罪と罰
ああ、どうしてこう小説というやつは、こと細かに部屋の様子や表情や服装や空気や、目に見える全てまで、こと細かに活字攻めしてくるのか
その描写表現はすさまじい。とても、そこまで描写を見てもなければ、表現する言葉をしらない。創造することもできない。しかし、絵が描ける者として、それは挿し絵一枚ですむ話ではないのか
まだ30ページだ、400はある。しかもまだ上巻である。
文才の女性からストーリーを聞いたが、勉強のためとはいえ、これは大の苦手なものだ
ただ慣れていないだけだが、今はまさにこの余韻から、こうも影響を受け、だらだらと長い文章を並べる
そこには、ただ入力している一人の男が、ぼんやりとした顔や思考のまま、自分への書物を読まなかった懺悔であり、なおさら入力すればするほど、くだらなさの露呈を確認している
しかし、ドストエフスキー
ただのたもない酔っぱらいとの会話でさえ、なぜか深く感じるのは天才が書いているからだろうし、また、そういう時代なのだろう
ああ、どうして昼飯あとと言うやつは、こうも睡魔が度々訪れるものなのか
ああ、眠い
ああ、長いょーん(>_<)
言葉で表現むずかしい
ハリーポッターにしなさいと
言われてしまった(((^_^;)
しかし、まあ、あれですよ、どうしてかマルメラードフの口調が、愚痴を溢してるときの僕に似ている気がして、この方、まあなんてやさぐれて、つまらない長話を言葉遊びをされるんですか
途中で何がいいんたいんだ!と叩きのめしたいところではありますが
学生さん、つまり私は罪人であり、罰から逃げて甘えて逃げてるのですよ
かな
