あけましておめでとうございます。

 

今年もよろしくお願いします。

 

 

 

年が明けた頃、空気が軽くなって行くのを感じました。

 

お正月ムードに周囲の住人のテンションが上がったからなのか、国としての集合意識的なアレなのか、2020年という特別な年だからなのかはわかりませんが、とにかく何かが上がった!

 

令和になった日の時のような波動の軽さに、おおー!となりました。

 

やはり、人の出す感情がこの国の空気を作ってるんだなあ。

 

 

 

私の今年の豊富はこれと言ってないのですが、自分に良いと思うことは何でもしようと思ってます。

 

朝起きて布団の中でホゲーとしてた時に、

 

「私は何でもできる!自分にそう許可する!」

 

って、勝手にアファメーション始めたのでwこれがハイヤーセルフからの合図なんだろうなあと思います。

 

★★★

 

そういや、大晦日のお風呂中に、

 

「自分という存在が、ただそこにある。

 

これが本当の愛だよ。」

 

というインスピレーションが降りて来ました。

 

 

 

「これまで人は、他人を否定し、自分すらも否定して来た。

 

今の社会、心病んでしまう人がこうも多いのは何故だと思う?

 

他人や自分を愛することがどういうことか、よくわからなかったんだね。

 

否定は人を殺す、愛は人を生かす。

 

否定と愛、あなたの心の天秤はどちらに傾いているかな?

 

 

 

これからは、人がただそこに存在することを当たり前とする時代になるだろう。

 

自分がただそこに存在することが愛だと知るだろう。

 

そうやって、人は本当の意味で人を愛して行けるようになる。

 

そして、それはあなたから始めることだ。

 

自分を愛せるようになると、自然と他人を愛せるようになるからね。

 

全ての愛を知る旅は、まだまだ続くよ。」

 

 

 

おお…書いてる内に、昨晩のインスピレーションから更に追加情報みたいな想い来た。

 

なるほど、文章にすることで、更に深くインスピレーションの意味を汲み取れるようになる訳かー。

 

こうして書いてる今も、自分の思考はほとんど使ってないような感覚で、勝手に手が動いてるような?

 

ハイヤーセルフに委ねるの、以前に比べて上手くなったなーw

 

私というエゴがやったことは、文章の組み立てをする時に思考を使ったかなーという感覚でした。

 

なるほど、これが良好なハイヤーとエゴの役割分担なんだな?

 

★★★

 

「全ての愛を知る」とは、私が目醒めの第一段階を体感した時に、胸の内から勝手に込み上げた感動でした。

 

あの時、まさに全身を雷で打たれるような、虹色の光に全身が包まれるような幸福感に魂が震え、そこから私のスピ生活が始まりました。

 

あの瞬間のことは、今でも不思議に思います。

 

だって、何の前触れなく、突然クォォー!?ってなりましたからねw

 

「全ての愛を知りたい!」

 

って言葉も、何故か、理由なく、突然、脈絡なく、勝手にそう出ました。

 

あの瞬間の光を知っているからこそ、私はスピリチュアルな生き方をし続けています。

 

魂の声を知ると、もうそれを無視する生き方はできないんです。

 

 

 

あ…待って?

 

今、胸の辺りがキューッと…ブルブル…ほっこり…?

 

あー、そっか、「全ての愛を知る」って、今世私が生まれた理由だわw

 

ずっと「人生を楽しむ」だと思ってたけど、もっと規模でかかった!

 

全ての愛を知る過程の中に、人生を楽しむ色々が内包されているようです。

 

 

 

うんうん、元旦からインスピレーション凄いぞー!

 

良い一年になりそうな兆候ビシバシですね!

「んー、まあ自分は目醒めるって決めてるから、別に今まで通りかなー。」

 

と思ってたんですが。

 

 

 

残り3ヶ月かー、と思ってたら、出たよ、不安が、焦りが。

 

 

 

目醒めるって、とうの昔に決めてるから動揺なんかする訳ねー!と思ってた私ですら、出たw

 

ならば、情報に翻弄される人の不安はとてつもないのかも知れん、と思いました。

 

 

 

でも、並木さんの語られる話をよく聞いていればわかるように、

 

期限に焦る「その焦りを手放す」

 

ただそれだけなので、間に合おうが間に合わなかろうが、そこは問題ではないのですね。

 

本当の問題は、

 

問題の根本は、

 

