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"Food for Thought"

日々考えていることを、自分の思考をまとめるためにも書きつづっています。

【シンボルエコノミー】 水野 和夫 著

 

 経済の分野で一番信頼しているのは水野和夫氏(&河野龍太郎氏)。膨大な歴史書・哲学書を渉猟して現代の経済を考察するという稀有な経済学者です。新著が出たので、早速、読んでみましたが、新書でありながら開眼ものです。

 

 シンボルは単なる記号であり、株式や為替も記号。一方、我々の生きる世界はリアルなエコノミー。こうしたシンボルを重視するエコノミーには上限がないものの、働いている人・工場・店舗・オフィスは目に見え、これらの資本は限りなく増やせないので両者の乖離が広がっていると分析します。また、人口の少ない国ほど生活水準が高いことも実証しますが、唯一の例外は米国。シンボルエコノミー化となった米国に対して、日本はリアルエコノミー中心の世界でいずれも「例外」。唯一、日本でビリオネアに相当するのは法人企業であり、賃下げと利払い削減によって利益を増やし、実質GDPが対1998年比で1.2倍しか伸びていないのに、内部留保は4.6倍にまで膨れ上がっている実態から、いまの賃上げのみならず、過去の生産性向上分まで還元すべきと提言します。

 

これまでの「より遠く、より速く、より合理的に」が限界に来ており、21世紀は「より近く、よりゆっくり、より寛容に」が「定常状態」になると予想しますが、この「定常状態」に対して資本を無限に増やそうとすることは最大の障害になると断じています。

 

 新書と言っても万人向けではなく、多少の経済知識は必要かと思います。左派的でもあり、政策立案者には受け入れられないと思いますが、いつもながらに示唆に富む一冊です。

 

【眠れる進化】 アンドレアス・ワグナー 著

 

 何かのイノベーションが起こるには、「時期が来るまでじっと待ち」、それを「受け入れる環境が見つかってはじめて成功する」ということを、前半では著者の専門の進化生物学を通じて、後半では技術や文化の事例を取り上げて記述しています。原題は「Sleeping Beauties」(眠り姫)で、眠り姫が目を覚ますには、王子様が必要という例えです。

 

 これだけを読めば「当たり前」なのですが、詳細な記述からは、これまでの進化やイノベーションが複合的に重なり合って生み出されていることが理解できます。

 

 昨年、知床に行き、森の中の新しい苗木は、15年たっても30㎝ほどしか伸びないのに、大きな木の倒木で「日の当たる場所」になると、3年でそれ以上伸びることを目の当たりにしました。「みんな、日が当たるのをずっと待っているんですよ」というガイドさんの言葉を思い出しました。「苗木の力」に加え、偶然にできる「日の当たる場所」の両方が必要ということを本書を通じて再確認しました。

 

【「4分33秒」論~「音楽」とは何か】 佐々木 敦 著

 

 明けまして、おめでとうございます。新年早々の投稿は、マニアックな内容で恐縮です。昨年、知人のピアニストのコンサートに招かれて行ったのですが、一曲目がジョン・ケージの「4分33秒」。有名とのことで、どんな曲かとワクワクしていたところ、ピアノの前にただ座っているだけ。年末の食事会で、あれは「無」を聴くのだと解説してもらって興味を持ち、正月休みに読了しました。

 

 本書は、この「曲」だけで、著者が5回もの講義を行った記録とあります。ジョン・ケージがハーバード大学の無響室に入って、無響であっても様々な音があることに気づき構想したという話から、なぜそれが「4分33秒」なのか、また「音楽」と「音」とは何か、「聞く(hear)」と「聴く(Listen)」の違いや時間の捉え方など、さまざまな考察を載せています。講義では、CDに「録音」された「4分33秒」を「聴く」そうですが、この「4分33秒」だけを音楽家たちが収録した45分版のCDも登場します。「あらゆる音は音楽である」というジョン・ケージの言葉からは、「生活そのものが音楽である」とも言えるようです。

 

 普段は考えないことに気づかせてもらえた一冊です。本年も、よろしくお願いいたします。

 

【海を破る者】 今村 翔吾 著

 

