もう4年くらい前、中学校の職場体験を受け入れたことがあって、
最後の日に、少しだけ私と中学生の男の子と2人で話す機会があった。
彼に
「〇〇くんは優秀な人材になるだろう。
当社に入ってくれたらすごくうれしいが、それは強制できることじゃない。
この道に進みたいと言ってくれたのはすごくうれしいし、
そうなってくれたら、最前線で働ける人になるだろう。
また、これから高校・大学とすすむうえで、
他の道に進みたいと思ったなら、どの分野でも一流になれるだろう」
みたいなことを話したんだよね。
私はいつもこんなこととかを人に言える人じゃないんだけど、
その時はすらすらと言えたなあ。
(監視カメラで見ていたらそんなはっきり言えてなかったかもですが)
で、
これは多分、昔自分がいってほしかった言葉なんだろうと
思うわけです。
「どの分野に進んでも大丈夫」っていう言葉が欲しかった、んだなと。
将来なんてわからないし、これから先何が起こるかもわからない。
自分が選択した結果、先には楽しいことも何もなくて、
めっちゃ後悔するかもしんない。
どちらに行くか、なぜそれを選択するのか、
明確に答えられるだけの情熱も知識もない、
だが、決めなくてはならない。
みたいなかんじだったんですよ、私の進路決めって。
みんなが「私はこうするー」と言えるのがすごいと思った。
ある意味、あんまり考えずに前に進める人種のほうが成功するんじゃないか、とか
思ったり。
ただ、進路っていうのは確かに大きな分岐ではあるし、
何を選ぶかで相当人生は変わるだろうけれど、
それを生きるのは、自分でしかない、ということが
傍からみてやっとわかったのがこの時(遅いわ)。
ああ、つまり
「このひとは何を選んでも、どこに行っても、
おそらくみんなに頼られる存在になるな」と
彼を見ていて思ったのと同時に、
あれ、自分も同じじゃん?
何を選んでも、どこに行っても、
おそらく今の自分のまんまじゃないか?
だったら「オレ」をどう変えていくか、の方が、
人生としたら重要なんじゃね?
という、
そんなことを思った話。