私は高所恐怖症です。
1月14日に、ビッグサイトで行われた並木さんの講演会へ行ったのですが、その会場へ向かう時に使った長いエスカレーターの途中で、急に目眩を起こして倒れそうになりました。
と同時、その時、何か魂の情報の扉に手を掛けたような体感を感じました。
具体的にそれがどういうものか、その時はわかりませんでしたが、ただ体感が「何かの情報を掴んだ」という感覚を感じただけでした。
今日は休日でゆっくりできるので、久々に自力で体外離脱してみようと、ベッドの上に寝転がりました。
自分の内側に意識を向けつつ、別に離脱せずともそのまま寝てしまっても構わないというお気楽な気持ちで、離脱を試みました。
しかし、案の定というか、意識は昨日観た映画のことや、最近ハマってるゲームに向いたり、アチコチへと散漫。
それでも頭がぼんやりして来ると、ご馳走のビジョンが視えて来て、子供の声で「食べたい!」と聴こえてきたので、食べねぇ食べねぇみたいなことをやったり。
こういう夢か現かわからない状態の時(眠気はない)、私はよく色んなビジョンを視たり、声を聴いたりするので、今回のビジョンもいつものようにただ見つめて流すような、そんな感覚でいました。
そんな意識状態の中、不意に「アメリカ」という言葉が脳裏?を過ぎりました。
そして、飛行機、帝国、キリスト教的な何かの要素。
これらの情報が私の中に入って来た時、私はとある鮮明な夢を見たことを思い出しました。
私は、小型の、恐らく1人ないし2人乗りの戦闘機に乗っていました。
私の戦闘機は攻撃を受けて、海へ。
頭上では炎、しかし、私は炎以上に、着水した後の浸水を恐れて、パニック状態になっていました。
「どうして自分が、こんな死に方ををしなくてはいけないんだ!」
ああ、嫌だ!
戦争なんて本当にもう嫌だ…!
それは記録映画なんかより鮮明なカラーの、炎の色と、海の色。
近くには空母と思しき大型の鉄の船が炎を吹き上げ、私は海面の高さから絶望と恐怖を味わいながらその光景を見上げ、ゆっくりと海中へ沈んで行きました。
機内に水が入る恐怖、そこから脱出できないまま浸水して行く恐怖を、わかってくれる人はいるでしょうか?
本当に怖いんです、逃げられなくて、何もできないまま沈んで。
炎は熱いし、でも沈む恐怖の方が強かった。
何しろ少しずつ、少しずつ、状況が死に向かうことが、視覚でハッキリと悟れてしまうものですから。
私は子供の頃から、電車が鉄橋を渡る時などに
「もし、この電車が何かの拍子で海に落ちたら、どうやって脱出したら良いのだろう?
