新しい家に越してきたのは木曜の事だった。
35歳にして夢にまで見たマイホーム。
これから20年のローンが待っているのだが、立派な家を手に入れ田中は誇らしかった。
金曜日、仕事を終えると田中はまっすぐ我が家に向かった。
改めてゆっくりと我が家を見たくなったのだ。
週末にまっすぐ家に向かうのは新婚の時以来ではないか?
今では妻との間もスッカリ冷え切ってしまい、仕事のストレスを発散する為に直帰の選択肢はなかったのだ。
我が家の前まで来ると田中は少し後ずさり、我が家を見上げた。
小さな庭の付いた二階建ての家。夕日をバックに堂々として見える。
一流大学を卒業し、キャリアとして無我夢中で働いてきた田中はこうして空を見るのも久しぶりだった。
田中はふぅ~~~っと大きく息を吐いた。
「こんなに早く、どうしたの?」
見ると学校帰りの娘が滅多にこんな時間に帰ってこない父を見つけ不思議そうにこちらを見つめている。
「今日は早く帰ってきたんだ。
今な、家を見ていたんだよ。」
娘黙って田中視線を追うと、家を見上げた。
「よし、今日は久しぶりに3人で夕飯を食べよう!」
「うん。」
娘は少し驚いたようにそう答えた。
田中はそんな娘の姿に、今まで仕事を理由に家庭を顧みなかった自分のことを娘はどう感じているのだろうかとはじめて不安になった。
娘のあとを追い玄関に向かう途中、田中はふと二階の自分の書斎がある部屋の窓を見上げた。
誰かいる。
が夕日が邪魔でよく見えない。
きっと妻だろう。
夕食が済むと田中は妻に聞いてみた。
「夕方俺の書斎で何してたんだ?」
「あなたの書斎で?急になんですか?」
「いや、帰ってくる時俺の書斎に人影が見えたからさ。」
「夕方…私は料理してましたし、あなたの書斎には入っていませんよ?」
「…そうか、じゃあ見間違えかな。今朝は早くから書斎の整理をしてから仕事に行ったし、疲れてるのかな。」
次の日、
田中は仕事仲間とゴルフに出かけた。
帰りは遅くなる予定だったが突然の雨でプレーは中止に追い込まれ、早めの帰宅となった。
そういえば昨日も今くらいの時間だったなと思いながら家に入ろうとした時、
ふと昨日の事を思い出して書斎の窓のほうを見上げてみた。
すると、そこには昨日と同じように人影があった。
が、昨日と違うのは逆光となる夕日が無いということだ。
今日はよく顔が見えた。
それは自分だった。
“自分”が腕組みをして窓から遠くのほうを眺めている。
田中は驚きのあまり言葉が出なくなっていた。
すると“自分”はハッと何かに気がついたような顔をし、部屋の奥へと引っ込んでいった。
我に返った田中は玄関のドアを開け家に入ると一目散で二階の自分の書斎へと向かった。
恐る恐る部屋のドアを開ける。
しかし、そこには誰もいなかった。
大きな足音に驚いた妻が二階に上がってきた。
「どうしたんですか?」
「うん、今、人がいたんだよ、この部屋に。窓から外を見ていた。」
「でも、誰も来てませんよ。」
田中は自分が見た人影が、“自分”だったことは言わなかった。
二人で家の中を一通り回ってみたが、人影もなければ、誰かが侵入した形跡もない。
「きっと疲れてるのよ。」
妻は疲れたようにそう言った。
日曜日、田中は五時に起きるとすぐに書斎にむかった。
きっと何かあるはずだ。ここにいればもしかしたら“自分”が現れるかもしれない。
しかし、一時間たってもなにも起こらない。
「夕方じゃないとだめなのか?」
そう呟くと田中は腕組みをし、窓のほうに向かった。
そして窓に映る自分の姿を見て、ハッとした。
この姿、昨日目撃した“自分”の姿そのままではないか。
田中は部屋の奥に行くとデスクのイスを引き出すとそこに座って考えた。
昨日見た自分が今日の自分?
時計を見ると6時を回ったところだった。
そういえば、昨日も一昨日も自分の姿を目撃したのは午後の6時頃であった。
よし、試してみよう。
田中は午後6時になるのを待つと外に出て、書斎のほうを見た。
すると、やはりそこには“自分”がいた。
よく見ると手には画用紙を持っている。
その画用紙には「その通り。君が今見ている僕は12時間後の君だ」と書いてあった。
田中はなにか安心した気分になった。
不思議な事だが、午後6時に家の前にいれば12時間後の自分が見えるのだ。
田中は家の中に戻ると、すぐに目覚ましのアラームを6時少し前にセットした。
そして娘に画用紙を貰うとマジックで「その通り。君が今見ている僕は12時間後の君だ」と大きく書き、明日の朝、今日の自分にメッセージを送る為に早めに床に着いた。
それから田中の生活が変わった。
朝は5時半に起きて書斎に行き、カーテンを開けて窓の前に立つ。その後朝食の前に前日残した仕事を片付け、朝食を取った後会社に向かう。
会社ではできるだけその日のうちに仕事を終わらせるようにし、18時には家の前に立ち12時間後の自分を確認する。
未来を見ることは何か恐ろしく思え少し悩んだ事だったが、やはり明日の自分の様子が気になる。
病気などしていないか?
