公安といえど、さまざま組織がある。

公安調査庁の公安、警察庁の公安、各都道府県警の公安、防衛省情報本部、内閣情報調査室などひとつの組織では無い。

だが、その役割として諜報活動、情報分析や調査が関わることは共通している。

そして、それは同じ警察組織内に存在しながら「刑事警察」と「公安警察」ではその仕事ぶりには大きな違いとなって現れる。

おおざっぱにいえば、刑事警察は事件が発生後に捜査を開始し、容疑が固まれば逮捕して容疑者を取り調べる。いわば市民の安全を守ることが仕事である。

これに対して、公安警察の使命は国家の秩序と安全を守る事。つまり、反政府運動といった国家の安全を脅かす可能性のある団体や個人について、徹底的に調査することが、公安警察警察の中心的な仕事なのである。

ただ、公安の捜査では『菅生事件』の様なフレームアップ(でっち上げ)の捜査方法もあり、刑事警察とは決して協力的な関係では無い。

その公安警察の捜査員達が新しく捜査本部管理官に就任した吉井と共に赴任して来た。

しかし、捜査員の名前や階級は明かされず、刑事警察の捜査員と共に行動はしない。


「ちっ。金食い虫の連中めらが。

 影に隠れて動くだけならまだしも、生意気に光のあたる場所に出てきやがって。」


ベテランである山下は特に公安に対する反感が強いようだ。

公安捜査員の姿が見える度に悪態を吐く。


「それにしても、なんか妙にガタイの良い奴らが混ざってませんか?」


工藤が公安捜査員に眼を配る。

確かにスーツの下には鍛えこまれた筋肉が包まれているようだ。

刑事の持つ臭いとは違う別の臭いを身体に纏っているもの達、そう見える。


「そうっすね。

 どちらかと言えば、軍人みたいっすね。」


岩崎が同じ方向を見やって応える。

軍人ね・・・、確かにそう見えるな。室田も内心で同意する。


「公安と軍人の組み合わせなんて、ぞっとしませんね。」

「杉浦、お前若いのに老けた物言いするんだな。」

「そんな、事いわないで下さいよ工藤さん!」


公安部が介入しているが、今のところ捜査本部内は落ち着いているようだ。

だが公安のねらいがはっきりしない今、うかつなことを刑事仲間に言うことは出来ない。

室田はしばしの間、孤独の中で事件の捜査、そして公安のもくろみを暴くべく決意をあらたにした。

しばらくの沈黙を破ったのは木戸であった。


「それは、恐ろしい考えだな・・・。

 その根拠はなんだ?」

「公安が表舞台に出てきたことです。

 刑事警察の捜査本部に指揮官として出張るなんて、極秘主義の上に自尊心の権化である公安がやることじゃないでしょう。

 よほど自信があるか、犯人について何か掴んでいる・・・。そう思えてなりません。」

「・・・。

 そんな考えなぞ根拠にもなんにもなりはせん。

 予想の範囲を超えていない!

 言っているだろう、予想や勘というものは捜査中の情報をもとに行うべきであって、始めに予想や勘から捜査を行うべきではない!

 貴様はそんな事も忘れたのか!」

「それは、承知しています。

 しかし今回の件はあまりにきな臭すぎる!

 木戸警視が本部を外されたのも山下さんが『鬼』の話を仕入れた直後です。公安がこれ以上刑事部に捜査をリードされないよう調整するために画策したんじゃないですか!?」

「もういい!!やめろ!」



木戸が振り上げた拳をテーブルに叩きつけた。



「先輩・・・。」

「室田、俺は上からヘマをやった人間と判断された。

 それで警察庁の警備局長経由で移動命令が下された。

 それだけだ。」

「警備局長・・・。」

「今日は、帰れ。

 そして捜査を続けろ。

 いいな。」



今度はゆっくりと飲みたいな。帰り際に木戸は室田にそういうと少し疲れた表情を浮かべて笑った。

ありがとう木戸先輩・・・。室田は心の中で感謝を重ねる。

警備局長とは簡単に言えば全ての公安警察のトップである。

刑事警察は各都道府県警本部が直接指揮をとり、警察庁が現場指揮を執ることはないが、警視庁公安部を含む公安部門は警察庁警備局が直接指揮をとる。

そしてその警備局のトップが警備局長なのだ。

逆を言えば、警備局長が刑事警察の捜査方針や人事に介入することは出来ない。

今回の件が、公安が警察庁長官を通して行った事になる。

何の根拠もなく公安といえど長官を使ってまで刑事警察に介入することは無い。自分の考えは間違っていなかった、そう確信できた瞬間であった。

だがそれと同時に木戸の立場は今日さらに厳しくなっただろう。

恐らく裏取引を持ちかけられただろう木戸は、その潔白な性格か取引を拒否したはずだ、そんな木戸を公安がほおって措くはずがない。

盗聴されているはずだ。それなのに自分に情報をくれた木戸の気持ちを不意にしてはいけない。



「必ず、ホシを上げて見せます。

 デカとして・・・。」



室田は木戸の家へ振り返ると敬礼をした。

今度は私も混ぜてね。ヨシノは配膳を終えるとわざと夫に聞こえるように言い、部屋を後にした。
妻に家を守ってもらうというのはこういうことかと、室田は思う。
夫、いや男は得てして一つの分野や役割でしか、仕事をすることができない。
だから夫という役割をまっとうする事が苦手なのだ。
だからこそ、妻に自分の足りない分を補ってもらうことで、家を守ってもらっている。
ヨシノの自然な軽口や態度は、そのことを嫌みなく感じとらせる。

「全くアイツは…。
まぁ、食え。」
「はい。いただきます。」

ぶり大根、里芋の煮物、ほうれん草のごま和え、みそ汁と飯が湯気をあげている。
二人はしばらく他愛の無い話をしながら食事を楽しんだ。
そして、食事が終わるころ…。

「で…。聞きたいのは、今回の公安の介入のことか。」

木戸の視線が鋭くなる。職務中のクレバーな姿がそこには有った。

「今回の木戸管理官の解任はあまりに理不尽です。それに、タイミングがおかしい。
何かあると考えるのが普通です。」
「…。」
「それに、以前に公安から捜査の情報提供を求められたそうですね。
普段、手前勝手に刑事部の仕事に入り込んでくる連中が、随分殊勝じゃないですか。
始めから、情報提供を拒否されることを計算して、それを理由に捜査本部に不手際があったと騒ぐつもりだった…。
だとすると、随分と手が込んでいる。」

木戸は、何も話さない。
室田の話をただ聞いている。

「私は、公安が自分自身の存在価値を高める為に今回の事件を利用していると考えています。
ただ、もうひとつ恐ろしい考えが浮かんでいるんです。」
「…。」
「公安は、犯人を知っている…。」