まず着水する前に窓を開けておいて…」
などと、よくシミュレートしていました。
鉄橋を渡る都度、考えていました。
また、乗り物に乗ったまま、その乗り物が川や海に沈む夢もよく見ていました。
そして、沈む前に無理矢理目を覚ましたり、沈んだことをなかったことにして、夢が沈む前の状態に戻ったりしました。
そういえば。
数年前に全身麻酔の手術を受けたことがありましたが、目覚める時、息が全然できなくて、私はゆっくりと水中に沈むイメージを視ていました。
暗い水の中で、息ができないまま命が終わるとわかった時、私の目から涙が溢れ落ちました。
その涙が頬を伝う感覚で、私の意識は手術台の上にゆっくりと戻って行ったことを、今不意に思い出しました。
★★★
夢現の中で得た情報をきっかけに、夢やら何やらの記憶が蘇って、混在しちゃって、少し混乱しているような状態ではありますが。
ともあれ、私の魂はどうやら戦闘機乗りとしての戦争体験をしているらしい、ということをぼんやりと感じ取りました。
それはいつの戦争かはわかりませんが、戦闘機があるということは、第一次世界大戦以降だろうと思います。
帝国ってのは、どこの帝国かよくわかりませんが、アメリカと対立していたのなら、その答えは明らかであるように思います。
今世、日本人やってる身としては、少々抵抗を感じますが…
でも、おかしな感覚ではあるのですが、私は日本人としてあの戦争を生きていたような感覚もあったりするので、正確なことは正直よくわかりません。
というか、いつの時代でも、自分という存在は恐らく世界のあちこちにいて、それは今現在も、別の場所に「自分」という意識、もしくは自分と同質の意識が、世界のあちこちに散らばっているような感覚を憶えます。
ですからまあ、話はズレますが、ツインソウルみたいな感覚というのは、私にも何となくではありますが、わかるような気がします。
生憎、それはロマンスというより、自分の魂の別の形をした命が、現在別の人生をエンジョイ中なんやなーという程度の感覚でしかありませんが。
ですから、私的には、過去生を一本の時間軸で感じ取ることには何の意味もなく、むしろ多面的な魂の経験・情報と捉えた方が、しっくり来ます。
そして、今回の飛行機乗りのことも、恐らく数ある中の1つという自分の要素なのだろうと思います。
★★★
飛行機乗りの最期から、私が強く感じることは、
「もう、戦争はいらない」
人があんな怖い思いをしながら死んで行くなんて…あれは人の死に方ではない!
そして、もう誰にもあんな思いをしながら死んで欲しくない!
平和がいい、本当に平和がいいよ!という想い。
頭上で吹き上げる赤の余りに過酷な鮮やかさと、海の色…黒くて暗い絶望に引き摺られるあの感覚…
それは飛行機が撃墜されて、落下を始めた瞬間から始まった恐怖。
私は自由落下の中にいたその時から、その後すぐに訪れる死までのカウントダウンと戦うことをすぐに想像して、本当に本当に絶望して、パニックになって、喚き散らしていました。
嫌だ!嫌だ!どうして……!!!!いやだ!い!だ!。!!!ふに
どうして。
…今、突然文字を打つiPadのソフトキーボードの動作がおかしくなって、上記のような文字を勝手に入力してしまいました。
凄く、驚いています。
ソフトキーボードがこんな風に暴走したこと、なかったんで…
ああ、でも、きっとこれこそが、当時の私の魂の嘆きだったのでしょうね。
本当に怖かった。
そして、もう誰にも、あんな思いをさせたくない。
飛行機乗りの訴えは、ただひたすらの「平和」への想いです。
★★★
それにしても、つくづくと、私の魂は戦いを繰り返して来た魂だなあwと少し苦笑してしまいます。
オリオン大戦でも、宇宙船を撃ち落とされてましたねw
幕末も、京の町で辻斬りに遭って暗殺されていました。
女の身で生まれた時も、村ごと襲われて犯されたり殺されたりしています。
命を全うしても、女は家の道具でしかないという不満の強い人生でした。
コレ、どういうことかというと、地球ってそういう星だってことなんですよね。
理不尽に殺されたり、殺したり。
命存えても、家の道具だったり、何かの犠牲になる人生だったり。
殉教したり、略奪したり、愛欲に溺れても尚癒えない孤独に気が触れた人生もあったようです。
そういうことを、私はこの星で輪廻して繰り返していたんです。
そして、それは私の魂だけがそういう経験をしているのではなく、多くの魂も同様のことを既に過去生で経験済みだったりするようです。
ですから、まあ、今世がその総仕上げっていうのは、何となく納得できるような気がします。
昨晩、寝落ちする直前に、ハイヤーセルフから言葉を貰ったんです。
「全ての人を受け入れられたら、合格」
って、ハッキリと。
つまり今、総仕上げの段階に入ってるんですね。
だから、色んな過去生の情報を得たりするし、家族とのいざこざがあってこれが次にこなす宿題だよと示されているし、夢も魂の学習としてだいぶ鮮明になって来つつあります。
いちいち文章にするのも煩わしいぐらい、それは日常茶飯事で、だからブログで書くにはもう全然追いつかない状態になっています。
もう、不思議が起きるのが当たり前の毎日で、学びや気づきは毎瞬あるのがいつもの日常です。
★★★
んで、ですね。
何で過去生の情報を得るのかっていうと、その時の魂の痛みを癒やす必要があるから、浮上するらしいんです。
今回、長いエスカレーターの途中で、その高さに恐怖した途端に襲われた目眩と、魂の中の何かの扉に手を掛けてしまったような体感をきっかけに、癒やす必要がある過去生が浮上したように。
この過去生の思いのエネルギーを浄化して癒やすことができたら、もう高所恐怖症はなくなるんですかね?
