東日本大会④ | スピカの住み家

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気まぐれで更新します

明治には伊藤という関東幹事がいる。
私とは同期であり、一緒に野球観戦も行ったりする仲だ。しっかり者で、優しく、悪い話はほとんど聞かない聖人のようなタイプ。悪友の口撃に弱いとこがあるが、それも心優しい証拠であろう。

今回は伊藤をフューチャーして書いてみる。


明治はここまで全勝。前局でメンバーが揃ったこともあり、このままの勢いでいきたいところ。
そのつもりではなかったのだが、遅刻組のレギュラー二人を出して、全勝の可能性があった私、普通に強い新人王と、いつの間にかガチメンバー級がオーダーに連なることになった。


そして最後の一人を決める際、幹事チームのある情報が耳に届いたのだ。
「幹事は五人しかいないらしい」


会場を見渡すが、別にそんなことはない。誰がどう出てくるのか、この時点ではまだわからなかった。誰が抜けるのか。これまでずっと3将で出ていたs田氏(明治とは相性が良いそうだ)かもしれないと、言われていた。


というわけで私と主将で伊藤を直撃取材。もちろん狙いは幹事チームのオーダーだ。
とはいえ、次の対戦相手である。伊藤も警戒してそう簡単に教えてくれないものだと思っていた。ところが。


「ああ、こっちは五人しかいないよ」
「抜けるのはs田とa井で……」
「賞状を買いに行ってるんだけど、間に合わないみたいなんだ」


拍子抜けである。伊藤の人の良さがわかるだろう。こうしてまんまと幹事チームの情報を掴んでしまった。むしろ罪悪感さえ残る。
s田氏がいないということがわかり、主将は三将に江藤を投入した。ストレート勝ちも大きく狙える盤石の布陣となり、幹事チームは不満顔。「幹事を敵に回してもいいことないですからね!」幹事長の叫びが響き渡った。


まあここから弱いのが例年の明治。
まずは私だ。鉄板で勝つと見込まれていた相手に序盤から長考に沈むこととなる。


伊藤とは過去に数回対戦している。初手合いの頃から、ほぼ毎回私のノーマル四間飛車に棒銀の戦型であった。明治内では伊藤=棒銀という認識があり、ずいぶんとネタにされていた。


今回は相手の指し慣れた戦型を外すため、角交換四間飛車を採用した。つまりは棒銀をさせない腹づもりである。伊藤は早繰り銀に構えたが、そこから先の方針は知らないだろうなと踏んでいた。予感は当たり、そこからは伊藤の苦悩タイムである。矢倉→舟囲いに囲いを弱体化させ、自陣角(初期位置)を打つという謎の行動を起こし、無理矢理指し慣れた形に持ち込んだ。その間にこちらは高美濃で十分な体制をとる。先述の長考とは、もっと良くできるか、潰せる順がないかを考えたものである。


陣形差では圧倒的にこちらが有利な状況で、伊藤は満を持して仕掛けた。それもやや無理気味なもので、ありがたいことこの上なし。堂々と捌き合って、舟囲いの急所に桂の楔を入れる。何せ金二枚だけの薄っぺらい囲いだ、駒が入ればあっという間に寄せられる。ところが、ここから伊藤は粘りに粘った。


チームはどことなく余裕の雰囲気が漂っていた。それにしては皆終局する気配がない。隣の江藤はもう大乱戦になっていた。だが、よく見ると江藤が苦しそうに長考している。冷静に盤面を見渡すと、完全に一発を喰らった形となっていたのである。やられたかと思ったが、そこからの江藤の指し回しが熱かった。なりふり構わぬ順(メモしておけばよかった)で窮地を脱し、対局相手も「おかしいな……」と困惑した様子。そこからまた混戦に持ち込んでいく。


右隣は大将戦。さすがに遠くて盤面を見れなかったが、互いの視線がまずいのである。明らかに川村さんが攻め込まれているのがわかった。対戦相手も伊藤より数倍強いということもあり、なんとなく負けの予感がした。



