室田と岩崎のコンビは、軍靴の流出ルートの洗い出しを指示されていた。
自分の靴を磨り減らして、靴の流出ルートを探るなんてちょっとした皮肉ですね。とは岩崎の発言だ。
軍靴を製造したメーカーは特定でき、そこの営業担当から販売先の情報を得ている。

どうやら、問題の靴は2年前に靴底を改良したらしく、今回発見されたものは改良後のものであった。


「2年前から販売されていた先だけに絞られたとは言え、こうしてリストをみると、結構幅広く販売しているんですね。

 ネットで直売してる分は顧客データで確認出来ますけど、小売に卸している分は一体どこまで潰していきゃあいいのか・・・。」

「一番、数多く販売している先を潰せばいいのさ。」

「えっ、と言うと。」

「自衛隊、第一空挺団。」


岩崎は生唾と飲む。

今回、靴底の型から、狼男が履いていたのが空挺靴で在る事が確認できた。

当たり前の事であるが、もっとも空挺靴を購入する先は陸上自衛隊第一空挺団だ。

自衛隊最強部隊である第一空挺団は習志野駐屯地に配属されており、年間を通した訓練や救難活動によって分厚い靴底を地面の餌としている。

もちろん捜査対象として候補は上がったものの殺害された官僚に防衛省関係者が含まれていたことから、捜査本部では捜査対象から外されていた。


「確かに、一番靴を購入してる先ですけどどちらかと言えば被害者側じゃないですか。

 それに本部の指示に反しますし。

 ・・・なぜですか?」

「以前、ヨシさんの言っていた狼男の発言で『ニイ』というのがあったな。」

「はい。あっ!」


室田はゆっくりと頷く。


「自衛隊の階級にある『二尉』じゃないかと思ってな。」

「なるほど、でも身内が事件にかかわってるかも知れないんじゃ、自衛隊の方で協力しますかね。」

「恐らく靴の持ち主は現職の自衛官ではないだろう。

 支給された備品だからな、基地近くの町ならともかく私生活で都内に履いて行く奴なんてそうはいないハズだ。

 万が一、使用で備品を傷めたり紛失したりすれば上官の覚えも悪くなる。」

「たしかにそうですね。

 現職自衛官でなければ、防衛省も協力してくれるかもしれないですね。

 早速、協力要請手続きを確認しましょう。」

「まて。」

「はい?」

「まずは近くのマン喫に行く。」

吉井は思う。
民主主義の持つ意義を。
かつてのアテネの民主共和制から始まるこの主義が非常に高潔であり、恐らく市民にとって最も理想的な社会を築く事が出来る事は理解できる。
だが、それはあくまでも民主主義が正常に作用すればこそだ。
実際は違う。格差があり、従わせる者と従う者に分かれている。
ただ、その立場の違いを虚飾と雑多な手続きで誤魔化しているだけである。
そもそも、民主主義が市民の理想の姿であれば、なぜアテネは滅びたか。
大帝国を築いたローマも共和制ではあったが、実際は専制政治であった。そもそも、歴史の中で繁栄の名を残して来たのは専制政治を執ってきた国だ。
そして、現在でも民主主義国家である我が国は、一党専制政治を執る厚顔無恥な国に良いように扱われる。
この現実がありながらそれでも民主主義を否定する事が悪である風潮が消える事は無い。
吉井は結論する。
民主主義はいわば試練の場である。
自身が国である事を理解し行動する事により、より自分を高みに上げる為の思想なのだ。
その事に気付かない者は自ら主義を放棄した者だ。ならばそれにふさわしい対応をとる。
そして、国家そのものを守る立場の我々は人類そのものの守護者なのだ。
吉井は純粋である。そして、自分の正義を疑う事を知らない。
だからこそ、恐ろしい。
「室田は木戸と接触したか。
 直情傾向の典型だな。
 まぁ、だからこそ公安部への転属検討は白紙になったんだが。」

吉井は世田谷署の署長室にある来客用のソファーに掛けている。
テーブルをはさんで座っているのは同じ公安部の部下2名だ。
本来の部屋主である署長は、捜査本部のある大会議室へと追いやられていた。

「室田は優秀だ。 冷静でかつ行動力を持ってる。
 だが、清濁併せ持つことをしらん。」

2名の部下は静かに耳を済ませる。
吉井の目の前にいるのは人間のハズだが、背筋を伸ばし不動の姿勢を保ち、視線だけでなく顏の面全体を吉井にむける様は、まるで爬虫類を思わせる。

「惜しいな。おそらく奴はどうしても我々の考えを探ろうとするだろうな。
 本当に残念だ。優秀な警官がいなくなるのは。」

「課長。室田はまだ身内には我々についての考えを話していないようですが。」
「それはそうだ。
 うかつな事を言えば、捜査本部の解体を招きかねんからな。
 奴の最重要事項は事件の解決だ。
 事件の解決を長引かせるマネはせんよ。」

吉井は一息軽く深呼吸すると視線を二人に向ける。

「だが、いつ奴が自分の考えを周りに広げるかわからない。不安の芽は早い内に摘む。
 我々は今を守る存在ではない。国の未来を守る為の選民組織なのだから。」

吉井の話を聞いた二人は直立し敬礼をした。
その眼はどこか高揚を称えつつも、瞳孔深くに闇を湛えているかのように、黒い光を放っていた。