商事法務No.1985樋口範雄「AIJ問題が示唆するもの」を読んだ。アメリカの信任義務と日本法を比較していて興味深い。
アメリカでは詐欺的投資話をPonzi schemeというそうだ。Charles Ponziによる事件に由来するようだ。その後も、Bernard MadoffとGregory Bellの事件が有名だ。日本では何と言ってもAIJ事件だろう。
アメリカの年金制度では連邦法のERISA法で信任義務(fiduciary)が広範に定められている。信任義務は、年金が信託された受託者のみならず、年金の管理運用について何らかの裁量を有するものすべてに適用される。だから、マドフは信任義務を負わないブローカー・ディーラーの立場に徹していたという。
ERISA法では、信任義務には4つの義務が明確に規定され、かつ強行規定である。その4つとは、①年金加入者に対する忠実義務、②Prudent man ruleという注意義務、③分散投資義務、④年金プランの趣旨に従って行動する義務である。AIJ事件がアメリカで発生していれば、賄賂を受け取った年金基金理事長は①の義務違反、AIJ投資顧問も①から③の義務違反となり、年金加入者から訴えられる。さらに、Prudent man ruleでは、受託者の行動基準として、思慮や裁量は能力のある合理的な人間が自らの財産について行うような行動をとることとされている。
しかし、日本では年金基金の理事の義務は明確でない。厚生年金保険法120条3項及び120条の2第1項は抽象的に忠実義務を規定する。厚生労働省が1997年に定めたガイドラインでは、理事は、その勤務形態及び職責の内容に応じ善管注意義務及び忠実義務を負うと定める。これは、委任契約上の受任者としての善管注意義務であり、自己の財産におけると同一の注意義務と区別される。他人のお金を預かっているのだから、より慎重に扱えという従来からの考えであるが、この筆者は現実には自分の財産だったらもっと慎重に扱ったのではという事態もあるのではないかという。ある意味正しいかもしれない。物を預かっているならともかく、他人のお金であれば自分のお金の運用ではやらないようなリスクも覚悟のうえで運用することもありうるだろう。
厚生年金基金の理事の責任として興味深い判例が紹介されていた。大阪地裁は、解散した厚生年金基金について、基金の解散が遅れて損失が増加するなど理事の善管注意義務が問われた事案で、①理事は基金に対し義務を負う存在であり、個々の事業主(や加入者)にたいし委任関係にないので、債務不履行責任を負わない、②厚生年金基金は公的年金の代行部分を引き受けているため、理事はみなし公務員とされ、その結果、国家賠償法上公務員の個人責任を問えないから不法行為責任も問えないとした(大阪地判平成10年6月17日「日本紡績厚生年金基金事件」労働判例751号55頁)。まさにびっくりの判決である。筆者も驚くべき判示とする。①は形式的すぎるし、②は理事の責任を排斥するためにみなし公務員性を認めるとは筋違いであろう。AIJ事件では理事の責任をもっと根本から明らかにしてほしい。