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TAKの部屋

ムラムラくんという、よく分からない人がよく分からないことを書くブログです。



渋谷で飲んでいた。
くりかまきを見ながら飲んでいた。
2回目とは思えぬリラックスぶりだったw

くりかまきのいいところは
くりかちゃんもまきちゃんも
どちらもかわいいのは当然で。
また、歌がいいのも当然として。
運営さんやヲタさん
要するに周りの人がむちゃ優しいのがいい。

どう見ても
『またぎ(くりかまきファン)』
とは思えない格好の
そして、八重洲を除けば
見た事ないはずの俺なのに
八重洲でも今日でも
必ず誰かと仲良く見ていられるのだ。

これってレアなんだよ。
分かる人はあんまいないだろうけど。

ステージやイベント
それ自体が楽しかったとしても
ヲタが雰囲気をぶち壊す
もしくは、それを止めるために
運営がぶち壊す。
そんな現場はいくらでもあるからさ。

くりかまきは、そこまで含めて楽しい。

でも、これってきっと
くりかまき本人のパーソナリティが
そうさせてる部分も大きいんだろうね。

とにかく楽しくて
体調悪い癖に今日もしこたま飲んだ。

(今日限定カクテルのくりかミルク
ちな、まきソーダもくりかまきスペシャルも
みっつ全部飲みましたw)

明日は中野でリリイベ。
仕事しだいではあるんだけど
てもなんとかして行こうとするんだろねw
もう、そんな画しか見えません。

ヲタ活動は金も時間もかかるので
どれか一つに絞るつもりだったんだけど
現状、間違いなくくりかまきだろうな。




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昨日、忙しかったんだけど
外仕事で某有名アイドルさんに会って
その子たちの仕事っぷりを見てたら
色々考えちゃった。

アイドルの仕事って
周りを楽しくさせること
それに尽きると思うのよ。

最近、色んな現場に行くようになって
アイドル見て歌って踊って楽しんで
それが仕事をがんばろうって気力になって
早めに終わらせてまた現場に向かう。
そんなことを繰り返しているとね
素敵な職業だなーって思う。

たとえばさ、自分を振り返った時に
周囲(身内、外を問わず)の人たちが
笑顔になってくれることって少なくない?

楽屋でどうしてよう
プライベートで彼氏がいよう
そんなの、少なくとも俺には関係なくて。
ただ、ステージで、テレビで、ネットで
楽しませてくたら正しい姿だと思うのよ。

こないだ初めてBiSを見て
研究員たちはバカだけど
他ヲタに迷惑かからないとこで盛り上がって
そこまで含めてBiS楽しい
バカ騒ぎに乗らない方がもったいない!
って素直に感じたもんな。
やっぱnerveは名曲だわ。
DLHの時も楽しかったけど
楽しさだけならBiSの方が上だわな。

とにかく、すっごい楽しくて
まだその余韻が残ってます。

じゃあ、俺はどうだろう?
仮にも老舗雑誌の一員だけど
みんなが記事を読んで『楽しい!』とか
思ってくれるだろうか?
いや、違うよな。
じゃあ、どうしたらいいだろう?
そんなことを考えてます。

でもさ、結局さ、答えなんて簡単でさ

謙虚に真摯にがんばるしかないよ。

甘える奴はとことん甘えるもん。

30年以上生きてきたんだから

これから変わるなんて思えない。

それでも、がんばる以外の方法はないし

そうでなければ、クビになるだけ。

誰にも必要とされず

周囲に迷惑だけかけて

悲劇の主人公ぶってるけど

誰にも理解されない。

そんな人生でいいのかい?

俺は、いやだ。


ここでいきなりKANの歌詞を流用したい。

『長ぐつ』という曲の歌詞。

「で、ところで君はどう?」







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たまにはきちんとしたブログも書かないとね。

というわけで、今日は8月6日。
1945年ですから、もう約70年前のこの日に
広島に原爆が落とされました。
去年も同じことを書きましたが
その悲惨さを知ってほしいと同時に
それを「悪」に直結させず
正義とは何か、戦争とは何なのか
そういったことを1分でもいいから
考える、そんなタイミングにしてほしい
特に若い子には是非そうしてほしい
それが一番の供養だと考えています。

アメリカにはアメリカの
日本には日本の
そして周辺国には彼らなりの
それぞれの理由があります。
納得できるもの、できないもの
どちらもそれぞれありますが
大事なのは、それぞれが違う考えだ
だから仲良くするなら相互理解が必要だし
それが出来なさそうな一部の国家とは
必ずしも仲良くする必要はない
それが俺の基本思考です。
これも、イコール関係断絶、と
安易には取られたくないですけど。
経済協力と文化交流は両立しなくても
実現可能だと思うんですよね。

もう原爆の直接的被害者は
そこまで多くはないのでしょうが
被害者の親類、そしてその友人はもちろん
二次的、三次的な被害者は
思いの外、多くいるものです。

一番怖いのは風化してしまうこと。
これはこの間の東北大震災や
これまでの様々な天災と同じです。
東北はまだかろうじて記憶されている
そんな印象ですけど、それ以前は
「あー、そんなこともあったっけ」
になってしまっている気がします。

それはそれで復興の指標ではあるけれど
忘却してしまうことは悲しいことです。

日本史を学ぶ意義は
過去の教訓を未来に活かすことであって
〇〇年にこんなことがありましたー
〇〇さんって凄い人ですねー。
そんなことでは決してないと
去年とまったく同じことを繰り返します。

貴方は戦争から、そして原爆投下から
どんな教訓を得ますか?
そしてそれを自分の人生に置き換えた時に
どう活かすようにしますか?

もしもそんな宿題が学校で出ていたら
その先生は立派だと思います。

何でもいいんですよ。
負け戦ならさっさと諦めるとか
自分以外は何人死んでもいいから抗うとか
落とされそうなとこに捕虜を置くとか。
そういう時こそ、その人の人生観が
如実に現れますからね。

ちなみに俺の場合は多分
広島の原爆投下直後に土下座外交
だと思います。
要するに、諦める時はプライドを捨てる
それがムラムラくんという人間なんでしょうね。

さて、皆さんはどうでしょうね。
一瞬でも考えて貰えたら幸せです。



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