今日は、僕が昭和51年から応援している阪神タイガースの事に付いて話します。阪神は東の巨人と対抗して西の阪神といわれるくらい全国的な人気球団ですが、阪神は70~80年代はダイナマイト打線でセ・リーグの順位としては2位~4位を行ったり来たりの感じの成績で90年代になると長い停滞時期が続き本当にたまに5位かほとんどが6位が多かったが2000年代に入り、チームの力や選手の補強をしっかりやったお陰でAクラスの常連となりましたが、話し反れましたが、今日の横浜戦で金本知憲が肩の故障で長く続いていた連続フル出張の記録は止まりましたが、これは金本知憲自身が自分の調子が悪く、チームにも迷惑をかけるから、自主的に欠場を決めたとインタビューで語っていましたが、僕は本当にいい決断をしたと思いました。やはりチームの調子を上げる為の欠場やと語っていましたが、これは色々な意味で本当に良かったです。僕はこの事により阪神なはすごくいい方向になると思います。これは勇気ある決断だと思いました。
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ランサーセレステ1、4SR4MT
昭和57年7月~58年7月
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superlucentさんのブログ-ns_silvia03b.jpgシルビア1800LSーX4MT
昭和58年7月~60年3月
superlucentさんのブログ-img0138.jpgギャランΛ2000GSR 5MT
昭和60年3月~1月
superlucentさんのブログ-1984.jpgミニカエコノインタークーラーターボ ホワイト仕様      
昭和60年3月~12月
前の車のΛを知り合いに引き継いでもらい、superlucentさんのブログ-1984.jpg次の車を決めますが、当初は友達がミラのTRーXXを買うと言っていたので、僕は対抗でミニカを買うつもりで居ましたが、友達はパルサーを中古で買いました。僕は写真の型のミニカエコノ550インタークーラーターボを買いました。オプションでエアコンとサイドパイザーとバンパーのホワイト仕様を買いました。コンポはクラリオンをスピーカーとセットで付けました。エンジンは550のインタークーラー付きのキャプレターターボで42PSの6、0㎞のパワーですが、ターボは3000回転当たりから効き初める感じですが、この頃の軽自動車としては走りはやはりいいですね。燃費は正確には分からないが9~10㎞だと思います。しかしエアコンを付けるとパワー落ちは否めませんでした。ボディカラーは白で室内は赤と青を組み合わせの派手なシートでした。タイヤは145SR12でノーマルの鉄のホイールでした。この車はΛと同じく10ヶ月で買い換える事になりました。やはり物足りなさを感じていたのと思います。ちなみにΛの写真は形は同じですが、後期型で僕は前期型を乗っていました。ミニカエコノの方はグレードの違いとドアの数の違いはありますが、型は同じだと思います。ちなみにこのミニカエコノが自分の車にとって最後のミッションの車でした。遠乗りなどするとミッションが煩わしさを感じていた頃でした。