棋譜取りの苦悩と後悔 | スピカの住み家

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東大戦でいよいよ棋譜を取ることになった私。



まず大事なのは誰と誰の対局を選ぶか。
注目のカードがあればそこに座ることにしたが、結局迷ってしまい、空いてる席があればそこに座ろう、という感じでうろついた。



結局私は2-3の机に座った。明治の副将はM本、三将はT谷。
本音だとT谷ーK出戦を取りたかったのだが、先後の関係上ズレてしまい副将戦へ。といっても、こちらも楽しみだった。


M本は一年生の有望株。まだまだ実力はこれからだが、実力の割には将棋を知っているような手が見られて、これに力強さが加わればレギュラー入りだと見ている。


対する相手はM上氏。学生名人獲得だけでなく、プロアマ戦にも出場したりしている、もはや学生の域を超えている実力者である。


M本がM上氏にどう挑むか、また、学生名人の実力、指し回しをいっちょ見てやろうという点で、注目のカードだった。



さて、この記事では盤面付きで観戦記のように書くことが本来の予定だった。
しかし、やってしまった。


……棋譜が並ばない。


ショックだった。メモっておくのだった。私の記憶力も本当に人並み以下である。展開だけは覚えているのだが、どうもM本の指した手が思い出せない。というわけでここでは棋譜取りの最中に私が感じたことでも……いやー申し訳ありません。




棋譜取りでは対局者が一手指したら書くというように、ある一定のリズムというか、余裕がある。しかし序盤の数手は大変だった。


M上氏の先手。氏は早指しなのでポンポン指し手が進む。M本もつられるようにポンポン指す。すると困るのが棋譜取りで、いちいち紙に書いていられない。

そうなると、例えば38とか33のように数字だけ先に書くのである。局面が落ち着いてから駒を書く。


これは小学生の棋譜をよく取られるK島さんから教わったテクニックで、頭の隅に置いてあった知識が役に立った。


それにしてもこの対局は早かった。それでいてバランスが取れていたのだから、やはり大学生はすごい(?)。ただ、しばらくするとM本の作戦負けが明らかになってきた。ポンポンと指し進めていたM上氏がいつの間にか機敏に局面をリードしていたのだ。




序盤を切り抜けると、ここで迎えるのが対局者の長考である。

両者とも中盤から長考が目立つようになってきた。それはとても手が広い局面で、私も一緒になって考えてみるのだが、いくら考えてみてもわからない。


どう指しても一局だろう、というのは外野の意見。対局者は最善手を見つけるために必死なのである。とはいえ、局面が進まないのは退屈であり、次第に眠気が襲ってきた。


私は今まで棋譜取りの最中に寝る人のことが考えられなかった。

棋譜取りの席は対局者の隣。強豪の将棋を超至近距離で見ることができる、いわば特等席である。勉強になるのはもちろん、対局者の表情や、仕草など、観察することは枚挙に暇がない。
例えるなら、東京ドームのバックネット裏で野球を見ながら寝れるのかという話である。私は寝る。寝れます。



まあそんなわけだったのだが、私は特等席に座っているのにもかかわらず眠くなってしまった。
ここで私は棋譜取りも大変だなということがわかったのだった。


もうひとつ、やってみてわかったことがあった。

それは周りで戦型チェックをしている方々が意外と棋譜を見ていることである。
もちろん盤面で捉えるよりかは棋譜を見た方が流れもわかるし、より忠実に情報を得ることができる。


だが、私は見られる度に「やめろ!俺の下手な字を見るな!」と心の中で叫んでいた。

もうペンと消しゴムで隠してやろうかと思った。

そのために雑なとこがあったらせっせと消しゴムで消して、丁寧に文字を書きなおしていたのだが、隣で対局している二人からは「何やってんだこいつ……」と呆れられていただろう。


終盤に入ると、徐々にM上氏のリードが広がる。辛い指し回しだった。これが事故を起こさない強い人の終盤だというくらい、M本の手にならない攻めのひとつひとつを丁寧に摘み取っていた。


程なくしてM本が投了。私はそのまま動かず、隣のT谷の将棋を見ることにした。
対戦相手のK出氏の指し回しが光るばかりで、負けだと察した。ギャラリーも多い。事実上ここが東大の優勝を左右しているのだと思うと、何か事故でも起こってT谷が勝ちにならないかと思っていた。


しかし最後の最後までK出氏は人差し指をトントンさせ、気を緩ませることなく勝ち切った。
その途端に背後から聞こえる東大の歓喜の声。




将棋界には米長哲学という言葉がある。
自分にとって関係ない対局でも相手にとって重要な一戦ならば全力を尽くす、というものである。


明治にはそれが足りなかった。早稲田と対局していた法政は降級が決まっていたのだが、それでもフルメンバーで挑んでいた。これも見逃せなかった。東大が優勝した途端、なんとも言えない感情が込み上げてきた。



あの対局が終わってしばらくしてから、東大に失礼なことをしてしまったなあと後悔している。

トーナメントでは、それまで好き勝手指していた方針を改め、全力で挑む。