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TAKの部屋

ムラムラくんという、よく分からない人がよく分からないことを書くブログです。

ふと思い出したから、書く。

2002年6月のこと。大学時代の友人がマクドナルドの抽選かなにかで、日韓ワールドカップのチケットを当てた。

その時は、会場と日付だけ指定されており、まだどこの試合になるか分からなかった。

後日、急に電話が来た。一緒に行こうと言われた。サッカーは野球と同じくらい見るのもやるのも好きだから、もちろんと即答した。

翌日、大学で会って話したら、その日その会場で行われる試合は、アイルランド対サウジアラビアになったと聞いた。アイルランドだから、真っ先に俺に声をかけてくれたらしい。

その気持ちがすごく嬉しかった。

当日、日産スタジアムに向かうため、新横浜で合流しまず酒を飲んだ。そこにはすでにアイリッシュがたくさんいた。彼らが作り出すフレンドリーな雰囲気は、4年前にたくさん味わったアイルランドでのそれと、まったく同じだった。嬉しかった。

そして、試合。席はかなり良くて、ピッチをすべて見下ろすことができた。試合内容まできちんと覚えていないけど、確かロビー・キーンがゴールを決めて、3-0でアイルランドが勝った。順当な勝利だった。この勝利で、アイルランドはグループリーグ突破を決めた。

試合後、歓喜に沸くアイリッシュサポーターが歌を歌い始めた。アイルランドは妖精の国であると同時に、音楽の国でもある。彼らは幸せそうにうまくない歌を大勢で歌った。日本とは思えないくらい、多くのアイリッシュが応援にきていた。

懐かしい音楽を聞いている気持ちで、少し席に残っていた。すると、耳慣れた歌が始まった。その名も『Fields of Athenry』。俺がアイルランド時代に文化祭でやったミュージカル、そこで歌った歌だった。そしてそれは、俺がいちばん好きだった歌でもあった。

つい、その輪に混ざり、一緒に歌い出した。
Low, lie the fields of Athenry. Where once we watched the small free birds fly.……

隣にいるアイリッシュが驚いた顔で俺を見た。それはそうだ。日本人がこの歌を知ってるなんて、普通はありえない。

俺は知らなかったが、この歌は独立戦争以前の歌で、アイルランドやケルト人の誇りを歌ったものらしい。だから、代表戦で勝った時にはよく歌われるらしい。

その時も、何度となくリピートされた。大好きだったから、歌詞は完璧に覚えていた。俺もずっと歌っていた。一瞬驚いたアイリッシュもすぐに笑顔で肩を組んでくれた。

歌い終わったとき、声をかけられた。日本人だよな? なぜこの歌を知ってるんだい?

俺は答えた。2年間アイルランドに住んでいたんだ。その時覚えたんだよ。この歌は俺のフェイバリットソングなんだ。

驚きつつもとても喜んでくれた彼は、さらに質問を続けた。

「どこに住んでいたんだい?」

「キルデア州のニューブリッジだよ」

「ニューブリッジ? ちょっと待っててくれ」

そう言うと、彼は階段を降りてどこかへ行った。待っている間も、他のアイリッシュに似たような質問を受けていた。

ふと気になってツレを探したが、ツレはツレで他のアイリッシュと話していた。彼もオーストラリアに3年間住んでいたから、英語はクセを除けば何の問題もない。むしろ俺より断然うまい。安心していられた。

階段を降りた男が、もう一人男を連れて戻ってきた。

「この日本人がニューブリッジに住んでいたらしいんだ!」

「本当か? もしかして、カラの日本人学校かい?」

「うん、そうだよ!」

「こんなところで再会できるなんて、なんて嬉しいんだ。アイルランドを応援してくれてありがとう」

「俺は日本と同じくらいアイルランドが大好きなんだ。あそこでの2年間は俺の宝物なんだ」

「俺たちにとっても日本の思い出はステキなものばかりだ。日本人は本当に優しい人ばかりだ」

アイルランドと日本は同じ島国どうし。残念ながら、歴史上ほぼ無関係な国同士だったが、だからこそ、今ヨーロッパでも有数の親日国でいてくれている。敗戦国、大陸の端っこにある島国、でも経済でのし上がった。そこを目標だとまで言ってくれる。

