生活安全課は賭博、風俗、土地関連違法捜査、警備業の管理監督、銃刀法捜査など多岐に渡る任務を受け持っている。いわば捜査一課~三課、そして組織犯罪対策の受け持つ任務以外を担当する「なんでも屋」とも言える。

いうなれば市民に最も近い部署であり、地元密着なのだ。

故に組織犯罪対策部とは性質は異なるものの、犯罪組織や華僑に対する情報が集まってくる。

数年前、中国人マフィア同士の抗争の際、使われた凶器は「青龍刀」である特徴から犯人を特定したのも、所轄の生活安全課の働きによるところが大きかった。

華僑は日本人が考えるよりも広く密接なネットワークを持っており、管轄外に住む犯人に対する情報も入る可能性が非常に高い。

世田谷署刑事課の山下は、同署生活安全課の津山と供に聞き込みを続け、そして今は、中国人エステ店を経営する湖瑛平のもとへ来ていた。


「ヤア。津山サンじゃないですか。

 そちらの方は始めましてデスね。」

「始めまして、世田谷刑事課の山下です。」


あ~始めましテ。湖は山下に満面の笑みを浮かべ握手求める。

山下は腹芸と承知しながらも同じく笑みを浮かべて握手を返した。

湖は山下の反応に満足そうな顔を浮かべると、視線をまっすぐ山下に向ける。


「ところで、刑事課って・・・。

 津山サンとチガイますネ。」


やはり曲者か・・・。

そうなると日頃から付き合いのある津山に全て任せた方がスムーズに話が進むと判断した山下は、津山に顔を向ける。

承知した様子の津山は柔和な声で湖に話しかける。


「マスター、今日は刑事課で聞きたい事があって来たんだよ。

 俺の方がマスターの事を知ってるからね、手伝いの様なもんさ。」

「ヘエ。そうですか。

 良いですよ、私なんでもイイマス。

 いつも協力的でしょ津山サン。」

「はは、そうだな。

 だから俺も優しいだろ?」


湖は肩をすくめると、津山サンは怖いヨ。とおどけて見せる。


「マスター、ミカジメ料は月に5万で、内3万が『天道幇』だったよな。」


湖の顔から笑顔が消え、声が一気に沈む。

『天道幇』は中国人マフィアの組織名である。裏社会にかかわる者にとっては恐怖の対象であり、それは湖にとっても変わることはない。


「そうです。後2万は地元のヤクザに払ってマス。

 でもなにですか?私はお金を払ってるだけで『天道幇』の一員じゃないですヨ。」

「落ち着けよマスター。

 俺は優しいって言ってるじゃないか。なあ。

 だから、お前さんがデリヘルまで商売を広げたことは連中は知らないんだぜ。」


湖の顔はもはや蒼白である。視線はもはや地の底を望むように落ち込み肩が細かく震えている。


「津山サン・・・。」

「だからさ、落ち着けよ。

 聞きたいことに応えてくれれば良いし、別に『天道幇』に恨まれるような事を話せって言ってるんじゃないんだよ。」

「一体なんですカ・・・。」

「『天道幇』の中、もしくは知り合いで、拷問に詳しい奴なんて知っているかい?」

「・・・拷問ですか。

 人を痛めつけるのが好きな奴なんてゴロゴロいるしネ。」

「なんでも良いんだよ。

 拷問でなくても、凄腕の『殺手』の話などないか?」


『殺手』とは殺し屋である。大陸系マフィアの場合、殺手に選ばれる者は中国拳法を経験している者が多く、人体の急所を熟知している者が多い。


「『殺手』なんて余計知らないヨ。

 うん、待って。

 そういえば、面白い話きいたヨ。」

「面白い話?」

「そう、『鬼』を見たんだって。」

『狼男』の痕跡らしき物が発見された。

その報は捜査本部を沸かせ、各捜査員の体内に蓄積されていた疲労をわずかながらも軽減させた。

そして室田はまずはその靴の特定および流通ルートの特定に全捜査員の三分の一をつぎ込む事を決める。

多角的な視点で捜査を行うが、事件解決の糸口と思われるポイントには一気呵成に捜査員を集中させる。

それが木戸の方針である。