それはちょっとわかりませんが、ともあれ、癒やすべくして現れる魂の記憶はある、という解釈で良いようです。
そういえば夢の中で、理由なく殺された過去生の少女の魂を癒したことがありましたが、今後もそういうことは起こるだろうと思います。
んー、何てのか、この地球で私の魂が経験した心残りみたいな、言うなれば浮かばれない不浄なままのエネルギーを放置したままでは、宇宙に還ることはできない?みたいな?
だから自力で、自分の過去生の、その時空で停滞したままの負のエネルギーを解放する、みたいな。
自分で自分の過去生を成仏させる、的な。
しかもこれ、自力でやんないと意味ないよ、ってハイヤーセルフの意思を感じるんですね。
他人に浄化をやって貰っても、それは根本的な解決にはならないみたいで。
「宇宙に還ると決めたなら、地球に心残りを残してはいけない。立つ鳥跡を濁さずだよ。」
というのが、私のハイヤーセルフの意図のようです。
★★★
過去生や前世と聞くと、人は興味本位になったり、抵抗感を示したりすると思います。
しかし、実際の過去生との邂逅は、どこかのお姫様でどうのこうのといった浮かれた要素は1つもなく、寧ろ自分の内面に潜む影との真正面のぶつかり合い。
時にそれは、残酷な情景を憶い出し視る歴史との感情的な再会であり、精神が擦り切れるような絶望の追体験を視ることもあるかと思います。
人は何故、過去生を視るのか?
憶い出すのか?
それは、その人に必要だから起きることだと、私は解釈しています。
今を生きる自分の、精神的な問題の根本的な原因が過去生にあることは、よくあることです。
生まれた子供を同じように育てても、1人として同じ性格にならないのは、その子の魂の経験がその子の人格に影響を及ぼしているからです。
魂の記憶…
人間はこのことを随分と無視して来ました。
だから、心病む人が増え続けるのに、未だその具体的な解決策を見出すことができずにいます。
見えないものを無視し続けたツケが、今命に迫る問題を大量に押し寄せる現代において、尚、人類は魂の癒やしの必要性を無視し続けている状態です。
コレね、本当に大変なこと。
もう心を無視していては、人間は立ち行かなくなっているんです。
過去生は、魂の癒やしに必要な、処方の1つです。
ここにメスを入れる必要があるから、その人は過去生を憶い出します。
過去生は決して、過去の自分は英雄だった、どこそこの姫だったなどと、自尊心を満足させる為のものではありません。
あくまでも、自分の魂との向き合い。
いわば、今の自分の精神に起きている不具合の原因を突き止める為の手段の1つとして、その魂にとって必要だから浮上するもの、憶い出すものであると、私は断言します。
もし、何かの拍子で過去生と思しき記憶が自分の心に浮上した時は、その記憶が今の自分にどう影響しているのか。
そして、その過去生の自分の思いを汲んでみたり、心残りがあればそれが解消されると自分の気持ちはどうなるのか、具体的にイメージしてみてください。
その記憶はもしかしたら、自分の中の心の乾きを癒やすきっかけになるかもしれないので。