 今年読んだ中で一番感銘を受けた本です。元寇2度目の弘安の役で中心的活躍をした河野六郎道有を描写。前著『塞王の楯』では、石垣職人の穴太衆と鉄砲職人の国友衆、京極高次などあまり知られていない(と思う)人物にスポットを当てましたが、今回の河野道有も、こんな人がいたのかと引き込まれました。また、河野家の内紛に嫌気をさして出家したのが一遍上人というのも新しい発見。

 

 元寇といえば、「2度とも台風のおかげで勝てたとさ」くらいしか知らなかったのですが、防御のみならず、河野道有ら伊予・河野水軍が、「野分」を予知・利用して巧みな攻撃を仕掛けた結果ということがよく理解できました。この知略戦も初めて知ることだったのですが、本書の良さは最後まで読むと更によくわかると思います。

 

 奴隷としてのウクライナ人や高麗人が登場するのは脚色と思われ、また最後の鷹島の戦い以降も史実に基づくのかわかりませんが、読後は久しぶりに心豊かになった一冊です。

 

『永田町のシンデレラ』 西川 三郎 著

 

 さら~っと読めてしまいますが、意外に面白かったです。女性キャスターが衆議院選に出馬し、あれよあれよと言う間に総理大臣にのしあがるお話。

 

 ここでご紹介するのは二つの点からです。一つは、著者は政治経験が全くないにも拘らず、選挙~総裁選~組閣などについて詳述されていること(政治の実際がわかる)。もう一つは、初版は本年3月にも拘らず、石破内閣を予見したようなストーリー展開(総裁選の決選投票で逆転勝利し、派閥解消の上、即解散・総選挙)であること、です。

 

 小説でもあり、うまく出来過ぎ感はありますが、政治の舞台裏がわかる一冊です。

 

『富士山』(平野 啓一郎 著)

 

 表題を含む5つの短編小説集。あまり短編小説は読まないのですが、平野啓一郎氏の文章が好きなので読んでみました。

 

 『富士山』は、男女の機微を巧みな展開で表現したものですが、表題のイメージとは異なり、無常観を感じさせます。余談ですが、新幹線のE席が人気で、手の親指を折って、それを残りの四本の手で包んで握り拳を作るのは「助けて」の意味というは初めて知りました。続く『息吹』は、一瞬「どっちが本物?」と思わせるようなパラレル・ワールドを描写。氏の「分人思想」も取り入れたのでは?と思いました。

 

 本来、『富士山』が「推し」なのでしょうが、個人的には最後の『ストレス・リレー』がなかなかに面白かったです。怒り(ストレス)もウィルスのように伝染するという現実を扱っています。感染者続出の最後に「英雄」が出て食い止めるのですが、まさに日常の「あるある」。意外に気がつかない盲点であり、一番記憶に残ったと同時に、自分の行動も変化しました。

 

 それにしても、著者はどうしてこのような綺麗な文章が書けるのか不思議です。この文体をどう表現したらいいかわからないのですが、このような文章が書けるといいなと思いつつ読んだ一冊です。

 

 2009年にNHK番組に登場して、「こんな凄い人がいるのか」と心酔。以来、著作はすべて読み、(本書のエピローグにある福島から来たご婦人同様)本社まで車を飛ばすほど私淑している塚越寛氏。これまでの著書で概要は知っていましたが、本書は「私の履歴書」的で一連の流れを整理することができました。

 

 2009年の放映当時、塚越社長の伊那食品工業は、「寒天」の単一商品のみ(長野では「かんてんぱぱ」で有名)。「社員の幸せ」を第一に考えてリストラはせず、年功序列の報酬体系で毎年2%の定昇しながらも、43期連続増収増益。「いい会社をつくりましょう」を合言葉に『日本でいちばん大切にしたい会社』(坂本光司 著)にも掲載。このような内容でした。

 

その後、どんな環境でも少しずつ成長を図る「年輪経営」を掲げ、トヨタ・豊田章男氏をして「経営の師」と言わしめ、多くの上場企業幹部や日銀・黒田前総裁までもが伊那市の工場を訪れるに至っています。

 

