元祖「おたく」
9月1日から毎日書いてきたブログもそろそろネタ切れです。
9月中はだらだらと、毎日続けていきます。
そして10月1日からはおもしろいネタをご提供いたしますので、
それまでは意味無いブログです。まだ何をするかは書きませんので、
10月1日まではブログ読まなくていいです。
ただし!!しかし!!
10月1日からの企画を呼んで、何でこの人はこんなブログ書いているんだろうと疑問を
感じた方は、9月23日からのブログを読み返してください。その理由が分かると思います。
さて、昨日書きましたが、中3でパソコンをゲットした私は
雑誌なのでパソコンの知識をアップ、さらにBasicを使いこなし、
自分でもプログラムが組めるようになっていきました。
基本的にその時代は、今のようにネットなんてないし、パソコンで何をやる???
私もBasicでだいたいのことはプログラミングできるようになり.....
といっても何もやる物はありません、表計算ソフトもなければワープロソフトもまだ生まれていません。
ならばなにを???
ゲームが出来ました。
そうです、今の子も多分そうですがゲームにはまっていきました。
そんなこんなんで、私も高1に、
高校に入って「数学部」という名前の「「パソコンクラブ」があったのでそこに入りました。
さすがにそのころになると、パソコンを持っている人がちらほらと現れてきました。
さらに、数学部にはあこがれの的PC-8801が置いてありました!!
そんなこんだで、FM-7でPC-8001に圧勝した富士通が崩れる序章が始まりました、
そうPC-8801MKⅡの発売です!!一気に値段を落としてきました。
さらに的には白黒ですが640×400というモードを持っている。
このモードがあると何が出来るか???
そう!!!字が小さくできるのでワープロが出来ます。
元々ビジネス様に発売された8801ですから、性能は良く、値段が下がれば、
家庭用に開発されたFM-7に勝ち目はありませんでした。
その後も型番が上がるたびに、差は開き....FM-77で廃盤に....でも言わせてもらうと、
3.5インチフロッピーを広めたのは富士通ですよ!!NECはずっと5インチを押してきていて、
たいてい最上位モデルは5インチで、ちょっと劣った機種に3.5インチを使っていました!!!
って何で俺は富士通の味方してるんだ???
ちょっと路線がはずれたので戻しましょう
高1になった私は、バイトも少々初めて多少お金も、さらに原チャリも手に入れ行動範囲が増えました。
しかしゲームソフトを買うほどのお金は持っていませんでした。
今では信じられませんでしょうけど、その時代には「ソフトレンタル」屋さんが存在していました。
CDだってまだ無いし、レーコードレンタルだって、
東大生が始めたユーアンドアイという店しか存在していないなか、ソフトレンタルは星の数ほどありました。
この時代からパソコンをやってる人しか知りませんが、
現在中古PCリサイクルで有名な「sofmap」ってソフトレンタルやだっったんですよ!!
秋葉原を中心に一気に店舗を拡大させていきましたね~
その当時はフロッピーディスクなんて20万円もしたし、メディアも1枚1000円位でしたので、
高1の私には変えないし、世の中だってまだまだカセットテープの時代でした。
なので、ダビングする気になればカセットデッキが2台あればダビングが出来、
500円位でソフトがゲットできました...
そんなこんなで、日々ゲームに明け暮れ、高2に....
だいぶゲームにも飽きてきた頃、時代はいよいよフロッピーディスク時代に突入です!!
2ドライブで10万円以下に値段も下がり、メディアもメーカー品でも500円以下
私もフロッピーディスクを購入!!
???少々問題が.....そう!!カセットはコピーできましたがFDDはコピーが出来ません!!
私の時代じゃなくてもアラサー世代でもそろそろ分かると思いますが....
「プロテクト戦争」時代の突入です!!
続きは明日...
元祖「おたく」
9月1日から毎日書いてきたブログもそろそろネタ切れです。
9月中はだらだらと、毎日続けていきます。
そして10月1日からはおもしろいネタをご提供いたしますので、
それまでは意味無いブログです。まだ何をするかは書きませんので、
10月1日まではブログ読まなくていいです。
ただし!!しかし!!
