)冬季に泥沼が凍って車や馬が通行できるときにときに行う。

(2)爆薬で6m以上の深い穴を開ける。砲弾を埋める量は制限しない。砲弾の上に5mの土をかけるが、かけた土が地面より高くなってはならない。

 

 

 

 

 

 

 

日本軍の毒ガス戦と遺棄毒ガス問題

 

●『三光』     中国帰還者連絡会編
日本鬼子(リーベンクイズ)

 

焼け火箸ー拷問の挙句に斬首

佐藤五郎
分隊員 上等兵

(旧部隊名)第59師団第109大隊

 

「この野郎」持ち替えた火箸は下腹部を焼いた。ジュー、ジュー、また煙が上がった。煙と悪臭に酔った梅田はニタリろ笑い、何回となく繰り返した。腹は赤黒色の斑点に変わった。吊るされた腕の筋肉を固くはると、木にこすりつけるように体を前後に大きく振った。木の枝ががさがさと音を立てた。梅田は火箸を持ったが前に出ることができず、重心を後ろにかけている。また火箸を当てんとしたとき、中年の男の左足はさっと横に振られた。梅田の持った火箸は地面に落ちた。梅田の肘を蹴り飛ばしたのだ。火箸を落とした梅田は歯ぎしりしながら、体を後ろに引き、左右に振るような格好で慌てだした。

 

 

 

日本の毒ガス
 

 

●情報公開裁判
なぜここまでして、国は衛生学校や化学学校で作っていた機関誌を公開しないのだろうか?

・731部隊関連の「情報公開裁判」に関する報告

和田千代子(731細菌戦部隊の実態を明らかにする会事務局長)

第4 私達の情報公開裁判闘争の目的

こうしたは背景の下で、既に1960年代の自衛隊の中では、「CBR(Chemicai,Biological,Radioactive 化学・生物・放射能)戦」を準備することの重要性が公然と強調されていました(この点は、冒頭に紹介した奈須さんの「衛生学校における生物戦隊の創設とその挫折?」に詳しいので是非ご参照ください)。

 

 

 

 

●『BC兵器』久保綾三著(1969年)
※以下の記述から、自衛隊では、いま世界で流行している新型コロナウィルスなどの生物兵器の研究も大分以前からやっているといるのではないかと思われる。


Ⅲ 日本における生物・化学兵器の歩み

 

2、 生物・化学兵器の種類と特性

生物兵器の種類・使用方法

生物剤が兵器として有効であるための条件は、①死亡率が高く、使用する側には容易な防御法があること、②感染率、伝播性が大であること、③生産に当たっては、経済的に安価であり貯蔵、運搬が容易であること、④砲弾等に併用した場合でも安定であり、また、使用方法が簡単であること。

などが挙げられている。兵物兵器は、他の兵器に比べて全く異なった特性を持つものである。主な特性は、①検知困難、②潜伏期、③繁殖性、④伝播性、⑤秘匿性に富む、⑥生産が容易などである。

 

 

 

 

 



●昭和天皇の戦争責任を問う!!

天皇万歳に浮かれる無責任国家  田中利幸より

重要なことは、アメリカが、日本占領支配のために、裕仁の戦争責任を隠蔽してまでも、彼の天皇としての「権威」を政治的に利用したことである。つまり、私たちが本当に問わなければならないのは、「絶対的権力を保持していた国家元首の戦争犯罪・責任の免罪・免罪の上に制定された民主憲法が、果たしてどこまで真に民主主義的であるのか?」ということである。

 

 

 

 


 

●昭和天皇(ハーバード・ピックス著『昭和天皇』より)

吉田裕監修 

 

2001年ピュリッツァー賞受賞

 

 

 


※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!!

戦後補償問題に国家無答責という天皇主権の明治憲法下の原則を適用するな!!
  

     


 

第13章 遅すぎた降伏

脅威が国内の共産主義者―近衛にとって、それは主に統制派内にいる左翼過激分子を意味していた―から来るものであろうと、「敵米英の媾和最悪条件」から来るものであろうと、いずれの敵も日本を共産化させる一方で、天皇制を維持しようとするものであるというとのが近衛の推測だった。