酔ったら、ゆっくり運転を | 「アジアの放浪者」のブログ

「アジアの放浪者」のブログ

東南アジア、南アジアを中心に、体験・見聞したことをレポートします。

タイには、国際的な正月である1月1日前後の7日間と、タイの伝統的な正月であるソンクラーン祭り期間(4月中旬)7日間の交通事故を集計・公表する習慣があります。これは交通事故の多発する時期ゆえ、ドライバーに交通安全の意識を高めてもらいたいという意図から行われていることです。

 

当年末年始のそれは、12月28日(土)から1月3日(金)まで。そして、28、29日の2日間におけるタイ全土の交通事故数は974件。昨年より1.4%減少しています。それでも、この2日間だけで109人が交通事故によって亡くなられたということなので、安全運転への注意喚起は大切です。ちなみに、事故件数の64.6%はバイクによるものです。

 

こうした取り組みをしている中、タイ東北部ナコン・ラーチャシマー県ピマーイ郡役所が設置した立て看板が大きな話題になっています。

 

 

郡内の幹線道路に目立つように設置された看板の内容は…「酔ったら / 運転 / ゆっくり、ゆっくり」。まぁ言いたいことは、「酔ったら、慎重に運転して」ということでしょう。

 

いうまでもなく、タイも飲酒運転は違法。それゆえ、「行政府が違法行為を推奨するような看板を設置してどうする!」と、大きな批判を招いています。

 

まったくご指摘の通り。

先述した974件の交通事故のうち、35.5%が飲酒に起因するもの。次が速度超過で約30%。おそらくこの両者は互いに関係しているでしょうから、飲酒運転を防げれば、交通事故数の激減につながることは間違いないでしょう。

 

しかし、ですねぇ。

公共交通機関、特に農村部でのそれが発達していないタイで、親戚や友人宅を訪ねるには車やバイクが必要不可欠。そして親戚や友人宅にあいさつに行ったら、「一杯、やってくか?」となるのも、よく理解できる話です。そして「一杯」が始まったら…。

 

「生活が楽にならん。やはり軍人が首相になっても無理なんだ」とか、

「あの家の娘、ずいぶん器量よしになったなぁ。ウチの息子の嫁にと思うんだが、お前、どう思う?」とか、

「水不足で作物を栽培できん。バンコクで働こうかと思うが、誰か当てを知っているか?」とか、

「よし、わかった。お前もたいへんだな。500バーツ貸してやる。でもまぁ、今は飲んで元気出せよ」

などといった会話が弾むことでしょう。そして次のステージは…。

 

「なに、酒がなくなった?じゃ、近くの量販店に行って買ってこよう。バイクで飛ばせばあそこまで15分。地元の店で買うより1割くらい安いしさ」といった状況になって…。結果的に、交通事故。こういうケースが、少なくないのではないでしょうか。それゆえ、「飲んだら乗るな」が理想的ではありますが、理想ばかり訴えても、現実はそんなに簡単ではない…。そこのところが、ピマーイ郡役所をして「せめてゆっくり運転すれば、事故を防げるのではないか」という思いにさせたのでしょう。

 

理想ばかり唱えても、事故は減らない。であれば、理想そのものではなく、理想に向けてのひとつのステップを明示し、まずはそこから啓発していったらいいのではないか…。この考えの根底には、「交通事故を1件でも減らしたい」という担当者の純粋な意図があります。その気持ちを表現したところが、「酔ったら / 運転 / ゆっくり、ゆっくり」という看板につながったのでしょう。

 

しかし意図はよくても、行政の立場としたら、こんな違法行為を推奨するかのような看板は不謹慎この上ない…。

それゆえ、看板を製作した担当者は現在、強い批判を受けているわけです。

 

「飲酒による交通事故を減らしたいという思いは一緒でも、その対応への手段が異なる」わけですが、人々は「建て前的な手段」と「他人の目に映るプライド」を重んじますから、そうした思いを超えて実利を得ようとする意図は、いとも簡単に否定されます。それで社会がよくなるのなら、それに越したことはありませんけれど、ね。