わかる!凄くわかる!
自分の実家も…恐らくDilaさんと同じ宗教だと感じるのですが、他宗を否定するような所でした。
私もこの家で二世として生まれ育ったので、随分と洗脳をされていたのですが、心の中ではいつも、
「人の祈りを否定したくない!」
と叫んでいました。
人が人を想って祈ることに、貴賎などないとずっと思っていたのです。
また、上層部に言われるがまま行動する周囲に、いつも疑問を感じていました。
候補者ぐらい、自分の自由意志で選ぶのが当たり前なんじゃないの?
どうしてみんなは、言われるがまま従うの?と。
幸い、私の両親は私のそんな意思を尊重してくれる人で、周囲からのやんややんやから守ってくれていました。
また、母自身とてもスピな所がある人で、その宗派では聞いたことがない独自の世界観を持っていて、それをよく私に聞かせてくれました。
私がこの宗教に染まり切らずに、自分の意思で人生を決めることができたのは、両親の愛のお陰だと感じています。
★★★
私は…
「皆ワンネスで繋がってるのに、どうして派閥争いみたいなことが起きるんだろう?」
とずっと思っていました。
宗教に対しても、スピリチュアルに対しても。
目指す地点は同じなのに、解釈違いで他の人のスピリチュアルを否定する人を、どうしてこうも頻繁に見かけるのだろうと、いつも悲しく思っていました。
しかし、それは同時に、自分の中に同じ波動がある証でもありました。
近頃、自分の中の葛藤が凄まじいんです。
スピリチュアルを信じたいのに、隙あらば否定しようと湧き出るエゴが、もううざくてうざくて。
こういうのをマーラと称するのかしら?と思うぐらい、私の心のほんの隙間をかいくぐって、以前以上に否定の言葉が思考を埋め尽くそうとすることが多くなりました。
本当に激しいです…
まるで自分の意思ではないように、自他に対する否定の言葉が、心の堤防を壊すように押し寄せます。
真実に近づいてるから、抵抗が激しくなってるのかしら?と思います。
でも、
「自分=宇宙」
だと確信しているし、
「宇宙=愛」
と確信していて、これはもう揺らぎません。
ぶっちゃけ「自分は宇宙で愛なんだよ」以外、別に知らなくても問題ないと感じるぐらい、この宇宙はとてもシンプルです。
でも、それだけだと人間は理解しづらいから、宇宙=愛を色んな話で語られる内に、話が分離して、分離して、スピリチュアルの本質をややこしくしています。
ブッダの教えも、イエスの教えも、後続の人々によって、彼等に都合良く改ざんされた教えが現在に伝わっていると上は教えて来ます。
コレ、私も深くそう感じてて、子供の頃から
「ブッダの教えは学びたいけど、この宗教の中で生きるのは嫌だ!」
と思っていました。
実家の宗教は仏教なので、本筋は自分の中でしっくり来るのですが、戒律とか付属の教えの部分に
「それは違う」
という抵抗感がずっと胸の内でくすぶっていたのです。
でも、一方で、この宗教を信じる人の祈りを否定したくないという気持ちも強くありました。
世間を騒がすような宗教ですから、私も随分と友人達から辛辣な否定も非難もされて来ました。
でも、やっぱり私は、人が何を信じてようが、その祈りを否定したくありませんでした。
何故なら、全ての祈りは尊いし、全ての人が美しいと思うからです。
人が人を想う祈りを、どうして頭ごなしに否定できるものか、と。
大切なのは、それぞれの心の中にある暖かさとかそういうものであって、形式なんぞ二の次に過ぎないはずです。
宗教・宗派は、ただの形式、ただの枠。
昔、どこかの誰かが勝手に決めた枠に、正義とか間違いとか言ってるだけです。
根本の、自分達の魂は宇宙であり、その本質は愛であることを確信していれば、
そこに行き着く解を得られるならば、
宗教だろうと、スピリチュアルだろうと、
本をたくさん読むことだろうと、誰かに教えて貰うことだろうと、
家族愛の中で気付こうと、使命を感じて生きる中で気付こうと、
本当に何でもいいはずです。
愛を理解するなら。
自分が愛そのものだと、魂の奥底から思い出すなら。
★★★
否定は、気づきのサインです。
もし、あなたが特定の宗教や組織、国の名前を聞いて抵抗感を感じるなら、それも外して行か無くてはなりません。
アセンションすると決めた人が、他人の生き方や信じるものを否定するなんて、矛盾してるじゃないですか。
ワンネスが腑に落ちてるなら、他人=自分なので、見下しも持ち上げも発生し得ません。
私も、次から次へと否定感が込み上げる日々でしんどいけどw
でも、手放す方法は知っているので、後はそれを繰り返すだけかなと思います。
深刻にならずに、思うように重い波動を外せなくても自分を責めることなく、
自分の自由意志に従い、この地球を堪能する。
自分は宇宙と知りながら、同時に地球人である自覚を噛み締めながら、
自分の魂の情熱や躍動の声を聞いて、毎日を過ごして行きたいものです。