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TAKの部屋

ムラムラくんという、よく分からない人がよく分からないことを書くブログです。

ちょっと思い出したので、自分が参加したライブの中でも

特に強く強く自分に影響したライブのお話を。


ぼくがKANちゃんのライブを初めて見たのは

その前年、1998年4月8日に神奈川県民ホールで行われた

「LIONFLOORLADY」でした。

(さすがに日付までは覚えてなかったけど、公式のデータがありがたい…)

このときはまだアイルランド留学中でしたが

春休みの一時帰国と被ったおかげで行くことができました。

この話も、いつか詳しく書きます。


その後、大学受験に伴って本格帰国した関係でファンクラブに入り、

ライブハウスツアー「23NIGHTS」も、

(このツアーも個人的な思い出がたくさんあるので項を改めます)

翌年のバンドツアー「KREKLEMAN」も、

問題なく参加できました。


そして訪れた99年夏のこのイベント。

出演者はKANちゃんだけじゃなくて

その後長く深いお付き合いをすることになるスターダストレビューさんや

同期でこれまた深い関係を持つ森高千里さん、

前年にブレイクしたSomething ELseさんなど。

あと、個人的にはKANちゃんより先にライブを見に行っこともあるくらい大好きな、

当時休業中だった谷村有美さんもシークレットとして登場してくれました。


結果的に、行って本当に楽しかったし、

最初に書いたとおりぼくの様々なスタンスに影響するくらい

味わったことのない感動を与えてくれたライブでした。


でも、実はぼく、このライブは参加を悩んでました。

チケットもファンクラブでは取らずに、

ちょっと経ってからチケットぴあで買った記憶があります。

というのも、ぼくはKANちゃんが好きなだけ。

あとサムエルもアコースティックで好きかも?くらいでしたが、

正直、他のメンツにそれほど強い興味はなかったんです。

森高千里やスタレビはもちろん知ってましたけど、

言わば“知ってるだけ”の状態でしたし、

谷村有美は先程も書いた通り休業中だったのでシークレットでしたしね。


でも、想像していた「それぞれ15~30分持ち歌を演奏して最後にメジャーどころを全員で歌って終わり」みたいな、

いわゆる普通のジョイントライブとは大きく違っていました。


まずイベントタイトル通り、バンドなんですよ。

だから基本的には全員が常にオンステージで

他のアーティストの曲を演奏し続けるんです。

ということは、ずっとKANちゃんを見続けられるわけで

それだけでぼくは満足でした。


あと、当時の“好きな音楽だけを聞き続ける”だけのぼくは

ここで知らなかった人や知ってるだけの人を見て

「やっぱりプロってすごい!」と思わされました。

単純に感動したのが森高千里さん。

“『17才』でパンツ見せる人”というイメージが強く(失礼)

生歌は聞くに耐えないだろうと勝手に思ってましたが、

実はうまいというか、テレビのまんまだったんですよ。

曲も知ってるものばかりで楽しかったし、

唯一知らなかった『一度遊びに来てよ』がめちゃくちゃ名曲で

なんか分からないけど感動したのを覚えてます。


あとスターダストレビューも演奏がめちゃくちゃ上手くてね。

参加メンバーの都合上、ドラムやキーボードは複数人いるのに

エレキギターは要さんだけなんですよ。

しかも要さんはボーカルでもあるから本当に大変だったと思うけど、

重い音に負けないギターを演奏できちゃう。

結構細かいことまで1人でこなしちゃうんだから

要さんって本当に器用です。

歌も上手くてMCも面白い。

大ヒット曲がない(失礼)のに長く活動できるその理由が

一発でわかりました。


あとTemiyanさんの『もう一度君を選ぶかな』という曲も

まったく知らなかったのに感動した一曲でした。

もう1回聞いてみたいな……。


そしてKANちゃんファンとして触れなきゃいけないが

OP曲『パシフィックヘブンクラブバンドのテーマ』。

英語に直すと『The Theme of Pacfic Heaven Club Band』ですね。

これがめちゃくちゃ壮大な組曲で、メロディも美しくて

このバンド専用なのがもったいないくらい。

翌年も同じイベントはあったものの、

その後、アーティストたちが事務所を離れたことで

「幻の名曲」になってしまいました。


歌詞も面白くてね。

「遠い海の向こうから 高い山超えてやって来た」って

お前、どこから来たんだよ?

