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TAKの部屋

ムラムラくんという、よく分からない人がよく分からないことを書くブログです。

今日、仕事を終えたあと

ようやくAKBのパチンコを打った。


この業界にいる者として

やはり早いうちに一度は触っておくべき。

そう考えてはいたが、なかなかチャンスがなく

ようやく今日が初打ちとなった。


まず、この機械には「推しメン選択機能」がついている。

俺の中での候補は3人。


北原里英……ゼニガタでたくさん貢いでくれた

大島優子……同上

松井玲奈……SKEのメンバー


とりあえず大島は会社内で他に選んでいる人が

いるだろうから却下。


北原と松井で悩んだが、結局松井にした。
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ホントは同じ松井でも珠理奈の方が好みだけれど。


これで準備は万端。いざ打ち始めた。

……回らん

多分、1000円10回レベル。

いくら等価でもキツいわ。


こんな時、俺は必ずストロークをいじる。

今日もいろいろ試したが、結局チョロで15回くらいまで上がった。

これでも全然足りないのだが、仕方ない。


その後、いくつかのアツいリーチをハズした後

まったく準備していなかったところで突確。
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この台は確変中(正確には確変じゃねえけど、めんどいからコレで)に

自分の好きな曲を選べる。

俺は当然SKEの曲を選択。
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うん、この玲奈はかわいい。


このあと、少し連チャンしてくれたおかげで

無事に一番好きな歌「バンザイVenus」もGET。
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うむ、これで満足。


ただ1番しか流れない上、大当り中も同じ曲が流れるので

さすがに飽きて途中でAKBの歌に変更。
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どうせ珠理奈いないんだけどさ。


現段階で18歳未満のメンバーは全員モザイク。

そのせいでSKEは結構バカっぽいことになってる。


だってWセンターの一人なんだから

ライブだってPVだってかなり中心に映ってる。

なのにモザイク。しかものっぺら的なヤツね。


京楽ってのはすげえ会社だけど

のっぺらモザイクだけは明日にでもヤメてほしい。


結果、ほんの少しだけ勝てたのでホッとした。

ただ、ホントに回らんから

無理な勝負はしないようにね。


AKB見たいんならパチンコなんかじゃなく

DVDや写真集買った方が

圧倒的にお得なんですから。

今日はこんな行程でした。
とりあえず3ヶ月ぶりに大阪に行った。
無論、仕事であったが
昼から酒を飲み、それなりに楽しかった。

俺が大阪へ行けばほぼ食べるねぎ焼

ところで。
大阪と言えばなんだろう?

串揚げ?
お好み焼き?
たこ焼き?
牛スジ?
カニ?

食いだおれの街だけあって食べ物は豊富だが
俺の中では大阪はカレーの街である。

なんばの地下にあるインデアンカレー
そして同じくなんばの自由軒
この2つのカレー屋が俺は大好きだ。

インデアンカレーは辛い。
正確には舌では甘く喉で辛い。
でも世界でいちばん旨い。

対して自由軒はウスターソースの甘みと
スパイスの辛さが同居する
世界で二番目に旨いカレーだ。

たこ焼きやねぎ焼き、牛スジも大好きだが
俺の中で大阪はカレーの街としての地位を
確固たるものとしてはや10年になる。

いつかゆっくりしたいねぇ。

従兄弟が住んでるし
何度となく訪れたことのある
縁がないのに縁深い街。
それが大阪だ。

いい意味でゴミゴミしてるし
都会のわりに人情深い。
俺の大好きな街の一つである大阪。

また行きます。
来月に行かざるを得ませんw

でも仕事とは関係なく行きたい。
そしてなんばで飲んだくれたい。
俺の密やかな夢だったりします。


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ほんの2分前。
京葉線という紅い電車に乗っている私は
舞浜、という駅を過ぎた。
わずか1分程度の停車時間の中で
色々なことが頭を回った。

最後にここ(ディズニーランド)に来たのはいつだったろうか。
もうきちんとは覚えていないけど
確かあの日はどしゃ降りで
大好きだった女性と色々なアトラクションに乗り
買い物をし、不当に料金の高い料理を食べた。
とても楽しい時間だった。

美しいほど、記憶は曖昧になる。
しかし、どんな記憶もその日その瞬間には勝てないものだと思う。

今は久しぶりに千葉マリンに向かうため紅い電車に揺られている。
さっきまで目の前で女子高生が器用に立ち寝していたが
今では小学生と思しき女の子がお母さんに笑いながら怒っている。
すべての景色は瞬間で変わる。
これらをすべて記憶できたら人生はどれほど豊かになるだろうか。

南船橋の駅を通過すると海浜幕張はすぐだ。
本来ならもっと早い時間に球場に行くのだが
今日は仕事で大阪に行っていたためこれが限界だ。
思えばパチスロ生活者だった頃は
行きたい、と瞬間的に思えば野球だろうがライブだろうが行くことができた。
そういう人生を5年半過ごした。
当時は長いと思っていたが
今振り返ればやはり一瞬だった気がする。
よく使う言葉だが、長いようで短い
そんな感じである。

お母さんに優しく怒っていた小学生が電車を降り
途端に車内が静かになった。
今日はiPodを会社に忘れたため、静かすぎる車内はいささか退屈だ。
誰か話してくれればいいのに…
その願いも空しく、ただ乱暴にめくられる新聞の音だけが響いている。

しかし、その音とももうすぐお別れだ。
電車が海浜幕張に着けば今度は私がこの狭い世界の住人ではなくなる。
やはりこれもまた一瞬の出来事である。
誰かの記憶の片隅にでも自分の存在は記憶されるであろうか。
いや、記憶されてもすぐに消えてしまうだろう。
それでも私は確かに存在している。
まったくもって人生とは泡沫の連続である。



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