10月1日からの企画を呼んで、何でこの人はこんなブログ書いているんだろうと疑問を
感じた方は、9月23日からのブログを読み返してください。その理由が分かると思います。
さて昨日は私は元祖「おたく」と述べました。
ただPCをやっていただけなのに...、まー人にパソコンやってるの「おたく」といわれると、
「そうだよ!!おたくだよ」と明るく答えていましたけどね。
さて私のマイコン(パソコン履歴)を書きましょう。
私はちょうどAPPLEⅡ(マッキントッシュの先祖ですよ~)が話題になっている頃からマイコンに興味を持ち始めました。
そのころ私は小6、別にマイコンを持っていたわけではありませんが、
本屋でマイコン雑誌「マイコン」や「I/O」や「Basicマガジン」などを立ち読みして、
「へ~マイコンていろんな事が出来るんだ~」と興味を持っていました、
そして時は過ぎ、私も中1へ...お小遣いも少し増え、立ち読みから雑誌を買える身分へバージョンアップ!!
そのころには電気屋にもマイコンが並び始めていました、電気屋といってもまだ、ヤマダもコジマもっていうか、
安売り電気屋なんて存在していません。とりあえず、ラオックス、ノジマは
大型店舗の電気屋として存在はしていました。
しかしこれらでマイコンをさわっていると、結構寄ってきてうるさい。
そんな中、吉祥寺の丸井は売り物という感じよりディスプレー的な扱いで置いてあったので、
遊んでいてもそんなに店員は寄ってきませんでした。
それをいいことに、雑誌片手に雑誌に載っていたゲームをぱちぱちと入力し、ゲームを動かして遊んでしました。
ま~まだ普通の家にはマイコンなんてとても無理、確かappleⅡは40万円位したかな?
PC-8001も18万位だったかな???
そんな中「パソコン」という言葉を世に広めたNEC PC-6001が10万円以下で発売されました。
まー「パソコン」としては、とてもいい物とはいえませんが、その当時ゲーム機だってファミコンしかなく、
「パソコン」でゲームが出来ると結構売れたと思います。
そして、時は流れ私は中2へ!!!
そこに、後のNECvs富士通の戦いの序幕が着られる2機種が発売されました!!!
そうです、NECのPC-8801(22万8000円だったかな?)、富士通のFM-7(14万8000円だったような)です。
最初はPC8001vsFM-7でしたが、的PC-8001はあまりにも弱すぎた...
PC-8001MKⅡで値段を下げましたが、性能の差でダントツFM-7に軍配が上がりました。
ししてさらに時代は流れ、私は中3に....我が家にもそう「FM-7」がやってきました。
今考えるると、私の母親の目はすごいですね~モニタやらカセットなどを含めて20万円を越える物を
中3の私に買い与えたのです。世の中でパソコンなどほとんど無い時代ですよ...
たぶん母親の思いは、その当時のゲームはすべてアメリカから流れてきており、すべて英語で出来ていました。
ので、英語を勉強させようとでも思ったんですかね???よく分かりません。
さてもう少し書きましょう...元祖「おたく」はどこへ???と思っていますか???
さて元祖おたくの私はまずどこでPCを買ったか!!!そうおたくの聖地「秋葉原」です。
先ほども書きましたが、今のように安売り電気屋はとりあえず私の住んでいるところにありませんでした。
そんな中「秋葉原」は電化製品はとてつもなく安く売っていました。
私はパソコン雑誌をしらみつぶしに読み、どこが一番安いかを研究し、いよいよ秋葉原へ!!!