視線は横を向いていたものの、私は焦っていた。手の流れでいったら終局になるはずが、具体的に寄せが見つからなかったのもあり、変調であることを感じていた。
その間に伊藤は馬を作り、自陣に引きつけた。ここは手つきが力強かったのを覚えている。ぼんやりといるようで、その馬は楔の桂を狙っていたのである。
慌ててヒモをつけ、その流れで馬を攻めた。だが、これがいけなかった。自陣に隙(2六のスペース)が生まれ、桂、香を持たれるとたちまち玉頭めがけて設置されてしまう。そしてその桂、香は左辺で捌き合った際に犠牲となっている。


もちろんすぐに打たれてもそのまま潰れるわけではない。飛車の援軍さえなければ左辺に逃げ出せる。こちらの主張は伊藤の飛車が捌けないことにあった。飛車を成り込むと、横利きで支えていた銀のヒモが外れ、こちらの飛車が銀をタダで取りながら戦線に踊り出せるからだ。
具体的に配置を記すと、私が先手目線で7九飛、伊藤は8六飛、7六銀。
この思い込みもいけなかった。


まだここでは余裕があり、私は伊藤の持ち時間に注目した。普段の伊藤は早指しで有名なのだが、この日の伊藤は早々に1分将棋となった。私と伊藤のカードで秒読みになったのはおそらく初。それだけ互いにポンポン指していたか、私があっという間にやっつけていたのだ。


ここらで私に妙な感情が沸き起こる。
あの伊藤が歯を食いしばって盤面を睨んでいるのを見て、つい身内心を出し感動してしまったのだ。ここまで伊藤に真剣に頑張られたことなんてあっただろうか、いやない。泣きかけた。真剣勝負に情は禁物だが、こればかりは身内同士の争いに酷な気持ちになった。だが、その辺りからだろうか、私は違った形で泣きそうになる。


まさに青天の霹靂であった。突如として伊藤が8八飛成と飛び込んできたのである。あーあ、伊藤くん、せっかくここまで頑張ってきたのに、そういうポカは一番冷める……と、飛車に手を伸ばしかけていた。


だが、ここで銀を取っていたら間違いなく負けていた。自陣にいた馬の目が光り、6七馬で飛車と4九の金の両取りである。なんとこの筋を完全に見落としていた。ポカをしていたのは私のほうだったのだ。
さあいよいよ大変。私は慌てて5九飛と横に逃げたが、なんとも情けない。これでは捌ける目処が立たず、最悪戦力不足で切らされる恐れがある。左辺は完全に突破されてしまい、囲碁なら大差で負けていただろう。
だが、勝負は王様のいる右辺だ。まだ楔の桂は生きており、1一に馬を作って香も手駒にあった。しかし、3一に金を寄せただけの伊藤陣が信じられないほどしぶとい。馬も利いている。


形勢は完全に私の敗勢。このままゆったり指されていたら手も足も出なかったが、伊藤にミスが出た。
自陣に眠っていた飛車と大威張りしている自らの龍を交換してしまったのである。これで生き返った。あのしぶとかった伊藤陣も、さすがに飛車を渡せば潰れる。
だが、そこからまた伊藤は粘り、終局も遅かった。何かこう、いろいろな気持ちが伝わったような気がする。


「いやあ、途中まで頑張ったんだけどねぇ」
終局直後の伊藤は、そう言って後頭部に手をやった。
伊藤くん、君はなぜここまで頑張る力があるのに勝てないんだい。この将棋を勝ってしまったことに私はまた涙腺を緩ませたのである。


ギャラリーによると、チームは苦戦の将棋が多く、1-4負けもあり得たとか。川村さんが負け、江藤も負けてしまったが、それでもなんとか3-2で収めた辺り、例年とは違うのだろう。結果的にフルメンバーでよかったなと思っている。


余談だが、伊藤は棒銀をすると弱いとかなんとか。私の作戦チョイスがまずかったようだ。
次はいよいよ全勝チーム同士の対決、関東選抜Ⅱだ。なかなか筆も進まず、雑な文になっているのだが、大急ぎで書き上げる予定です。