自分の心の内にある不安、焦り。

 

「コイツを、あなたはどうしますか?」

 

って話なだけなんすね。

 

 

 

んで、解決したいなら、目醒めると「決めるだけでいい」

 

そして、そのままほっとくというのも、これも正解。

 

正解という言い方はこの世にはないも同然なんだけど、人間だから、正解ってハッキリした言い方の方が納得は進むので、あえてこの言い方をすると、

 

目醒めると決意するのも正解、

 

このままほっとくのも正解なんですね。

 

 

 

繰り返します。

 

根本的な問題は、あなたの胸の内にわだかまる「不安」とか「焦り」とか「恐れ」

 

コイツを、あなたは今後どうするのか、

 

それだけの話なのです。

 

 

 

目醒めのゲートがうんちゃらって話は、その不安や焦りを表面化させる為のキッカケに過ぎない、

 

という訳なのですね。

 

 

 

だから、目醒めようが、眠り続けようが、全部正解。

 

私の友人も眠り続けるやろなーと思うけど、だからと言って彼女達の生き方を間違ってるとか愚かとは思わないし、遅れているとか劣っているとかも思いません。

 

もし、眠ったままの自分が見下されるような気持ちを感じるなら、それはそう感じる本人の胸の内に

 

「こんな生き方、間違いなんじゃないか?」

 

という不安が渦巻いているから、そう感じてしまうというロジックです。

 

 

 

いいんよ、眠ってて。

 

そも、本当に目覚めて行く人が、眠り続ける人をしのごの言うと思います?

 

目醒めて行く人は他人に構ってる暇ないし、目醒めた頃には他人の生き方に口出しする気持ちなんぞ消えてますって。

 

だから、見下されるとか、自分のプライドが傷つく心配なんて、マジいらんのです。

 

 

 

ただ。

 

もし、不安とか、傷つくとか、胸の内にわだかまるモヤモヤが気持ち悪いなら、

 

そりゃー、自力で解決しといた方がいいかも知れないよね、

 

と提案をさせてください。

 

 

 

私もモヤモヤウジウジが嫌だから、スピリチュアルを学び出したような人間だから、わかるんよ。わかる。

 

そして今、期限を意識したら焦りが出た。

 

そんな凡人のひとりなんです、私も。

 

んで、自分のような凡人が言うからこそ、誰かに何かが伝わることもあるだろうと思って、こういう話をしております。

 

ありのままに、包み隠さず、自分の胸の内を。

 

だから、プライドが傷つく、見下されるのは嫌だって不安もわかるし、語れるんですw

 

同じ人間なんじゃもの、そりゃーわかるよ。

 

★★★

 

私の場合は、そんな不安とかネガい感情に振り回される人生が嫌で、目醒めると決めました。

 

だから、今の段階で私が目醒めているか否かと問えば、目醒めてない方に天秤は傾きます。

 

 

 

でも、そんな自分でも、最近気づいたことは、

 

ネガい感情も、人生を盛り上げる演出のひとつかも知れないって言う。

 

ジェットコースターって、上りがあるから、下れる、キャー!とか言って楽しめるじゃないですか。

 

ネガい感情も、キャー!を楽しむ為の上り、

 

だから、それを手放した時の下りのキャー!が感動になる。

 

そういうコトなんじゃないかなーと、感じるこの頃です。

 

 

 

それから、目醒めるって、

 

「自分で決めるコト」

 

誰かが言うからそうするコトじゃなくて、自分がそうしたいから、そう決めるものだと思うんですね。

 

だから、「自分が目醒めてるかわからない」って人は、

 

自分で「目醒めてる」って決めてしまえばいいしゃん?

 

って提案したいです。

 

 

 

自分ら、宇宙を創造した源の一部じゃないですか。

 

源と同じ性質を、己が魂は備えているんです。

 

ならば、「自分は目醒めてる」と自分で決めることに、何の遠慮がいるんだろう?

 

誰の許可が必要なんだろう?って思いませんか?