しかし、すぐにその店に行かずにまずは駅周辺からずっと値段をチェックしていきました。
20~30件以上は回りましたかね~、でも結局最後に雑誌に載っていた店がやはり一番安い出した。
今ならば巨大なパソコンを電車で持って帰るなんことあり得ませんが、輸送費すら浮かしたかったので、
なんて言うんですかね??キャリアー?荷物をひもでっくくってタイヤ2本でころころするやつ。
あれを2台もって自分で持って帰ってきました。
当然親も一緒に行ったんですけど、そこら辺は厳しい親で、買ってあげるんだから、
持って帰るのは自分でってなかんじで手伝ってくれませんでした。...階段位は持ってくれましたが。
このころから私「家電芸人」もとい「家電素人」だったんですね~
ほんじつはこれまで..
ねたぎれ
9月1日から毎日書いてきたブログもそろそろネタ切れです。
9月中はだらだらと、毎日続けていきます。
そして10月1日からはおもしろいネタをご提供いたしますので、
それまでは意味無いブログです。まだ何をするかは書きませんので、
10月1日まではブログ読まなくていいです。
ただし!!しかし!!
10月1日からの企画を呼んで、何でこの人はこんなブログ書いているんだろうと疑問を
感じた方は、今日からのブログを読み返してください。その理由が分かると思います。
それでは、ちょっと私のことを書きます。
私、世の中ではアラフォーと呼ばれるおじさん世代です。
そして元祖「おたく」という言葉がこの世に生まれたときの「おたく」です。
いまは「おたく」というといろんな分類の「おたく」がいて、どちらかというと、
何かに熱中している人に対して使っていて、そんなに悪い意味では無いですよね???
しかし、元祖「おたく」はけっして明るいイメージはありませんでした。
いわゆる「暗い」イメージの言葉でした。
では元祖「おたく」とは????
パソコンをやっている人たちをそう呼んでいました。
えっ?????パソコンをやっているだけで!!!と思った方、
そんなこと言ったら今の日本は全員おたくですよね~
しかし、私がパソコンを始めたのは11歳、今では授業でもやっていますが、
そもそも「パソコン」なんて言葉すらありません「マイコン」です。
「マイコン」やっているとなるとなんかおたくっぽいでしょ?
では「パソコン」って言う言葉はいつから?ちょうど私が始めた頃です。
「マイコン」はそれまで、大学や企業の研究のために使用されていた物を、
安価にしパーソナルユースにしたのが「パソコン」です。
私が小学校時代にNECはPC-8001、富士通はFM8、シャープはMZ-80Bなどというマイコンが
発売されました。
そして中学に、NECがPC-6001という愛称「パピコン」という「パソコン」をゲーム目的に投入しました。
ここからがいわゆる「パソコン」の始まりです。
ご参考に今はおしゃれの代名詞「マッキントッシュ」なんて無く、その前のAPPLEというマイコンでしたし、
一斉を風靡したPC-9001もまだ生まれていません。
今は無きフローッピーディスクですら、まだ8インチで100万円もしていました。
そんなとき、あの有名人が「パソコン」を世の中に普及させるための一歩を踏み出していました。
「ビルゲイツ」です。
いまはWindowsを広めてPCを使いやすくした人と知られていますが、もっと前に実は
偉大なことをしていたんです。
それまで「マイコン」って言うのは、マシーン語といって「00」とか「A0」とか「1C」とか16進数の
見ても何かさっぱり分からない言語でプログラムを作成し実行していました。
そんな中「ビルゲイツ」は「BASIC」という言語を普及させ、「マイコン」を誰でも使える様にしました。
今でこそWindowsが走っていればPCなんてどこのメーカーでもかまいませんが昔は違いました。
MS-DOSすらありませんでしたので、PCは各メーカー100%互換性はありませんでした。
ゆえにソフトを開発したらPCメーカーの数だけソフトを開発しないといけませんでした。
この事実は変わりませんが、一般人レベルでは「BASIC」を知っていれば、
たとえ互換性がないメーカー同士でも、自分でプログラムをお引っ越しさせることが出来ました。
確かに売っているようなプログラムは無理でしたが、学校や企業で使っているようなプログラムだったら
移植してたんですよ!!!
って、いまのWindows時代の人には全く理解できないですよね~
私はこんな時代の元祖「おたく」です。
明日に続く