とツッコミたくなるようなねwww


とまあ、見どころ満載だったんだけど、

そんなことがどうでもよく感じるくらい、

練りに練ったステージに驚きました。

このライブが何をどうぼくに影響したかというと、

それは「何事も本気でやるべき」ということと

「めんどくさいことほど真剣にやれば面白くなる」ということ。


確か要さんかな?谷村有美かな?

MCで言ってたけど、自分の曲だってライブ用にさんざん練習するのに

普段やらない曲をお客さんの前で演奏するのに

どれだけ練習が必要なことか。

しかも「プロ」である以上、「一生懸命やりました」と

思わせるわけにもいかないわけですよ。

当たり前にしれーっとやらなきゃいけない。

見てる人に「プロだから当然だよね」と

思わせなきゃいけない。

こんなに割に合わないことはないですよ。

でも、だからこそ他とは違うイベントになるわけで。

本当にすごいイベントでした。

(その後、どんどん進化するけど、1発目を見れたのはでかい)


その後、ぼくは雑誌やらサイトやらを作る

いわばクリエーターもどきになるわけで、

そこでの基本姿勢は、すべてこのライブが原点なのです。


先輩後輩、人気の有り無し。

そんなのに関係なく、登場する人を全員フィーチャーする。

そのためのロジックを考え抜く。

このライブを、そしてKANちゃんをずっと見てきたぼくには

それは当たり前のことなんだけど、

実は当たり前じゃなかったと気付くのに、かなり時間がかかりました。

2015年初頭かな?

