最近のイベント、プレゼンが一段落して、もう早速次のこと進めてます。
『てっちゃん頑張ってるからね。みんな応援してくれるんだよ』
と言ってもらえるのはすごく嬉しいです。
"スーパーてっちゃん"
と、今でも呼んでくれるのは照れクサイけど、嬉しい。
あんまり器用じゃないなと自分で思ってるけど、
それは自分に嘘を付くのが好きじゃないんだと思う。
精神的に不器用な人、
ガンコな人は大体そんな感じじゃないかな。
『なぜそこまでして頑張っちゃう?』
それは、実のところあんまり良くわからない。
23歳の頃に、
人が元気になる瞬間が、自分も一番元気になるなと気づいてから、だったら会う人会う人が元気になっちゃうような人で居続けたいと思い、世界中の人と会ったら元気になれるなと、そんな広がりを夢見て目の前のことに取り組んできただけかもしれない。
でっかい山登るのも、目の前の一歩の積み重ねだし。
エラくなりたい!
立派になりたい!
リーダーになりたい!
社長になりたい!
なんてのは、あまり興味がなくて。
人から選んでもらって、
そういう立場になることはあるし、
"信頼"の形としては嬉しいけど。
半信、自分の行動が囚われてしまうかなと心配にもなる。
僕が思った通りにやる。ということは外せない。
そういうことを胸の中に確かに持ってないと、
"お金と時間の使い方"をミスることもある。
自分が何にお金と時間を使ってるんだろ?
とふと思い書いてみる。
・本
・移動
・道具
・服
・お酒、食事
・スーパー銭湯
・たばこ
・勉強会
・場所代
・資料作成費
・水道、光熱費
これだけ書くと、
我ながら何ともつまらなそうな人間に見える笑
でも、そうでもない。
こんな感じ。
↓↓
・本 →必要不可欠。勉強大好き。
・移動 →目的地に向けてのお金と時間の使い方のバランスのセンスを養う。
・道具 →これの質を妥協しない。楽器、道具から学ぶことがある。スマホも。
・服 →僕は服を考える脳ミソが付いてない。だから、仲間に相談してアドバイスをもらう。
・お酒、食事 →人との時間を楽しむためのお金の使い道。
・スーパー銭湯 →疲れたらリフレッシュ。
・たばこ →体にとっては悪い。ただし、一利はある。
・勉強会 →勉強+影響受ける人に会える。
・場所代 →家賃も。人と人が何かを営むには必要。
・資料作成費 →人に伝える武器。
・水道、光熱費 →生きるために必要。
結果。
自分の生きたい人生を謳歌するために、めちゃくちゃストイックだと気付きます笑
若い頃は"旅"のために、結構お金と時間を掛けてたけど、今は必要なときに、必要なところに行ってる。
スマホのゲームは僕はやらないけど、
お金と時間の使い方としては別に悪くはないと思う。
電車でそれをみると、
"会社でのストレスを解消してるんだろうなー。がんばれー。納得できる生き方見つかるといいね。"
なんて思ったり。
娯楽だって、
ちょっとした悪ふざけな遊びだっていい。
自分の生き方の一部だ!って俯瞰して見れれば、全部楽しくなっちゃうんだから!
人生、遊び通すことができちゃう。
娯楽のための娯楽、
快楽のための快楽は危険。
この時代で生きるセンスだと思います。
自分を徹底的に生きることができると、
不思議と『みんなで生きてる』ということが同時にわかり始めるんです。
僕より上の世代の人は、
"お金と時間"に対して、
特殊な価値観がある人が多いです。
歴史の中で極めて異例な時期だった、
高度経済成長、
バブルを通過したから、
"汚ないもの"
"身を滅ぼすもの"という意識が強い。
それが恐怖としてあるから、
お金を雑に扱うクセみたいな仕草を良く見る。
(いつの時代も
"そういう人が多い"
というだけなので、しっかりと見つめて自分の答えを出してる人はいます。
お金と時間の温かい使い方してくれる方はいます。)
日本では、
『お金の教育がない』と仕切りに言う人がいるけど。。
ちょっと乱暴な言い方になってしまうけど、
『気付いたら、お前がやれよ!』
と、言いたくなる笑
それに気付いたんだったら、ゲ○吐くほど勉強して、次の時代の子どもたちにちゃんと素敵な時代を渡すために今、自分が一歩踏み出せばいいのに。
嘆いてないで自分がやればいいのにと思ってしまいます。
自分が負の歴史にピリオドを打つ。
男性でも女性でも、そんな志を持ってる人がとても魅力的で大好きです。
僕は、昭和59年生まれです。
少しだけ、伝説の昭和を生きてました。
昭和には、憧れも、郷愁もあります。
大好きでした。
大好きだったから、さみしい気持ちはあるけど別れを告げなければいけません。
平成は、昭和を忘れることができなかった時代でした。
令和に入り、昭和は既にネガティブな意味の言葉として使われています。
昭和生まれの人が、変わるときです。
大好きだったあの時代をネガティブにしたくないから、思い出を変えないために、自分が変わっていくときです。

