『あけぼの会』は12階建ビルの10階にあった。

通り沿いの壁は全面ガラス張りであとはコンクリート打ちっぱなし。建物側面の階段は赤く塗られた螺旋階段がある。

エントランスは2階までの吹き抜けになっており、ガラスの壁と木目調の壁がバランスよく配置されている。

誰の作品かは知らないが赤や緑に塗られた潰れた玉の様なオブジェが数点置いてある。

家賃だけでも相当だろう。

エレベーターから降りると正面はガラス張り、エンジ色の絨毯がひかれていた。

降りて左手の方向に受付の電話を見つけると、受話器を上げ、案内にある内線番号を押す。

携帯に出た女であったら・・・。室田は自然に受話器から耳を離す。


「はい、『あけぼの会』です。」


よかった、違う女だ。

室田は胸をなでおろす。


「私、警視庁の室田と申します。

 先ほど、電話で代表の工藤様とお約束を頂いております。」

「かしこまりました。

 少々お待ちくださいませ。」

「宜しくお願いします。」


室田はゆっくりと受話器を置くと夜景に視線を送る。

都心ではそうでもないが、近辺ではこのビルはかなり高い。

10階でも、ほとんどの建物を見下ろす形になる。

見下ろす明かり一つ一つに生活がある。

そしてそこに生きる人は、今自分が見下ろされている気付いていない。

そう思うと胸に何かが降ってくる。その何かは自分でも分からない・・・。

すると事務所へつながる自動ドアが開き、中から秘書らしき女が出てきた。


「お待たせ致しました。

 こちらでございます。」

「あっ。これはどうも。」


促され、自動ドアをくぐると絨毯はエンジから濃いベージュへと代わり、通路の壁は石目調の壁となっている。

壁には所々間接照明が設置されている。

まるでホテルだ。

いくつかの通路とドアを過ぎると、一室の前に止まる。


「工藤はこちらです。」


そういうと秘書らしき女はドアをノックする。


「代表、警視庁の室田様がいらっしゃいました。」

「どうぞ、入ってもらって下さい。」


秘書らしき女がドアを開けると、どうぞと手を部屋の中へ向ける。


「失礼します。」


室田はゆっくりと室内へ入る。

なぜだろうか、情報を得る為に来ただけだ。それもあくまで推測の域を出ていない。

だが、緊張が高まり背中に汗が伝わるのが分かった。

女の声は甲高く、声も大きかった為、思わず耳元から携帯を離す。

離した後も携帯電話からはーもしもしーという声が聞こえてくる。

耳が痛くなる事を覚悟し、一息軽く深呼吸すると携帯電話を耳に当てる。


「恐れ入ります。

 私、警視庁の室田と申します。」

「警視庁?・・・警察?」

「ええ。そうです。

 実は、捜査協力をお願いしたく、連絡をさせていただきました。

 代表の工藤様はお手すきですか?」

「ちょっとまって下さい。

 捜査って・・・。何よりあなた、ホントに警察の人?」


ただでさえ甲高い声なのに、大声でまくし立てるものだからスピーカーの音が割れる。

耳が痛くなり、不快感が増してくる。すぐにでも会話を切り上げて通話を終わらせたい。


「こんな時勢ですから、電話だけで信用していただけるとは私も思っていません。

 ですから、これからそちらへお伺いさせていただきたいんです。」

「これからですか?ここへ?」

「はい。

 急な事とは分かっていますが、是非・・・。」

「ホント急ですよ。

 あなたが誰かも分からないし、代表だって・・・・。」


女が更に声を荒げて捲くし立て始めそうになったが途端に声が途絶えた。

女の声が聞こえなくなると男の声が聞こえてきた。

女と会話をしている様子だが受話器から離れている為、内容は聞こえ無い。が、女が話を途中で切り上げた所から、男が目上の者であるのは間違いなさそうだ。

しばしの静寂の後、受話器から男の声が聞こえてきた。


「お電話代りました。

 代表の工藤です。」


室田は心の中で思わずガッツポーズをとる。

やっとうるさい声から解放されただけでなく、目的の人物とのコンタクトがとれたのだ。


「お忙しいところ申し訳ございません。

 私、警視庁捜査一課に所属しております室田と申します。」

「捜査一課?殺人などの凶悪犯罪をあつかう刑事さんがなぜ?

 二課の刑事さんなら分かりますがね。」


工藤は恐らく皮肉な笑顔を浮かべているだろう。

NGOは政府援助などを利用して利益をむさぼる詐欺師やヤクザの収益源とされる場合も多く、詐欺や収賄等のいわゆる知能犯を扱う二課の捜査地象となることが多い。

二課が伺ったことでも?と口に出しそうになったがそこは堪える。

疲れの為かあせりの為か余計な事を言いそうになる。


「今日は、捜査協力をお願いしたくお電話したんです。」

「協力ですか?

 余計分かりませんね。殺人をあつかう刑事さんに協力できるような事があるとは思えません。」

「正確に言えば、あなた個人への協力依頼では無く『あけぼの会』への協力依頼です。

 最近、世間を賑わせている『連続官僚殺害自事件』は御存じでしょうか。」

「もちろん。」

「その犯人が、イラク派遣され死亡した自衛官の関係者である可能性があります。」


空気が変わった。

電話越しでも工藤の顔が熱を持ち始めたのを感じる。


「どういうことですか・・・。」

「それをお会いして、詳しく話したいんです。

 これからお会い出来ませんか?」

「・・・いいでしょう。」


工藤は予定をキャンセルし、事務所で待っているという。

しかし、ずいぶんと熱心だな。

すぐにでも会いたいと考えていたのは自分だが、予定をキャンセルまでしてくれるとは思わなかった。

工藤にとってイラク派兵は特別なものなのか・・・。もしくは別のなにかがあるのか・・・。

『あけぼの会』は元防衛省参事官であった工藤久孝が代表を務めるNGOである。
室田は、所在地と連絡先を手帳に書き留めると、岩崎を本部の帰らせ自分は直帰したと伝えるように言う。
二人そろって数日間、直帰していた為、たまには会議以外の時に本部へ顏を出さないと余計な勘繰りを入れられそうであった為だ。
岩崎は渋々本部に戻ったが、仲間外れにはしないで下さいね。としっかり念押しをして去って行った。
室田は手に入れた連絡先に早速電話を掛ける。
今は午後6時を回ったばかりだ。代表である工藤とアポイントをとり、出来れば今日中にも会いたかった。
携帯電話を耳に当てながら、室田は駅に向かって歩みを進める。
気がはやる。
きっと『あけぼの会』はその活動内容から、独自に作成した公職に就く人間の死亡者リストを持っているはずだ。
きっとイラク派遣された自衛官の死亡者リストも…。
その中に第一空挺団の人間がいれば、その家族や知り合いが事件に関わっている可能性がある。

「もしかしたら、国に酷い仕打ちを受けている、死人自身が事件を起こしてるかもな。」

そんな思いを浮かべると同時に受話器から若い女の声が聞こえてきた。

「はい!あけぼの会です。」