当時出たパチンコ攻略マガジンに載っていた餃子の王将おかわり企画。

個人的にムラムラくん抹殺記念で作ったあのページは

完全にぼく個人の好みとセンスで作った、

大昔、ぼくが読者だった頃のパチマガ企画によくあった

作りを踏襲しつつも、ぼくの基本姿勢を明確にできた

とても思い出深く、納得度の高いページでした。

そしてそれが、読者アンケートで(白黒ページのくせに)好評だったことで

ぼくのスタンスはより確立されました。


その原点はKANちゃんであり、

このPacfic Heaven Club Bandのイベントだったことを

ここに残しておきたいと思います。

す今回は1996年に発表されたアルバム「MAN」のタイトル曲『MAN』について。


過去に何度かチラリと触れたことがあると思うけど、

このアルバムはぼくがこの年の7月、16歳の誕生日に

当時の彼女からプレゼントとしてもらった

ある意味、とても思い出深い作品です。


覚えてるのが、CDの帯に書いてあった

「それまで彼を知らなかった MANを聞いた 泣いた」

という森 朝径さんのコメント。

その方がどういう職業の方なのか、未だに存じ上げないけど

このコメントは自分にもピッタリと合ったんですよね。


というのも、ぼくも『MAN』を初めて聴いたとき、

正確には1番のサビの部分、


願いなら叶えるさできるだけ君が望む様に

例えば新しい美しい世界君が見つけた時

そのドアを開けてあげるのはぼくの役目だと思う


でも君がもし君が最後の日本気の決断で

こんなぼくにさよなら言うことを静かに決める時だって

黙ってドアを開けて見送るのかと言えばそれは違う

矛盾しているけど


ここを初めて聴いた時に、自然と涙したんです。


高校1年生まで、家族や友人に恵まれ、何一つ不自由ない生活を送っていたぼくは

当時、ものすごく短気でわがままで優しくなくて、

何一ついいところのない人間でした。

でも、そんな人間でも

この曲の主人公のようになりたいと、思わせてもらいました。


結局ね、その彼女にそれはできなかったし、

その後もKANちゃんほど優しくはなれなかったけど、

あの頃に比べたらマシになったと自分でも思うし、

当時からの友人にもそう言ってもらえたから、

ほんの少しは成長できたのかな。

それはすべて、当時の彼女と、KANちゃんのおかげです。


なので、この曲はぼくにとってもっとも重要な曲の1つですし、

長くぼくの中での「最高の1曲」の候補でした。

それを去年のツアー、25歳で聴けて

すごく嬉しかったですね。


ひとつ付け加えるなら、

もしこの世にタイムマシーンができたら、

96年のライブツアーに参加したいんです。

当時16歳で、ライブに行くのはすごく勇気がいる年齢だったんですよ。

ただ、その2年後、ぼくがアイルランドから帰国してからは

急に勇気がでてきて、

改装前のクラブチッタへ全然知らない洋楽のバンドを見に行っては

後方にあったテーブルで

酒(といってもカクテル)をちびちびと飲みながらタバコをくゆらせる

なんてことをしちゃうようになったわけで。

ライブって、別に身構えるものじゃなかったのになあ…

ってのが後悔なんですよねえ。


ぼくのブログらしく、ニワカ的に楽曲を解説すると

まずアレンジとしては中期ビートルズ風というか、

多分、マジカルミステリーツアーに収録されている

『I am the Walrus』風ですね。

イントロが思い切り、そんな感じです。


そしてイントロは、前々回の『23歳』で解説した

コード進行が使われています。

この曲はB♭なのでコードとしては

B♭→A♭6→E♭onG→E♭m7onG♭→D♭onF→D♭m7onE→Cm7/Cm7onF→B♭

という展開です。

初めて聴いたときにコード進行を理解していたわけではないものの、

この時からぼくはすでに、この進行が好きだったんですねえ。


そして特筆すべきは、Aメロの展開。

Aメロの後半でB♭からD♭に転調するんですよね。

Aメロでの転調って、KANちゃんは結構やるんですが、

他のJ-POPアーティストではちょっと記憶にない気がします。

もしかすると、槇原敬之さんのようなピアノ系作曲家や、

aikoさんのようにKANちゃんに薫陶を受けた方なら

類似例があるかもしれませんが、

少なくとも、ぼくはこの時まで知りませんでした。


あと、間奏も個人的に大好きなポイントです。

間奏はAメロと同じ展開なんですけど、

キーが全然違うんですよ。

先程も言ったとおり、AメロはB♭なんですが、

間奏ではE♭なんですね。

これはキーがFのサビのあと、いわゆる大サビ的なものが追加されて、

そのままスムーズにE♭へ移行しています。

そしてキーこそ違うもののAメロと同じ展開で進み

自然にG♭に転調したあと、

最後だけちょっと力技でA♭m7からCm7へ全2音上げて

ごく自然にB♭に戻ります。

そこからはAメロに戻るので、ある意味間奏と同じ展開を繰り返すのですが、

ストリングスが入っていることとキーが変わっていることで

飽きさせないという工夫がされてるわけです。


KANちゃんはこのほかにも、サビやAメロといった既出の展開を

キーを変えて間奏や後奏に用いることが多い印象です。

この曲では元キーのB♭に戻りますが、

中には『カレーライス』のように、

元キーから見てもしれっと転調していた

なんて楽曲もあります。


KANちゃんはイントロや間奏の主旋律にもかなりこだわっているぶん、

異なる主旋律がいきなり登場したりもするのですが、

それが楽曲内に溶け込む理由は、

“過去と同じ展開だから聞きなじみがある”

というところに大きな要因があるのではないでしょうか。


そんなところにも気を配りながら

あらためて『MAN』というKANちゃんにとっての自信作を

聞いていただくと、

もしかすると、違った感想を持つかもしれません。


オリジナルは残念ながらサブシュクには入っていないものの、

「弾き語りばったり#19 今ここでエンジンさえ掛かれば」には

ピアノのみの演奏ですが、ライブ音源が収録されていますので、

ぜひ聞いてみてください。


というか、弾き語りの方が、「あ!今、転調した!」ってのが

感覚的には分かりやすいのでオススメです♪




なんかほっとくとアルバム「23歳」を順番に解説……

みたいになりそうだったので、

一気に遡って1991年リリースのアルバム

「TOKYOMAN」のタイトル曲のお話。


まだこの頃はKANちゃんが明確に「売れている」時代で、

このアルバム自体も、オリコンチャート最高3位、

売上枚数も14万枚とか、そんな感じだったと思います。

そして、このアルバム以降、トップ10に入るのは

2020年の「23歳」(最高10位)まで待つんじゃなかったかな?


