第一章は言語学や哲学、心理学の話が出てきて大変面白いのですが、だんだん本や漫画、アニメの一部切り取りとなってきて、第5章がまとまり無く終わった後、「あとがき」まで進むと、なんと、こんなことが書いてある。

 

==引用開始==

そして、具体的となった企画と参考書籍を見て私が最初に感じたのは、「AIが愛の言葉を理解できるか」というよりも、むしろ「オカモトは愛の言葉を理解できるか」ということでした。

(中略)

ですから、本書で私が「愛の言葉(形)」を理解できたとすれば、AIにとっても理解できるものではないか、という一貫した姿勢をとっています。

==引用終わり==

 

えー!?と言う感じで。苦笑 

これは、タイトル詐欺と言われても仕方がない気がします・・・・。

これは、「あとがき」より、「はじめに」に書いていただきたかったです。

 

とはいえ、面白く読めた個所もあるので、書き残しておきます。

特に、第二章の「偉人による愛の言葉」「文豪による愛の言葉」についての論述は、図式もあってわかりやすく、なかなか面白かったです。

 

1.メタコミュニケーション、「意味論」と「統語論」の話

「今何時だと思ってるの!」という発言は、時間を尋ねているわけではなさそうだということは、前後の文を読まなくてもわかりますが、ハイコンテクスト文化になると、言外の意味が増えていくんでしょうね。京都弁みたいな? 本書タイトルとなっている「月が綺麗ですね」も同じかもしれません。何をもって「理解」と呼ぶのかの議論はあると思いますが、「学習させれば」AIはうまく文章を作ったり翻訳することは可能だと思います。

 

たとえば、何処かで読んで、私自身も試してみたのですが、DeepLで「サザエさん症候群」と入れると、Sunday night depression(日曜夜の憂鬱)と訳してくれるんですよね。普通にSazae-san Syndromと訳されても、日本人以外は意味わからないですから、学習の効果って凄いな、と思いました。だけど、これも「月曜日から仕事開始で週末の土日は仕事が休み」という共通概念を持っていないと、「なんで日曜日の夜に鬱?」ってことになってしまうかもしれません。

 

だから、「統語論」をもって「AIが理解した」と捉えるのはどうなのかな?と思います。果たして「コンテクストを増やして、それを切り張りする」ことは理解と呼べるのか? 学生のコピペ論文や生成AI使用の是非にもつながってくる話かな、と思います。これを理解と呼ぶのなら、人文学系の教授は、AIとどう住み分けて、どう共存していくのかな?と思います。ゼロになることはなくても、今よりずっと人数が減ることにはなるんじゃないかな、という気がします。

 

2.キリスト教と仏教における愛の話

キリスト教では「人間同士が愛し合うことは、神の信仰につながっている」のに対し、仏教では「愛さなければ、苦しむことも、悲しむこともない」という考えが根底にあるという話。愛と言う執着から離れることが、煩悩からの解脱と言う考え方。

 

愛と言っても、男女間のものだけを指すわけではないので、果たして上記の考え方が全てに適応可能なのかはわからないけれど、仏教のほうが自分にも他人にも厳しい宗教だな、という印象はあります。それがあってるかどうかもわからないけど。