明日の自分は・・・生きているか。
・
・
・
50年後、
田中は家の向いの空き地においてある小さなイスに腰掛けて書斎の窓を見上げて人生を振り返っていた。
思えばあの日を境に全てがかわった。
毎日規則正しい生活をし、たった12時間後の自分の健康を心配してきたおかげで風邪一つ引くことはなかった。
また、仕事を残さぬようにし、朝早起きをして仕事の整理をすることで仕事の効率は格段に上がり、気がつけば田中が勤めていた会社は田中の会社になっていた。
そして何より、早く帰宅し家族と時間をすごす事が
娘にとって、妻にとって、そして田中にとってすばらしい家庭環境を作っていた。
「お父さん」
見ると娘夫婦と成人した孫達がニコニコして家の前に立っている。
「またココにいたのね。お母さんもあきれてたわよ。」
「ははは。そうかそうか。今日は遠いところわざわざ来てくれてありがとう。」
「おじいちゃん、誕生日おめでとう!」
そう言うと孫達は持っていた花束を田中に渡した。
「ありがとう。」
田中はにっこり笑うと立ち上がり花束を受け取った。
「さ、中に行ってお祖母ちゃんの手伝いをしてきなさい。」
孫と夫を先に家の中に行かせると、娘は改めて田中を見つめ微笑むと、
「お父さん、誕生日おめでとう。」と言った。
娘は優しく育っていた。そして、田中の事を心から尊敬し、感謝し、愛していた。
「さ、お父さんも中に入ろ。」
娘に促され、
あの日のように娘の後について玄関へ向う。
ふと、書斎を見上げたが、
そこには誰もいない。
懐中時計を見ると、ちょうど18時を回ったところだった。
「ふ~」
田中は大きく息を吐いた。
そしてもう一度我が家を見上げると、
「ありがとう。君は私に本当の“我が家”をくれたよ。」
そう呟いた。我が家に見てきた“未来”はすばらしいものだった。
「あなた、どうしたの?」
玄関から穏やかな表情の妻が顔を出す。
「みんなあなたを待ってますよ。」
妻は幸せそうににっこりと微笑んだ。
「ああ、今行くよ。」
田中は妻の呼びかけに優しい声でそう答えると、その場に静かに倒れた。
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35歳にして夢にまで見たマイホーム。
これから20年のローンが待っているのだが、立派な家を手に入れ田中は誇らしかった。
金曜日、仕事を終えると田中はまっすぐ我が家に向かった。
改めてゆっくりと我が家を見たくなったのだ。
週末にまっすぐ家に向かうのは新婚の時以来ではないか?
今では妻との間もスッカリ冷え切ってしまい、仕事のストレスを発散する為に直帰の選択肢はなかったのだ。
我が家の前まで来ると田中は少し後ずさり、我が家を見上げた。
小さな庭の付いた二階建ての家。夕日をバックに堂々として見える。
一流大学を卒業し、キャリアとして無我夢中で働いてきた田中はこうして空を見るのも久しぶりだった。
田中はふぅ~~~っと大きく息を吐いた。
「こんなに早く、どうしたの?」
見ると学校帰りの娘が滅多にこんな時間に帰ってこない父を見つけ不思議そうにこちらを見つめている。
「今日は早く帰ってきたんだ。
今な、家を見ていたんだよ。」
娘黙って田中視線を追うと、家を見上げた。
「よし、今日は久しぶりに3人で夕飯を食べよう!」
「うん。」
娘は少し驚いたようにそう答えた。
田中はそんな娘の姿に、今まで仕事を理由に家庭を顧みなかった自分のことを娘はどう感じているのだろうかとはじめて不安になった。
娘のあとを追い玄関に向かう途中、田中はふと二階の自分の書斎がある部屋の窓を見上げた。
誰かいる。
が夕日が邪魔でよく見えない。
きっと妻だろう。
夕食が済むと田中は妻に聞いてみた。
「夕方俺の書斎で何してたんだ?」
「あなたの書斎で?急になんですか?」
「いや、帰ってくる時俺の書斎に人影が見えたからさ。」
「夕方…私は料理してましたし、あなたの書斎には入っていませんよ?」
「…そうか、じゃあ見間違えかな。今朝は早くから書斎の整理をしてから仕事に行ったし、疲れてるのかな。」
次の日、
田中は仕事仲間とゴルフに出かけた。
帰りは遅くなる予定だったが突然の雨でプレーは中止に追い込まれ、早めの帰宅となった。
そういえば昨日も今くらいの時間だったなと思いながら家に入ろうとした時、
ふと昨日の事を思い出して書斎の窓のほうを見上げてみた。
すると、そこには昨日と同じように人影があった。
が、昨日と違うのは逆光となる夕日が無いということだ。
今日はよく顔が見えた。
それは自分だった。
“自分”が腕組みをして窓から遠くのほうを眺めている。
田中は驚きのあまり言葉が出なくなっていた。