アルバムに収録されている先行シングル

「死ぬまで君を離さない」は

カッペリングの「KANのChristmas Song」が

ケンタッキーのCMソングでそれなりに人気が出てロングヒット、

さらにこのアルバムからカットされた「まゆみ」は

今度は三ツ矢サイダーのCMソングとしてロングヒットし、

現時点では「愛は勝つ」に次ぐ売上となる約19万枚と

バカ売れするわけじゃないけど、きちんとトップアーティストとして

活躍していた時期なわけです。


……とか言いつつ、正直、当時12~13歳だった自分は

ほとんど記憶にないんですけどね。

クリスマスソングは聞いた記憶がハッキリとあるものの

同時にそれと「愛は勝つのKAN」がイコールには

なっていなかったですね。


とにかく。

そんな時期のアルバムタイトル曲ですから、

それなりに気合の入った作品でしょうし、

同時に自信作でもあったんだと思います。


まずこの曲は、

冒頭の「ツー、スリー、フォー」というカウントからも分かるように

思い切りビリー・ジョエル式ピアノロックです。


そして、サビでめちゃくちゃ転調しまくります。

もうね、KANちゃんのこれまでの曲の中でも、

もっともギター演奏に不向きな曲かもしれません。


いや、上手い人はそうでもないのかな……?

とにかく、ぼくレベルだと難しすぎます。


この曲は耳コピしようと思ったら

多分1年じゃ済まなかったでしょうね。


売れてた時期ということで、色んな音楽雑誌にコード譜が載っていて、

ぼくは後追い的に「GB」のコード譜を入手したものの

それでも演奏しようとは思えない難易度でしたw


とりあえず解説すると、元キーはB♭です。

そしてAメロ、Bメロはそのままなのですが、

サビで一気に転調を繰り返します。


まずサビでE♭になるんですが、ここは極めて常識的なので問題ありません。

しかしそこから4小節ごとに転調していきます。

まずはE♭からD♭へ、その次はB、さらにそこからAと

全音ずつ下がっていきます。

そして「No no no」という歌詞とともにコードもチェンジし

キーもA→A♭→Eと変わっていき、

後半のサビでE→D→C→B♭と進んで元に戻ります。


ビリー式と言いつつ、ビリーにこんな曲あったかな?

と思うくらい、めまぐるしい展開です。

ただ、コードワーク自体は同じ形を繰り返すので

ポピュラーミュージックとしてギリギリ体裁を保ってるとも思います。

楽器をやらない人だと、「ちょっとヘンな曲だな?」くらいで

そこまで違和感がないかもしれません。


これがね、ホントにカポダストの置き場所に困るというか……

とにかくギターで弾き語るのが大変なんですよね。

ぼくはこの曲でギターがちょっとだけうまくなった気がするし、

KANちゃん「らしさ」みたいなものの一部分を

理解した気がしますね。


そして、歌詞。

登場する「千葉の健之(たけし)」さん、「Parisの香織」さん、

「小さい小山さん」はいずれも実在の人物です。

小山さんは、KANちゃんが退院後にサロン?に行かれてましたね。

きちんと夢であるMake-up artistを叶えたようでステキです。


そんな御三方とKANちゃんの会話を挟みつつ、

「東京」というKANちゃん的には

きっとあまり理想的ではないであろう街で

どうやって生きていくのか、

そんなことが語られています。


「明日のことなど誰にもわからない」

という全員の共通認識。


しかし、そのあとには

健之さんは「何を信じていいのかもわからない」

香織さんは「信じていれば出来ないことはない」

小山さんは「その日その日を生きて行くしかない」

KANちゃんは

「ねてもさめてもLonely Life

   うそも本当も夢も涙も

   捨てきれないで悩み続ける」

と、それぞれバラバラな見解が語られます。

皆さんはどの方の意見がいちばんご自身に合うでしょうか?


そんなことをファン、特に当時多かったであろう

10~20代の女性に投げかけるKANちゃんは、

やっぱり、愛だ恋だばかりを語る

「普通」のJ-POPアーティストとはどこか違ったと思いますね。


ちなみにぼくは、完全に小山さん派です。


残念ながらこの曲は、サブスクリプションにないと思いますが、

こんなことを売れてた時期にファンに問いかける音楽家の

他の音楽を聞いてみたい方は

ぜひ下記から色々と聞いてみてください。