 

 

 

そして、この「自分で決める」という、この一点こそが、最も大切。

 

並木さんの語り方って、何か釈然としないじゃないですか。

 

他人に「ああしなさい」と断言した言い方、しないじゃないですか。

 

アレ、「自分で決めてくださいね」って気持ちの現れなんです。

 

だから、彼は「こうすべき!」と断言しないです。

 

私、並木さんのそういう所が大好きで〜。

 

だから、最も信用できるスピティーチャーの1人として尊敬しております。

 

 

 

でも、信者にはならない、尊敬してる、大好き!でも、合わない部分は取り入れないw

 

私は、自分のハイヤーセルフとしての感覚こそが1番自分人間合った人生の道標だと思うから、並木さんのこと好きだけど、彼を全肯定しないのです。

 

そして、そういうあり方こそが、人の心が1番気持ちいい、健康的な状態なんではないかなーと思ってます。

 

★★★

 

並木さんのゲート発言に反感を覚えてしまう人の中には、多分、

 

人生の道標として彼に頼りたい、「こうしなさい」と断言して欲しい欲求がある人もいるんじゃないか、と思うんです。

 

「あなたは大丈夫だよ、間に合うよ、目醒めてるよ」

 

と並木さんに言って欲しい気持ちが、ほんの僅かながらも抱いている人がいるように感じます。

 

それは、言うなれば、

 

「自分はどうせ間に合わない、目醒められない」

 

という不安の裏返しなのかな?って。

 

 

 

変な言い方かも知れんけど、並木さんへの愛情の裏返しになってる人いるなーって。

 

あ、勿論彼に無関心な人もいるのでw全員がそうと言う訳ではなくですね。

 

好きだからこそ、ゲートの話を聞いた瞬間、何となく突き放されたような、見捨てられたような気持ちになった人が、何人かいるのではないかなーと、そう感じました。

 

Youtubeのコメントとか見てて、何となく。

 

 

 

今までのスピティーチャーって、よくは知らないんですけど、多分、

 

「あなたはこうした方が幸せになれます」

 

「こうすると良いです」

 

ってアドバイスが具体的な人が多かったんじゃないかなーと思うんですね。

 

いや、私スピ界ではまだまだ新参者なんで、実態はどうかよくは知らないのですが。

 

 

 

だから、並木さんの「自分で決めてくださいね」ってスタイルに戸惑っている人、案外いるんではないかなー?と。

 

 

 

言うなれば、

 

「他人に決めて貰うことに慣れてる人」

 

「誰かに大丈夫と保証して貰わないと不安な人」

 

「自分より霊格が上の人、力が優れている人に◯を貰わないと困る人」

 

つまり、他人に依存してしまうタイプのスピ人間が、ゲートの話に不安を感じて反論したくなる。

 

そういうこともあるかも知れんと、ふわっと思いました。

 

 

 

私さ、そういう人こそ「目醒める」って決めると良いんじゃないかなーと、思うんですね。

 

や、だって、簡単よ?

 

春分の日までに、「目醒める!」って決意するだけでいいんですもの。

 

目醒めの本番は、その後やるんだぜ?

 

 

 

誤解があるんだよー、「3月20日までに目醒めなきゃ!」って。

 

だから、焦るんじやん?反論したくなるんじゃん?

 

いやいや、並木さん繰り返し言ってるんよ、目醒めると「決める」期日が春分の日って。

 

ゲート問題の焦点のズレは、「春分の日が目醒めの期限」って誤解がスピ界隈をかき回しちゃってるのが、何か勿体無いなーって。

 

同じアセンションを目指す者同士で、成否で論争してる場合じゃないですやん。

 

 

 

そして、これも散々並木さん語ってるけど、目醒めようが眠ってようが、どっちでもいいって。

 

でも、期日を意識した時に焦りや不安が出たら、自分の知ってるやり方で手放してねって。

 

 

 

こうなー…情報に惑わされてる状態、かき回してる状態、これなー。

 

もういいよって思いません?

 

★★★

 

何か文章がカオスですみません。

 

アルコール入れちゃったら、いつも以上にはっちゃけちゃってw

 

 

 

まあ、アレですよ。

 

「好きに生きればいい!」

 

ってことです。

 

目醒めるも、眠るも、どちらもきっと楽しいよ。

 

だって、私は今までの眠りの生き方、振り返ると楽しかったんだよ〜。

 

まさに感情のジェットコースター、地球名物を堪能できて、この星に生まれて来て良かったなーって心底思える。

 

だから、眠るのも良いと思うんです。

 

コレはコレで、是非是非、堪能して欲しい。

 

 

 

ただ、私は眠りの生き方に疲れてしまって、そろそろ宇宙に帰りたいから、目醒めを決めました。

 