すると“自分”はハッと何かに気がついたような顔をし、部屋の奥へと引っ込んでいった。
我に返った田中は玄関のドアを開け家に入ると一目散で二階の自分の書斎へと向かった。
恐る恐る部屋のドアを開ける。
しかし、そこには誰もいなかった。
大きな足音に驚いた妻が二階に上がってきた。
「どうしたんですか?」
「うん、今、人がいたんだよ、この部屋に。窓から外を見ていた。」
「でも、誰も来てませんよ。」
田中は自分が見た人影が、“自分”だったことは言わなかった。
二人で家の中を一通り回ってみたが、人影もなければ、誰かが侵入した形跡もない。
「きっと疲れてるのよ。」
妻は疲れたようにそう言った。
日曜日、田中は五時に起きるとすぐに書斎にむかった。
きっと何かあるはずだ。ここにいればもしかしたら“自分”が現れるかもしれない。
しかし、一時間たってもなにも起こらない。
「夕方じゃないとだめなのか?」
そう呟くと田中は腕組みをし、窓のほうに向かった。
そして窓に映る自分の姿を見て、ハッとした。
この姿、昨日目撃した“自分”の姿そのままではないか。
田中は部屋の奥に行くとデスクのイスを引き出すとそこに座って考えた。
昨日見た自分が今日の自分?
時計を見ると6時を回ったところだった。
そういえば、昨日も一昨日も自分の姿を目撃したのは午後の6時頃であった。
よし、試してみよう。
田中は午後6時になるのを待つと外に出て、書斎のほうを見た。
すると、やはりそこには“自分”がいた。
よく見ると手には画用紙を持っている。
その画用紙には「その通り。君が今見ている僕は12時間後の君だ」と書いてあった。
田中はなにか安心した気分になった。
不思議な事だが、午後6時に家の前にいれば12時間後の自分が見えるのだ。
田中は家の中に戻ると、すぐに目覚ましのアラームを6時少し前にセットした。
そして娘に画用紙を貰うとマジックで「その通り。君が今見ている僕は12時間後の君だ」と大きく書き、明日の朝、今日の自分にメッセージを送る為に早めに床に着いた。
それから田中の生活が変わった。
朝は5時半に起きて書斎に行き、カーテンを開けて窓の前に立つ。その後朝食の前に前日残した仕事を片付け、朝食を取った後会社に向かう。
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未来を見ることは何か恐ろしく思え少し悩んだ事だったが、やはり明日の自分の様子が気になる。
病気などしていないか?
明日の自分は・・・生きているか。
・
・
・
50年後、
田中は家の向いの空き地においてある小さなイスに腰掛けて書斎の窓を見上げて人生を振り返っていた。
思えばあの日を境に全てがかわった。
毎日規則正しい生活をし、たった12時間後の自分の健康を心配してきたおかげで風邪一つ引くことはなかった。
また、仕事を残さぬようにし、朝早起きをして仕事の整理をすることで仕事の効率は格段に上がり、気がつけば田中が勤めていた会社は田中の会社になっていた。
そして何より、早く帰宅し家族と時間をすごす事が
娘にとって、妻にとって、そして田中にとってすばらしい家庭環境を作っていた。
「お父さん」
見ると娘夫婦と成人した孫達がニコニコして家の前に立っている。
「またココにいたのね。お母さんもあきれてたわよ。」
「ははは。そうかそうか。今日は遠いところわざわざ来てくれてありがとう。」
「おじいちゃん、誕生日おめでとう!」
そう言うと孫達は持っていた花束を田中に渡した。
「ありがとう。」
田中はにっこり笑うと立ち上がり花束を受け取った。
「さ、中に行ってお祖母ちゃんの手伝いをしてきなさい。」
孫と夫を先に家の中に行かせると、娘は改めて田中を見つめ微笑むと、
「お父さん、誕生日おめでとう。」と言った。
娘は優しく育っていた。そして、田中の事を心から尊敬し、感謝し、愛していた。
「さ、お父さんも中に入ろ。」
娘に促され、
あの日のように娘の後について玄関へ向う。
ふと、書斎を見上げたが、
そこには誰もいない。
懐中時計を見ると、ちょうど18時を回ったところだった。
「ふ~」
田中は大きく息を吐いた。
そしてもう一度我が家を見上げると、
「ありがとう。君は私に本当の“我が家”をくれたよ。」
そう呟いた。我が家に見てきた“未来”はすばらしいものだった。
「あなた、どうしたの?」
玄関から穏やかな表情の妻が顔を出す。
「みんなあなたを待ってますよ。」
妻は幸せそうににっこりと微笑んだ。
「ああ、今行くよ。」
田中は妻の呼びかけに優しい声でそう答えると、その場に静かに倒れた。
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