広く浅く裏付けをとるより、集中して早期に結果を出すためだ。

各捜査員の特性を考慮し、再度担当を割り振りを行い、指示を出し終わると、木戸は世田谷署の婦人警官のいれたコーヒーをゆっくり口にする。

さて、次はどうするか・・・。

現在、中国系・大陸系の近隣住民に拷問を使う人間についての聞き込みを行わせているが、どうやら芳しくないようだ。


「所轄の生活安全課に協力を依頼しろ。

 繁華街のマフィアなら彼らの方が顔が効くだろう。」

「いいんですか。

 上はうちのマル暴で対応させるように言っているんでしょう?」


室田の発言に警視庁捜査一課強行犯七係係長の鬼頭が心配そうに応える。

マル暴は「捜査四課暴力団対策課」の略である。「四課」自体は、昨今の暴力団の組織化や国際化などもあり、生活安全部の銃器対策課などと統合され、現在は「組織犯罪対策部」となっているが、主たる業務は暴力団対策の為、今でもマル暴と呼ばれている。


「本店がなんて言ってくるかわかりませんよ。」

「かまわん、責任はおれが取る。

 今は少しでも早急に事件解決を目指すことが一番だ。」

「・・・分かりました。」


現場の事は現場の人間にしか分からない。

そして人間関係はたとえ犯罪者と警官であっても長年と信頼関係から生まれるのだ。

室田は所轄の生活安全課が築き上げた信頼関係を信じることにした。

そして、それは一つの結果を生み出すことになる。

長い間、誰も立ち入ることもなく放置されていた状態であった屋上は、その隅は苔の絨毯の様になっていた。

その苔の絨毯の中に、靴跡はあった。

靴の裏の形に剥がれている苔の様子を見てみると、まだ湿っているようだ。

素人の眼でみてもこの靴跡は新しい物であることがすぐ分かる。


「普段この場所は鍵がかかっているんで、人の出入りは全く無いです。」

「このアパートができて、今まで全く人が入らなかった訳ではないでしょう?」

「まあ、そりゃそうですけど。」

「最後にこの場所に人が入ったのは、いつ頃ですか?」

「え~、1年程前、インターネットの回線を全世帯に導入するために、業者が立ち入っていったくらいですよ。」


岩崎はアパートの管理人から事情聴取を行い、室田は他の場所で作業を行っている鑑識の状況確認と、アパートの住人から証言を取る為の準備を行っていた。

アパートの部屋は10部屋。

内、一部屋は空部屋で3部屋は留守であった。

これからしらみつぶしに証言を取っていく、まずは靴跡が発見されたすぐ下の部屋にすんでいる住人からだな。

聞き込みの手順や質問事項を整理していると木ノ下が声を掛けてきた。


「やあ、室田。」

「あっ、木ノ下さん。お疲れ様です。」


木ノ下は巡査部長、室田は警部補であり、立場は室田が上である。階級が全てである警察では本来、木ノ下が敬語を使うべきだが、実は警察にはもう一つ階級と言える物がある。

それは警察学校の卒業期である。現場においては期別が階級より強いケースがあるのだ。

本庁が所轄をないがしろにすることが無いわけではないが、それでも年長者に対する気配りや現場に対する気配りは捜査を円滑に進める為にも重要になる。

それに室田は、木ノ下の経験と人柄を尊敬していた。


「うちの若いモンが見つけた靴跡な、市販の靴じゃなさそうだな。」

「・・・、といいますと?」

「多分、軍靴だ。」

「軍靴?」

「以前、エセ右翼のガキが起こした障害事件を現場検証した際に、そいつが履いていた靴底に似てるんだよ。

 まあ、ちゃんと検証しないとはっきりとは言えんがな。」


ミリタリーブーツはネットや専門店でも手に入る。

だが、スニーカーやシューズ等に比べればだいぶ流通ルートは限られるだろう。

そしてもう一つの思いが浮かぶ。

ヨシさんの証言に出てきた『降ってくる』という証言。着地の技術がある者ではないかという自分の考えは当たっているかもしれない。