経営環境悪化の際に、定昇1%を進言する幹部に対し、「人件費を削る経営なら誰でもできる。経理上は経費でも、人件費は目的である」と一喝。何より社員の幸福を追い求め、そのための手段として利益を創出。「利益はウンチ」のようなものであり、健康ないい会社(体)をつくれば、いやでも利益(ウンチ)は出るもので、利益(ウンチ)が目的ではないと語ります。

 

上場企業ではないからできるとも言えますが、企業のマネジメントに関わる方には、是非手に取って欲しい1冊です。

 

PS

2019年に「トヨタイムズ」が掲載した塚越氏のインタビュー内容を引用。“人への思いやりを優しさと言うんですよ。「にんべんに憂う」って書く。だから優しいという字は、思いやりのことなんです。「人を憂うことに秀でた人」って書くと、「優秀」っていう字になる。これは偶然じゃない。やっぱり昔の人は考えている。思いやりの優れた人が優秀なんです。知識がある、計算が早い、そういうことじゃない。思いやりにもいろいろあって、同僚、部下、上司、会社、社会に対する思いやり。そういう思いやりをきちんと持っている会社が優秀な会社なんだと思います。字は哲学を教えてくれる。”

 

『またうど』 村木 嵐 著

 

 前著『まいまいつぶろ』の続編と言えます。前著の主人公は、第九代将軍・徳川家重と彼の言葉を解する大岡忠光が中心でしたが、本書はこのときに登用された田沼意次を軸にしています。

 

 「またうど」とは、「愚直なまでに正直な信(まこと)の者」の意。家重が田沼意次を表したとあり、家重亡き後、第十代・家治に仕える田沼意次の行動が書かれています。本書を読むとこれまでの田沼意次像がガラリと変わってきます。「田沼意次≒賄賂」というイメージがありますが、本人は贈り物を見ることもなく、むしろ「金子が流れ、工人どもも潤う」と気にせず国富向上に邁進。米の増産を図るため、印旛沼、千賀沼、蝦夷の開拓を図り、賄賂に至っては、清廉派と目される次の松平定信が田沼意次に渡していたともあります。

 

 前著より、小説として起伏があって面白いと思いました。田中角栄を彷彿させますが、恐らくは今の永田町の動きにも通じのではないでしょうか。次作があるとすれば、田沼意次を放逐し、次を担う松平定信の改革の行方について、是非書いて欲しいと思います。

 

『もうじきたべられるぼく』 はせがわ ゆうじ 著

 

 いのちの大切さがわかる絵本。ほかのいのちを「いただく」ことで、自分のいのちをつなげるしかないこの世にあって、いのちを差し出す側の心情が見事に描かれています。また、そうしたいのちを犠牲にしてつなげられた自分自身のいのちも、大切にしてほしいという願いが伝わってきます。

 

「いただきます」とは命をいただくことへの感謝と聞いたことがありますが、逆の立場も考えると、本当に感謝して食べないといけないなと思った一冊です。

 

『有と無』 細谷 功 著

 

 「30秒以内で次の質問に思いつくだけ書き出してください。①家の中にあるもの、②家の中にないもの」。「序章」にある質問ですが、①は簡単に書き出すことができ、身近にあって具体的なもの。②はなかなか思い出せず、抽象的なものになりがちとあります。「有」に注目するか、「無」に注目するかで人の思考パターンも異なり、これが論争や意見対立が生じる要因になっているという分析です。

 

 問題が「有る」ことへの対処法が「問題解決」で、「無い」状態の場合は「問題発見」。対応もそれぞれ「改善」、「イノベーション」になるというのは妙に腑に落ちました。

 

 細谷功氏の『具体と抽象』は名著の誉れ高く、最近では、『フローとストック』も上梓して、「具体・抽象」「フロー・ストック」の4象限で思考回路が動き、定着していくことを提起しています。メタ認知を引き出す思考パターンを様々に分析する著者ですが、今回の「有と無」も斬新な切り口を提示しています。

 

 細谷功氏は「ものの見方」がとてもユニークで、これから『無理の構造』『自己矛盾劇場』『アリさんとキリギリス』も読もうと思います。