「そんなことはいけないわ」と彼女はいかにも母親らしく言った。
「あんたの戦いがむだだということがわかっても、あんたの生活がそれで浅薄愚劣になることはないわ。
あんたが、何か良いこと、理想的なことのために戦い、それをなしとげなければならないと考えたとしたら、そのほうがずっと浅薄よ。いったい、理想はなしとげるために存在しているの?
いったい、私たち人間は、死をなくすために生きているの?
いいえ、私たちは、死を恐れ、そしてまた死を愛するために生きているのよ。
あんたは子供ね、ハリー。さあ、大人しく、私といっしょにいらっしゃい。私たちはきょう、することがたくさんあるわ。私はきょうはもう戦争や新聞のことは気にしないの。あんたは?」
ああ。私だっていやだ。喜んでいっしょに行こう。
(「荒野のおおかみ」ヘッセ)
どんな思想・信条も無駄かもしれない。何かを誰かを尊ぶことも、道徳的であることも無駄かもしれない。
本当の戦場にポンと放り出されたら、何が起こっているのかわからないまま命を失ってしまうでしょう。
では、無駄だと思って、何もしないあるいは「良いもの」は何もないのだ! と息巻いてみても、楽しいはずもない。やっぱり「無駄かも」という恐れを感じたとしても、その日常生活の中で「良いもの」を求め、意味を見いだすほかはないのでは・・・と思うのです。
まぁ、充実している! という人には、それこそ無駄な考えかもしれませんが、生き死にの間際まで、それだけで過ごせることはないのではないかと想像します。
さて、8月はやることがたくさんありました。その一つがサブPCのバージョンアップです。新しいOSを入れたのは良いのですが、それに合わせてソフトを購入しました。結果、古いパソコンなので起動やスリープからの復帰が遅い。
意を決して、一体型のパソコン(imac)を分解し、HDDをSSDに取り替えてみました。バラして、組み立てて、ネジが一本余りました。さすが文系です。
6年前のPCですが、予想以上に性能があがり満足しています。あと3年は戦えそうです。
※HDDとは高速回転する磁気ディスクにデータを読み書きするもの。
SSDとは、USBメモリーのように、メモリーチップにデータを読み書きし、静音で高速です。どちらもパソコンの記憶媒体です。
何も考えずに熱中して、ただただ楽しむことも大事ですね。
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