「なか」で戦うものはほろぶ | "Food for Thought"

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日々考えていることを、自分の思考をまとめるためにも書きつづっています。

かつて同じ部署にいた会社の後輩から「飲み」の誘いがあった。飲んでいるうちに、製造委託先の会社(100%子会社)との関係で苦慮していると打ち明けられた。以前、彼の仕事を担当したことがあるので、助言を期待してのお誘いだったようだ。

当社が営業・研究開発を行い、子会社が製造を行うことになっている。しかし、境界線がはっきりしていないなか、試行錯誤で子会社の利益水準がよくなり、発言力が強まって困っているというのだ。一応、話は聞いて、「どう思いますか?」と聞かれたので、一言。

「戦う相手が違うだろ」

内輪で戦っているものが、外との戦いに勝てるはずがない。本当に見るべきは、「親会社vs子会社」ではなく「顧客vs自社」「自社vs競合」だ。「日本人は」と括ってよいのかわからないが、とかく「なか」との戦いに終始して、「そと」との戦いを忘れがちだ。事実、この事業部の業界での位置づけは、自分がいた頃から全く伸びていない(その責任を内部でなすり付けあっているようにも見える)。

太平洋戦争時代、海軍と陸軍がそれぞれの権益を主張し、日本という視座がないまま敗戦したということを読んだことがある。いまの日本も、「なか」でゴタゴタを繰り返すうちに、世界から大きく遅れをとってしまった。政争に明け暮れ、首相も短期間での交代を繰り替えているうちに、国際舞台での日本の発言権はなくなった。強みといわれた日本の技術も。日本の競合メーカーだけを意識して「ガラパゴス化」し、世界で使い物にならなくなった。「なか」で戦うものはほろぶ。

これを書こうと思ったのは、ある方のブログに、マスコミも本当は、小沢氏vs菅氏について、「横綱と幕下。小沢は未来を話し、菅は自分の過去を話した。世界を見ている小沢と、永田町と霞ヶ関しか見ていない菅」とあったためだ。仮に「永田町・霞ヶ関」しか見ていないといえば、上の「子会社をどうするのか」と同じ目線である。いまの日本はそうした議論をしている余裕はない。海外の投資家と接すれば、如何に我々が忘れられているかがよくわかり、株価が如実にそれを物語っている。

内部での戦いを避けるには、視座を高く保ち、そのなかでの関係者のビジョンを共有するしかない。目線を常に高く、国・企業・個人のどのようなレベルであっても、「世界のなかで」自分の立ち位置を考えたい。