宇宙に帰った後のビジョンがもう既にあるもんで。

 

宇宙の仲間も、帰りを待ってます。

 

帰還の為に、今世の私は自分が元宇宙人であることを思い出す必要があって、それは母が亡くなる1週間程前に「ひよこは宇宙人なんやねー。」と告げられたことから始まって、その後も色んな不思議体験が起きてー。

 

んー、楽しかったよなー。

 

 

 

うちのハイヤーセルフ、

 

「目醒めようが、眠ってようが、どっちでもいいよー。」

 

って感じなんですよね。

 

「そりゃー、目醒めた方がいいけど、でもひよこの好きにしなよ!」

 

って感じ。

 

信頼してくれてるから、選択権を私に委ねてくれる、ハイヤーセルフの愛ですよ、愛。

 

言葉にしづらいけど、ハイヤーとの繋がりを確信してるから、私も目醒めに不安ないんですね。

 

 

 

今日、期日を意識した時に出てきた不安、焦り。

 

コレは、私の方法で手放せばOK。

 

残りカスが出てくることなんて、人間だからよくあるあるwぐらいに思っておけばいいんですって!

 

 

 

あー、すみません、ベロベロになって来たんで、今回はこの辺で。

 

人生は楽しいよー、あなたが楽しい道を選んでねー。

このブログで何度か語ってますが、私は障害者支援施設に利用者として働いております。

 

で、ここには何かしらの障害を抱えた方が多く、中でも多いのは自閉症の方。

 

そして、自閉症は本当にピンキリで、ある人に合わせた対応が別の人には全く通用しないとかザラです。

 

会話はおろか、意思疎通すら難しい人も多く、そして周囲の利用者はそういった人のフォローに回されることが多い職場でもあります。

 

私も難病を抱えてはいますが、目以外ピンピンしてるのでフォローに回ることが多く、でも私だって体に不便を抱えてここに来ているのに、自分に対してのフォローが少ないことが不満でした。

 

アホ程忙しくて働いてる目の前で、前の座席の人、毎日寝てますからね!!!

 

そりゃたまにはブチきれます。

 

切れてもいいんです、いいってことにしました。

 

切れてもいいことにしたら、あんま気にならなくなったんで、こういうのは気持ちに無理がないルールを自分で持ってると良いみたいです。

 

 

 

で、最近新しい人が来て、この人も自閉症なんですが、今まで会った中で1番症状の重い人で、

 

・独り言が多い

・突然、笑い出す

・突然、奇声を発する

・突然、手を叩く

・気に入らないと大声で怒る

・車の乗り降り時、車道へ走り出してしまう

 

でも、凄く仕事できるし、性格は明るくて前向き、そして彼から感じるエネルギーはとても明るくて軽いです。

 

多分、この事業所の中で1番波動が軽い子じゃないかなーと思う。

 

 

 

でも、私は視力に難がある分、音を頼りに生活している部分が大きいのもあって、彼が発するノイズにイラッと来ることしばしば。

 

一応、作業中はイヤーマフを着けて遮音対策をしておりますが、それだと他の人と仕事の話がしづらくて不便を感じることが多く、また遮音は根本的解決じゃないな〜と感じます。

 

でも、本人も騒ぎたくてしてる訳ではないし、体が勝手にそう動いてしまう以上、仕方のないことでもあります。

 

でも、音やら声がどうしても気になる…!

 

 

 

あんまり気になるので、毎度毎度のハイヤーヒゲセルフに訊いてみましたよ!

 

 

 

ヒゲ「音が気になるなら、イヤーマフ着けてなよ。」

 

 

ハイ、ソウデスネ。

 

じゃなく!

 

何か他にあるんだろ!?

 

過去生の因縁だとか、悟りに至る為の試練だとか、自分の周波数がうんたらかんたらとか!

 

 

ヒゲ「ひよこはそういう所、真面目過ぎると言うか、深刻になり過ぎるというか。」

 

 

う…せやな…

 

自覚はあるんです。

 

スピ頭になり過ぎて、鳥頭で思考しまくるから、ドンドン複雑な考えにハマってってしまっているって。

 

 

 

例えば、私には障害者の介護をして一生を終えた過去生がありまして。

 

だから、その時の思いがカルマになって、今世ではそのカルマを外す為に障害者に関わる機会が多いんだろうなー、とか。

 

 

 

他には、波動の軽さから彼は恐らくスターチルドレンで、私は彼に対して何かしらの魂の契約があるんじゃないのか?とか。

 

 

 

そういうことを仕事中に悶々と考え込む訳ですよ。

 

いやー、見事に思考の迷路にハマってますね!