最後に彼らが言った。俺たちは決勝トーナメントを韓国で戦うが、決勝までいけば日本に戻ってこれる。そこでまた会おう。

俺も笑顔で答えた。待ってるよ、と。

アイルランドを離れた4年後に、こんな思い出が生まれた。アイリッシュはずっと笑顔で、フレンドリーだった。駅に向かう道でも、アイルランド代表のユニフォームを着ていた俺に、たくさん声をかけてくれた。その度に、また日本に帰ってくると言ってくれた。

この日は、感謝の日だった。アイルランドに留学させてくれた親に、チケットを当ててくれたほっとけるほどの英語力を持つツレに、アイルランドを素敵な思い出にしてくれた同級生や先生・ニューブリッジの人たちに、そして俺を暖かく受け入れてくれたアイリッシュサポーターに。

人生最良の1日なんて決められるものではないと思う。でも、この日は間違いなくその候補日だ。

いつかアイルランドでワールドカップが行われたら、そしてそこに日本代表が出場できたら、今度は俺が現地で応援したい。スタジアムじゃなくても、パブに行けば陽気なアイリッシュが笑顔でサッカーを見ている。そこでいい。

実現したら、その日もきっと候補日になるだろう。

これは今からもう12年も前の、俺にとってだけのおとぎ話。ただ、おとぎ話はまだ続く。俺はそう信じている。
夕焼けにそまった 西の空見上げて
ねぇ ずっと一緒だと 照れながら笑う
大好きなあの歌が流れてた喫茶店
いつの間になくなった?
それでこそ人生
悲しいことに出会うたび
背中にもたれ 肩に寄りかかり
乗り越えてきたこの一年
君がいなければきっと諦めてた

ケンカをした時も すれ違った時も
朝になれば忘れてた

悲しいことに出会うたび
背中を押され手を引いてくれた
そして歩いた道のりを
いつも隣で笑っていてくれた
いつもと同じこの道を
これからもずっと歩いていきたい
大好きだったあの歌を
鼻歌で口ずさむ君と手を繋いで



うーん、どうなんでしょうね。
個人的にはすごく好きな歌詞ですけどね。
今となっては悲しい歌ですけど
当時はすごく幸せに捉えていましたね。

ただ、歌詞にもあるとおり
いつの間にかなくなっているのが
人生の縮図ですからね。
必要以上に悲しがっても仕方ない。

ぼくは今も笑顔で生きています。
あの子もそうだといいな。
もう会うことはないでしょうが
その気持ちは本当です。
ケータイが壊れました。
今は修理に出していて、その間は代替え機くんが俺のパートナーになります。

とはいえ、この子がねぇ。
とても使いにくいのよねぇ。

元々のパートナーくんも、電波掴まねぇわ、勝手に再起動するわ、あげくの果てに充電できなくなるわと、かなり自由奔放に生きていましたがそれでもそこそこ優秀な子だったんだと居なくなって気づきました。

結局ね、代替え機くんも前と同じ壁紙で、前と同じ入力アプリで、しかも前と同じスキンで。
操作性とか形はともかく変えられるところはすべて前と同じモノに変えました。

どうやら、いつの間にやら俺は変化を好まない人間になってしまったんだなぁ。
とどのつまり、それは老化によるのだろうなぁ。
そんなことを思っています。

そう言えばね、久しぶりにiPodくんでKANという俺がこの世で最も敬愛する音楽家を聞きまくっているんですけどね。
やっぱり俺にはKANこそが最高なんだなぁ、と当たり前のことを当たり前のように感じています。
これもね、懐古主義というかね、聞きなれたものを好むと言う意味では、やっぱり老化なんでしょうね。

久しぶりのブログがこんなのですみません。
楽しい時は楽しい話、切ない時は切ない話。
そして、ちょっとだけセンチメンタルな時は、やっぱりこういう話になってしまいます。

つまり、俺はとても素直な人間なので、女は皆もっと簡単に俺を好きになればいいと思いまーす。


あ、ちょっと改行変えました。
見にくいですかね?