今朝、久々に深く瞑想した時に降りてきたインスピレーション。

 

「あなたは無条件の愛を求めているけど、

 

自分自身に対して無条件の愛を向けたことはあるかな?」

 

 

 

はた。

 

 

これまで、全ての人がそこに存在することを当たり前として受け入れるぞー、みたいなことはよくやっていたのですが、

 

自分を無条件で愛する

 

ということを、余りやったことがない。

 

 

 

いや、自分を愛するとか、自分を受け入れるとかは、これまでも結構やって来たと思うんです。

 

でも、人に向けて来た「無条件の愛」と同じ愛を、自分に注いだことはあるのか?

 

 

 

──そう、全ての人に注いできたつもりの無条件の愛を、自分に。

 

 

 

ない!

 

 

 

って気づいた途端、目の前が開けたような感覚があって、

 

「何で今まで、こんな基本中の基本を忘れていたんだろう」

 

と思いました。

 

 

 

これ、意外と落とし穴かもしれん…

 

 

 

という訳で、忘れん内にメモしてます。

 

★★★

 

そういや、最近よく降りて来るインスピレーションで

 

「わからないのに、わかったフリをしないこと」

 

というのがありまして。

 

 

 

スピリチュアルを学んでいると、人から聞いた話をわかった気になることがあるじゃないですか。

 

実の所、余り理解してないのに。

 

無条件の愛とか、ワンネスとか、感覚で何となく掴みかけてる気はするけど、魂の底から理解した訳ではない感覚とか。

 

 

 

「わからないなら、わからないままでいいんだよ」

 

ということのようで。

 

わかったフリして、ズレた理解のまま進んでしまうのは、理解できないまま進むより、魂は成長しにくいのだとか。

 

 

 

だから、

 

「わからないことを、恥ずかしく思う必要はない。

 

わからないを経験するのも、また学びだから。

 

むしろ、わからないを素直に受け入れることこそが、魂の成長を促すんだよ。」

 

なのだそうです。

 

 

 

なるほど、素直に受け入れる。

 

大切ですね!