 

 

 

で、そんな迷路にハマって数時間後、ふと

 

「もしかして、この状況、滅茶苦茶ラッキーじゃね?」

 

と思いました。

 

 

 

だって、意思疎通すらままならない人達に囲まれる毎日の中、色んな感情が浮き彫りになるから。

 

直視したくないような自分の醜い部分も、ズンドコ現れるから。

 

 

 

この表面に出てきたものを、出てきた端から手放して行くって、並木さん言ってたよね?

 

じゃあ、このイライラを手放せばいいんじゃん。

 

グイーン!(統合ワーク)

 

お、気持ちが軽くなった!

 

 

 

統合ワークする前と後、自分でもハッキリわかるぐらい、自分の身を包む空気が軽く変わったと感じました。

 

なーんだ、私ってば、統合ワークするのに滅茶苦茶都合良い職場にいるんじゃないか〜。

 

ヤベー、すげーラッキーだぞ、コレ!

 

 

 

って思ってたら、上の方からこう、何てのかな、

 

絶対的な信頼!

 

って感じのエネルギーが頭上に降りて来たんです。

 

私のことを信じてる、見守ってるってエネルギーだったんです。

 

その暖かい感じに、急に胸が暖かくなるような感動が自分の中で渦巻いて、じわっと涙ぐみながら空にありがとうって何度も伝えました。

 

★★★

 

私がスピに目醒めた時、

 

「この世の全ての愛を知りたい!」

 

と私の魂は、私の思考とは別の次元で、そう言いました。

 

2016年の12月19日、そう、丸3年。

 

この丸3年のタイミングで、人類愛とかそういうのんを超えた宇宙の愛みたいなものを、多分今学んでいる最中だと思います。

 

 

 

私の内側は、

 

「隣にいる人を、ただ人として認識する。それが当たり前。」

 

という感覚があるのですが、私のエゴは相変わらず人を批判したり否定したりに大忙しです。

 

今も同僚の言動に、感情がジグザグの線を描いてますからね〜…(涙)

 

 

 

でも、うん、根拠ないけど、私大丈夫だなーと感じています。

 

だって、今日の「ラッキー」って気づき、凄い良いじゃん!

 

そして、そのことに気づいた後からずっと、幸せな気持ちが続いてます。

 

やればできる子じゃんよー、私ー!

 

 

 

障害を抱えた同僚に対してつい出たドス黒い感情も、私。

 

ラッキーに気づけたのも、私。

 

気づきの先にあるであろう悟りを見据えているのも、私。

 

良いも悪いも全部自分の内にあって、分け隔てなく自分だと受け入れる。

 

自分を赦す…その先に、

 

私があの日、何故か「知りたい!」と言った愛とやらに、宇宙とやらに、

 

多分なー、多分、手が届く予感しかしないんです。

 

 

 

多分、私、スピに目醒めるの遅かったから、難病とか障害を通して、悟りへの近道をしていると思うんです。

 

コレ、凄くね?

 

普通の人生だったら、こんなショートカットないと思うんですよ。

 

私、マジラッキーじゃね?

 

まあ、そういう人生設計したのは私なんですけども?

 

設計がマゾ仕様で、そうと気づくまで随分と自分の人生恨みましたけども?

 

★★★

 

件の彼に対する対応は、私がハイヤーセルフだったらどうするかなー?と思いながら、その都度答えを出すようにしました。

 

仕事上がる1時間ぐらい前から、そうし始めました!(遅)

 

 

 

ハイヤーセルフって愛の視点で答えがポンと出るから、私の心の摩擦もほとんどなくて良いかも。

 

カルマガー、過去生ガー、って悶々やってた時より、明らかに私の波動軽いもんなw

 

この深刻に思考を巡らせる癖、百害あって一利なしですよ!

 

 

 

でも、このラッキーの気づきに至るまでの間、悶々ガーガーしてたからこそ、気づきに辿り着けたんじゃないかとも思うんです。

 

ネガいことも、ポジいことも、道程の1つに過ぎないのかも。

 

清濁合わせ呑んで、私という自分。

 

そして、迷ったら、愛という視点から見る。

 

コレが1番安心するかなあ。